《 9月4日 》

B.C  ( 4 7 5 0 m )

   9月4日、夜中の雨は明け方には止んだ。 すでに他の隊のプジャが始まったようで、早朝から太鼓の音がB.Cに響いていた。 昨夜は一度軽い頭痛で起きただけで、久々にまずまず熟睡出来た。 起床前のSPO2と脈拍は74と64で昨日よりも僅かばかりだが良くなっていた。 嬉しいことに今日も晴れていてマナスルが見える。 朝食も美味しく食べられ、朝食後のSPO2は85まで上がった。 るみちゃんはお腹の調子が依然としてあまり良くならず苦しんでいる。 

   午前中に私達の隊もプジャをやるとのことで、皆でその準備を見学する。 各自一つずつピッケルなどの登山用具を持ち寄り祭壇に供える。 カトマンドゥで樽に入れた登山用具がまだ届いてなかったので帽子を供えると、お供えにはヤクのバターが塗られた。 プジャの準備には1時間以上もかかり、途中から小雨が降り始めて寒くなった。 ラマ僧によるプジャが始まるとスタッフから一握りのお米が配られ、節目節目にラマ僧の掛け声で頭上に放り投げる。 30分ほど過ぎるとタルチョ(五色の旗)が四方に張り巡らされ、祭壇に供えられていたチャン(お酒)が振る舞われた。 これで終わりかと思ったら再び祈祷が始まった。 初めは面白かったがだんだんと飽きてくる。 ラマ僧の鳴らすドラの単調なリズムが眠気を誘う。 いったいいつになったら終わるのだろうと思い始めた頃ようやく祈祷が終わったようで、お供えのビール、お酒、お菓子が振る舞われ、サーダーのプルバから顔や服に小麦粉を塗られ、首にはお守りの赤い紐をつけてもらう。 正午前にようやくプジャは終わった。 プジャが終わるとスタッフ全員が肩を組み、民謡を歌いながらステップを刻む“シェルパダンス”というシェルパ民族の踊りを披露してくれた。 

   昼食後はラッセルの提案で希望者のみC.1への途中にある氷河の取り付きまで1時間ほど登ることになった。 日本人隊からは健脚で一番元気な工藤さんのみが参加することになり皆で見送る。 午後はカトマンドゥから陸路で運ばれてきた樽の荷物が届いたので、荷物の整理とテント内のレイアウトをやり直す。 日本から持ってきたお菓子などもこれで自由に食べられる。 ハイキングに行った人達は天気が悪くなったためか意外と速く1時間ほどで戻ってきた。 再び冷たい雨となり、気温は一気に下がってテント内で9℃となった。 夕食はダル(豆)のカレーとデザートに焼きりんご。 お腹の調子も良く、入山以来初めておかわりをして食べた。


順応が進み体調は良い


祭壇のお供え


プジャ(祈祷)


プジャの途中でタルチョ(五色の旗)が四方に張り巡らされる


読経するラマ僧


ラマ僧の掛け声でお米を頭上に放り投げる


サーダーから顔や服に小麦粉を塗られ、首にはお守りの赤い紐をつけてもらう


余興のシェルパダンス


有志のみ高所順応のハイキングに出掛ける


HIMEX隊最高齢(65歳)の藤川さんとデービット


夕食のダル(豆)のカレー


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マ ナ ス ル