2  0  1  4  年     5  月  

《 18日 》    布引山 ・ 笊ケ岳

老平 〜 広河原 〜 桧横手山 〜 布引山 〜 笊ケ岳  (往復)

   疲れてはいたが眠れぬ夜を過ごし、大門沢小屋で食べるはずだったラーメンを食べて4時前に駐車場を出発。 3時前に静岡ナンバーの車が隣に停まり、単独者が出発していった。 登山靴は何とか乾いたが、ジャージのズボンに綿の靴下、ザックは昨日と同じ70リッターのものを背負っていく。 カメラは予備のもので、もちろん地図も無い。 周囲に出発の準備をしている人はいなかったので、昨日の夜から停まっていた車の主は全て泊まりで登っていることが分かった。 高度計の標高は450m(実際は483m)とめまいがするほど低かった。

   駐車場のすぐ先に通行止めのゲートがあり、そのすぐ先で舗装も終わっていた。 30分ほど勾配の緩やかな未舗装の林道を歩いていくと、左手に登山道の入口があった。 すぐに古い茶畑と大きな廃屋があり、その先で吊り橋を渡ると、岩をへつった森林軌道の跡のような緩やかで幅の広い道となった。 20年前の記憶は全く残っていなかった。 眼下には轟音を響かせている深い沢が見えたが、2月の大雪の影響か、東北地方のように大きな雪のブロックが未だに沢床に残っていた。 登山道の入口からちょうど1時間で広河原の渡渉点に着いた。 水量が多く、昨日同様に飛び石伝いに渡れる場所が見当たらなかったので、今日は靴を脱いで渡渉することに迷いはなかった。

   広河原からは登山道は一変し、急坂をジグザグを切って登る。 所々にミツバツツジが咲き、新緑が眩しい。 昨日の疲れが取れていないようで妻のペースが上がらない。 広河原から40分ほどで桧横手山までのルート上の唯一の目印となる山ノ神に着いた。 山ノ神からは尾根がやや顕著になり、勾配も少し緩やかになった。 足元には白いイワカガミの群落が見られた。 ブナ林から針葉樹に変わってくると勾配が緩やかになり、倒木の多い登山道を真っ直ぐに登って行く。 8時半前にどこが山頂だか分からないような平坦な桧横手山(2021m)に着いた。 山頂にはテントが全部で3張あった。 付近には残雪が僅かに見られ、ギリギリ水は作れそうだった。 20年前はここではなく、頂上稜線に泊まったことを思い出した。 樹間から僅かに笊ケ岳と小笊の頂稜部が見えた。

   桧横手山から僅かに下って布引山への登りに入ると、登山道を雪が覆うようになった。 間もなく単独の男性が下ってきたので雑談を交わすと、意外にもGW中の5月4日に単独の男性(56歳)が行方不明となり、その方を捜索している静岡県の岳連の方だった。 その後も相次いで都岳連の方や山の友人ら総勢6人とすれ違った。 行方不明者のテントがここに残っていたので、ここから山頂までの間で遭難したのではないかとのことだった。 登山口に停まっていた車は捜索隊のものだったようだ。

   地図が無いので赤テープを付けながら基本的にトレースを辿っていくが、捜索隊が付けた新しいテープ以外はテープ類が極端に少なく(行方不明者が付けたものもなかった)、所々の木々に古いペンキマークが印されているだけで、積雪期には鬱蒼とした樹林帯の中でのルーファンは意外と難しそうに思えた。 GWにどの程度の入山者があったのかは分からないが、天気は良くても下りでは道に迷う可能性がある所が多かった。 

   尾根がようやく顕著になってくると、布引山直下のガレ場の縁に飛び出し、展望が一気に開けた。 ガレ場の縁の雪は溶け、登山道が出ていたが、所々で急な雪の斜面も出てきて煩わしい。 10時半にようやく人待ち顔の布引山(2583m)の山頂に着いた。 雑木に囲まれた山頂は残念ながら展望は無かった。 ここから笊ケ岳まではコースタイムで1時間半ほどだと記憶していたので、条件が悪ければ目標とした正午までには辿り着かないかもしれない。 休憩もせずに笊ケ岳への縦走路に入る。 稜線上は樹林が濃いためか残雪が多く、雑木の枝が藪のように道を塞いで歩きにくい。 間もなく桧横手山から出発したという男女のパーティーとすれ違った。 山頂までの時間を尋ねると、まだ1時間以上掛かるとのことだった。 意外にもそのすぐ先に灌木が雪で埋もれた臨時の“展望台”があり、笊ケ岳はもちろん、塩見岳から上河内岳までの山々を一望することが出来た。 展望台には先行していた日帰りの単独の若い男性が寛いでいた。 山頂からの帰りだと思って声を掛けると、山頂と同じくらい展望が良いのでここで引き返すとのことだった。 

   展望台からは緩やかに少し下った後、標高差で150mほど急坂を一気に下り、布引山と笊ケ岳の間の鞍部に下り立つ。 鞍部には珍しく「2410m」と標高が記された標識があった。 鞍部から笊ケ岳への登り始めで登山道が少し出ていたが、すぐにまた雪の斜面となった。 尾根は顕著だがトレースは薄く、先ほどすれ違った男女のパーティーのアイゼンの爪跡を辿る。 テープ類は殆ど見られず、所々で登山道が出ている所があると、ルートが正しいことが分かるのでありがたい。 樹間から小笊が見えると、いつの間にか目標の正午近くになっていた。 疲れもピークに達していたので、行方不明者のことも忘れて無心で山頂を目指す。 

   登山道か獣道か分からないような踏み跡の先に青空が覗いた。 踏み跡の先は短い雪稜となっていて、後ろを振り返ると布引山が目線よりもだいぶ低く見えた。 雪稜を僅かに辿ると視界が一気に開け、正午過ぎに待望の笊ケ岳(2629m)の山頂に着いた。 1mほどある標柱はまだ半分ほどしか見えず、予想よりも遥かに残雪が多かった。 気温の上昇で雲も湧き始めていたが、今日登るはずだった農鳥岳を始め、残雪の南アルプスの山々の素晴らしい展望が昨日の悔しさを忘れさせてくれた。 

   いつまでも去りがたい山頂だったが、下りも布引山への登り返しや広河原での渡渉があるので、12時半に後ろ髪を引かれる思いで山頂を発つ。 自分達の新しいトレースが役に立ち、布引山まで1時間少々で戻ることが出来た。 布引山からの下りでは再び行方不明者のことが思い出されたが、私達には何もすることは出来なかった。 桧横手山の捜索隊のテントは1張りだけとなり、撤収した幕場の傍らの木に古い山名板が見られた。 桧横手山からは転がるように急坂を下り、まだ明るさの残る7時前に老平の駐車場に着いた。 駐車場の古い案内板の下には行方不明者の顔写真とプロフィールが貼り出されていた。


未明に老平の登山者用の駐車場を出発


駐車場のすぐ先に通行止めのゲートがあった


30分ほど勾配の緩やかな未舗装の林道を歩いていくと、左手に登山道の入口があった


吊り橋を渡る


岩をへつった森林軌道の跡のような緩やかで幅の広い道


広河原の渡渉点


登山道の新緑が眩しい


桧横手山までのルート上の唯一の目印となる山ノ神


山ノ神からは尾根がやや顕著になり、勾配も少し緩やかになった


白いイワカガミ


倒木の多い登山道を真っ直ぐに登って行く


どこが山頂だか分からないような平坦な桧横手山の山頂


布引山への登りに入ると、登山道を雪が覆うようになった


布引山直下のガレ場の縁の雪は溶け、登山道が出ていた


ガレ場の縁から見た上河内岳


ガレ場の縁から見た稲又山(中央手前)と青薙山(中央奥)


雑木に囲まれて展望が無い布引山の山頂


稜線上は樹林が濃いためか残雪が多く、雑木の枝が藪のように道を塞いで歩きにくい


灌木が雪で埋もれた臨時の展望台から見た笊ケ岳(中央)と小笊(中央右)


展望台から見た聖岳(左) ・ 赤石岳(中) ・ 荒川岳(右)


展望台から布引山と笊ケ岳の間の鞍部に下る


布引山と笊ケ岳の間の鞍部には珍しく「2410m」と標高が記された標識があった


笊ケ岳の山頂直下


残雪が多かった笊ケ岳の山頂


山頂から見た聖岳(左) ・ 赤石岳(中) ・ 荒川岳(右)


山頂から見た聖岳(右) ・ 上河内岳(左)


山頂から見た荒川岳(左) ・ 塩見岳(中) ・ 農鳥岳(右)


山頂から見た小笊と富士山(中央遠景)


山頂から布引山へ


布引山への帰路は自分達の新しいトレースが役に立った


布引山から桧横手山へ下る


桧横手山の幕場の傍らの木に付けられた古い山名板


まだ明るさの残る7時前に老平の駐車場に着く


駐車場の古い案内板


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