《 10日 〜 11日 》 地蔵岳 ・ 仙丈ケ岳
柏木 〜 松峰小屋 〜 地蔵岳(テント泊) 〜 仙丈ケ岳 (往復)
GW明けの週末は、宿泊者がいないだろう大門沢小屋から農鳥岳に登る計画を立てたが、山仲間の西さん&セッちゃんが仙丈ケ岳を3年前のGWに行った地蔵尾根から登る計画をしていたので、農鳥岳は次週に延期してご一緒させてもらうことにした。
中央道の辰野PAに前泊し、翌朝道の駅『南アルプス村長谷』で西さん&セッちゃんと合流し、登山口の市野瀬の柏木集落へ向かう。 前回の経験から、柏木集落の外れの駐車場からさらに未舗装の林道を『孝行猿の碑』付近まで車で行き、林道の路肩に車を停めて7時前に出発。 孝行猿の碑の標高は1300mほどだった。 天気は良いが冷たい風が吹いていて肌寒い。 3年前の記憶は新しく、登山道や何度かそれと交差する林道を歩いていくと、途中から少し登山道が付け変わったようで、以前あった林道終点の広場は駐車場のように綺麗に整地され、新しい道標も立っていた。
昨今の登山ブームで今後はここが地蔵尾根の登山口となり、この静かなルートも大衆化されてしまうのではないかと思えて残念だった。 大規模に木々の伐採された駐車場からは図らずも中央アルプスの山々が一望された。 カラマツの落ち葉の絨毯が足に優しい癒し系の登山道はとても歩き易く、要所要所の木々には前回と変わらずピンクのテープが付いていた。 間もなく鹿の鳴き声に代わってチェーンソーの唸り声が静寂を切り裂いて聞こえてきた。 登山道からは見えない林道があるようで、樹間から僅かに重機も見えた。 近くで伐採作業をしていた方がいたので話を伺ってみると、林道の工事は登山道の整備とは全く関係なく、先ほどの駐車場は森林伐採のための林道の工事の拠点で、重機や資材の置き場であるとのことだった。 また、孝行猿の碑から先の林道には途中にゲートがあり、関係者以外は通れないということも分かって安堵した。
たおやかな松峰(2080m)を巻く区間は、上り下りの繰り返しとなるこのルートの核心だが、登山道の残雪は前回と同じ2000mの手前から見られ、その後は一旦消えたが、中間点の松峰小屋への分岐(2030m)から先では一気に多くなった。 GW明けなので明瞭なトレースがあり、図らずもラッセルはしないで済んだ。 前回はこの先の地蔵岳(2370m)を登山道どおり左からトラバース気味に巻き、その先で地蔵岳の山頂からの尾根と合わさる所を幕場としたが、今回は少し変化をつけ、前回登らなかった地蔵岳の山頂を幕場とすることにした。
地蔵岳を巻く登山道に付けられたピンクのテープを左に分け、幅は広いが顕著な尾根を辿って地蔵岳の山頂に向かう。 雪はそれなりに硬く、所々で踏み抜くことはあるものの状態は良く、尾根への取り付きから僅か15分足らずで地蔵岳の山頂に着いた。 まだ12時半だった。 無雪期とは全く印象が違うのだろうが、背の高い木々が林立する平らで広い山頂は、倒木が多く展望も優れないが、積雪期の幕場としては最適な場所だった。
整地をしてテントを設営し、妻が水を作っている間に、明日の下見とトレースをつけに、前回幕場とした場所まで反対側の尾根を下って行く。 尾根は痩せて明瞭だったので、思ったよりも容易に登山道のピンクのテープやトレースと合流した。 その先の尾根は残雪が少なく、前回幕場とした場所も半分雪が溶けて地面の凹凸が出ていたので、地蔵岳の山頂を幕場としたことが結果的に正解となった。
下見から戻ると、西さんが山頂の南東の端に古い山名板と三角点があることを教えてくれた。 時間もタップリあるので、雪のブロックでテーブルを作る。 ビールで乾杯し、明日の私達の結婚記念日の前祝にと西さん&セッちゃんがサプライズで用意してくれた極上の牛肉を焼いてわさび醤油でたらふくご馳走になった。 先週行った大島山での道迷いと、夏に登るペルーの山の話に花が咲いた。 夕方が近づくにつれて風は弱まり、気温も上昇してきた。 夕焼けはテントの中から眺め、早々に眠りに就いた。 夜中には再び風の唸り声が聞こえたが、幕場には風が届かずテントがバタつくことはなかった。
翌朝は4時半前にアイゼンを着けて幕場を出発。 樹間からは燃えるような朝焼けが見え、予報どおり良い天気になりそうで安堵した。 昨日つけたトレースを下って登山道に合流し、緩やかに痩せた尾根を登る。 尾根からは風を感じるようになり、少しヤキモキする。 間もなく『展望台』とガイドブックに記されている南西側の樹林が切れた2400mのピークに着く。 地蔵岳の向こうにモルゲンロートに染まる中央アルプスの山々が一望され、何度もカメラのシャッターを切る。 展望台からは塩見岳とその右奥には荒川三山や赤石岳なども遠望された。
展望台からの下りでは尾根の右側に登山道があらわれるようになった。 3年前は残雪の多いシーズンだったのか記憶はないが、今回はそれに比べて明らかに残雪が少ない。 セッちゃんが期待している上部の美しい雪稜は大丈夫だろうか。 間もなく樹間からのご来光となった。 ルートの記憶は新しく、この先に困難なところも無いので気は楽だが、なかなか吹き止まない風の音が気掛かりだ。 小さなアップダウンの繰り返しながら丸山谷ノ頭を巻き、幕場から1時間半足らずで三峰川源頭の鞍部(2422m)に着いた。 森林限界を超えた稜線で風に吹かれても対応出来るように、休憩をこまめに取って体力を温存する。 嬉しいことに風は徐々に弱まっていく感じがした。
鞍部からは登り一本調子となり、トレースと硬く締まった残雪のお蔭で快適な登高となった。 森林限界が近づくと、少しだけ尾根を右から巻く区間でトレースが薄くなったが、前回とほぼ同じラインでダケカンバの間を縫ってハイマツ帯の末端の痩せ尾根に向かって急斜面を登る。 陽射しに恵まれた痩せ尾根からは、長大な馬ノ背尾根の向こうに鋸岳が望まれ、甲斐駒の頂稜部も僅かに見えた。 嬉しいことに風は殆ど止んでいた。
しばらくそこで寛いでから、ハイマツの縁に沿って2736mのピークへの岩稜帯を右から巻いて登ると、意外にも支尾根を乗越した先で登山道が露出していた。 しばらくの間はアイゼンを着けたまま登山道を登る。 2736mのピークから先の稜線は、新雪直後だった前回のような美しさはないが、今日も貸し切りで気分が良い。 仙丈ケ岳の山頂とその右に大仙丈ケ岳が並んで見える。 皆はハイマツを切り裂いた登山道を進むが、私は僅かに残る雪庇の尾根を登る。 目の前にあらわれた二羽の雷鳥は、まるで周囲の残雪の量に合わせているかのように、白黒の斑模様になっていた。 やや丸くなった雪稜を辿り、シュカブラの見られる藪沢カールへの広い尾根を足取りも軽く登って行く。 藪沢カールの縁に合流すると、既に登頂した二人のパーティーが下っていく姿が見えた。
8時半過ぎに誰もいない静かな仙丈ケ岳の山頂に着く。 天気はほぼ快晴に近く、この山の頂から見えない山は無いように思えた。 山頂は風も殆どなく、南アルプスの山々の大展望を愛でながらのんびり寛ぐ。 このまま長大な仙塩尾根をどこまでも辿っていきたいような気分だった。 いつまでも佇んでいたい素晴らしい山頂だったが、小仙丈ケ岳から登ってくる単独者に山頂を譲って9時過ぎに山頂を辞する。 予想どおり地蔵尾根を登ってくる人はいなかった。
正午に地蔵岳山頂の幕場に戻り、ゆっくり撤収作業をして1時過ぎに幕場を発つ。 初夏の暑さで雪が緩み、頻繁に雪を踏み抜くようになったが、これは織り込み済みのことだ。 松峰小屋から先の長い道のりを経て林道と交差するようになると、昨日はあまり目に留まらなかったカラマツの新緑が西日に照らされて綺麗だった。 セッちゃんが林道の脇に群生しているワラビを見つけた。 足が次第に重たくなり、5時前にようやく孝行猿の碑に着いた。 しばらくは辿ることはないと思っていた地蔵尾根を図らずも再訪することが出来て本当に良かった。