《 3日 》 武尊山
武尊牧場スキー場 〜 武尊避難小屋 〜 武尊山 (往復)
12月に入ってから珍しく冬型が緩み、新潟県と水上地域に晴れの予報が出たので、無雪期とスキーシーズンの狭間で静かな武尊山に行くことにした。 百名山らしく山頂へのルートは沢山あるが、まだ辿ったことのない武尊牧場からのルートに決め、前夜に武尊牧場スキー場の駐車場に着くと、そこから先の武尊牧場キャンプ場に通じる舗装された車道のゲートが開いていたので、僅かに雪が見られる車道を3キロほど走った先にあった広場(帰宅後にここが『ロッジまきば』の跡地であることが分かった)まで車で入れた。 前夜は予報どおりこの時期らしく風が強かった。
広場を5時半に出発。 予想どおり周囲に他の車はなかった。 あいにく空にはまだ曇が多く、風花が舞っていた。 薄っすらと雪が積もっているキャンプ場への道路を登っていくと、脇の茂みから熊と思われる唸り声が聞えてきたので、暗闇の中を逃げるように足早に登る。 間もなくキャンプ場と思われる広場に案内板があり、車が通れるほどの広い道を登山道の入口に向けて進む。 数日前に降雪があったようでトレースはなかったが、登山道に入ってからも幅が広く勾配の殆どない癒し系の道が続いた。 7時前にようやく樹間からのご来光となり、周囲の木々がモルゲンロートに染まったが、北の空には寒々しい灰色の雲がまだ残っていた。 花咲湿原への道との分岐を過ぎるとようやく道幅が狭くなったが、相変らず緩やかな勾配でサラサラの新雪を踏んで歩くことが気持ち良かった。 広場からちょうど2時間で、こぢんまりとした武尊避難小屋に着いた。 土間のある小屋の内部は狭く、3人くらいまでしか快適に使えない感じだった。







避難小屋から先は登山道の道幅が一段と狭くなり、また積雪が徐々に増したため、雪で潰された笹が登山道を塞ぐようになったが、綺麗な霧氷の花が見られるようになり、それまで単調だったルートに変化が出てきた。 小さな湿原(雪原)のあるセビオス岳(1870m)を過ぎると、新潟や福島方面の上空にもようやく青空が見え始め、燧ケ岳や至仏山などの尾瀬の山々が雲間から姿を見せた。 樹間から武尊山の一角の中ノ岳(2144m)が見えるようになると、登山道の積雪はさらに増し、吹き溜まりでは膝上まで潜るようになってしまったので、ワカンを着けてのラッセルとなった。 基部から仰ぎ見た中ノ岳は急峻で、それまでと一変して急斜面の登りとなった。 ロープや鎖は殆ど雪に埋もれていたので、帰路のことも考えて掘り起こしながら登った。 雪で押し潰されたハイマツの藪で難儀する所もあったが、そこを通過すると一変してなだらかで展望の良い笹原の斜面となった。







天気はさらに良くなり、メインルート上の前武尊(2039m)や家の串山(2103m)を眺めながら足取りも軽く進んでいくと、再び素晴らしい霧氷の花が見られた。 間もなく前武尊方面からのメインルートとの分岐に着くと、今日はまだ誰も登ってきてないようでトレースはなかった。 分岐からは指呼の間に武尊山(2158m)の山頂が望まれ、眼前には剣ケ峰山(2020m)が、そして遥か遠くの富士山も良く見えた。 分岐から山頂に向けての登山道は中ノ岳を巻いてトラバースしていたが、道型は明瞭だったのでルーファンの必要は全くなかった。 山頂手前の三ツ池で前武尊方面から来られたという新潟の健脚の男女パーティーが追い付き、追い越して行った。










山頂直下の剣ケ峰山方面からのルートにもトレースはなく、11時半に25年ぶりとなる武尊山の山頂に着いた。 前回の記憶は全く無い山頂は360度の展望が利き、この時期にしては珍しく全くの無風だった。 今まで雲や山の陰で見えなかった谷川連峰から越後三山までの上越県境の山々がずらりと顔を揃え、その展望の良さに思わず歓声を上げた。 この日山頂で唯一居合わせた新潟の男女パーティーの男性が運営されているホームページ『魚沼の山』は、以前新潟の山を登った時に参考にさせていただいたことが下山後に分かり、その偶然の出会いがとても印象に残った。





正午過ぎに誰もいなくなった山頂を発ち往路を戻る。 トレースのある下りは速く、3時には車に戻ったが、車の周囲には新しい小熊の足跡と糞が見られた。 キャンプ場からの道路を車で下っていくと、昨夜は開いていたゲートが閉まっていたので肝を冷やしたが、ゲートの脇の僅かなスペースから無理やり車を通して事なきを得た。 登山口の近くにある日帰温泉施設『花咲の湯』に立ち寄り、入浴後に明日の天気予報をチェックすると、明日も午前中までは新潟の天気は良いという予報に変わったので、谷川連峰の朝日岳を登ることに決め、登山口の土合橋に向かった。



