《 31日 〜 1日 》 餓鬼岳 ・ 唐沢岳
白沢三股 〜 餓鬼岳小屋(テント泊) 〜 餓鬼岳 〜 餓鬼のコブ 〜 唐沢岳直下 (往復)
今シーズン初めての北アルプスの山行は新穂高温泉から双六小屋をベースにして鷲羽岳を登る計画を立てたが、前日に土曜日の昼過ぎから雷雨の予報が出てしまったので、急遽計画を変更し、餓鬼岳小屋をベースにして唐沢岳を登ることにした。
長野道の筑北PAに前泊し、翌朝6時半前に白沢三俣の登山口(993m)を出発する。 まだ餓鬼岳小屋が営業していないので、登山口付近の駐車スペースには車が停まっていなかった。 白沢からのルートで餓鬼岳に登るのは今回で4度目だ。 しばらくは新緑が鮮やかな白沢を遡っていくが、途中の『紅葉ノ滝』や『魚止ノ滝』は雪解けで水量が多く、今までで一番見ごたえがあった。 咲いたばかりの大きなシャクナゲの花が目に鮮やかだ。 3年前の7月に山仲間のハイジさんとこのルートを登った時は湿度が異常に高かったが、今日は真夏日の予報が出ている割には涼しく、登山口から2時間足らずで『最終水場』(1500m)に着いた。
オアシスのような『最終水場』で冷たい沢の水を3Lほど汲み、大凪山(2079m)への長い急坂を登る。 残雪期には入山者がいないことを物語るかのように旬のタラの芽やコシアブラが多く見られた。 1800m付近から始まるガレ場は今日の核心の一つと想定していたが、残雪もあと一週間で完全になくなるほど少なく、登りではアイゼンを着けることなく、キックステップやガレ場の縁の草付を登って通過することが出来た。 ガレ場の先も急登が続くが、嬉しい誤算で登山道に残雪は全くなく、予想よりもだいぶ早く10時半前に展望のない地味な大凪山の山頂に着いた。
大凪山から僅かに下り、2235mのピークへの登りになると、残雪が所々で見られるようになり、赤テープを木々に付けながら進む。 予想どおり赤テープの類は山頂まで殆どなかった。 樹間からは目指す餓鬼岳や唐沢岳、そして針ノ木、蓮華などの山々が垣間見られた。 2235mのピークから先はさらに緩やかな登りで顕著な尾根を辿る。 昼過ぎから雷雨という予報が嘘のように空は青い。 左手に崩壊地を見ると間もなく、笹の生い茂った『百曲り』の急坂への取り付きとなった。 1万分の1の縮尺にした地形図を確認しながら、残雪で分断された登山道を見つけながら進む。 核心部のダケカンバの林が現れる手前で沢状地形をトラバースする所が分からず、しばらく右往左往したが、古いペンキマークのある岩が雪から露出しているのを運良く見つけることが出来た。
アイゼンを着けて沢状地形をトラバースし、『百曲り』の急坂への登りに入る。 水分を多く含んだ残雪は気温の上昇でアイゼンを着けても滑りやすく、傾斜が比較的緩い右側の笹薮との境目に沿って登る。 左上に急傾斜のダケカンバの林が見られるようになったが、残雪期特有の雪の状態の悪さで、ダケカンバの林を登るためにはロープでの確保が必要に思えたので、引き続き登り易い笹薮との境目に沿って直登気味に登る。 間もなく沢の源頭のような所となり、残雪が笹薮に分断され水も出ていた。 頭上は明るく開け、高度計と地形図から判断して山頂に突き上げる顕著な尾根が近いことが分かったので、なおも笹薮を踏んで直登すると、木々の疎らな明るい残雪の急斜面となった。 雪の状態が良かったので、ロープで確保することなく僅かに登ると、目論見どおりハイマツの茂る尾根に乗ることが出た。
尾根の先にはまだ餓鬼岳の山頂は見えなかったが、ハイマツに沿って100mほど登り、ハイマツの藪を越えて尾根の反対側に出ると、餓鬼岳の山頂が眼前に見え、すぐ先に『百曲り』からの登山道が尾根に上がってくる地点があった。 ここからは餓鬼岳小屋の物置が見え、無雪期であれば10分ほどで着く距離だが、今日は残雪の急斜面をロープで確保しながらトラバースしなければならず、この区間だけで30分以上の時間を要した。
3時半に待望の餓鬼岳小屋に到着。 大凪山からはコースタイムの倍の5時間を要した。 山小屋は南面が吹き溜まった雪で埋もれていた。 天気予報は完全に外れ、夕立が降り出しそうな気配は全くなかったので、テントの設営は後にして餓鬼岳の山頂に向かう。 山頂には雪は無かった。 4時近くなのでさすがにクリアーな展望は望めないが、それでもここから見える北アルプスの山は全て見渡せた。 明日登る唐沢岳方面の稜線には残雪が見られたが、登山道は出ていたので嬉しかった。 快晴無風の山頂にいつまでも佇んでいたかったが、テントの設営と水作りが待っているので長居はせずに山小屋に戻る。
ちょうど1張り分だけ雪が溶けた山小屋の前の展望テラスに幕を張り、明日の長い行動時間に備えて水を6Lほど作る。 快晴の天気はなおも続き、太陽は7時を過ぎてもまだ西の空に浮かび、明日も今日と同じような良い天気が期待出来た。 日没後は常念山脈がアーベンロートに染まり、素晴らしい夕焼けショーとなった。 引き続き大町の夜景が見えるようになったが、明日に備えて8時前にはシュラフに潜り込んだ。
翌朝は唐沢岳を目指して4時に幕場を出発。 幕場から見た荘厳な朝焼けの空が素晴らしい。 放射冷却で空気はひんやりしているが、風もなく今日も快晴の天気となりそうだ。 時間は惜しいが幕場のみならず餓鬼岳の山頂でも、夜明け前の素晴らしい山々の景色に足を止められる。 これだけ素晴らしい天気や展望は年に数回しかないだろう。
4時半前に餓鬼岳の山頂を出発。 昨日の餓鬼岳小屋までの登りに要した時間から考えて、遅くとも正午には幕場を発たないと、明るいうちに下山出来ないので、唐沢岳まで3時間で着かなければその時点で引き返すことを心に誓った。 日の出が近づくと山々の背後の空が淡く染まり始め、このまま時間が止まってくれれば良いのにと願わざるを得なかった。 間もなくご来光となり、周囲の山々がモルゲンロートに染まった。 幕場を出発してから1時間も経たないうちに、素晴らしい景色が連続し、お腹いっぱいになってしまった。
登山道はほぼ稜線上につけられているが、陽が当たりにくい樹林帯には残雪が中途半端に残っているため意外と時間が掛かる。 あと一月もすれば全く問題なく歩けるようになる登山道も、残雪期特有の雪の付き方の悪さで歩くのに苦労する。 餓鬼岳の山頂から30分ほどで、『展望台』と登山地図に記された登山道のない西餓鬼岳への尾根との分岐に着き、そこから右に90度折れて、中間点の餓鬼のコブ(2508m)との鞍部に向けてハイマツの急坂を下る。 間もなく硬い残雪の急斜面となり、アイゼンを着けて鞍部の樹林帯へ下る。 鬱蒼とした樹林帯の中では所々で木に赤テープを付け、鞍部から餓鬼のコブへと登り返す。 餓鬼のコブのピークの直下から登山道が出てきたので、面倒だが一旦アイゼンを外す。 すっかり記憶は失せていたが、餓鬼のコブのピークの傍らには大きな岩塔があった。 餓鬼のコブからは指呼の間に唐沢岳が望まれた。 ここまで餓鬼岳の山頂から1時間ほどで着いたので、唐沢岳まで何とか3時間以内で行けそうだった。
餓鬼のコブからは再び下りとなったが、標高が低い所の方が残雪が多く、樹間も詰まっているので、ルーファンしながら歩くのに予想外の時間が掛かった。 餓鬼のコブと唐沢岳の中間にある2483mのピークへの登りでは、残雪と登山道が交互にあらわれ、再びアイゼンを着ける。 2483mのピークは踏まず、その直下を左から巻く。 間もなくあらわれた大岩の下では雪の付き方が今までで一番酷く、登山道が柔らかい雪で腰まで埋まる急斜面のため、左から迂回して立木を掴んで登らなければならず、ここだけで時間が飛ぶように過ぎてしまった。 ようやく森林限界を越え、眼前に荒々しい唐沢岳の頂稜部が見えたので安堵したが、それは偽ピークで、その基部まで登るとようやく山頂の標柱が下から見えた。
餓鬼岳の山頂からここまで休憩も殆ど無しに歩いてきたが、それでもすでに3時間近くが過ぎていた。 登山道に雪が無ければ、ここから唐沢岳の山頂まで往復30分くらいに思えたので、少し時間はオーバーするが、山頂まで行こうと偽ピークを下ったが、残念ながらザレた鞍部付近には今にも崩れそうな残雪が中途半端に残っていたので、当初の予定どおり時間で区切って引き返すことにした。 唐沢岳への3回目の登頂は叶わなかったが、ここまで辿ってきた稜線からの展望の素晴らしさだけでも充分満足出来たので、あまり悔しいという気持ちは湧いてこなかった。
展望の良い偽ピークの基部でゆっくり休憩して往路を戻る。 往路では硬かった残雪が気温の上昇で柔らかくなり、逆に踏み抜きで苦労する所もあった。 餓鬼のコブから展望台への残雪の斜面では、数時間前のアイゼンの爪跡が消えてしまい道を間違えたりもしたが、爽やかな快晴無風の天気は続き、麓からも雲一つ湧いてこない絶好の登山日和となった。 山々の展望を楽しみながらゆっくり歩いたので、帰りは餓鬼岳を経て幕場まで4時間ほど掛かった。
11時半に幕場に戻り、テントを撤収して12時過ぎに餓鬼岳小屋を出発する。 小屋の直下の急斜面のトラバースをロープで確保しながら自分達のトレースを忠実に辿る。 気温の上昇で雪が緩み、のっけから足元の雪が崩れ、10mほど滑落して立木に引っ掛かって止まったが、ピッケルの確保が甘かった妻も引きずられて滑落し、膝や腰を打撲してしまった。 雪の状態の悪さだけでなく、昨日からの足腰の疲労が溜まっていることも原因だった。 ハイマツの茂る尾根からは、登山道が通じている『百曲り』の急斜面をルーファンしながら下ることも出来そうだったが、遠回りでもルーファンの心配が要らない自分達のトレースを辿って下ることにした。 尾根からの急斜面ではロープで確保しながら、全てバックステップで慎重に下ったので、昨日の登りよりも多くの時間が掛かった。
3時前にようやく下りの核心部を終え、所々で残雪を踏み抜きながら大凪山への登山道に入ったが、歩くスピードが全く上がらず、大凪山に着いたのは4時過ぎだった。 大凪山からは雪もなくなり、煩わしいガレ場を通過した後は、そこら中に出ているコシアブラの新芽を摘みながら急坂を下った。 最終水場に着いた時点ですでに足は棒のようになっていたが、冷たく美味しい沢の水で英気を養い、最後の力を振り絞って沢沿いの道を白沢三股の登山口へ下り、日没と同時の7時半前に登山口に着いた。 前回は日帰りで登れた山(唐沢岳)に二日掛かりでも登ることは出来なかったが、素晴らしい残雪の山の風景と、何よりも静かな山歩きが出来て良かった。