1  9  9  7  年    8  月  

《 7日 》    羅臼岳

岩尾別温泉 〜 羅臼平 〜 羅臼岳  (往復)

   8月7日、4時に起床すると周囲はすでに明るく、今日も良い天気が期待できそうだった。 木下小屋で登山届に名前などを記入して出発する。 さすがに人気の高い山で、すでに出発している人が数名いた。 昨日買ったカウベルを鳴らしながら30分ほどジグザグの急坂を登ると尾根道となり、樹間からオホーツク海が見えた。 山から海が見えるとは何と贅沢なことか。 再び樹林の中の道を登るが、昨日の雌阿寒岳のようなエゾ松ではなくミズナラやダケカンバなどの混合林のため、時々知床連山の最北端の硫黄山方面が見えた。

   間もなく左手に小さな広場がぽっかりと現れ、弥三吉水と呼ばれる水場に着いた。 木下小屋・弥三吉水は、羅臼岳の登山道を開削した木下弥三吉の名前からきているとのことだった。 今日辿る岩尾別温泉から羅臼岳へのルートは標高差が1400mほどあるが、水場が途中に三か所もあって非常に助かる。 水場を後に極楽平と地図に記された緩斜面を登るが、樹林が密集していて展望は全く無かった。 再び道は急登となり、二番目の水場の銀冷水で喉を潤す。 銀冷水を過ぎると間もなく森林限界となり、待望の羅臼岳や三ツ峰の一部が見えてきたが、背景は先ほどまでの青空ではなく白く濁ってしまった。 知床半島は両側を海に挟まれているため、天気が不安定なのだろうか。

   万年雪と思われる雪渓の登りになると、雪渓の両岸にはお決まりの高山植物が咲き誇っていた。 その中でもエゾツツジの鮮やかな濃いピンクが一際美しい。 300mほどの雪渓を登り終え、右手に羅臼岳、左手に三ツ峰を仰ぎ見ながら這い松の道を歩くようになり、間もなく羅臼平という峠に着いた。 まっすぐ行けば太平洋側からの登山口の羅臼温泉、左は三ツ峰を経て硫黄山へ続く知床連山の縦走路、そして右はこれから向かう羅臼岳への道だ。 羅臼平から見た羅臼岳の山頂はまるで“おっぱい”のような形だった。


羅臼平から見た羅臼岳の山頂


   はやる気持ちを抑え、一休みしてから山頂へ向かう。 羅臼平から20分ほど登ると最後の水場の岩清水で、岩峰の基部から甘露がしたたり落ちていた。 力水を得て最後の岩場を登っていくと、先ほどから山頂を覆い始めた霧が登るにつれて濃くなっていった。 山頂直下では木下小屋を出発してすぐに私達を追い抜いていった健脚のパーティーを始め、数人の登山者が冴えない表情で下ってきた。


羅臼岳の山頂直下の岩場


   9時過ぎに霧に包まれた羅臼岳(1660m)の山頂に着くと、まるで私達の到着を待っていたかのように上空に青空が見え、周囲の霧も上がり始めた。 登ってきた羅臼平方面には先ほどすれ違った人達の姿が見えたので、何のためらいもなく大声と身振りで山頂に戻ってくるように叫んだ。 この気持ちが通じたのか、そのうちの何人かが急な岩場を再び登り返してきた。 霧は次々と海風に運ばれ、登り返してきた人達が山頂に着いた時には360度の展望が広がり、嬉しい再会となった。 最果ての地の頂きからは、一方にオホーツク海が、反対側には太平洋が望まれ、国後島が予想以上に近かった。 雲海となっている知床半島の先端に向かい、三ツ峰・サシルイ岳・オッカバケ岳・南岳・知円別岳・硫黄山の順に知床連山が頭を揃えている。 後ろを振り返ると知床半島の付け根を蛇のように這っている知床横断道路の向こうに羅臼湖が青く輝き、その背後には登山道のない遠音別岳と海別岳が、そして斜里岳が遠望された。


羅臼岳の山頂から見た知床連山


   これ以上何も望むべくもない大展望の頂で絶景と対峙しながらに2時間ほど滞在し、再び霧に覆われ始めた山頂を後にする。 次回は是非知床連山を縦走しようと心に誓ったが、稜線上の所々に見える平坦地にはいかにも熊がいそうな雰囲気がした。 雪渓の下りに掛かった所でバケツの水をひっくり返したようなにわか雨が30分ほど降ったが、降り止んだとたんに真夏の陽射しが戻ってきた。

   3時前に岩尾別温泉に下山し、明日登る予定の斜里岳の登山口がある清里町へ車を走らせる。 岩尾別温泉の入口から見た羅臼岳は昨日にも増して大きく見え、清里町の日帰り温泉施設から見たアーベントロートに染まる斜里岳は神々しく、時間を忘れて見とれてしまった。 清里町の食堂で夕食を食べ、登山口の清岳荘まで未舗装の林道を30分ほど要して着くと、駐車場はすでに満杯で15台ほどの車が停まっていたが、羅臼岳の登山口で見た車が数台見られた。


岩尾別温泉の入口から見た羅臼岳(右)


北 海 道    ・    山 行 記    ・    T O P