《 11月9日 》

ロブチェH.C ( 5 3 0 0 m ) ⇒ ロブチェ・イースト偽ピーク ( 6 0 7 0 m ) ⇒ ロブチェH.C ( 5 3 0 0 m ) ⇒ トゥクラ ( 4 6 2 0 m ) ⇒ ペリチェ ( 4 2 4 0 m )

   11月9日、3時過ぎに起床。 不思議なくらい昨夜からずっと風がなく、テントから外を見ると満天の星空だった。 お湯を沸かしてフリーズドライのカルボナーラを食べる。 準備は早くから出来ていたが、出発直前に用便に行きたくなってしまい、最後尾でH.Cを出発することになった。 出発は予定どおり5時ちょうどだった。 

   パサン・カミを先頭に雪のないスラブ状の滑りやすい岩場を登って行く。 間もなく夜が白み始め、アマ・ダブラムのシルエットが暗闇から浮かび上がってきた。 足元に雪が出てきたが、昨日下見とルート工作に行ったパサン・カミが良いルートを選んで先導してくれたので、アイゼンは着けずにミックスの岩場を登り続けた。 西の空がモルゲンロートに染まり始め、何度も足を止めて写真を撮る。 

   H.Cから1時間半ほどで雪稜の末端に着くと、ちょうど朝陽が当たり始めて暖かくなった。 雪稜の末端には猫の額ほどであるがテントを張るスペースがあり、昨日後ろ姿を見たパーティーのテントが2張あった。 ロブチェ・イーストと隣のロブチェ・ウエスト(6145m)の山頂らしきピークが並んで見え、目を凝らすと先行しているパーティーの姿も見えた。 嬉しいことに稜線には風が無く、上空も雲一つない快晴の天気だ。 

   雪稜の末端で一息入れながらアイゼンやハーネスを着けて7時に出発する。 踏み固められた明瞭なトレースがあったのでロープは結ばずに登る。 ペースの速い林さんと安倍さんが終始パサン・カミと先行し、私と一番年配の利岡さんが殿を務めるニマソナと一緒に登る形になった。 30分ほど明瞭なトレースを辿っていくと、次第に傾斜がきつくなってきたので、ここからは全員でロープを結んで登る。 今まで仰ぎ見ていたタウツェ(6367m)とチョラツェ(6335m)のコンビが次第に目線の高さになってくる。 しばらくアンザイレンして登ったが、本当に順応しているのかと疑いたくなるほど足が重く息が切れる。 斜面の傾斜が一段と強まると、そこからは昨日パサン・カミが取り付けたフィックスロープが張られていた。 頭上には大きなセラックが見えたが、すでに登頂したと思われる先行パーティーが笑顔で下ってきたので登頂を確信した。 フィックスロープの終了点の手前にある大きなセラックとクレバスを左右に迂回しながら登って行くと、ようやく指呼の間に今まではっきりと特定出来なかったロブチェ・イーストの山頂が見えた。

   パサン・カミと共に先行している林さんと安倍さんの姿が見えなくなったが、山頂直下で私達を待っているのだろう。 案の定、山頂の手前にテントが何張か張れそうな平らな場所があり、皆がザックを置いて寛いでいた。 目と鼻の先の山頂へは、ここで一息入れてから再び皆でロープを結んで登るのだろうと思ったが、どうやら山頂には登らずここで終わりにするような気配を感じた。 パサン・カミに聞いてみると、この先にある大きなクレバスを渡るのがとても危険なので、ここを今回の山頂とするということだった。 クレバスを渡った先にはトレースも見えるが、大雪の影響で山頂部分の雪の付き方が悪く、確保するスノーバーもない状況で6人が1本のロープで登るには少し無理があるように思えた。 ロブチェ・イーストの真の山頂には辿り着けなかったが、マイナーな山と急遽決まった“弾丸ツアー”の宿命なので仕方がない。 時刻は9時10分、H.Cを出発してから僅か4時間ばかりのあっけないサミットだった。

   気を取り直して、あらためて皆で登頂を祝い、記念写真を撮りあった。 展望は360度ではないものの、眼前には重厚なヌプツェとその背後にエベレストの山頂が見え、足下のクーンブ氷河の源頭にはプモ・リとチャンツェ、そして目を右に転じると、マカルーと先日登ったアイランド・ピーク、アマ・ダブラム、カンテガとタムセルク、タウツェとチョラツェ、そして南西の方角にはコンデ・リを始めとするおびただしい山々が一望され、何もいうことはない。 写真を撮り、ビデオを回してヒマラヤの大展望を満喫した。 喧噪のカラ・パタールやアイランド・ピークとは違い、私達のパーティーだけで山頂を貸し切りに出来たことも嬉しかった。


 

5時ちょうどに最後尾でH.Cを出発する


夜が白み始め、アマ・ダブラムのシルエットが暗闇から浮かび上がる


西の空がモルゲンロートに染まり始める


アイゼンは着けずにミックスの岩場を登る


雪稜の末端に着くと、ちょうど朝陽が当たり始めた


雪稜の末端から見たロブチェ・イースト(中央左)とロブチェ・ウエスト(左奥)


雪稜の末端からは踏み固められた明瞭なトレースがあったのでロープは結ばずに登る


ペースの速い林さんと安倍さんが終始パサン・カミと先行する(中央奥が山頂)


傾斜がきつくなってきた所から全員でロープを結んで登る


タウツェ(左)とチョラツェ(右)のコンビが次第に目線の高さになる


頭上の大きなセラックに向けてフィックスロープを使って直登する


フィックスロープを登る利岡さん


フィックスロープの終了点の手前にある大きなセラックを越える


指呼の間に今まではっきりと特定出来なかったロブチェ・イーストの山頂が見えた


ロブチェ・イースト(偽ピーク)の山頂


ロブチェ・イースト(偽ピーク)の山頂


山頂で寛ぐ林さんと安倍さん


山頂から見た重厚なヌプツェとその背後のエベレストの山頂(中央右奥)


山頂から見たプモ・リ(右下がカラ・パタール)


山頂から見たチャンツェ(中央奥)


山頂から見たマカルー(中央奥)とアイランド・ピーク(中央左下)


山頂から見たアマ・ダブラム


山頂から見たタウツェ(左)とチョラツェ(右)


山頂から見たカンテガ(中央)とタムセルク(右)


南西の方角にはコンデ・リ(左端)を始めとするおびただしい山々が一望された


   いつまでも佇んでいたい快晴無風の山頂だったが、パサン・カミに促されて9時半過ぎに下山を開始する。 皆はどんどん先に下っていってしまったが、私は最後尾で写真を撮りながらマイペースで下ったので、フィックスロープを回収してくるパサン・カミにも追いつかれ、11時半過ぎにようやくH.Cに着いた。 

   しばらく休憩してからテントの中の荷物を整理し、1時にH.Cを後にして下山を続ける。 登りと同じように元気な林さんと安倍さんの速いペースにはついていけず、疲れた足を労りながら利岡さんと共に足下の扇状地に向けて大小の岩が散在する急斜面のカールを下る。 エベレスト街道との合流点で首を長くして待っていてくれた二人と合流してB.Cのトゥクラに向かう。 天気は相変わらず良く、雲もさほど湧いてこない。 何度も後ろを振り返りながら、ロブチェ・イーストを眺め、その雄姿を写真に収めた。 意外にもトゥクラ・パス(峠)でパサン・カミから、まだ陽も高いのでトゥクラの先のペリチェ(4240m)まで下りましょうという提案があった。 標高がトゥクラよりも400mほど低いペリチェまで下れば体も楽だし、明日の行程も短くなるので、皆でこの提案に乗ることにした。 予想よりも早く3時にトゥクラのロッジに着いた。 昨日までとは別人のように食欲が旺盛になり、あっという間に注文したフライドライスを平らげてしまった。 

   すでに日陰となった寒々しいトゥクラのロッジを3時半に出発。 ロッジの女将さんに、これからペリチェに下ることを告げると、「クレイジー!」と笑っていた。 ディンボチェへのルートを左に分け、クーンブ氷河の末端の谷に向けて高度を落とすと、後はドゥードゥ・コシ(川)の源流に沿って緩やかな下りが延々と続いた。 谷は暗いが正面のアマ・ダブラムと背後のロブチェ・イーストには陽が当たり、その頂はどんどん高くなっていく。 途中で私達の荷物を背負ったポーターにも抜かれ、4時半過ぎにようやくペリチェのロッジに着いた。 ペリチェのロッジはトゥクラとさほど変わらないと思っていたが、意外にもロッジの食堂は暖かく快適で食事も美味しかった。 足はすっかり棒になってしまったが、パサン・カミのアドバイスどおりペリチェまで下ってきて良かった。


山頂からH.Cへ下る


マイペースで写真を撮りながら最後尾で下る


フィックスロープを回収して下るパサン・カミ


雪稜の末端からH.Cへ


H.Cに戻る


H.Cを後にする


大小の岩が散在する急斜面のカールを下る


カールの底の扇状地


扇状地から見たロブチェ・イースト


トゥクラ・パス(峠)


トゥクラ・パス(峠)から見たロブチェ・イースト


トゥクラのロッジ


ペリチェのロッジ


ペリチェから見たロブチェ・イースト


ロッジの食堂は暖かくて快適だった


ロッジの寝室


B A C K  ←  《 11月8日 》

N E X T  ⇒  《 11月10日 》

アマ・ダブラム