《 8月18日 》

C.3(6100m) 〜 C.2(5400m) 〜 C.1(4400m)

   8月18日、爆風は全く止む気配はなかったが、予定より少し早い1時前に起床して準備を始めると、テントの外から平岡さんが大声で、出発を4時に変更すると叫んでいるのが聞こえた。 この風では出発出来ないばかりか、炊事用のお湯を作るのも困難だろう。 再びシュラフにもぐり込み風が弱まるのを待ったが、風は一向に吹き止む気配はなく、4時の出発に向けて準備を始める2時半になってしまった。 先ほどと同じタイミングでテントの外から平岡さんが、出発を6時に変更すると叫んでいるのが聞こえ、これは半ば今日のアタックは無理だなと諦めつつ再びシュラフにもぐり込んだ。 それをダメ押しするかのように風は一層強く吹き続けた。 一昨日C.1で見た天気予報からすると、明日以降は風が強くアタックするのが難しそうなので、4時に起きて出発の準備を始めたが、しばらくすると再度平岡さんから、今日のアタックは中止するという指示があった。 すでに覚悟は出来ていたし、仮に6時に出発したとしても、途中で時間切れになる可能性も大きいので、それほど落胆はしなかった。 今朝は珍しく体調が良かったので、予報が外れて好天が明日にずれ込んでいるのであれば、明日の好天に賭けるのも悪くないと気持ちを切り替え、装備を解いて再度シュラフにもぐり込んだ。

   ところが、それから思いもよらぬ事が起き、登頂の夢は一瞬のうちに潰えてしまった。 周囲が明るくなり、平岡さんからアタックを明日に順延するという説明を聞いてから、昨日から少し白くなっていた右手の親指の先を平岡さんに見せたところ、これは凍傷だと即座に宣告されてしまったのだ。 急遽、応急処置ということで、コッフェルに張ったお湯で1時間ほど指を温めてもらうと、少しふやけた指は全く異常が無いように見えたので、取り越し苦労だったと安堵したが、意外にも平岡さんから、下山すれば治る可能性はあるかもしれないが、凍傷には間違いないので、今すぐ下山してC.1常駐しているエージェントのドクターの治療を受けるようにと強い口調で言われてしまったので、有無を言わさずこれに従うしかなかった。 その数秒後にはウールの手袋と羽毛のミトンまで右手にはめられてしまい万事休すだ。 たまたまアタックが中止になったことで、軽い気持ちで平岡さんに相談したことが裏目に出てしまい、地獄の底に突き落とされたような気持になった。 「好事魔多し」の諺は正にこのことだろう。

   右手が不自由になってしまったので、工藤さんに色々と面倒を見てもらいながら、急いで朝食を食べ、テントの中の荷物を整理して下山の準備をする。 C.1まで一人で下るつもりでいたが、平岡さんの指示でビシュヌと一緒にC.1に下ることになった。 明日の登頂を目指してC.3に残る田路さん、山本さん、そして工藤さんに別れを告げ断腸の思いでC.3を後にする。 気が付けば天気は嘘のように回復し、風の弱い絶好の登山日和となっていた。 一昨年登れなかった同じ山域のハン・テングリのリベンジを誓ってこの山にチャレンジしに来たが、逆に傷口に塩を塗るような結果となってしまい、自分に対する慰めの言葉も見当たらない。 ミトンをした右手では写真を撮りにくいが、それ以上に写真を撮りたいという気持ちが湧いてこなかった。

   昨日の強風、そして未明の爆風が嘘のようにC.2への下りは無風となり、一度も休憩することなく僅か1時間ほどでC.2に着いた。 C.2では私と同じように何らかの事情で隊から離脱しC.1に下る単独の外国人と一緒にビシュヌとロープを結ぶことになった。 C.2からC.1への下りでは気温が上昇し暑くなってきたが、気力が失せてしまったことで着替えるのが面倒臭く、汗をかきながら氷河の取り付きまで殆ど休まずに下り続けた。 氷河の取り付きまで下ると、ようやく少し現実を受け入れられるようになり、ロープを解いてからゆっくり寛いだ。

   1時前に今まで以上に閑散としたC.1に着き、すぐにエージェントのドクターのテントに向かう。 ビシュヌと一緒にドクターに事情を説明し、手袋を外して右手の親指を見せると、すでに指の白さは殆どなく、ドクターからは全く問題ないという診断があった。 ドクターの診断で安堵した反面、再び悔しさがこみ上げてきたが、もう後の祭りだ。 ビシュヌに個人装備の荷下げ料を支払い、相応のチップを手渡す。 ガランとしたダイニングテントで遅い昼食を食べ、掲示板に貼り出された明日以降の天気予報をチェックすると、明日と明後日の風は出発前よりも少し弱くなっていた。 ビシュヌは登頂後の私達の隊の下山をサポートするため、明日の未明から再びC.3に上がるとのことだった。


C.3から見たレーニン・ピーク


氷河の取り付き付近から見たレーニン・ピーク


今まで以上に閑散としたC.1


掲示板に貼り出された明日以降の天気予報


夕食のピザ


C.1から見たレーニン・ピーク


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