《 9月8日 》

B.C  ( 4 7 5 0 m ) ⇒ C.1  ( 5 5 0 0 m )

    9月8日、やはり少し風邪気味なのか、昨夜は鼻がつまって熟睡出来なかった。 また、夜中に寝袋のファスナーの調子が悪く、直そうと頑張っていたら過呼吸となり冷や汗をかいた。 この高度でも過呼吸になることを再認識した。 それでも起床後のSPO2と脈拍は90と57で、数値は非常に良かった。 今日はあいにく曇りがちでマナスルはすっきりと見えない。

    11時に早めの昼食を食べ、午後から出発するという外国人隊員達よりも一足早く正午前にB.Cを出発する。 前回よりも順応は進んでいるようで足取りは軽いが、今日は食糧やエアーマット、上部キャンプで使う衣料などの荷物が10キロ以上あるので、次第にボディーブローが効いてくる。 クランポン・ポイントに着く前から、後から出発した外国人隊員達が三々五々追い越して行く。 氷河の取り付きからのルートは2日前に辿ったばかりなので記憶に新しかったが、一部でフィックスロープが使えない箇所もあり、氷河やクレバスの状態は日々変化していることが分かった。 午後の天気はいつもどおりで曇りがちだったが、むしろ強烈な陽射しを遮ってくれてありがたかった。 C.1までのルートは分っているため、今日は途中から各々のペースで登る。 B.Cに残った隊員はいないということか、医師のモニカも一番後ろから登ってきた。 前回よりも少しだけ早い4時間半のタイムで4時半前にC.1に着いた。 まだ他の隊が順応ステージに入っていないことに加え、以前から一般的に使われているC.1はさらにここからもう一段上にあるとのことで、C.1は私達の隊だけだった。 個人装備のボッカで体力を予想以上に消耗したので、テルモスに残っていたお湯でカップラーメンを流し込む。

    C.1からは二人で一つのテントを使うことになっているため、今回の第2ステージでは藤川さんと一緒になった。 工藤さんは平岡さんと、るみちゃんは運良くテントが一つ余っていたので一人となった。 今日から同じテントで3泊するので、テントの下の凸凹に雪を入れて入念に整地し、後はひたすら今晩と明日の朝までの水作りに精を出す。 テントに備え付けられていた2つのアルミのコッヘルはいずれも取っ手がないタイプで、またガスカートリッジにも自動点火装置が付いてないので、非常に使いにくかった。 

    C.1に到着して間もなく頭痛が激しくなったが、夕食前のSPO2と脈拍はそれぞれ82と90と、それほど悪くはなかった。 モニカが各テントを回り、隊員の体調をチェックしていた。 夕食はフリ−ズドライのスパゲティーと粉末のスープ。 夕食後は藤川さんと深呼吸大会となった。 夜8時のSPO2と脈拍はそれぞれ74と74で、B.Cとの標高差は750mだが、体へのストレスはそれ以上にあるようだ。 また、氷河上のテント内は陽射しがないと結構寒く、快適なB.Cでの生活が懐かしかった。 テントに備え付けられていたシュラフは羽毛が1キロくらい入った厳冬期用の物だったが、B.Cで使っている自分のシュラフの方が暖かく、また湿っぽくて防虫剤の匂いが鼻に付いた。


軍人チームの隊員に取材するHIMEX隊のブロガー(隊員でもある)のビリー(右)


食糧庫にある潤沢な物資


B.CからC.1への3泊4日の高所順応に出発する


クランポン・ポイントの手前の岩場


クランポン・ポイント


氷河の取り付きから少し登った所のクレバス


正面にマナスル北峰(7157m)を仰ぎ見る


氷河やクレバスの状態は日々変化している


カメラマン(隊員でもある)のジョン


C.1は私達の隊だけだった


テントの下の凸凹に雪を入れて入念に整地する


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マ ナ ス ル