《 8月4日 》

C.2(5450m) 〜 B.C(4050m)

   8月4日、6時のアラームが鳴るまで登山の継続か中止かを逡巡していたが、今回は順応が不十分なため、少しでも不安を感じたら下山しようとB.Cを発つ時から心に誓っていたので、今日C.2で停滞せずC.3に行くようであれば、中止する方向で行こうと決めた。 このまま雪が降り続くことを祈り続けたが、何故か今日に限って朝になって降りやんでしまった。 起床前のSPO2は60台後半で軽い頭痛がした。 曇天だが時々青空が覗くいつもの不安定な天気だったが、予定どおり出発するようだった。 今日ここに連泊して順応が上手くいけばC.3入りすることも出来ただろうが、これも運命なのかもしれない。 セブンサミッターの田路さんは順応に関しては全く問題なさそうで、高所での行動を共にすること自体無理があるように思えた。

   朝食のカップラーメンは普通に食べれたが、指先がなかなか温まらず、テントの撤収も上の空だ。 今日が安定した良い天気だったら、また違った展開になっていたのかもしれないが、登山にレバタラはない。 断腸の思いで平岡さんに、順応が不十分なので下山したいと伝えると、突然の申し出に平岡さんも驚いていたが、私の意思を尊重し慰留されることはなかった。 スタッフが余分にいないので、一人でB.Cに下りるつもりでいたが、たまたま無線を持っているイラン人の男女2名のパーティーがこれからB.Cに下るとのことで、セルゲイと平岡さんが話をつけてくれ、一緒に下山することになった。 

   8時に田路さんと平岡さんに登頂の夢を託し、未練を残しながらもう来ることは叶わないC.2を後にした。 今まで経験したことのない自己都合での敗退の屈辱と、濡れた寝袋を無理やり押し込んだアタックザックが重いが、気持ちを切り替えてイラン人の男女パーティーの輪の中に入る。 30歳台と思われるイラン人の男性の名前はムハム、女性はレイラとのことだった。 レイラによるとムハムはガイドの資格はないがとても強く、見た目にも頼もしそうだった。 

   ムハムが先頭になり、レイラ、私の順で後に続く。 ムハムはどのロープが一番良いかを私達に下からアドバイスしてくれた。 我が隊のガイド達よりも懇切丁寧だ。 昨夜からの降雪直後なので足場が悪く、前回よりも下りにくい。 水を吸った長いロープが重くて女性の力では持ち上がらず、レイラの懸垂を助けることもあった。 天気は終始曇りがちで、雨や雪にはならなかったが、陽も射すことはなかった。 眼下にC.1が見え始めた所で、今朝B.Cを出発したドイツ隊のパーティーとすれ違った。 彼らは今日一気にC.2に入り、明日はC.3に泊まって好天が予想されている明後日に登頂し、翌日にはB.Cまで下ってくるという3泊4日の速攻登山だ。 天気の状況に合わせてこのような登り方が出来る体力と能力が羨ましい。

   11時半に下のC.1に着く。 ここまで下ってくるとようやく暖かさを感じるようになった。 C.1直下の長いフィックスロープを登ってくるパーティーを待つため、1時間ほど休憩も兼ねて他のパーティーと談笑しながらのんびり過ごす。 今までアラブ系の人達と交流したことがなかったので、図らずも貴重な経験となった。 ムハムはとても陽気で、B.Cに聞えるくらいの大きな声で歌を歌っていた。 あらためてお二人に登頂の有無や上の状況を伺うと、C.3は風が強くテントの数もC.2より多かったので、C.3からさらに標高で200mほど登った所にテントを張り、昨日の朝2時に出発して10時間掛かって登頂し、下りもテントまで5時間掛かったとのことだった。 驚くことに、その足でチャパエフ・ノースを越えて昨夜C.2まで下ったとのことだった。 C.3から山頂の間も技術的に難しい所が多かったとのことで、やはり体調と天気の両方に恵まれないとこの山の登頂は難しいと思えた。 

   1時前に下のC.1を出発。 C.1直下の長いフィックスロープの下りで、傷んだロープがATCから抜けなくなってしまい、その間に先行しているムハム達との間が開いてしまった。 さらに間が悪いことに、その先のトラバース地点で小さな雪崩が発生し、トレースが消えてしまったので、遠回りしながら少しでも斜面の傾斜が緩いところを選んで慎重に下ったので、30分ほど取り付きで二人を待たせてしまった。

   取り付きで休むことなく登攀具を着けたまま北イニルチェク氷河を横断し2時半にB.Cに着くと、ムハムとレイラはイラン隊の他のメンバー達に出迎えられ、登頂を祝福されていた。 意外にも割石さんの姿は見えず、割石さんの代わりにボスのムハが出迎えてくれ、昼食の用意がしてあるのですぐに食堂に来るように勧められた。 もう何も心配することはないので、暖かいスープを飲み干し、羊の肉入りのピラフをお腹一杯に食べた。 昼食後にルダから、割石さんがA社のメンバーと一緒にヘリでカルカラに下ったということを知らされた。 ルダから、なぜ元気そうなのに登れなかったのかと聞かれたので、高所に体が順応出来なかったと笑って答えた。

   夕方になってようやくハン・テングリの山頂が見えるようになったが、7時を過ぎると雨が降り始め、珍しく風も強まってきた。 早ければ明日の未明から山頂へアタックすることになっているが、果たしてどうなるのだろうか。 夕食時に今シーズンの初登頂となったムハム達4人をボスのムハが紹介して褒め称え、食堂に居合わせたメンバーも拍手で登頂を祝福した。 当初は自分も拍手される側にいることを思い描いていたが、そんなにこの山は甘くはなかった。 ムハがハン・テングリの歌を声高らかに歌い、ちょっとしたお祭り騒ぎで盛り上がった。 キッチンスタッフからお祝いのケーキとウオッカが振る舞われ、皆で喜びを分かち合いながらお裾分けしていただいた。


C.2では新雪が10センチほど積もった


雪は今日に限って朝になって降りやんだ


順応が不十分なので下山することを決断する


田路さんに登頂の夢を託す


イラン人の男女2名のパーティーと一緒にB.Cに下ることになった


未練を残しながらもう来ることは叶わないC.2を後にする


昨夜からの降雪直後なので足場が悪く、前回よりも下りにくかった


ムハムが先頭で下る


天気は終始曇りがちで、雨や雪にはならなかったが、陽も射すことはなかった


下のC.1で休憩も兼ねてのんびり過ごす


C.1直下の長いフィックスロープを下る


取付きから見たハン・テングリの山頂


イラン隊の他のメンバー達に登頂を祝福されるムハムとレイラ


今シーズンの初登頂者をボスのムハが紹介して褒め称えた


夕食のマカロニ


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ハン・テングリ