《 8月28日 》
カトマンドゥ ( 1 3 3 0 m )
8月28日、前夜の睡眠不足と寝心地の良い広いベッドで10時間ほどぐっすり寝たので疲労感はあまり感じない。 スイスや南米に比べるとネパールは移動時間が少ないばかりか時差も3時間15分と無いに等しいので本当に楽だ。 朝食のバイキングは宿泊費に含まれているが、夕食のバイキングとレベルは全く同じで贅沢だ。 ネパールの山を登りに来たとは思えない優雅な時間を過ごす。 食後にロビーでミーティングがあり、明日のサマ村へのヘリのフライトスケジュールや荷物の重量制限の再確認などについてラッセルから細かい説明があった。
ミーティングが終わると明日の早朝の出発まで自由時間となったので、ネパールが3回目のるみちゃんに観光案内をお願いし、藤川さん・工藤さんと一緒にタクシーで有名な観光地のボダナートに行く。 タクシーにはメーターが無く、乗る前に運転手と交渉で金額を決める。 運転手の言ってくる金額の6〜8割くらいの金額に落ち着くのが普通のようだった。 ボダナートはネパール最大の仏塔が聳えるチベット仏教の聖地とのことで、ホテルからは意外と近く5分ほどで着いた。 入場料は150ルピー(邦貨で160円)だったが、自国のネパール人は無料だという。 四方に象徴的なブッダの目が描かれた30mほどの高さのユニークな仏塔には”タルチョ”と呼ばれる経文が刷り込まれた五色の旗が張り巡らされ、4層の台座の一番下の壁には経文が書かれた小さなマニ車がびっしりと並べられていた。 回すことによりお経を唱えたことになるというマニ車の右側を通らなければならないため、必然的に台座の一辺が100m近くある仏塔を時計回りに一周する。 仏塔の周りに所狭しと並ぶ土産物屋からは「オムマニペメフム、オムマニペメフム」という祈りの言葉がCDから流れ、五体倒地をする巡礼者の姿も散見された。 また、“ゴンパ”と呼ばれる僧院も敷地内にあり、大勢の僧侶達が祈祷や修行をしている光景が見られた。
1時間ほどボダナートを観光してからホテルの方角に街中を歩く。 日曜日のせいか車の往来は少ない。 道路には大量のゴミが捨てられていたり、牛が寝そべっていたりする。 カルチャーショックを受ける人も多いらしいが、ボリビアの寒村を経験しているせいか、あまりそれは感じなかった。 ホテルの入口まで歩きながら散策すると、偶然先ほど乗ったタクシーが停まっていたので、同じタクシーでタメルという観光客で賑わう商店街に行く。 5キロほどの距離を走って400ルピー(邦貨で420円)だった。 タメルの入口にはタクシーが並び、道路を挟んでノースフェイス・マウンテンハードウェア・ミレーなどのブランド品のみを扱う登山用品店が4軒あった。 その隣の『FUJI』という名の両替屋に入ると、店主は日本語が堪能で驚いた。 この界隈で日本語が分かる人がいるのは心強い。 1万円を両替すると9400ルピー(1ルピーで1.05円)だった。 4軒の登山用品店を順次見て回ると、いずれもウェアーのみならず登攀具からザック、寝袋、登山靴に至るまで品揃えはそこそこ充実しており、また値段は全般的に日本の半額程度と安かった。 私は日除帽を藤川さんと工藤さんはダウンパンツを買った。 るみちゃんは以前ここで高所靴を買ったとのことだった。 タメルの商店街に入ると、観光用の“リクシャ”と呼ばれる人力車が見られたが、日本のように人ではなく自転車で観光客の乗った車を引いていた。 観光客向けの中古の登山用品や洋服、日用雑貨、宝石、絨毯、骨董品、手芸品、紅茶などを売っている商店街を散策しながらイタリア料理の店で昼食にピザを食べる。 店内には地元の人は誰もおらず、お客は全て観光客だった。
昼過ぎにホテル帰り、大きな樽に詰め込んだ重たい荷物をホテルの入口に運ぶ。 登山隊でこの高級ホテルを利用しているのは私達の隊くらいなので、他の観光客からは奇異な目で見られていることだろう。 スペイン人の医師のモニカ(女性)が今日から隊に合流し挨拶にきたが、良く日焼けした顔は医師と言うよりも登山隊員という感じだった。 明朝の出発は5時半と早いので、夕食は昨夜と同じようにホテルのレストランで食べる。 バイキングのメニューは昨日とはガラリと変わり中華風だった。 明日からは高所なのでお腹一杯に食べれないし、食事も簡素になるので、美味しい料理をお腹一杯に食べて寝た。