2  0  1  3  年   1  2  月  

《 8日 》    泣坂ノ頭 ・ 大樺ノ頭 ・ 雁ケ腹摺山

上和田 〜 水無山 〜 大峰 〜 泣坂ノ頭 〜 大樺ノ頭 〜 雁ケ腹摺山  (往復)

   上和田の集落から雁ケ腹摺山に至る『楢ノ木尾根』はマイナーなルートとして以前から気になっていたが、良い周回又は縦走ルートの計画がまとまらず棚上げとなっていた。 大峠への真木小金沢林道が冬期通行止の期間に入ったので、雁ケ腹摺山への入山者が激減すると見込んでこの尾根を往復することにした。 道幅の狭い上和田の集落付近には車を停める所がなく、国道を少し北上した集落の外れの空地に前泊し、翌朝まだ薄暗い6時に出発した。 廃校となっている小学校付近に『水無山・大峰・大樺ノ頭』と記された標識があり、そこから狭い急坂の車道を登って行く。 10分ほど急坂を登ると再び標識があり、そこから登山道に取り付く。 鬱蒼とした暗い雑木の急斜面を落ち葉を踏んで登って行くと、すぐに水無山への幅の広い尾根に乗る。 尾根上には所々に目印のビニール紐がみられるものの踏み跡は薄く、帰路で暗くなると分かりにくいため、念のため等間隔でビニールテープを木々に貼っていく。 陽も当たるようになってきたので朝食を食べる。 登山口から登り一本調子の単調な尾根を1時間半ほど登ると、最初のピークの水無山(1139m)の山頂脇に着いた。 雑木の生い茂った水無山の山頂は踏まず、そのまま大峰方面への尾根を緩く下って1298m峰に登り返す。 あいにく南西の方向には雲が多く、樹間から富士山は見えない。 標識が無ければ通り過ぎてしまうような1298m峰の山頂には『西沢の頭』という山名板があった。 西沢の頭からは尾根も次第に顕著になり、静かな冬枯れの木々の間を大峰(1403m)に登る。 大峰から大樺ノ頭に至る楢ノ木尾根は地形図には登山道が記されていないが、踏み跡は明瞭で迷うところはない。 小菅から大菩薩峠に至る北の『牛の寝通り』と同じように、楢ノ木尾根も稜線漫歩かと思っていたが、これは大きな間違いで、次の泣坂の頭(1420m)はその山名どおり登りも下りも急坂が連続していたのが印象的だった。 泣坂の頭を越えると、ようやく眼前に今日の目的の雁ケ腹摺山と大樺ノ頭が並んで見えるようになった。 相変らずアップダウンを繰り返しながら1409mの無名峰を過ぎ、1597m地点の2本目の展望の良い送電線の鉄塔を少し下った先から大樺ノ頭に向けてようやく登り一本調子となったが、ここも等高線の間隔以上に急坂が続く。 11時過ぎに雑木の伐採された地味な大樺ノ頭(1776m)に着いた。 山頂にはその山名どおり大きな白樺の木々が見られた。 疲れた足を休めながら昼食を食べ、指呼の間の雁ケ腹摺山に向かう。 予報どおり次第に雲が多くなってきたので寒い。 登山地図のコースタイムより少し早く、正午ちょうどに雁ケ腹摺山に着いた。 予想どおり山頂は静かで、単独の男性が山頂付近に一人見られただけだった。 雁ケ腹摺山は秀麗富嶽十二景の一峰であるが、あいにく富士山は僅かに雲間から覗く程度だった。 帰路も登り返しが多いので、トンボ帰りで山頂を後にする。 登山口の上和田の集落から雁ケ腹摺山までの単純標高差は1350mほどだが、累積標高差はその1.5倍の2000mほどあった。 予想どおり山頂以外では誰とも出会うことなく、まだ薄明るい4時半に車に戻った。


上和田の集落の狭い急坂の車道を登山口に向けて登る


登山口


水無山への幅の広い尾根の踏み跡は薄かった


水無山付近から見た西沢の頭(左)と大峰(右)


水無山から西沢の頭へ


標識が無ければ通り過ぎてしまう西沢の頭


静かな冬枯れの木々の間を大峰へ登る


平らな泣坂の頭の山頂


泣坂の頭付近から見た雁ケ腹摺山(左)と大樺ノ頭(右)


スズタケと白樺の尾根


1597m地点の2本目の展望の良い送電線の鉄塔から見た富士山


送電線の鉄塔から見た雁ケ腹摺山(左)と大樺ノ頭(右)


送電線の鉄塔から大樺ノ頭へは等高線の間隔以上に急坂が続く


大樺ノ頭の山頂にはその山名どおり大きな白樺の木々があった


大樺ノ頭から雁ケ腹摺山へ


静かな雁ケ腹摺山の山頂


山頂の案内板


泣坂の頭への登り返し


水無山から上和田の集落の登山口へ


2 0 1 3 年    ・    山 行 の 報 告    ・    T O P