《 エピローグ 》

   今回のマナスル登山は、初のネパール(ヒマラヤ)、初の8000m峰、初の酸素(ボンベとマスク)の使用、初の国際商業登山隊への参加、etc・・・と本当に初物づくしだった。 結果はアタック日が快晴無風という強運に恵まれ登頂することが出来たが、一歩間違えば登頂出来なかったという場面も多々あり、この辺りの気持ちのコントロールも含め、今まで経験した6000m峰の登山とは全く違うことを体験し、色々な意味で今後の高所登山に役立つことを多く学んだ。 但し、僅か一度だけの8000mオーバーの経験なので、自分では客観的だと思えることも実はかなり主観的なことであるかも知れず、まだまだ高所登山については経験不足・知識不足だと言わざるをえない。 一方、充分な経験と体力・技術があっても、天気が悪かったり、アタックステージでの体調が悪かったり、ルートの状況が悪ければ、当たり前のことだが登頂することは出来ない。 帰国してから半年後の2012年の春に行われたHIMEX隊のエベレスト登山では、積雪が少なかったことによりルートの状態が悪く、ルート工作中に頻発した落石でスタッフの一人が亡くなるという不幸な事故があり、これにより登山活動も中止になってしまった。 今後の8000m峰などの高所登山ではその点を踏まえ、登れなかった場合でもそれに投資したお金や時間などの全てについて後悔しないという心境になってから自然体でチャレンジしようとあらためて思った。 これも全てマナスルという大きな山に登れたことによる気持ちの余裕から生まれた発想だろう。 

   今回のマナスル登山での最大の懸案事項は、酸素マスクの装着感と酸素の吸入だったが、実際にこれらを使用してみて、その効果の著しさには本当に驚かされた。 例えれば、山頂アタックの時に20キロの荷物を背負って酸素を吸った場合と、空身で無酸素の場合とでは、前者の方が登りでは速く、下りでは比べものにならないほど速いという感じだ。 行動中は言うに及ばず、睡眠時の僅か0.5リッターの酸素がどれだけ快適だったことか。 但し、酸素の使用も絶対的なものではなく、常にレギュレターやマスク、混合器の作動状態を確認するとともにボンベ内の酸素の残量を計算し、自分の行動中に必要な酸素ボンベの本数の把握と確保が必要である。 今回は全く問題なかったが、天気や体調の変化で行動時間が長くなり、酸素を予想以上に使わなければならなくなった時は要注意だ。 登頂出来ても下りで酸素切れになると事故に直結するので、アタック時は天気や体調に合わせて冷静な状況判断を自らがしなければならないと肝に銘じた。

   今回のマナスル登山で参加したヒマラヤン・エクスペリエンス社(HIMEX)は商業登山隊の最大手の組織であるばかりか、エベレストを始めネパール国内にある8000m峰登山において常にリーダーシップを発揮している。 8000m峰登山を大衆化させたのも同社の出現によるところが大きいと言っても過言ではない。 事実、一部の登山家や組織を除いては、HIMEX隊のスタッフのルート工作によって伸ばされたフィックスロープを使用することが日常的に行われており、登山活動中は常に他隊からその動向を窺われている。 最近では積極的にHIMEX隊にフィックスロープの使用料を支払い、それを前提にルート工作を全くしないで登る隊も増えている。 今回のAG隊や埼玉岳連隊もその部類だ。 一方、日本の登山界では商業登山隊への批判も根強い。 しかしながらこれは全く島国根性的なナンセンスな話しで、商業登山隊であろうが、山岳会であろうが、仲間同士であろうが、合理的な順応のタクティクス、装備、酸素、そして何よりも優れた現地スタッフのサポートがなければ8000m峰の登頂はおぼつかない。 仮に登頂出来たとしても指一本でも凍傷になったりしたら、登山(隊)としては成功したことにはならないと私は思う。 安全性という面でもHIMEX隊はB.Cに医師を常駐させると同時に医療機器を常備し、他の隊の病人やケガ人の面倒も見ていた。 また先に記したとおり、アタックステージでは各キャンプ間の登りに制限時間を設け、隊長が客観的なデータで隊員の順応度合の管理を行ったり、各隊員同士が無線での本部との会話や指示をタイムリーに共有することにより、意思の疎通が図られていた。 また酸素ボンベについても、HIMEXは独自の充填工場で酸素を充填・管理することにより、不良品を極力排除するよう努めているとのことだった。 今回私はHIMEX隊に参加して、逆に国際商業登山隊の素晴らしさのみを実感した。 惜しむらくは英語が使いこなせれば、もっと楽しく有意義なものとなったことだろう。

   帰国後はエベレストに登りたいという気持ちも徐々に高まってきたが、登山期間が2か月以上掛かるため、現役中に行くことは出来ない。 しかしながらそれは言い訳で、先のような気持ちになる時がいずれ訪れるかもしれない。 座右の銘にしている「やりたい(登りたい)のに出来ないと言っている人は、本当にやりたい(登りたい)わけではない」という田部井淳子さんの名言が思い出された。


登頂証明書


報告会でハイジさん&ちー隊長から頂いた登頂祝いのケーキ


新年会で西さん&セッちゃんから頂いた登頂祝いのケーキ


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