《 16日 》

ワイワッシュ(4350m) 〜 トラペシオ峠(5010m) 〜 フラウコーチャ(4343m) 〜 クタタンボ(4265m)

   7月16日、まだ薄暗い6時のモーニングティーに合わせて起きる。 昨夜もまだ眠りは浅かったが、ようやく順応してきたのか、これといって体に不具合はなかった。 6時半過ぎにようやくテントに朝陽が当たり始めた。 空には少し雲があるが、ありがたいことに今日も晴れている。 昨日は暗くて分からなかったが、キャンプ地からカルニセーロ(5960m)と南に連なるフラウD(5674m)・フラウE・(5537m)・フラウF(5600m)と名付けられた山々が見えた。

   今日はトラペシオ峠(5010m)という峠を越えてクタタンボのキャンプ地(4265m)まで行く。 当初はトラペシオ峠からクヨック谷のパンパクヨック(4492m)へ下る計画だったが、アグリからの最新の情報により、トラペシオ峠からその一つ先の谷にあるクタタンボに直接下ることになった。 三日前にワイワッシュ山群の北端のマタカンチャから入山し、山群の東側を北から南へ縦走してきたが、今日は主脈としては最南端となるトラペシオ(5653m)の中腹にあるトラペシオ峠を越えることにより、山群の東側から反対の西側に回り込むことになる。 

   クタタンボへ着くのは夕方になるとのことで、いつもよりも少し早く7時半過ぎにワイワッシュのキャンプ地を出発。 南下してビコンガ湖へ行くメインルートではなく、牛や羊が草を食む長閑な牧草地を緩やかに登っていく。 正面にはそれとは対照的な荒々しいプスカントゥルパという岩峰群が見えたが、登山家の山野井泰史さんが昨年その中の一峰を初登頂したことを平岡さんから教えてもらった。 

   ワイワッシュから1時間半ほど歩いた所で、それまで見えなかったトラペシオの頂(南壁)が見え始めた。 昨日シウラ峠から下る時に見た山容とは違うストイックな姿は、山群の北端のニナシャンカと同様に、南端の要として相応しい印象を受けた。 初登ではないが、昨年山野井さんがパートナーの野田賢さんとこの南壁を登ったことも帰国後に調べて分かった。 ワイワッシュから2時間ほど歩いた所で一息入れ、そこから右方向へ進路を変えてトラペシオとプスカントゥルパの間の大らかなトラペシオ峠を目指す。 池塘や池が見られるようになり、水鳥が飛ぶ姿も見られた。 予想どおり周囲には他のトレッカーの姿は無く、この広い空間は私達のパーティーで貸し切りだった。 牧草地に大小の岩が散在するようになり、モレーンに向かってジグザグを切って登る。

   正午前にトラペシオの西壁を仰ぎ見る場所に着き、そこでランチタイムとなった。 少し前まで見ていたストイックな南壁とはまるで違い、氷河のある西壁は重厚な面持ちで、これが本当に5600m台の山かと目を疑うほど迫力があった。 体調は昨日までのように悪くなく、昼食のスープとお好み焼きは何も気にせずに食べることが出来た。 午後になると昨日よりも早く上空に雲が広がり始めた。 

   小1時間ほど休憩を兼ねて休み、トラペシオ峠への道を登り続ける。 意外にも道は良く踏まれていて明瞭だった。 1時半に強い風が吹き抜けるトラペシオ峠(5010m)に着いた。 峠の向こう側にはエメラルドグーリンの無名湖と衝立のように屹立するプスカントゥルパの南峰(5652m)が見え、皆で歓声を上げた。 パンパクヨック方面へはここから無名湖に向かって下るが、私達はさらにトラペシオの氷河に向かって岩稜沿いの広いガリーを登る。 背後にはラウラ山群の山々も見えた。 間もなく前方が明るく開け、不意にワイワッシュの白い峰々が目に飛び込んできた。 入山後初めて見るサラポ(6127m)とカルニセーロ(5960m)の間に見える山がシウラ・グランデだとアグリが教えてくれた。 ザックを置いて興奮しながら傍らの岩稜の末端に皆で登る。 あいにくシウラ・グランデの頂は厚い雲で覆われていたが、ここから眺める雄大な景色は正に“グラン・ビスタ”で、高所にいることも忘れて皆で大いに盛り上がった。 トラペシオの頂が眼前に迫る岩稜の末端の標高は、平岡さんのGPSで5100mほどあった。

   展望の良い岩稜の末端から降りて先に進むと、すぐに狭いガリーとなり、足下にはトラペシオの氷河が見えた。 本当にここを下るのかと思うような岩屑のグズグズの急斜面を、落石に注意しながら間隔を開けずに一団となって下る。 降り立った氷河は傾斜が緩かだったので、ノーロープ・ノーアイゼンで下る。 残念ながら天気は下り坂となり、間もなく小雪が舞ってきた。 30分ほど氷河を歩いた所で、凍った急斜面を補助ロープに掴まってサイドモレーンに下りる。 サイドモレーンを僅かに登ると、眼下にフラウコーチャ(湖)(4343m)の末端が見えた。 時刻はいつの間にか4時近くになっていた。 

   滑り易いスラブ状の岩の上をフラウコーチャを目指して下っていく。 フラウコーチャの湖面が完全に見えるようになると、ようやくクタタンボの広い扇状地がその先に見えた。 蒼い水を湛えた美しいフラウコーチャを足元に見ながらやり過ごすと、予想よりも少し遅い6時前にクタタンボのキャンプ地(4265m)に着いた。 足はすでに棒になり、皆でここは“クタクタタンボ”だねと言って笑った。

   クタタンボからは、今朝スタートしたワイワッシュから見たフラウD・フラウE・フラウFの3峰が全く逆の並びで見え、山群の反対側にきたことを実感した。 テントの傍らで夕焼けに染まる山々を眺めていると、一番左の奥に見える山が目標のラサックだとアグリが教えてくれ、その途端その山だけに目が釘付けとなった。 到着が遅くなったので夕食は8時からということになり、1時間ほどテントの中で横になった。 夕食前のSPO2と脈拍は83と63で予想以上に良かった。 夕食は鶏肉のソテーで、入山以来初めておかわりをして食べた。 長時間の行動で疲れてはいたが、ようやく4000m前半の高さに順応したようで嬉しかった。


ワイワッシュ(4350m) 〜 トラペシオ峠(5010m) 〜 フラウコーチャ(4343m) 〜 クタタンボ(4265m)


未明のワイワッシュのキャンプ地から見たカルニセーロ・フラウD・フラウE・フラウF(右から)


キャンプ地でのご来光


朝食のパンケーキ


行動食を選ぶ


キャンプ地を出発する


草原に放たれた地鶏


プスカントゥルパ(5652m)の岩峰群を眺めながら寛ぐ


トラペシオ(右)とプスカントゥルパ(左)の間の大らかなトラペシオ峠


トラペシオ(5653m)の南壁の基部を回り込む


周囲には他のトレッカーの姿は無く、この広い空間は私達のパーティーで貸し切りだった


苔むした池塘群


モレーンに向かって登る


トラペシオの西壁を仰ぎ見る


昼食のお好み焼


トラペシオ峠の手前


強い風が吹き抜けるトラペシオ峠


トラペシオ峠から見た無名湖と衝立のように屹立するプスカントゥルパの南峰


トラペシオの氷河に向かって岩稜沿いの広いガリーを登る


トラペシオ峠の先の岩稜の末端から見たトラペシオ


岩稜の末端から見たサラポ(中央左)・シウラ・グランデ(中央奥)・カルニセーロ(中央右)


岩稜の末端から見たラウラ山群の山々


岩屑のグズグズの急斜面を、落石に注意しながら間隔を開けずに一団となって下る


降り立った氷河は傾斜が緩かだったので、ノーロープ・ノーアイゼンで下る


凍った急斜面を補助ロープに掴まってサイドモレーンに下りる


滑り易いスラブ状の岩の上をフラウコーチャを目指して下る


岩場の下り


蒼い水を湛えた美しいフラウコーチャ(湖)


クタタンボのキャンプ地


キャンプ地ら見たフラウD・フラウE・フラウFの3峰(左から)


キャンプ地から見た夕焼けのラサック(左奥)


夕食の鶏肉のソテー


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