《 7月20日 》

   キャンプ・ミュア(3100m) ⇒ マウント・レーニア(4392m) ⇒ キャンプ・ミュア(3100m)

   7月20日、当初の予定よりも1時間以上遅い2時に起床。 テントサイトには次々に出発していく人達の声が響いている。 ありがたいことに昨夜は全くの無風で暖かく、図らずも滞在中一番良く熟睡したように思えた。 朝食のラーメンを食べてテントの外に出ると、空には満月に近い月が煌々と輝き、予報どおりの快晴の天気となっていた。 ルート上にはすでに20人以上のヘッドランプの灯が見えた。 身支度を整えて柴田さんとロープを結び、予定よりも少し遅く3時半に出発する。 柴田さんのヘッドランプの調子が悪かったので私が先頭で登り始める。 周囲にはすでに他のパーティーの姿は無いが、先行パーティーのヘッドランプの灯はすでに最初のポイントとなるカテドラル・ロックの岩稜のギャップに達していた。


キャンプ・ミュアEから山頂Gへ


柴田さんとロープを結び、予定よりも少し遅く3時半に出発する


先行パーティーのヘッドランプの灯はカテドラル・ロックの岩稜のギャップに達していた


   所々に小さな赤旗のある踏み固められた明瞭なトレースを30分ほど緩やかに登ると、カテドラル・ロックの岩稜を乗越すためのガレ場の登りとなったが、ガレ場にも明瞭な踏み跡があり予想よりも登り易かった。 岩稜を乗越すと再び緩やかな踏み固められた明瞭なトレースの登りとなった。 間もなく夜が白み始めると、山頂方面の展望やイングラハム・フラットと呼ばれる平坦地にあるテントサイト、そしてこれから辿るディスアポイントメント・クリーバーと呼ばれる核心部の顕著な岩稜が見えてきた。 イングラハム・フラットから出発したと思われるパーティーのヘッドランプの先頭はすでにディスアポイントメント・クリーバーを通過していたので、この岩稜の登攀もそれほど難しくないのではないかと思えた。 綺麗な朝焼けを背後に見ながら20張りほどあるテントサイトを通過した先で一息入れる。 相変わらず予報以上の快晴無風の天気がありがたい。


キャンプ・ミュアから所々に小さな赤旗のある踏み固められた明瞭なトレースを登る


イングラハム・フラットから見たディスアポイントメント・クリーバーの岩稜(右)


綺麗な朝焼けを背後に見ながらイングラハム・フラットのテントサイトを通過する


   休憩地点からは崩壊したセラックの下を足早にトラバースして通過し、ディスアポイントメント・クリーバーの岩稜に取り付く。 意外にも岩稜にはカテドラル・ロックと同じように明瞭な踏み跡が見られ、登攀的な要素は微塵もなかったが、まだ取り付いたばかりなのでアイゼンは外さずに登ることにした。 5時半前にご来光となり、私達よりも30分ほど前に出発した隣のテントの6人パーティーに追いついた。 6人パーティーはここで3人ずつに別れ、先行する3人パーティーの後を追うように私達が続く。 岩稜の踏み跡はなおも続き、要所要所に赤旗もあるため全く問題ない。 途中にあった残雪の通過も明瞭なトレースのお陰で拍子抜けするほど楽だったので、標高差250mほどのディスアポイントメント・クリーバーの岩稜を1時間少々で登り終え、中間地点となる山頂直下の氷河の取り付きに着いた。 キャンプ・ミュアからここまでちょうど3時間で、予想よりも1時間早かった。 前方の氷河には20人以上の先行者の姿が見られ、途中にブルーアイスがあってもトレースに助けられて登れそうな期待がにわかに高まった。


崩壊したセラックの下を足早にトラバースして通過する


5時半前にご来光となる


ディスアポイントメント・クリーバーには明瞭な踏み跡が見られ、登攀的な要素は微塵もなかった


ディスアポイントメント・クリーバーから見たイングラハム氷河   遠景はアダムス


途中にあった残雪の通過も明瞭なトレースのお陰で拍子抜けするほど楽だった


ディスアポイントメント・クリーバーの上部


ディスアポイントメント・クリーバーの終了点で中間地点となる山頂直下の氷河の取り付き


   取り付きでしばらく休憩し、3人パーティーの少し後から傾斜の緩やかな氷河を登り始める。 トレースはクレヴァスやセラックを避けながら大きくジグザグを切って規則的に付けられていて登り易い。 30分ほど快調に登っていくと、眼前のセラックの向こうから先行していた3人パーティーが下ってきたので話を伺うと、この先は滑りやすく私達の技術では難しいということだったので、セラックを越えた先にレンジャーが言ったブルーアイスがあると思われた。 セラックの中に付けられたトレースを進んでいくと傾斜は徐々に急になり、間もなくスノーバーで確保しながら下りてきた6人のガイドパーティーとすれ違った。 時間的にみて彼らもこの先で敗退したものと思われた。 そこから先はトレースが靴の幅一つになり、傾斜もさらに増してきたので、ピッケルのブレードを時々雪面に刺しながら雪の堅さを確認して登る。 確かにここが凍っていたら危険だが、アイゼンはしっかり刺さるので慎重に登り続けた。 しばらく同じような状態の斜面を登っていくと、セラックに架けられたアルミの梯子があり、2人パーティーが下りてきた。

 

トレースはクレヴァスやセラックを避けながら大きくジグザグを切って規則的に付けられていた


予報以上の快晴無風の天気がありがたい


眼前のセラックの向こうから先行していた3人パーティーが下ってきた


傾斜が徐々に急になるとスノーバーで確保しながら6人のガイドパーティーが下りてきた


セラックに架けられたアルミの梯子を2人パーティーが下りてきた


   梯子を越えた先が本当のブルーアイスの所かと緊張したが、梯子を越えた先はやや急斜面だったもののトレースの幅が少し広くなり、10mほどの間隔で支点のあるスノーバーが3〜4本打ってあったので、技術に優る柴田さんが先行して一部をスタカットで登る。 どうやらここが核心部だったようで、そこを通過すると再び傾斜は緩くなり、トレースの幅も広くなった。 間もなく一番手でイングラハム・フラットから出発したと思われるガイドパーティーとすれ違ったので声を掛けてみると、無事登頂されたようだったので、彼らを祝福すると共に私達も登頂を確信した。 単調な緩斜面をジグザグにしばらく登ると、トレースは右の山頂方向とは逆に左へ左へとトラバース気味に延びていた。 もう急ぐ必要は全くないので山頂直下で最後の休憩をしていると、ようやく後続のパーティーの姿が見えてきた。


梯子を越えた先はやや急斜面だったもののトレースの幅が少し広くなった


スノーバーが打たれた核心部からは技術に優る柴田さんが先頭になって登る


単調な緩斜面をジグザグにしばらく登る


トレースは右の山頂方向とは逆に左へ左へとトラバース気味に更に緩やかに登っていく


最後の休憩地点から見上げた山頂方面


   休憩地点から山頂まであと1時間ほど掛かるとみて私を先頭に登り始めたが、10分ほど登った所で突然目の前の視界が大きく開け、下からは全く見えなかった山頂部の広大な火口原の縁に飛び出した。 火口原の縁付近にはすでに登頂したと思われる幾つかのパーティーが思い思いに寛いでおり、火口原を横断した先にある最高点の山頂(コロンビア・クレスト)から下ってくる人達の姿が見えた。 後ろを振り返り、叫ぶようにその情景を柴田さんに伝える。 緊張感からも解放され、皆と同じようにここでロープを解き、足取りも軽く意気揚々と山頂方面へ向かう。 キャンプ・ミュアからここまでちょうど6時間で、当初の予想よりも1時間以上も早かった。 緩やかな傾斜の広大な火口原を横断してから最高点の火口丘への登りでは火山の熱で雪が禿げ、地面から蒸気が出ている所もあった。


突然目の前の視界が大きく開け、下からは全く見えなかった山頂部の広大な火口原の縁に飛び出した


火口原の縁に立つ柴田さん


ロープを外し、足取りも軽く意気揚々と山頂方面へ向かう


最高点の火口丘への登りでは火山の熱で雪が禿げていた


   辿り着いた最高点と思われる雪のドームの上には標識らしきものは何もなく、目と鼻の先にある雪の禿げたもう一つのピークの方が高そうに見えたので、居合わせた4人パーティーと共にそのピークに向かう。 雪の禿げたピークにも標識らしきものは何もなかったが、それは大した問題ではなく、柴田さんと会心の登頂を喜び合った。 感動的というよりは、高揚感が勝るサミットだった。 4人パーティーと写真を撮り合い、高度計の標高(4299m)を記憶して再び雪のドームに戻ると、僅か1mだけ雪のドームの方が低かった。 これ以上何も望むべくものがない快晴無風の山頂は360度の大展望で、広大な火口原の向こうに最高峰ならではの開放感に溢れた雄大な景色が広がっていた。


最高点と思われる雪のドームの上には標識らしきものは何もなかった


雪のドームから目と鼻の先の雪の禿げたピークに向かう


雪の禿げたピークから見た雪のドーム


雪の禿げたピークから見たアダムス


雪の禿げたピークから見た北側の火口原


マウント・レーニアの山頂


山頂から見たセントヘレンズ


山頂から見た南側の火口原


雪のドーム(右)と雪の禿げたピーク(左)


   写真を撮ったりビデオを回したりしながら山頂からの展望を充分満喫し、11時に重い腰を上げて山頂を後にする。 山頂直下で柴田さんが見つけた頑丈な箱に入った登頂者ノートに名前を記した。 すでに誰もいなくなった火口原の縁でロープを結んでいると、先ほど山頂を通過して先に進んでいった2人パーティーが火口原の縁を周回(お鉢回り)して戻ってきたので、彼らに道を譲って下山を始める。 間もなくその2人がピッケルでトレースを均していたので話を伺うと、彼らはガイド会社のスタッフ(ガイド)で、ルートのメンテナンスをしているとのことだった。 明日は日曜日なので、今日よりもさらに多くのガイドパーティーが登るからだろう。 気温の上昇や風によるトレースの消失などで下りの危険度が増すことを危惧していたが、直前にガイドパーティーなど多くの人達が下ったことで予想よりもトレースが安定し、当初はスタカットで下ろうと思った区間も全く問題なくスムースに下ることが出来た。


山頂直下に置かれた頑丈な箱に入った登頂者ノートに名前を記す


山頂から火口原の縁へ


火口原の縁から下山を始める


下山する先行パーティー


ガイド会社のスタッフ(ガイド)がルートのメンテナンスをしていた


スタカットで下ろうと思った区間も全く問題なくスムースに下ることが出来た


   途中1回の休憩で中間地点の氷河の取り付きまで下り、ロープを解いてディスアポイントメント・クリーバーの岩稜を下る。 アイゼンを外すタイミングを逸してしまい、殆ど雪に触れることなく30分ほどで基部まで下った。 基部で再びロープを結び、イングラハム・フラットのテントサイトまでの雪崩の危険地帯を足早に通過する。 テントサイトの傍らで最後の休憩をして、登頂の余韻に浸りながらカテドラル・ロックのギャップを乗越し、キャンプ・ミュアへの踏み固められたトレースを鼻歌交じりに下る。 

   3時にキャンプ・ミュアへ到着すると、周囲のテントサイトの住人はだいぶ入れ替わっていた。  夜は9時過ぎまで明るいため、これからテントを撤収して登山口のパラダイスまで下ることも充分可能だったが、下山後に宿の手配などをするのも煩わしいので、当初の計画どおりここでもう一泊することにした。 少しだけ足りない水を作り、レンジャーステーションの建つ峠に行くと、パラダイスに下っていく人やパラダイスから登ってくる人が多く見られた。


イングラハム氷河から見たディスアポイントメント・クリーバー


カテドラル・ロックのギャップの手前から見た山頂方面


カテドラル・ロックのギャップからキャンプ・ミュアへ


キャンプ・ミュアへの踏み固められたトレースを鼻歌交じりに下る


キャンプ・ミュアへ到着すると周囲のテントサイトの住人はだいぶ入れ替わっていた


レンジャーステーションの建つ峠から見た山頂方面


レンジャーステーションの建つ峠から見たパラダイス方面


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マウント・レーニア