2  0  1  4  年     5  月  

《 24日 〜 25日 》    大門沢小屋

奈良田第一発電所 〜 大門沢小屋 〜 南沢  (往復)

   先週のリベンジを果たすべく、二週続けて大門沢小屋から農鳥岳に登ることにした。 12時半に奈良田第一発電所の先の林道のゲート前に車を停めて出発する。 付近には車が7台も停まっていたので、入山者が何人かはいそうな予感がした。 今日は先週よりもさらに気温が高かったが、やはり林道の終点の第三堰堤から樹林帯の登山道に入ると、そこそこ涼しくて暑さは気にならなくなった。 今日も登山道の周囲の新緑が眩しい。 時々タラの芽も見られ、意外とこの辺りは山菜の宝庫なのかもしれない。 途中の河原にあった残雪の量は先週に比べて明らかに減っていた。 先週水に浸かったカメラは、水分が蒸発して作動するよになったが、露出か測光機能に不具合があるいで、逆光や暗い被写体の写真が撮れないことが分かった。

   核心の大門沢小屋の直下の渡渉点には3時半過ぎに着いた。 水量は先週と全く変わってなかったので、迷わず靴を脱いで先週落ちた所と全く同じ所を渡渉する。 水深は50センチほどで流れは強かったが、足元の岩は安定していたので、全く問題なく渡れた。 渡り終えた所から沢に沿って藪を少し漕いで登山道に戻ると、すぐその上に大門沢小屋があった。 

   大門沢小屋には中高年の単独の男性が一人いた。 雑談を交わすと、明日はテントを担いで間ノ岳まで足を伸ばし、明後日またここに降りてくるとのことだった。 山小屋は以前と変わってなかったが、小屋の前には新たにシャワー設備が出来ていた。 小屋の前には引水された水が豊富に出ていたので、水汲みをしないで済んだ。 

   明日の下見に登山道をしばらく登ってみると、登山道の周囲に雪は全く見られず、少なくとも30分くらいは雪のない登山道を歩くことが出来そうだった。 一方天気予報は好転せず、明日の昼過ぎから下り坂とのことだった。 宿泊者は私達と単独の男性だけだったので広く使えたが、夜中に鼠が小屋の中を歩き回って安眠を妨げられた。


奈良田第一発電所の先の林道のゲート


林道の終点の第三堰堤


一本目の吊り橋


二本目の吊り橋


新緑が眩しい大門沢小屋への登山道


途中の河原にあった残雪の量は先週に比べて明らかに減っていた


大門沢の本流を右岸から左岸へと渡る新しい木の橋は、水流の強さで斜めになっていた


大門沢小屋直下の渡渉点


大門沢小屋


大門沢小屋の内部


小屋の前には引水された水が豊富に出ていた


大門沢小屋から見た富士山


   4時前に大門沢小屋を出発。 単独の男性はまだ眠っていた。 残念ながら星は見えず、空は曇っているようだった。 この小屋を出発する時はいつもヘッドランプを灯している。 予想どおり小屋から30分ほど歩くと、一旦離れた沢の音が右から聞こえ、登山道が残雪で覆われていた。 その手前の木には古い赤テープが付けられていたので、何らかのポイントであるように思えた。 雪の上にはトレースが無かったので、とりあえずそのまま真っ直ぐに雪の斜面を歩いていくと、30mほど先に急な岩壁のようなものが前方を塞いでいた。 登山地図と地形図を見ると、そこが大門沢との出合であることが分かったが、過去何度かここを歩いた時にこの辺りで迷った記憶は全くなかったので不思議に思えた。 古い赤テープが付けた木まで戻り、高度計で標高(1850m)を確認し、自分の赤テープも同じ木に付けた。 そこからもう一度あらためて登山道を四方八方に探したが、曇りがちな天気が災いして周囲が暗くて分かりにくい。 しばらく探し回ったが時間もないので、とりあえず雪の下に登山道があると判断し、登山道の続きを探しながら上に向かって登り始めた。 しばらくすると少し周囲が明るくなり、足元の雪の下に水が流れているのが見えたので、この雪の斜面は沢だということが分かった。 少し方角も違い、沢も広くはなかったので、これが大門沢であるかどうかは疑問だった。 念のため、もう一度赤テープのある木まで下り、先ほど見た急な岩壁の周囲をつぶさに観察したが、やはりその壁を乗り越えるのは無理だと判断した。 登山道が寸断されていることに加え、他にこれだけ顕著な沢はないはずなので、この時点ではこの沢を大門沢だと想定して前に進むしか術がなかった。

   間もなく雪で覆われた沢は幅が広くなり、適度な傾斜で登り易くなった。 登山地図と地形図は共に登山道が沢の右岸に記されていたので、2000mを超えた辺りから左の疎らとなった樹林帯に取り付いてみることにした。 樹林帯の中をしばらく斜めに歩き回ったが、期待していた登山道の道型やテープ類は一切なく、がっかりさせられた。 ここは本当に大門沢なのかと疑いながら沢の中心に戻ると、それまで見られなかった古いトレースが上に向かって一直線に続いていた。 登山道に取り付くにはもう少し上だったのかと悔しがる反面、このトレースを辿って行けば、今まで疑問に思っていたことが解決されるのではないかという期待が持てた。 足取りも軽くトレースを辿って行くと、意外にもトレースは右岸ではなく左岸の樹林帯の方向に向かっていき、いつの間に消えてしまった。 このまま残雪の沢を詰めていくことは出来るが、標高はすでに2300mを超えており、沢の中にいるといつまでも登山道に合流出来ないので、右手の枝沢を詰めて左岸の尾根に取り付いてみることにした。 倒木の多い原始の雰囲気が漂う樹林帯の尾根は、残念ながら登山道があるようには到底思えなかった。 登山道を探すことは諦め、赤テープを付けながら登り易い所を登って、活路を見出すことにした。 高度計の標高は2500m近くなり、稜線もさほど遠くない所まで来たが、予想に反して木々の樹間が次第に狭まり、足元の雪も腐って登りにくくなってしまった。 まだ7時前だったが、登山道に出合う可能性が全くない状況で藪漕ぎに精を出すのも空しいので、残念ながらここで引き返すことを決断した。 

   本沢まで戻ると、また違うトレースが右岸の方向に向かっていた。 どうやらこの沢ではカモシカが長い距離を直登していることが分かった。 山頂はもう半ば諦めていたが、登山道がどこにあるのか確かめたかったので、念のため右岸の尾根にも取り付いてみることにした。 ピッケルを射して雪の剥げた急な草付から尾根に取り付き、しばらく藪を漕いで進んでみたが、どこを探しても獣道らしきものしか無かった。 

   釈然としない気持ちで再び本沢に戻ると、ふと、それまで全く視野に入らなかった大唐松尾根と大唐松山(2561m)が、登ってきた沢の下流の方角に見えた。 愕然とした思いで、あらためて地形図を目を皿のようにして見てみると、登山道と大門沢との出合から少し上に沢を表す微かな点線が記され、登山地図には「南沢」という表記がされていた。 先ほど見た古い赤テープは、登山道と大門沢、さらには南沢の三者が出合うポイントだったことに気付かず、南沢を大門沢と決めつけざるを得なかった訳だ。 悔やんでも悔やみきれなかったが、なぜそのポイントで大門沢への登山道が寸断されていたのかは分からなかった。 

   この時点で山頂は諦め、その謎を解くため一目散に大門沢との出合をめがけて南沢を下る。 出合が近づくと、未明には暗くて分からなかったが、大門沢の河原に堆積している岩が見えた。 登山道の赤テープを付けた木に戻り、未明に見た正面の岩壁を見て絶句した。 岩壁に見えたのは南沢と大門沢を分かつ大きな尾根の末端で、雪面との接点はシーズン前なので土砂が崩れていたが、その上にむき出しとなった岩には薄い黄色のペンキマークがあり、その先には壊れた木の梯子と擦り切れた古いトラロープが見えた。 明るければ残雪期でも100%迷うことはないし、南沢を登ることはあり得ないが、逆に暗ければ無雪期でないとそこが登山道だと認識できないだろう。 様々な要素がこの出合には凝縮されていたが、たまたま運悪く、最も条件の悪い時間帯にここを通過してしまったことに、怒りにも似た喪失感を覚えた。

   登る気力も失せてしまったが、アイゼンを外して尾根の末端を登ってみると、登山道はすぐに左方向に曲がり、その先には夏道の登山道が続いていた。 まだ8時過ぎだったので、この先の残雪の状況次第では農鳥岳の山頂まで行ける可能性はあったが、『早立ちを後悔することはない』という山の格言が仇になってしまったことがとても悲しく、すでに空の色も予報どおり冴えなくなっていたので、ここから引き返すことに迷いはなかった。 リベンジしたいという気力も全く湧いてこず、抜け殻のような状態で静まり返った大門沢小屋に戻った。 大門沢小屋からの下りも体に全く力が入らず、おぼつかない足取りで登りよりも多くの時間を費やして登山口まで下った。 4回続けてこのルートから農鳥岳へ登れなかったことで、何かただならぬ因縁を感じずにはいられなかった。


未明に大門沢小屋を出発する


小屋から30分ほど歩くと、登山道が残雪で覆われていた


2000mを超えた辺りから左の疎らとなった樹林帯に取り付く


古いトレースを辿って再び沢を登る


右手の枝沢を詰めて左岸の尾根に取り付く


木々の樹間が次第に狭まり、足元の雪も腐って登りにくくなってしまった


大門沢だと想定した沢は南沢だった


大門沢との出合をめがけて南沢を下る


古い赤テープが付けられていた大門沢小屋からの登山道


南沢と大門沢を分かつ大きな尾根の末端を乗越す登山道


登山道を分断していた南沢


大門沢


赤線が誤って登った南沢のルート


2 0 1 4 年    ・    山 行 の 報 告    ・    T O P