《 8月6日 》

B.C(4050m)

   8月6日、4時に起きてテントの外に出る。 昨日というよりもたった数時間前までの変わり易い天気が全く嘘のように、というか全く別の場所にいるかのように上空には半月が煌々と輝き、月明りで黒いハン・テングリと白いチャパエフ・ノースがはっきり見えた。 風も全くの無風で、この天気が一週間前から予測出来たことに驚いた。 ハン・テングリのみならず、周囲の山々にも雲は一片も見られず、正に最高の登山日和、サミット・デイとなった。 田路さん達も体調さえ悪くなければ、登頂は間違いないだろう。 月明りだけで足元が見えることもアタックメンバーにとってはありがたいはずだ。 私も仮に今C.3にいれば、登頂への期待が膨らんだに違いない。 放射冷却でB.Cはいつもよりひんやりしている。 B.Cの気温がマイナス3度なので、単純計算でC.3はマイナス15度くらいだろうか。

   ヘッドランプの灯りがC.3付近で時折見えるが、山頂へのルートはここから見える稜線の少し裏側なので、登っているパーティーのものは見えない。 自分が登っていることをイメージしながら、テントの傍らでずっとハン・テングリと対峙する。 こんな経験をすることになるとは、出発前には全く想像もしていなかった。 山頂アタック、そして憧れの山への登頂は夢に終わったが、その無念もしばし忘れて山に見入っている自分がいた。 こういう楽しみ方もあるのだと自分に言い聞かせ、刻々と微妙に変化するハン・テングリの写真を何枚、そして何十枚と撮り続けた。


 

4時に起きてテントの外に出ると、上空には半月が煌々と輝いていた


月明りで黒いハン・テングリがはっきり見えた


自分が登っていることをイメージしながら、テントの傍らでずっとハン・テングリと対峙する


刻々と微妙に変化するハン・テングリの写真を何枚、そして何十枚と撮り続けた


モルゲンロートに染まる周囲の山々


   5時半になるとハン・テングリの山頂待望の朝陽が当たった。 今頃アタックメンバーはどの辺りを登っているのだろうか。 これ以上望めないほどの絶好の天気に、重い足取りもいくらか軽くなっていることだろう。 6時半過ぎにはB.Cにも陽が射すようになり、一気に暖かくなった。 双眼鏡で覗いてもアタックしている人影は見えなかったが、C.2からC.3に向かってチャパエフ・ノースを登っているパーティーの姿がはっきり見えた。 結局、4時から朝食に呼ばれる8時前までずっとテントの傍らでハン・テングリを見上げていた。

   朝食後にガイドのワディム・ナカムラの二人とフランス・ロシアの混成チームがC.1に向けて出発していった。 B.Cにはもうスタッフを含めても10名ほどとなり、まるでシーズンが終わったかのように閑散としていた。 9時を過ぎると少し風を感じるようになったが、暖かい風だ。 体感気温もぐんぐん上昇し、薄着でいられるようになった。 北面となる山頂へのルートにももうじき陽が当たるようになるだろう。 空の色もますます蒼くなり、ガイドブックの写真で見たような色合いとなった。 幸か不幸か、図らずも今回の遠征中で最も素晴らしいハン・テングリの雄姿をB.Cから拝むことが出来た。 午前中は定期的に同じ場所から写真を撮り、シュラフを干したり荷物の整理をしたりして過ごす。 空しい気持ちにも苛まれたが、これも運命だと受け容れるしかない。


5時半になるとハン・テングリの山頂に朝陽が当たった


チャパエフ・ノースの山頂にも朝陽が当たった


これ以上望めないほどの絶好の天気になった


黒いハン・テングリと白いチャパエフ・ノース


ハン・テングリ


チャパエフ・ノース


6時半過ぎにはB.Cにも陽が射すようになった


周囲の山々にも雲は一片も見られなかった


C.1に向うガイドのワディム・ナカムラの二人とフランス・ロシアの混成チーム


B.Cはまるでシーズンが終わったかのように閑散としていた


   昼食はガランとした食堂で、イギリスから来たという若いカップルと同席した。 私と同じように順応不足でC.2までしか上がれず、今日は仲間が山頂アタックしているとのことで、敗残兵同士で傷を舐めあった。 今頃アタックメンバーは山頂で登頂を喜び合っているに違いない。 私もその場に居合わせたかったが、今は下から神々しいハン・テングリの写真を撮り続けるしか術がなかった。 3時を過ぎると気温の上昇による雲が少し湧き始めたが、それも一時的で、夕方に向けて再び雲がなくなり、その後も夜遅くまで快晴の天気が続いた。

   6時になると「ジャパニーズ・チーム・トウジ」という声が食堂の方から微かに聞こえた。 無線の定時交信でC.3に戻ったガイドのセルゲイからから登頂の一報が入ったのだろう。 さすがに田路さんは凄いなと、あらためてセブンサミッターの強さを知った。 神々しい残照のハン・テングリの雄姿を撮り終えてから食堂に行く。 夕食前にルダから今日の登頂者は10人で、ジャパニーズ・チームは5人が全員登頂したという報告があった。 他にはドイツ隊から2人、ルーマニア隊から3人が登頂したとのことだった。


午後に入っても良い天気が続いた


昼食のラム肉


3時を過ぎると気温の上昇による雲が少し湧き始めた


夕方に向けて再び雲がなくなった


神々しい残照のハン・テングリ


夕食の肉野菜炒め


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ハン・テングリ