《 10月16日 》

B.C ( 4 9 2 0 m ) ⇒ C.1 ( 5 5 0 0 m ) ⇒ B.C ( 4 9 2 0 m )

   10月16日、B.C滞在3日目。 鼻が詰まって良く眠れなかったが、不思議と頭痛は無くなった。 レンタルの寝袋は昨年マナスルの上部キャンプで使ったものと同じ物だったが、幅が狭く窮屈に感じた。 起床前のSPO2と脈拍は86と56、起床後は91と63でまずまずだった。 風も無く今日も快晴の天気だ。 朝食はスープ代わりの味噌ラーメンと揚げパンにゆで玉子。 昨日よりも早く7時にはスタッフ達がC.1への荷上げとC.2の偵察に出掛けていった。

   私達は順応を兼ねて明後日からの3泊4日の順応ステージで食べる食糧とテントマット・ウレタンマットなどを背負ってC.1へ荷上げに行く。 相変らず藤田さんと割石さんは好調だが、るみちゃんは順応が少し遅れているようで、マイペースで後ろから登ってくる。 一昨日は空身だったが今日は荷物があるので、ケルンが積まれたモレーンの背の頭まで前回とほぼ同じ時間を要した。 モレーンの背の頭で一休みしてからC.1への明瞭な踏み跡を辿る。 前回ほど悪くはないが体は重く、まだとてもC.1に泊まる自信は無い。 C.1までは雪が無く、トレッキングシューズで登れることがありがたい。 B.Cから3時間ほどで氷河の手前に設営されたC.1(5500m)に着く。 B.Cの個人用テントより少しだけ大きい新しい中国製のテントが3張あり、眼前には6416mの前衛峰が圧倒的な大きさで立ちはだかっていた。 ルートとなる前衛峰の左の斜面にはC.2への偵察に登っていく頼もしいスタッフ達の姿が見えた。 一休みしてから先行したスタッフ達に荷上げしてもらった高所靴や登攀具、寝袋などをテントに搬入する。 テントは割石さんと一緒になった。 

   キッチンスタッフに作ってもらった梅干しのおにぎりを食べ、少し上の氷河の取り付きまで登ることになった。 氷河の取り付きから先にも明瞭なトレースがあり、他のパーティーが登って行く姿も見られた。 ギャジカン(7038m)が間近に迫るが、ここからはヒムルンの山頂は全く見えない。 取り付きでは順応のために留まることなくC.1に戻り、その足でB.Cへ下った。 今日は順応でC.1に泊まるのだろうか、モレーンの背の頭を過ぎるとB.Cから登ってくる他のパーティーとすれ違った。 B.Cのテントの数は日々増えていて、パサンの話では現在8隊ほどいるとのことだった。

   B.Cに戻って一休みしていると、間もなくC.2への偵察に行っていたスタッフ達も戻ってきた。 スタッフ達からの報告によると、当初C.3を建設しようと思っていた6000m付近にC.2を建設することが出来そうで、C.3が最終キャンプになりそうだった。 上部のキャンプの数は少ない方が良いので、これは朗報だった。 

   夕食は私達のリクエストが叶って野菜のてんぷらとなったが、高所とは思えない見事な出来栄えでとても美味しく、さらにヤクの肉のカツも出されたので、昨日の誓いも忘れてお腹一杯に食べてしまった。 就寝前のSPO2と脈拍は88と60だった。

 

朝食の揚げパンとゆで玉子


順応を兼ねてC.1に荷上げに行く


るみちゃんはマイペースで後ろから登ってくる


モレーンの背の頭からC.1へ


モレーンの背の頭からC.1へ


モレーンの背の頭からC.1へ


C.1と圧倒的な大きさで立ちはだかる6416mの前衛峰


氷河の手前に設営されたC.1(5500m)


C.1から氷河の取り付きへ


氷河の取り付きからはギャジカン(7038m)が間近に迫る


氷河の取り付きから先にも明瞭なトレースがあった


C.1からB.Cへ下る


B.Cのテントの数は日々増えていた


C.2への偵察に行っていたスタッフ達が戻ってきた


夕食の野菜のてんぷら


B A C K  ←  《 10月15日 》

N E X T  ⇒  《 10月17日 》

ヒムルン・ヒマール