《 7月23日 》
カーリィー・タウC.2(4770m) 〜 カーリィー・タウ(5350m) 〜 B.C(4050m)
7月23日、1時半に起床。 今日は妻の誕生日だ。 昨夜は予想どおり動悸と頭痛、そしてまるで心臓病のように胸の奥が締め付けられるような不快感で殆ど眠れなかった。 起床後のSPO2と脈拍は76と63で意外と脈は低かった。 残念ながら空には星が見えず曇っている。 食欲はないのでチキンラーメンだけをお腹に流し込む。 3時に出発の予定だったが、ワディムがカーリィー・タウとMt.カザフスタンの間のコルまではロープを結ばずに行くということに平岡さんが猛反対し、しばらく二人で議論を交わしていたが、結果的に効率面より安全面を優先するということで、昨日と同じように私と田路さんがワディムと、割石さんが平岡さんとロープを結んで登ることになった。
セルゲイとイゴールに見送られ、3時過ぎにC.2を出発。 相変らず風も無く暖かい。 まるで夏のヨーロッパアルプスの山を登るような感じだ。 昨日C.2から見えていた峠のような所までは勾配の緩やかな登りが延々と続く。 昨日の二人組のパーティーの薄いトレースはあるが、先頭のワディムが柔らかい雪をラッセルしながら進むためペースは遅い。 体調の悪い私には真に好都合だ。 40分ほどで峠のような所に着き一息入れるが、C.2からまだ標高差で60mほどしか登っていなかった。 天気は良くならず、時折小雪が舞ってくるようになった。
峠からは一旦僅かに下り、カーリィー・タウとMt.カザフスタンの間のコルまで再び緩やかで単調な登りとなる。 相変らずペースは遅くてありがたい。 突然、後ろから単独者が勢いよく傍らを追い越して行った。 良く見るとそれはイゴールだった。 今回イゴールはポーター役なので、C.2で留守番をするとばかり思っていたが、どうやら先行してトレースをつけてくれるようだ。 あるいは単にカーリィー・タウに登りたかったのかもしれない。 いずれにしても、あっという間にその姿は見えなくなった。 間もなく周囲が薄明るくなり、前方に顕著なコルが見え始めると、今度はセルゲイが追い付き、ワディムに一声掛けると足早に追い越して行った。
峠から1時間半ほど登り、5時半前にカーリィー・タウとMt.カザフスタンの間のコルに着いた。 コルの右手にはカーリィー・タウの山頂方面に伸びる長い雪稜が見え、目を凝らすと雪稜を登るイゴールとセルゲイの姿も見えた。 高度計の標高は4730mで、C.2からの標高差は200mほどだった。 雪は止んだが天気はあまり良くなく、残念ながらここから見えるはずのハン・テングリは全く見えない。 一方、ここから見た雪稜を登るルートは易しそうで、先行しているイゴールとセルゲイの新しいトレースもあるので、あと3時間もあれば山頂に届きそうに思えた。
峠でしばらく休憩し、5時半過ぎにやや急な広い雪稜を登り始める。 ありがたいことに稜上も風が全くなかった。 体調も少しずつ回復してきたので、何とか山頂まで登れそうな感じがした。 すぐに小さな岩場があり、短いフィックスロープをユマールで登る所があったが、そこを過ぎるとコルから見たとおりの易しい雪稜歩きとなった。 天気も徐々にではあるが回復し、上空には青空も僅かに見えるようになった。 ワディムのペースも相変わらずゆっくりなのが嬉しい。 いつの間にか体調も良くなり、間もなく先行していたイゴールが下ってきたので登頂を確信した。
頭上に山頂らしき所が見えた所で最後の休憩となった。 高度計の標高はようやく5000mになった。 ちょうど後ろからスペイン隊の二人が追い付いてきた。 彼らはC.2を4時半に出たとのことだったが、先ほどから高度の影響で登るペースが急に落ちたという。 しばらく彼らと雑談を交わすと、休憩後は私達の隊と一緒に登るような感じになった。 もちろん、今日カーリィー・タウに登るのは、今ここにいるメンバーだけだ。 間もなく今度はセルゲイが下ってきた。 セルゲイもワディムに一声掛けただけで、足早に下って行った。
ここからは平岡さんと割石さんのパーティーが先行し、スペイン隊のパーティーを間に挟んで私達のパーティーが最後尾となった。 右に見えるMt.カザフスタンの山頂がいつの間にか目線の高さとなり、山頂直下では雪稜も痩せてきたが全く難しい所はなく、8時過ぎに山頂のような雰囲気の広いピークに着いた。 指呼の間にここよりも少し高い巨大な雪庇のドームが見えたが、ここから先は氷河の状態が非常に悪いため、一般的にはこの広いピークをカーリィー・タウの山頂としているようで、ワディムはあえて雪庇の方に近づこうとはしなかった。 高度計の標高は5108mとなっていたので、実際のこの広いピークの標高は5350mくらいだろう。 休憩もそこそこに、寸暇を惜しんで周囲の山々の写真を撮りまくった。
未明から早朝に比べると天気は少し良くなり、雲は多いながらも東の方角には端正なムラモルナヤステナ(6400m)が大きく望まれ、西には手が届きそうな近さにMt.カザフスタンの頂が迫っている。 あいにく一番楽しみにしていたハン・テングリには雲が取り付き、すっきりとその姿を見ることは出来なかった。 スペイン隊の二人は、人の多いハン・テングリには登らず、静かな山を求めてこの山を登りにきたとのことだった。 目的は違うがお互いの登頂を祝福して写真を撮り合った。 順応が目的ではあるものの、なかなか簡単に来れる場所ではないので、今回カーリィー・タウに登れて本当に良かった。
山頂での至福の時間はあっという間に過ぎ、8時半過ぎにスペイン隊のパーティーに続いて山頂を後にする。 登りとは反対に下りは私が先頭になった。 ゆっくり下ったつもりだが、まだ雪の状態が良くトレースも充分あったので、山頂から1時間足らずでコルに着いた。 予想よりも早くコルに着いたので、コルで少し休憩してからC.2への緩やかな斜面をワディムを先頭に下る。 天気は下の方ほど良く、気温の上昇による暑さと雪面からの照り返しが苦痛になってくる。
コルからはちょうど1時間、山頂からは2時間少々でC.2に着いた。 喉がだいぶ渇いていたので、出迎えてくれたセルゲイから差し出された温かい紅茶をガブ飲みする。 二日続けての睡眠不足と行動食をあまり食べていないことによるシャリバテ、そして一番の原因は高度障害のため、C.2に着いたとたん気分が悪くなってしまったが、正午にC.2を発つことを目標に、休む間もなく荷物のパッキングとテントの撤収を始める。 当初の計画ではC.2で順応のため連泊することになっていたことを思うと余計辛い。
正午ちょうどにC.2を発つ。 スペイン隊の二人は、明日はMt.カザフスタンを登るとのことで、B.Cに下る私達を見送ってくれた。 午後に入ると気温はさらに上昇し、時々雲間から陽が射すと雪原の上は地獄のような暑さとなったが、幸か不幸か午後も曇りがちの天気だったので助かった。 昨日越えたセラックの基部のギャップはユマールを使って登った。 氷河の取り付きでロープを解き、浮石の多いガラ場の下りでは、あともう少しで北イニルチェク氷河に下れるという所で、傍らの直径1mほどの大きな岩が突然動き出し、割石さんと田路さんを後ろから襲ったが、幸いにも割石さんが足首を打撲しただけで済んだ(帰国後に骨折していたことが判明した)が、一歩間違えれば二人とも大けがをするところだった。 落石騒ぎでC.1への到着は少し遅くなったが、C.1からB.Cへの北イニルチェク氷河の下りは、先行したセルゲイとイゴールの後を追って登りよりも効率的なルートを辿れたので、予想よりも早く5時半にB.Cに着いた。 未明からの長時間の歩行で、足はすでに棒のようになっていた。