《 10月23日 》

    ゴラクシェップ ( 5 1 4 0 m ) ⇒ ロブチェ ( 4 9 7 0 m ) ⇒ トゥクラ ( 4 6 2 0 m ) ⇒ ディンボチェ ( 4 4 1 0 m )

   10月23日、昨夜は夕食後すぐに寝たためか、夜中は頭痛で1時間毎に目が覚めた。 明日は下るだけなので、深呼吸はせずにそのまま頭痛が無くなるのを待って寝る。 寒いのは高度のせいだと思っていたが、寝袋のファスナーが壊れていて、横が半分くらい開いていた。 鼻が詰まっているようで喉にも違和感があり、少し風邪の症状が出てしまった。 起床後のSPO2は90、脈拍は53で数値だけは非常に良かった。 一つの目標だったカラ・パタールの登頂を終えて気が緩んだのか、体調を気遣うことなく日の出前にロッジの裏手の丘に早朝の風景の写真を撮りに出掛けた。 すぐに戻る予定だったが、刻々と変化する山の表情に魅せられてしまい、薄着のまま小1時間ほど寒い丘の上で過ごしてしまった。 

   早朝から食堂が混雑していたため、ようやく9時前にロッジを出発。 アイランド・ピークの登頂チームの私と妻、節子さん、滝口さん、工藤さん、山村さんの6人と平岡さんはディンボチェに下り、ロブチェ・イーストの登頂チームの泉さん、岩野さん、田口さんの3人は途中のロブチェの先にあるB.Cに入る。 今日も快晴の素晴らしい天気に恵まれたが、朝食のピザを食べ過ぎたことも災いし、歩きながら軽い頭痛がしてきた。 出発して2時間足らずでロブチェ(4910m)に着き、早めのランチとなったが、食欲が湧かず殆ど食べられなかった。 風邪か高度障害か、喉の渇きが取れない。 早朝の散歩を後悔したが後の祭りだ。

   正午過ぎにロブチェを出発。 ディンボチェ方面にしばらく歩いてからルートを右に外れ、全員一緒に広い雪原の中に設営されたロブチェ・イーストのB.Cへ向かう。 B.Cにいたスタッフの話によると、昨日他の日本人隊(日本山岳会の広島支部)がこの先のH.Cに上がったようで、上部の雪の状態は想像するほど悪くなさそうだった。 スタッフの中にはフィンジョの姿も見られた。 B.Cに滞在する泉さん、岩野さん、田口さんに見送られ、アイランド・ピークを目指す私達はディンボチェに下る。 トゥクラ・パス(峠)(4830m)で一休みし、トゥクラのロッジには寄らずにロブチェ・コーラ(川)を渡って谷筋の牧草地を下る。 ここからは神々しいアマ・ダブラムを終始正面に見ながら下る。 二日前に比べると牧草地の残雪はだいぶ少なくなったが、肝心のアマ・ダブラムには相変わらず雪が多かった。 頭痛は治ったが少し寒気がしたので、一刻も早くディンボチェに下りたいと思った。 

   3時半前にディンボチェ(4410m)に着き、2泊3日のカラ・パタールへの順応トレッキングを終えた。 明日はレスト日でロッジに連泊するが、前回泊まったトイレ付の部屋には先客がいて泊まれなかった。 夜には食欲も出てきて、ディンボチェの酸素の濃さをあらためて感じた。 夕食後のSPO2は83、脈拍は63で今朝よりも悪くなっていた。


ロッジの裏手の丘から見たカラ・パタール    背景はプモ・リ


ロッジの裏手の丘から見たタムセルク・タウツェ・チョラツェ・ロブチェ・イースト(左から)


ロッジの裏手の丘から見たチャング・リ(6027m)


早朝からロッジの食堂は混雑していた


ゴラクシェップからロブチェへ


ロブチェから見たタウツェ(左)とチョラツェ(右)


昼食の焼きそば


B.Cに滞在する泉さん、岩野さん、田口さんに見送られる


広い雪原の中に設営されたロブチェ・イーストのB.C


トゥクラ・パス(峠)


トゥクラのロッジ


アマ・ダブラムを終始正面に見ながら広い谷筋の牧草地を下る


牧草地の残雪は二日前に比べるとだいぶ少なくなった


アマ・ダブラムには相変わらず雪が多かった


2泊3日のカラ・パタールへの順応トレッキングを終えてディンボチェに戻る


ロッジの寝室


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アマ・ダブラム