1  9  9  7  年    8  月  

《 8日 》    斜里岳

   清岳荘 〜 下二股 〜 上二股 〜 斜里岳 〜 上二股 〜 熊見峠 〜 下二股 〜 清岳荘  (往復)

   8月8日、いつものように4時に起床する。 今日も天気は良さそうだ。 登山道のすぐ脇に建つ清岳荘は、さながら関所のよう見える。 斜里岳への登山道は今日私達が辿る『清里コース』と『三井コース』の二つがあるが、ガイドブックによると前者が一般的なようだ。 清里コースは途中から尾根を歩く『新道コース』と沢筋を行く『旧道コース』に別れているが、私達はガイドブックに従って旧道コースを往路に、新道コースを復路に辿ることにしたが、これは結果的に正解だった。

   登山道はすぐに幅の広い沢を飛び石伝いに遡る道となり、早朝の寝ぼけた体には少々堪える。 登山口から1時間ほどで新道コースと旧道コースの分岐の下二股に着き、予定どおり沢を詰める左の旧道コースを行く。 旧道コースの小さな滝の連続する沢登りは、登山靴でOKな滑沢歩きも楽しめ、盛夏にはもってこいだ。 後ろから登ってくる中高年の団体パーティーの賑やかさで熊の心配も要らない。

   上二股で右からの新道コースと合流し、水流の殆ど無くなった沢を源頭まで登った。 さらに急勾配となった涸れ沢を少し登ると森林限界となったが、ザレ場の急斜面が稜線まで続き、妻との差がどんどん開いてしまった。 馬の背と呼ばれる南斜里岳への道を分ける所まで登るとようやく山頂が見えたが、同時に麓からの霧が湧き上がってくるのも見えた。 急ごう。 こういう時の馬力だけは不思議とあるものだ。 5分ほど全力で走るように登った所には赤い祠があったが、これは手前の偽ピークで、山頂はまだその先だった。 さらに5分ほど息を切らしながら駆け登り、8時前に斜里岳(1547m)の山頂に着いた。


山頂直下から見た斜里岳


斜里岳の山頂から見た南斜里岳


   広い山頂はすでに20人ほどの人達で賑わっており、昨日の羅臼岳の山頂で出会った人達の顔も見られた。 残年ながら羅臼岳の聳える知床半島方面の展望は霧で閉ざされていたが、屈斜路湖畔の藻琴山や摩周湖畔の摩周岳、そして目を凝らすと雄阿寒岳も遠望された。 登ってきた登山道の方を振り返ると、先ほどの偽ピークを含め、斜里岳は少し背の低い6つのピークを抱えていることが分った。 登山者に餌付けされたシマリスと戯れながら2時間ほど山頂で粘ってみたが、知床方面から湧き上がる霧はとうとう晴れず、後ろ髪を引かれる思いで山頂を後にした。

   先ほどの上二股まで戻り、新道コースの尾根道を行く。 しばらくは樹林の中で展望はなかったが、最初のピークを登った後はハイマツ帯となり、阿寒方面を正面に望む稜線漫歩となった。 山頂から1時間半ほどで熊見峠と呼ばれる小ピークに着くと、そこは幾つものピークを抱えた斜里岳の全容が見渡せるビューポイントだった。 峠で休憩しながらラジオの天気予報を聞くと、明日からしばらく天気は下り坂であるという悲報が流れていた。 重い足を引きずりながら、旧道コースとの分岐がある下二股まで樹林の中を急降下した。 下二股からの沢沿いの道は昼下がりの暑い時間帯にもかかわらず、快適な環境で斜里岳から送り出してくれた。


熊見峠から見た斜里岳


   2時過ぎに登山口の清岳荘に着くと駐車場の車はなく、私達がしんがりを務めたようだった。 清里町に車で移動し、昨日と同じ日帰り温泉施設で明日以降の計画を再検討したが、斜里岳が今回の山行の最後の頂となることは知る由もなかった。 北海道に上陸して6日目はオホーツク海に面した涛沸湖のパーキングで静かな夜を堪能した。

   予報どおり曇天となった翌日は再び知床半島を北上し、羅臼岳の麓にある知床五湖を探勝した。 知床五湖は第1湖〜第5湖と名付けられた小さな湖(池)がコンパクトに点在し、1時間半ほどで散策出来るが、予想以上に知床の自然を満喫出来る所だった。 ヒツジグサとオゼコウホネが咲き誇る湖に逆さに映っている知床連山が印象的だったが、この風景を見ているとあらためて連山の縦走を心に誓わずにはいられなかった。


知床五湖から見た知床連山の硫黄岳


   観光客が押し寄せる前に知床を後にして、北見〜旭川〜札幌経由で初日に登れなかった羊蹄山に向かって車を走らせたが、翌日も雨まじりの天気でとうとう登れず、もう一日予備日はあったものの、明日も本降りの雨という天気予報には勝てず、函館から青函フェリーで北の国を後にした。


北 海 道    ・    山 行 記    ・    T O P