《 8月5日 》

ツェルマット(1600m) ⇒ シエール(500m) ⇒ ツィナール(1650m) 〜 トラキュイ小屋(3260m)

   8月5日、残念ながら風邪はまだ完治していないようだったが、前回のダン・ブランシュへの出発の朝よりは良い気がする。 天気予報は今日が快晴、明日は晴れ時々曇りとなっていた。 妻に見送られて5時過ぎにアパートを出発。 日本人橋から見たマッターホルンはまだシルエットしか見えないが、天気は予報どおり良さそうだ。 未明のメインストリートは昼間の喧噪が嘘のように人気は無く静寂そのものだ。

   5時37分発の始発電車に乗り、いつもと同じようにフィスプへ。 日曜日のせいか車内に乗客は殆どなく、初めて車掌も検札に回ってこなかった。 今日も車窓から景色を眺めることもなく、ひたすら寝ていく。 フィスプでジュネーブ行きの急行電車に乗り換え20分ほどでシエールの駅に着く。 駅の南側にあるバスターミナルはすぐに分かったが、肝心のバスの乗り場が分からず、マウンテンバイクを携えたグループに尋ねると、ここで良いというので安堵した。 あらためて周囲を見渡すと、すぐ近くに電光表示の時刻表があり、柱に着発番線の表示がされていることが分かった。 意外にもこれから向かうビソール行きのバスの乗客の半分ほどがマウンテンバイクを携えていて、バスの後ろには自転車を運ぶための専用のトレーラーが付いていた。

   シエ−ルの町を7時40分に出発したバスは前回のエランの谷や、前々回のサン・ベルナール峠への山岳路とは明らかに違う道幅の狭い急勾配の九十九折れの道を進んでいく。 バスはガソリンエンジンのようで、坂道でもストレスを全く感じさせない。 途中で何人かの乗客を拾って30分ほどでビソールの町に着き、小さなバスターミナルでツィナール行きのバスに乗り換える。 意外にもツィナール行きのバスに乗り換えたのは私だけで、マウンテンバイクの一行は違う行き先のバスに乗り換えた。 ビソールからは坂の勾配は緩くなったがさらに狭くなった道を走る。 車窓からはヴァイスホルンではなく、ツィナールロートホルンが望まれた。 谷のどん詰まりのツィナールの村は寒村だと思っていたが、通り沿いのホテルやレストラン・別荘などは皆どれも新しくて立派だった。 村の中心部からさらに500mほど先にある終点のビレッジ・デ・バカンスで下車する。 バス停のすぐ傍らにはこれから向かうトラキュイ小屋への道標が立ち、コースタイムは4時間30分と記されていた。 高度計の標高を地図から読み取った1680mに合わせる。 3260mのトラキュイ小屋までの単純標高差は1580mとなる。


ヴァイスホルンの地図


未明のツェルマットの駅


シエールの駅


シエールの駅の南側にあるバスターミナル


バスの車窓から見たシエールの町


ビソールの町の小さなバスターミナルでツィナール行きのバスに乗り換える


バスの車窓から見たツィナールロートホルン(中央)とベッソ(右)


ツィナールの村の中心部


バスの終点のビレッジ・デ・バカンス


   バス停のベンチで朝食のあまり物を食べて9時前に出発する。 別荘地の中の車道をしばらく歩いていくと車が5〜6台停められる“登山口の駐車場”の先にトレイルの入口があった。 体調の回復と明日への疲れを残さないように極力ゆっくり登ることを心掛け、高度計を見ながら150m毎に休みを入れる。 昨日山小屋に泊まったと思われる人達が一人二人と下山してくる。 挨拶はここでも「ボンシュール」だ。 後ろから登ってくる軽装の日帰りのハイカーに積極的に道を譲る。 登り始めは北側の斜面なので陽が射さず、暑さに苛まれずに済んだ。 トレイルの道幅は広く、バギー車で登ってくる夫婦もいた。 

   登山口から1時間ほどで前方の崖に滝が見えるようになるとトレイルの道幅は狭くなり、急坂をジグザグに少し登ると明るく開けた牧草地になった。 間もなく前方にヴァイスホルンが遠望されるようになったが、その頂はまだ遥かに遠かった。 アルム・コンボータンナと地図に記された所には小さなプライベート小屋があり、付近には放牧された牛の群れやロバの姿が見られた。 この辺りは高山植物が多く、山々の展望も良いのでハイキングにはもってこいだ。 当初の計画ではトラキュイ小屋に泊まって妻と二人でビスホルンを登る予定だったが、ヴァイスホルンを登るためにこのルートを辿ることになるとは夢にも思わなかった。 今日はどこかの展望台に行っているはずの妻のことを思い浮かべながらゆっくりランチタイムとした。

   今日は日曜日なので、正午を過ぎると下から登ってくる人よりも上から下ってくる人が多く見られるようになった。 ビスホルンに登ってきた人達と日帰りのハイカーだ。 氷河から流れ出る沢を眼下に見下ろすようになると、大きな四角い岩のようなトラキュイ小屋やツィナールロートホルンの尖った頂が見え始めた。 麓の町からも見えていたダン・ブランシュも一段と凄みを帯びてきた。 トレイルの勾配が増してくると、モレーン帯の中のジグザグの道となった。 山小屋は指呼の間に見えるがなかなか近づいてこない。 トゥルトマン氷河の源頭にビスホルンの山頂が見えてくると間もなく鎖の付いた岩場があり、そこを通過すると巨大なジュラルミンの箱のようなトラキュイ小屋に着いた。 バス停から山小屋まで6時間くらいを目途にゆっくり登ったが、登り一辺倒のトレイルはとても効率が良く、5時間半足らずで辿り着くことが出来た。

 

登り始めは北側の斜面なので陽が射さず、暑さに苛まれずに済んだ


トレイルから見下ろしたツィナールの村


アルム・コンボータンナと地図に記された所には小さなプライベート小屋があった


明るく開けた牧草地から見たヴァイスホルン


正午を過ぎると下から登ってくる人よりも上から下ってくる人が多く見られるようになった


モレーン帯から見たトラキュイ小屋


トラキュイ小屋の直下から見たツィナールロートホルン(左)とダン・ブランシュ(右)


トラキュイ小屋の傍らにある鎖の付いた岩場


   改築されたばかりの斬新な新しい山小屋に入り受付をすると、英語が堪能な若い女性のスタッフが山小屋の施設の概要や食事のスケジュールなどを丁寧に説明してくれた。 ダイニングルーム(食堂)はガラス張りの“展望レストラン”となっていて、宿泊だけを目的にこの小屋を訪れる人が多いことも頷けた。 二階にあるベッドルームは4人用の個室と大部屋があったが、宿代は同じ87.5フラン(邦貨で約9,900円)で、今日は平日だったのでダビッドと二人だけの個室になった。 地下にあるトイレはバイオトイレになっていて臭いは全く無かった。 荷物の整理を済ませて二階のベッドルームに行き、予定どおり夕食の時間まで横になって休養する。 体調は朝よりも少し良くなり、疲労感もそれほどなかった。 やはり山はマイペースで登るに限る。 間もなく予報には無かった雨が降り出し、30分ほど降っていた。 雨に降られずにラッキーだったが、明日の天気が心配になった。

   5時過ぎにダビッドがベッドルームにやってきた。 彼は僅か3時間で登ってきたという。 6時半にベッドから這い出して階下の食堂に行く。 今日の宿泊者は30人ほどだったが、それでも食堂にある座席の半分以下だった。 夕食はニンニクの味が強いスープに続いて、ビーフシチューとマッシュポテトという山小屋では定番のメニューだった。 夕食後にダビッドから、「明日は2時に起床し、準備が出来次第出発します」という指示があった。 ルートについては、ビスホルン(4159m)の山頂を踏んでから北稜を登るとのことだった。 ダビッドへ「明日はいよいよヴァイスホルンの山頂ですね〜」と投げかけてみると、ダビッドは相変わらず「登頂の可能性はあります」と言葉を濁し、未だ登頂を確信していない様子だった。 私があまりにも山頂にこだわっているため、ダビッドは「9時半までに山頂に着かなければ、その時点で引き返します」という胸の内を私に明かしてくれた。 到着が9時半ということは制限時間が7時間ということになる。 登りに7時間以上掛かると、12時間以内に戻ってこられないからだろう。 私もこれに応え、「明日は本気で頑張ります!」と元気に言い放った。


改築されたばかりの斬新な新しいトラキュイ小屋


トラキュイ小屋から見たビスホルン


“展望レストラン”のような食堂


キッチン


ベッドルーム(大部屋)


ベッドルーム(4人用の個室)


夕食のビーフシチュー


夕食のマッシュポテト


トラキュイ小屋から見たツィナールロートホルンとオーバーガーベルホルン(右奥)


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