《 5月3日 》

A.B.C(6400m)

   5月3日、夜中はすぐに熟睡してから軽い頭痛で一度起き、その後は頭の違和感でもう一度起きた程度で良く眠れた。 起床後のSPO2と脈拍は79と76で、A.B.Cに4泊して徐々に順応の効果が出てきた。 朝食も美味しく食べられ、朝食後のSPO2と脈拍は71と84で、数値的にもまずまずだった。 今日は昨日の順応ハイキングに続いて、更に先のフィックスロープの取り付きまで行く予定だったが、急遽ヨーロッパ隊との合同のプジャをすることになった。

   A.B.Cのテントサイトには平らで広いスペースはないので、タルチョを張る祭壇は外に作り、ヨーロッパ隊のダイニングテントでプジャを行う。 意外にもキッチンボーイのタシがラマ僧の心得のあるシェルパのナムギャルの隣に座り、祈祷の言葉を一緒に唱えていた。 プジャの最中にアンドレアスがB.Cにいるカーリーからの電話で呼ばれたので、何か悪いことがあったことが想定された。 1時間ほどで祈祷が終わると、外の祭壇の周囲でお米を放り投げてプジャはクライマックスを迎え、ツァンパ(小麦粉)を顔に塗りあい、お酒やお供えが振る舞われた。 ヨーロッパ隊との記念撮影をして再びダイニングテントに戻り、ナムギャルから一人一人の首に赤い紐を結んでもらった。 ナムギャルにお布施を託し、プジャはお開きになると思ったら、ラクパの発声によりシェルパダンスが始まり、最後は私達もダンスの輪に加わることになった。 狭いダイニングテントの中でのダンスは息苦しかったが、とても一体感があって面白かった。


ヨーロッパ隊のダイニングテントでプジャを行う


祭壇を作るシェルパ


外の祭壇にタルチョを張る


タシがナムギャルの隣に座り祈祷の言葉を一緒に唱えていた


祭壇の周囲でお米を放り投げてプジャはクライマックスを迎える


ツァンパ(小麦粉)を顔に塗りあう


ヨーロッパ隊との記念撮影


ナムギャルから一人一人の首に赤い紐を結んでもらった


プジャの〆のシェルパダンス


   昼食時にアンドレアスが私達のダイニングテントに来て、明日からの天気のことを心配そうに話していた。 昨日はサイクロンによる強風で、C.1に設営する予定だったテント7張りが倉庫テントごと吹き飛ばされたということで、先ほどのカーリーからの電話の内容はその件だったようだ。 予報よりも早く昼過ぎから天気が崩れ始めた。 夕方のSPO2と脈拍は75と68になり、ようやく脈が60台に下がってきた。 夕食は普通の量を美味しく食べられるようになり、B.Cに戻りたいという気持ちと、このままアタック体制に入りたいという気持ちが半々になった。

   夕食後は明日以降の順応の日程について、倉岡さんとアンドレアス、そしてB.Cにいるカーリーの三者が電話で協議した。 明日は強風ではなく、3〜40センチの大雪になる可能性があるので、明日の順応ハイキングは中止して速やかにB.Cに下山した方が良いということだった。


昼食の焼きそば


予報よりも早く昼過ぎから天気が崩れ始めた


夕食の炊き込みご飯


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