1  9  9  7  年    8  月  

《 6日 》    雌阿寒岳

   雌阿寒岳温泉 〜 雌阿寒岳 〜 阿寒富士分岐 〜 オンネトー登山口 〜 雌阿寒岳温泉  (周回)

   8月5日、残年ながら予定どおり今日は道東への移動日になった。 時折小雨の降る中、雨竜町から旭川〜層雲峡〜北見経由で約300キロ走り、夕方の4時頃に明日登る予定の雌阿寒岳の登山口の雌阿寒温泉に着いた。 時間もまだ早かったので、車で5分ほど先のオンネトー(湖)へ向かう。 ここは12年前に新婚旅行で一度訪れたことがあるが、その時に見た水色の湖面の美しさと、オンネトーというアイヌ語の響きは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いていた。 オンネトーは今日もあの日と同じ美しさで眼前の雌阿寒岳と一緒に私達を迎えてくれた。 そして明日はあの頂からこのオンネトーを見ることがメインテーマだ。

   雌阿寒温泉に戻り、地元の温泉通の間では有名らしいユースホステル(野中温泉)の湯に入る。 内湯だが給湯設備などはなく、いたってシンプルだが、清楚な木造の浴槽には濃い乳白色のお湯がとめどもなく流れ込み、200円という安い料金も手伝ってその知名度の高さに納得した。 温泉の隣の駐車場で夕食を食べていると、空にはようやく星が降るように見えてきた。

   8月6日、4時に起床すると外はうっすらと明るくなっていた。 上陸以来初めての爽やかな朝だ。 はやる気持ちを抑え、鬱蒼とした亜寒帯特有の針葉樹林の中に入っていった。 今日は雌阿寒温泉から雌阿寒岳を登り、尾根伝いにすぐ隣の阿寒富士を登ってからオンネトー湖畔に下り、車道を歩いて雌阿寒温泉に周回するルートを辿る予定だ。

   登山口から30分ほど登ると、木々の背丈が低くなり周囲が明るくなってきた。 木々の高さは3〜4mあるが、どうやらこれはハイマツのようだった。 四合目と記された道標を過ぎるとハイマツは次第に背丈の低い這い松に変わり、初めて山頂方面が見えたが、残年ながら山頂は濃い霧に包まれていた。 霧の中の山頂にヤキモキしながら黙々と登り続け、何気に後ろを振り返るとオンネトーの一部が見えていた。 山頂手前からは風が急に強くなってきたのでヤッケを着込んでいると、健脚の後続パーティーが足早に追い越していった。

   ここから先はガレ場の急登が山頂まで続く道となった。 相変わらず天気は良く、眼下には果てしなく広がる針葉樹林の大海原が見渡せるが、目の上だけが霧で視界が閉ざされている。 強い風は収まらず、山頂直下では視界10m・風速20mといった感じで、時々耐風姿勢をとらないと立っていられないほどだった。 たまらず近くの岩陰に逃げ込むと、また後続のパーティーが追い越していった。 しばらく様子を窺っていた私達も意を決して山頂へと向かった。

   岩陰から僅かに登ると、大きな四角い石の展望方位盤があったので、そこが雌阿寒岳(1499m)の山頂であることが分った。 爆風が吹き荒れる山頂にはとてもいられないので、山頂から少し離れた風の弱い所で霧が上がるのを待つ。 時折登ってくる人は風除けの場所を探すまでもなくすぐにピストンして下山していく。

   30分ほど待っただろうか、眼前の霧が一瞬にして嘘のように上がり、スポットライトを当てたかのように大きな爆裂火口と、反対方向に山がそして湖が見えた。 雄阿寒岳と阿寒湖だ。 次々と登ってくるパーティーからも歓声が上がった。 慌ててカメラを取り出して写真を撮ったが、再び霧に閉ざされることはなかった。 山頂に戻って荒々しい火口の中を覗くと、数十羽のツバメが乱舞する不思議な光景が見られた。 目を少し左に転じると、これから向かう阿寒富士が大きく見えたが、火口の径が大きすぎて肝心のオンネトーは見えなかった。 霧は上がったが強い風の勢いは全く衰える気配がない。 一昨日の南暑寒岳もそうだったが、北海道の山は皆風が強いのだろうか。


雌阿寒岳の山頂から見た雄阿寒岳と阿寒湖


雌阿寒岳の爆裂火口


雌阿寒岳の山頂から見た阿寒富士


   裾野に広がる針葉樹林の大海原も充分堪能したので、予定どおり尾根伝いに阿寒富士へと向かう。 登山道は火口のへりを歩くようになっていたが、風が強いので少し離れた踏み跡のないザレた所を歩く。 10分ほど下って火口のへりを離れ(お鉢回りの道はなかった)広い尾根を進んだが、再び濃い霧が正面から吹きつけてきたことで阿寒富士への踏み跡を見落としてしまい、オンネトーへ下る道に入ってしまった。 阿寒富士に登ることを諦めて下っていくと、再びオンネトーの一部が見えたが、原生林に囲まれたオンネトーはまるで母親に抱かれた赤ん坊のようだった。

   オンネトーの湖畔に着くと空はますます青くなり、その光線を受けてオンネトーの湖面も負けじと青みを増してきた。 山頂では寛げなかったので、湖畔から雌阿寒岳と阿寒富士を見上げながらのんびりと過ごした。 湖畔から見た雌阿寒岳は優しそうな面持ちで、火口の荒々しさは想像出来ない。 重い腰を上げて雌阿寒温泉に向かって歩き始めると、湖畔のアスファルトの道は照り返しがきつく、先ほどの山頂での寒さが嘘のようだ。 昼過ぎに登山口の雌阿寒温泉に着き、今日も貸し切りの野中温泉の湯に浸かってから、明日登る予定の羅臼岳の聳える知床方面に車を走らせた。


雌阿寒岳とオンネトー登山口の間から見た阿寒富士


雌阿寒岳とオンネトー登山口の間から見たオンネトー


オンネトー湖畔から見た雌阿寒岳と阿寒富士(右)


   野中温泉から車で30分足らずで阿寒湖畔に着くと、眼前には湖越しに雄阿寒岳が大きく鎮座していた。 雌阿寒岳から早々に下山していった人達は、今頃あの山頂にいるのだろうか。 登りたいが今回の計画には雄阿寒岳は入っていない。 再訪を誓って弟子屈町・清里町・斜里町を通り、知床半島のウトロへと向かった。 途中の清里町から見た斜里岳は、写真で見たとおり裾野を長く引いた優美な姿を披露してくれた。

   ウトロの町に入ると、知床連山が羅臼岳を筆頭に間近に見渡せるようになり、最果ての地らしく国道脇の笹原には大きなエゾ鹿の姿が頻繁に見られるようになった。 国道334号線を外れて登山口の岩尾別温泉のホテルの駐車場に車を停め、明日の登山道の下見と熊の目撃情報の収集に100mほど先の木下小屋に行った。 一昨日登山道で熊を見た人がいたという小屋のスタッフに脅かされ、その場で目に留まったお土産用の大きなカウベルを買ってしまった。


国道334号線から見た知床連山


北 海 道    ・    山 行 記    ・    T O P