《 9月18日 》

C.2  ( 6 3 0 0 m ) ⇒ C.3  ( 6 7 0 0 m ) ⇒ C.2  ( 6 3 0 0 m )

   9月18日、5時半に起床。 風も無く静かな朝を迎え、テントの中から素晴しい朝焼けと日の出の写真を撮る。 軽い頭痛で夜中に5〜6回目が覚めたが、初めてC.1に泊まった時と同じくらいの感じで何とか眠れた。 それでも夜中に目が覚めた時のSPO2は56で、起床前のSPO2と脈拍は64と72で数値は良くなかった。 酸欠と放射冷却でダウンを上下に着込んでいても寒い。 気温が低いのでお湯がなかなか沸かずにヤキモキする。 朝食は昨夜の余ったアルファー米に塩昆布を入れた茶漬けを食べる。 

   7時半の出発予定だったが、10分ほど遅れて隊の最後尾でC.3(6700m)に向けて出発する。 快晴ではないがまずまずの天気だ。 陽が昇ると劇的に体感気温は上昇して暖かくなり、6300mという高度を全く感じない。 風も無いので手袋は二重で充分だった。 外国人隊員達は昨日C.2で休養していたが、今日もそれほど速いペースではない。 30分ほど登ると、前回の順応ステージでも不調だったポールが下りてきた。 SPO2は低いが、ボッカもなく昨日とは全く違う登り易い斜面が続いているので、この高度でも1時間に150mくらいは登れる。 途中で暑くなりジャケットを脱ぐ。 

   間もなく上方にC.3が見えてくると、右手のマナスル北峰もだいぶ低くなり、また左手のマナスルのピナクルもようやく手の届きそうな高さになってきた。 さすがにC.3直下では思うように足が上がらなくなったが、10時ちょうどに建設中のC.3に着く。 結局C.2からC.3までの間はユマールやピッケルを使うような所は全くなかった。 最後に外国人隊員の最高齢のデービット(イギリス)が到着し、皆で拍手をして迎えた。

   意外にもHIMEX隊のC.3は今にも崩れそうな雪壁の真下に作られていた。 前回まではこの先の雪壁の上のコルをC.3にしていたが、昨年風でテントが飛ばされた苦い経験から今年はこの位置に建設することになったようだ。 他の隊は雪壁の上のコルや私達よりも少し下の斜面にC.3を建設していた。 今日もエイドリアンとセルゲイが気持ち良さそうにスキーで滑っていく。 私達は順応のため1時間ほどC.3に滞在する。 今のところ息苦しさを感じることは無いが、次回のアタックステージではここに泊まらなければならないと思うと気が重い。 下りではC.4へのルート工作に向かう我が隊の頼もしいスタッフとすれ違った。

   予想どおりC.2までは1時間足らずで下る。 明日のB.Cへの下山は早いので、すぐにまた水作りをする。 お腹もさほど空いてなかったので、昼食はポタージュスープと行動食の余りで済ます。 昼食後のSPO2と脈拍は73と107で脈が異常に高かったが、一生懸命水分補給をすると、2時間後に脈拍は76まで下がった。 午後はC.2にデポする食糧と携行品を再度確認してノートに書き込み、その後は昼寝をして過ごす。 陽が射すとテントの中は暑くていられないほどになるが、陽が陰ると途端に寒くなるので、こまめにファスナーの開閉をしなければならない。 夕方のSPO2と脈拍は76と67になったが、数値以上に体は楽にならず、6300mの高度では順応よりも消耗の方が多きいような感じがした。 夕食は今日もアルファー米とフリーズドライのカレーにしたが、今晩も一人前を完食出来なかった。


テントの中から素晴しい朝焼けの写真を撮る


C.2から見たピナクル


C.2からC.3へ登る


C.3へは登り易い斜面が続く


C.3の直下


今にも崩れそうな雪壁の真下のC.3予定地


C.3の直下を登る


C.3から見たピナクル


C.3からスキーで滑るセルゲイ


C.3からC.2へ下る


C.2に戻る


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