1  9  9  7  年    8  月  

《 4日 》    南暑寒岳

南暑寒荘 〜 雨竜沼湿原 〜 南暑寒岳  (往復)

   私が北海道の山々への憧れを持つようになったきっかけは、ある一冊の本との出会いだった。 それは北海道新聞社発行の『北海道夏山ガイド・C日高山脈の山々』というタイトルの本で、偶然近所の図書館で見つけた。 このガイドブックは全6巻からなっていたが、他の5巻は図書館に蔵書がなかったため、あらためて神田の三省堂で全巻を買い揃えた。 このガイドブックは関東では大規模書店でしか取り扱ってないが、道内の岳人の間ではバイブルになっていることが後で分り、あらためて北海道は“北の国”であることを痛感した。 このガイドブックで知った北海道の山々の印象は、第一に森林限界が低く樹林に囲まれた山頂が少ないこと、第二に山の標高は低くても登山口からの標高差が大きいこと、第三にアイヌ語の山名が新鮮だったこと、そして第四に熊に出遭う可能性が非常に高いことだった。

   かくして北の国への机上登山は始まったが、やはり北海道の山はサラリーマンの私にとって、時間的にも経済的にもおいそれと行ける所ではない。 また、単にピークを踏むだけの目的であればそれほど難しくないが、その山のベストシーズンやルート、そして最大の条件である良い天気を考えると、なかなか計画はまとまらなかった。 退職後にゆっくり行こうと思いつつ、やはり行きたいという願望に負け、平成9年の8月に車で東北自動車道をひた走り、青森からフェリーに乗って北の国へと向かった。

   第一回目の北海道の山行に計画した山は、羊蹄山・南暑寒岳・雌阿寒岳・羅臼岳・斜里岳の5座で、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山はその際立った独立性、南暑寒岳は懐に秘めた雨竜沼湿原、雌阿寒岳は山麓にあるオンネトー(湖)の美しさ、羅臼岳は知床という最果ての地からの展望、そして斜里岳は裾野を長く引いた山並みの美しさに魅力を感じた。


道内の岳人の間ではバイブルになっている『北海道夏山ガイド』


   盛夏の青森港のフェリー乗り場は予想に反して混雑はなく、予約していた2時20分発の便は予約なしでも乗船出来そうな雰囲気だった。 大型のフェリーは揺れも少なく快適で、これから始まる北の国への山行のプロローグにはもってこいの演出だったが、梅雨空を思わせるような天気に気持ちはすっきりしない。 下北半島を終始右舷に見ながらの船旅は3時間40分で終り、夕方の6時過ぎに函館港に到着した。 早速グルメ本で見た函館市内の寿司屋に直行したが、残年ながら期待したほどの味ではなかった。 食後は市内の谷地頭温泉に行ったが、この日帰り温泉施設はまるで体育館のように広くてユニークだった。 入浴後は明日予定している羊蹄山を目指して国道5号線を北上する。 道はガラガラに空いているが、ラジオの天気予報は明日は曇天と告げているため、アクセルを踏む足は重かった。 予定どおり今宵は函館から2時間ほど走った狩場町のパーキングで泊った。

   翌朝は残年ながら天気予報どおりの曇天だったが、とりあえず羊蹄山の登山口の真狩へ車を走らせる。 1時間ほど走ってニセコの町に入ったが、羊蹄山には黒い雲がべったりと取り付き、私達が来るのを拒んでいた。 ラジオの天気予報では、今日のみならず明日も同じような雨模様の天気とのことだったので、残年ながら登山を中止することにした。 また、明日は羊蹄山ではなく南暑寒岳を登ることにし、雨天の場合は途中にある雨竜沼湿原の散策のみをすることにした。

   南暑寒岳の登山口までの移動は午後に入ってからでも間に合うので、ニセコ連山の間に点在する大沼・神仙沼・長沼の三つの湖の散策をしたが、雨が降り出さないのが不思議なくらいの曇天のため、沼の色も私達の気分も冴えなかった。 ニセコ連山は国道5号線を挟んで羊蹄山と対峙しているニセコアンヌプリ(1306m)を主峰とし、日本海へ向かって20キロほど連なっている1000m〜1200m級の山々である。 残念ながらニセコアンヌプリはスキー場として山肌を削られてしまっているが、日本海に近い雷電山や目国内岳はいかにも静かそうで、6月頃の残雪期に是非登ってみたいと思った。

   午後に入ってから南暑寒岳の登山口の雨竜町へ国道5号線を北上する。 余市から小樽への海岸沿いでは、日曜日ということもあって海水浴客の車で渋滞していた。 小樽の市街を抜けて国道275号線に入り、旭川方面に向かう途中の中小屋温泉という地元の人しか利用しないような温泉施設で入浴した。 中小屋温泉から1時間半ほどで今日の宿泊地とした雨竜町のパーキングに到着すると、大粒の雨が車の屋根を叩き始めた。

   8月4日、昨夜からの雨はとうとう降り止まなかったが、予定どおり南暑寒岳の登山口に車を走らせる。 雨と霧で南暑寒岳らしき山は全く見えない。 雨竜町から農道を西へ走り、鹿が道路脇の熊笹から顔を覗かせている林道の先にあった登山口には、白線で区画された広い駐車場とその先に立派な建物(南暑寒荘とキャンプ場のコテージ)があって驚いた。 車中で朝食を食べていると雨が止んできたので、傘を持って出発することにした。

   登山口から20分ほど林道を歩いて吊り橋を渡って山道に入ったが、不思議と熊の気配はしなかった(熊のことはすっかり忘れていた)。 登山道の下で音を響かせている『白竜ノ滝』の一部が見え、滝壺に下る道があったが、帰路に立ち寄ることにして先に進む。 登山口から1時間半ほどで視界が開け、間もなく雨竜沼湿原の入口に着いた。 予想どおり湿原の向こうは霧のベールに包まれており、本来見えるはずの南暑寒岳や暑寒別岳は全く見えなかった。 湿原には木道がつけられていて、小さな池塘を幾つか通り過ぎたところで木道が分岐していた。 道標に従って左の道をとる。 帰路は右の道からここに戻ってこられるようになっているようだ。 池塘には可憐なヒツジグサとオゼコウホネのペアが、そして湿原にはクガイソウ・シモツケソウ・カキツバタ、その他の花々が所狭しと咲き誇っていた。 水芭蕉はすでに咲き終わっていて、その残骸が所々に見られた。 登山口の広い駐車場はこの水芭蕉鑑賞のために作られたものかもしれない。

   湿原の花々を充分楽しみ、再び山道に入る手前で木道の分岐があった。 左が南暑寒岳への登山道で、右が湿原を周回して先ほどの分岐に戻る道だ。 相変わらずの曇天だが、道を左にとって南暑寒岳へ向かう。 10分ほど急坂を登ると、5m四方の木で組まれた展望台があり、今歩いてきた湿原の全体が良く見渡せた。 湿原の回りに点在するダケカンバの木々が白く輝き、周囲の緑とのコントラストがとても印象的だった。 展望台付近で上から下ってきた暑寒別岳からの縦走パーティーとすれ違ったが、皆非常に疲れている様子で衣服も汚れていた。

   展望台からは背丈ほどあるチシマザサを幅広く刈り払った単調な山道を、振り返り見るたびに増える湿原の池塘の数を楽しみにしながら1時間半ほど登り、正午前に待望の南暑寒岳(1296m)の山頂に着いた。 ありがたいことに霧は完全に上がってくれたので、山頂からは360度の展望を楽しめると思ったが、全く想定していなかった日本海側からの風は台風並で、写真を撮ることもままならなかった。 烈風でうねるチシマザサで覆われた稜線の先にこの山域の盟主の暑寒別岳(1491m)が台形状に大きく望まれ、その左には登山道のない群別岳(1376m)が原始のままの姿で並んでいた。 熊がいるとしたらおそらくあの辺りだろう。 曇天のため遠望は利かなかったが、湿原の木道以外には人工的なものが全く見えない北の国の山への第一登を印すことが出来て良かった。

   風の当たらない山頂の傍らに1時間ほど滞在したが、平日のためか誰も登ってこなかった。 相変わらず強風は収まらず、空もこれ以上高くならなかったため、暑寒別岳に思いを馳せつつ山頂を後にする。 湿原に戻り先ほどの分岐を左にとる。 ようやく陽が射し始め、杖代わりに使っていた傘を今度は日傘として使う。 湿原に咲き競う花々は真夏の陽射しを受けてキラキラと輝き始めた。 太陽のエネルギーで足取りはにわかに軽くなり、新しい花を見つける度にまるで宝物を見つけたかのように喜び、何度も足を止めながら木道を歩いた。 湿原から見た南暑寒岳はたおやかな丘といった感じで、ここからの標高差が500m近くもあるようには思えなかった。

   期待以上に目を楽しませてくれた湿原に別れを告げ、登りでパスした『白竜ノ滝』を滝壺まで下りて鑑賞してから登山口に戻った。 雨竜沼湿原とは全く趣を異にする観光用のひまわりのお花畑に囲まれた道の駅『サンフラワー北竜』のモダンな日帰り温泉に入り、公衆電話で明日の天気予報を聞くと、明日も残年ながら曇天の予報だったので、羊蹄山へのリベンジは先送りして明日は道東方面への移動日とすることにした。


雨竜沼湿原


湿原の池塘


ヒツジグサ


展望台から見た雨竜沼湿原


南暑寒岳の山頂


湿原から見た南暑寒岳


北 海 道    ・    山 行 記    ・    T O P