2010年1月

《 20日 〜 23日 》    ホックステッタードーム ( 2 8 2 2 m )

  1月20日、昨夜はバイキングでお腹一杯に食べたので、今朝は朝寝坊して朝食も簡単に済ませる。 予報どおりの曇天で山々は霧に煙っている。 まだ山に登れてなければ心中穏やかではないが、今回はすでに最高の結果を出せたので天気はそれほど気にならない。 日課となった天気予報の確認のため平岡さんとAGLの事務所に行く。 予報は昨夜と変わらず、残念ながらまだ訪れたことのない西海岸のフォックスグレイシャーに移動してミナレッツを登るという計画はこの時点でご破算になり、ここから直接ヘリでそのベースとなる山小屋(タズマンサドル・ハット)にアプローチ出来るホックステッタードーム(2822m)を登ることに決め、明日の午後にヘリで入山することになった。 ホックステッタードームは南半球で一番長いタズマン氷河の源頭に聳える純白のなだらかなピークで、通常は隣のMt.アルマー(2699m)と組み合わせた周回(縦走)ルートで登られている山だ。

  今日・明日は日帰り又は一泊で観光することを考えていたが、結局妙案は浮かばず、何をするにも中途半端だったので、午前中はハーミテージで土産物を買い、午後は平岡さんの提案で昼食と買い物を兼ねて車で1時間ほどのトワイゼルに行き、その近くにあるサーモンの養殖場でサーモンを買って夕食に手巻き寿司にして食べようということになった。 トワイゼルではタイ料理の店でランチの定食を食べ、新しく出来たスーパーで土産物を買ってから、車で10分ほどの所にあるサーモンの養殖場で“SASHIMI”と表示された新鮮な生のサーモンの大きな切り身を買って意気揚々とマウントクック村に戻った。 

  お互いの宿に別れてから、料理好きの平岡さんがサーモンの切り身を綺麗に切り分け、さらにご飯も酢飯にするという手の込んだ芸当をしてくれ、焼き海苔と醤油とワサビの三点セットを持って夕食の時間にアンウィンロッジに来てくれた。 せっかくなので味噌汁も作り、各々好みの量で手巻き寿司にして食べる。 始めのうちは刺身の量が多過ぎて余ってしまうと思ったが、最後は足りないぐらいになり、昨夜のハーミテージのバイキングも影が薄くなってしまうほど美味しかった。 ちょうど食堂に居合わせたスーザンにクックの登頂を祝福された。 もちろんスーザンにも手巻き寿司をお裾分けすると、目を丸くして美味しいと喜んでいた。



トワイゼルの近くにあるサーモンの養殖場


絶品だったサーモンの刺身


味噌汁も作り、各々好みの量で手巻き寿司にして食べる



  1月21日、朝7時に起床。 天気予報よりも良い天気で青空が少し見える。 朝食を自炊して食べ、AGLで天気予報を見ながら平岡さんと最終的な打ち合わせをし、午後1時に他のAGLのパーティーとヘリをシェアしてタズマンサドル・ハットに入山することになった。 ホックステッタードームを登るのは好天が期待出来る明後日だが、入山出来る時に入山しておくのがNZの山では鉄則なので、明日の停滞は覚悟の上で今回もそれに従うことにした。 下山後の明後日の夜に泊まるクライストチャーチの安宿の手配もしてもらい、帰国までの全てのスケジュールが決まった。

  マウントクック空港からクックに登るためプラトー・ハットに入るガイドと登山客の2人と一緒にヘリに乗る。 ヘリの搭乗にもすっかり慣れ、まるでタクシーにでも乗るような感覚だ。 機上からは雲が多目ながらもクックが良く見えた。 ヘリはプラトー・ハットの脇にガイドと登山客を降ろすと、スイスのアレッチ氷河のように長く緩やかなタズマン氷河の上を這うように飛んでいく。 降雪量の多いNZの山では氷河の後退は観測されていないとのことだが、今は盛夏なので氷河も痩せて見える。 正面には目指すホックステッタードームの丸い純白の頂が望まれ、左手には今回は登頂を諦めたミナレッツも良く見えた。 フライト時間は15分と今までで一番長く、天気も予報に反してそこそこ良かったので、ヘリ代は高いが下手な観光をするよりずっと良かった(一般的にはこれが最たる観光かもしれないが)。 ヘリは氷河から突出した岩塔の上に建つタズマンサドル・ハットのすぐ上まで私達を運んでくれた。 ヘリのランディングポイントは頭上にホックステッタードームの頂が迫る別天地だ。 ここから山頂までの標高差は僅か500mほどであろうか。

  タズマン氷河の源頭部に位置するタズマンサドル・ハットは今回泊まった山小屋の中で最も古くて粗末だったが、逆に展望は一番良く、クックを始めサザンアルプスの主脈の山々を一望することが出来た。 すでにハイシーズは過ぎたため、予想どおり山小屋に先客はいなかった。 宿泊者名簿に記載された名前も少なく、この山小屋が建て替えられない理由が分かった。 宿泊者名簿で数日前に平岡さんの知り合いのガイドのロイがここからホックステッタードームの隣に聳えるエリー・デ・ビューモント(3109m)に登ったことが分かり、山小屋に置かれていたガイドブックを平岡さんが真剣な表情で読み始めた。 天気は次第に下り坂となり、山小屋は私達だけで貸切りとなった。

  無線の設備やシステムは他の山小屋と全く同じで、今日は平岡さんが7時半からのDOCとの無線交信を行った。 天気予報によると、明日は少し天気が好転したようで時々陽が射すような天気になるらしい。 この天気予報を聞いた平岡さんから、明日は山小屋で停滞せずに登頂すれば日本人初となるエリー・デ・ビューモント(美しきエリー)に登りませんかという提案があった。 平岡さんの説明では、途中にあるセラック帯を上手く回避出来ればそこから山頂まではそれほど難しくないとのことで、登頂の可能性は充分ありそうだった。 ホックステッタードームには予定どおり好天が期待される明後日登るが、明日は平岡さんが勧めるエリー・デ・ビューモントを登ることにした。 もちろん天気が悪くなれば無理をしてまで登らないつもりだ。



マウントクック空港からヘリに乗る


ヘリの機上から見たクック


ヘリの機上から見たタズマン


ヘリの機上から見たリンダ氷河の下部(真ん中にトレースと登山者が見える)


クック登山のベースとなるプラトー・ハット


プラトー・ハット近くのユニークなクレバス


スイスのアレッチ氷河のように長く緩やかなタズマン氷河(中央奥がホックステッタードーム)


ヘリのランディングポイントから見たホックステッタードーム(左奥)


タズマンサドル・ハットからはクック(左端)を始めサザンアルプスの主脈の山々が一望出来た


山小屋は私達だけで貸切りとなった


山小屋から見たミナレッツ


山小屋から見たエリー・デ・ビューモント(右)



  1月22日、朝3時に起床。 今日はもともと停滞する予定だったので、登れたら儲けものという意識が働き、いつものような緊張感は全くない。 ゆっくり朝食を食べて身支度を整え、4時半に山小屋を出発した。 あいにく空には星が見えず曇っていることが分かる。 やや下り気味にだだっ広いタズマン氷河の源頭部を巻くように歩いていくと、途中から突然トレースが現れたので、それに従い緩やかに登り下りを繰り返しながら進む。 山小屋で2250mにセットした高度計は、1時間歩いた所で50mほど下がっていた。 間もなく夜が白み始め、周囲の地形が朧げに分かるようになった。 あいにくの曇天で、残念ながら今日は朝焼けの景色は見られそうもない。 エリー・デ・ビューモントに突き上げる氷河の末端の広いコルで休憩する。 頭上には大規模なセラック帯があり、その奥に霧に煙ったエリーの頂稜部が微かに見えた。 

  コルからしばらくセラック帯に向かって緩やかに登り、10mほどのまるで“馬返し”のような急な雪壁を登ると、そこから先はリンダ氷河顔負けの芸術的なセラック帯となった。 上空には部分的であるが青空が覗き、エリーの頂稜部が一瞬だけ見えた。 まだ気温も低く雪も締っていたので、基本的にはコンテでセラック帯を縫うようにして登る。 セラック帯は見た目よりも登り易かったので、何とか突破出来ると思われたが、最後に下からは見えなかった巨大なクレバスが現れた。 クレバスの縁に沿って歩き、活路を見出そうとしたところ、数日前にロイが渡ったと思われる崩壊寸前のスノーブリッジがあった。 しかしそれは既に痩せ細り、渡ることがはばかれた。 平岡さんも「大人のすることではない」と潔く諦め、一旦引き返してから他にルートを求めしばらくセラック帯をさまよったが、先ほどのスノーブリッジが唯一クレバスを越えられるルートであることが分かり、結果的に登頂を断念せざるを得なかった。 エリー・デ・ビューモントの日本人初登頂は叶わなかったが、奇妙な形の氷塔が乱立するセラック帯の景観はユニークで、下手な観光やハイキングをするより面白かった。 さほど悔しい気持ちにならず登頂を諦められたのも、アスパイアリングとクックに登れたお陰だ。 

  安全地帯となる取り付きの広いコルまで戻って一服する。 時刻はまだ8時半だ。 周囲には依然として薄い霧が湧いていたが、明日は天気が良いとの予報だったので、今日もこれから次第に天気は良くなるだろうと思い、平岡さんにここから稜線を縦走してホックステッタードームに登ることを提案したところ、平岡さんも同じ意見だったので急遽これから登ることになった。 平岡さんからトップを任され、コルから幅の広い緩やかな傾斜の雪稜を登る。 最初のうちは時々霧の合間からMt.グリーン(2837m)の尖った頂などが背後に望まれたが、予想に反して次第に霧は濃さを増してきた。 単調な斜面を30分ほど登ると平らな雪原のような所に出た。 視界の悪い雪原を時々朧げに見える太陽の位置を頼りに黙々と歩く。 一瞬霧が晴れてホックステッタードームの頂稜部が見えたが、途中に雪の禿げた岩などが見えただけで、正しいルートは判然としなかった。 再び傾斜がきつくなり、ホックステッタードームの頂稜部の登りに入った。 小さなヒドゥンクレバスが多くなり、殆どホワイトアウトした状況で私がトップで登るのは危ないと思ったので、平岡さんにトップを代わってもらう。 霧は小雨に変わり、ホックステッタードームに登ろうとしたことを後悔した。 ここまで来たら引き返すよりも山頂を踏んで反対側から山小屋に直接下山した方が早いので、雨の中を辛抱して登るしかない。 風がなく気温が高いことが救いだ。 山頂直下では痩せた尾根を一旦かなり下ってから登り返す。 

  傾斜が緩み始めると間もなく平岡さんから、「この先から下りとなるので、この辺りが山頂だと思います」という説明があった。 周囲が全く見えないのでピンとこないが、とりあえず頂を踏めたことを喜ぶ。 達成感よりも、あとは山小屋に下るだけだという安堵感の方が勝っていた。 時刻は10時半で、コルからは2時間の道程だった。 天気の回復は全く見込めず雨にも濡れるので、記念写真を撮っただけですぐに下山する。 この山の最大の魅力である山頂からの素晴らしい展望は叶えられなかったが、やはりアスパイアリングとクックの登頂効果は絶大で、さほど悔しい気持ちにならずに済んだ。

  細長い頂上稜線を反対方向に緩やかに下ると尾根は次第に広くなり、このままホワイトアウトの状況が続くと山小屋を見つけることが危ぶまれると判断した平岡さんの提案で再び山頂に登り返し、自分達のトレースを辿って戻ることになった。 山頂からは再び私が先頭で下る。 天気が良ければ展望を楽しめるのでそれも一興だが、雨とホワイトアウトではまるで修行だ。 正午にエリー・デ・ビューモントの取り付きの広いコルまで戻ってようやく一服する。 

  コルからは再び平岡さんが先頭になる。 雨は少し小降りになったが、今度はだらだらとした登り下りの繰り返しに閉口する。 途中少しでも早く山小屋に戻りたいという思いから、自分達のトレースを外れて最短距離を進むことにしたが、だだっ広いタズマン氷河の源頭部の地形は意外と複雑で、近くにあるはずの山小屋がなかなか見つからない。 結局1時間以上も徘徊してから引き返し、再び自分達のトレースを辿ることになった。 ようやく朧げに山小屋が見えてホッとしたが、山小屋に帰り着いたのは3時だった。 山小屋から半日行程のホックステッタードームに未明から10時間以上を要したことになり、ある意味で印象深い登山となった。

  山小屋は相変わらず私達だけで貸切りだったので、濡れた衣類を色々な所に干して乾かす。 温かいコーヒーを飲み、行動食の余りなどを頬張ってから皆で三々五々昼寝をする。 明日は当初の計画どおり“ノーマルルート”でホックステッタードームに再度登ることも考えたが、天気が良ければ山小屋付近からでも充分展望を楽しめるし、明後日の未明の便で帰国するため明日は早めに下山したかったので、明日は山に登らないことを平岡さんに伝えた。 夜7時半からのDOCとの無線交信の後、平岡さんがAGLの事務所を介してヘリの運航会社と連絡を取り、9時半のフライトが決定した。



4時半に山小屋を出発する


だだっ広いタズマン氷河の源頭部を巻くように歩く


コルからセラック帯に向かって緩やかに登る


10mほどのまるで“馬返し”のような急な雪壁を登る


セラック帯の直前でエリー・デ・ビューモントの頂稜部が一瞬だけ見えた


リンダ氷河顔負けの芸術的なセラック帯


セラック帯を縫うようにして登る


下からは見えなかった巨大なクレバスに阻まれる


ルートを求めしばらくセラック帯をさまよう


奇妙な形の氷塔が乱立するセラック帯の景観はユニークで面白かった


ホックステッタードームに向かって幅の広い緩やかな傾斜の雪稜を登る


ホワイトアウトしてきたので平岡さんにトップを代わる


ホックステッタードームの山頂


雨とホワイトアウトではまるで修行だ


朧げに山小屋が見えてホッとする



  1月23日、最後の朝焼けの景色を見るため5時半に起床する。 まだ昨日の雨の影響が残っているのか、快晴の天気予報とは違い山々の稜線には厚い雲が取り付いている。 山小屋の窓から少しずつ明るくなっていく外の景色をしみじみと眺める。 あっと言う間の2週間で明日の今頃はもう帰国する飛行機の中だ。 天気の回復が遅れているようで残念ながら山々は朝焼けに染まらなかったが、次第に雲は取れ始め朝食後にようやく青空が一面に広がった。 ヘリは山小屋の少し上に着陸するため、登攀具や余った食料などを予め運び上げる。 目を凝らすと昨日徘徊したトレースがすぐ近くに見えた。 頭上のホックステッタードームやエリー・デ・ビューモントも今日は良く見える。 

  搭乗の準備が出来たことを平岡さんがヘリの運航会社に連絡を入れたところ、週末で天気が良くなったことが原因なのかヘリは来なくなり、代わって11時半に氷河見物の観光用のスキープレーンがここから1時間ほど下った平坦地(タズマンサドル)に着陸するので、それに便乗(シェア)する形で下山することになった。 一旦山小屋に戻ってザックのパッキングをやり直し、ザイルを結んで10時半に山小屋を出発する。 天気は予報どおりの快晴となり、所々で足を止めながらクックやタズマンそしてミナレッツの写真を撮る。 快晴のホックステッタードームの頂は逃したが、のんびりとサザンアルプスの展望を楽しみながら氷河を下るのは山行のフィナーレとしては最高だ。 間もなく眼下のタズマンサドルに観光用のヘリとスキープレーンが1台ずつ見えた。 

  観光客は30分以上のんびりとヘリの周辺で氷河からの景色を楽しんでいたので、結局出発は正午になった。 4列シートで定員11名のセスナより一回り大きなクラッシックな機体のスキープレーンは軽快なヘリとはまた違った重厚な乗り心地で面白かった。 また観光専用のフライトなので、パイロットが途中でタズマン氷河の上をスキー感覚で機体(車輪の横に付いているスキー板)を滑らせたり、高度を上げて旋回したりして乗客を楽しませてくれたので、機上からの展望もさることながら最後は純粋に観光モードで楽しめた。

  着陸後はAGLの事務所に登山プログラムの終了の報告に行く。 あいにく社長のブライアンは不在だった。 スタッフから入山時のヘリと先ほどのスキープレーンの料金の請求があり、前者が390NZ$(邦貨で29000円)、後者が525NZ$(邦貨で39000円)だった。 意外にもAGLから登山プログラムの終了時のサービスとして、ハーミテージが経営するレストラン『オールド・マウンテニアーズ・カフェ』のランチの無料券を3人分いただき、タイミング良くその足で昼食を食べに行った。  昼食後はお互いの宿に別れてシャワーを浴び、荷物を整理して思い出多いマウントクック村を後にする。  本来なら平岡さんとはここでお別れだが、次のお客さんが私達と入れ違いに明日の午前中の便でクライストチャーチに到着するということで、平岡さんと一緒に車でクライストチャーチに向かう。 車の交通量は少なく渋滞もないので、330キロの道程を4時間ほどで走り、夜の8時に市内の宿に着いた。 近くの中華料理屋で最後の晩餐を行い、宿で仮眠してから翌朝4時にタクシーで空港に向かい帰国の途に着いた。



観光用のヘリやスキープレーンが着陸するタズマンサドル


タズマンサドル・ハット付近から見たホックステッタードーム


タズマンサドル・ハット付近から見たミナレッツ


タズマンサドル・ハット付近から見たエリー・デ・ビューモント


タズマンサドル・ハット付近から見たクック(左)とタズマン(右)


タズマンサドルへ下る


タズマンサドルへ下る


タズマンサドルに下り立つ(右の岩塔の上にタズマンサドル・ハットがある)


タズマンサドルに着陸した観光用のスキープレーン


セスナより一回り大きなクラッシックな機体のスキープレーンに乗る


スキープレーンの機上から見た大規模なクレバス


スキープレーンの機上から見たミナレッツ(左)とエリー・デ・ビューモント(右)


スキープレーンの機上から見たクック


スキープレーンの機上から見たクック


車でクライストチャーチに向かう(車窓から見たプカキ湖)


日没前のクライストチャーチ


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