《 13日 〜 14日 》 小八郎岳 ・ 烏帽子ケ岳 ・ 池ノ平山 ・ 念丈岳 ・ 奥念丈岳
鳩打峠 〜 小八郎岳 〜 烏帽子ケ岳 〜 池ノ平山(テント泊) 〜 念丈岳 〜 奥念丈岳 (往復)
中央アルプスの山にはそれなりに通ってはいるものの、南越百山(2569m)から安平路山(2361m)の間の深い笹薮に覆われた稜線にはなかなか足が向かず、訪れる機会を逸していた。 この区間の稜線を縦走し、線を引くことは無理でも、せめてピークハントにより点だけでも印そうと思い、その中間に位置する奥念丈岳(2303m)に登ることにした。 奥念丈岳へは麓の飯島町、松川町、そして高森町から登るルートがある。 これらのルートを組み合わせて周回することも可能だが、この山域は積雪期の記録や情報が殆どないので、一番メジャーな松川町からのルートの往復とした。 3年前にこのルートを辿り、途中の烏帽子ケ岳(2194m)まで行ったことのある山仲間の西さん&セッちゃんがご一緒してくれることになった。 中央道の『小黒川PA』で前泊し、翌朝松川ICで高速を下りてコンビニで朝食を済ませ、登山口の鳩打峠へ向かう。 独立峰ではないものの、急峻な山容の烏帽子ケ岳の雄姿は麓の町から一目で分かった。 鳩打峠(1174m)には数十台の車が停められるほどの広い駐車場があったが、予想どおり他に車は停まっていなかった。 7時45分に駐車場を出発。 今日の幕場として予定している念丈岳(2290m)方面への案内板がある登山口からは、高森町からのルート上にある大島山(2158m)が望まれた。 意外にも昨日か一昨日雪が降ったようで、登山口付近にも僅かではあるが新雪が見られた。 間もなく樹間から今日の目的地の念丈岳が見えたが、その頂はまだまだ遠かった。 ありがたいことに天気は予報以上の快晴となり、空には雲一つない。 笹がきれいに刈り払われた快適な登山道を1時間ほどかけてゆっくり登ると、最初のピークの小八郎岳(1475m)に着いた。 東屋の建つ小八郎岳は、12世紀に地元の武将の片桐小八郎の山城があったとのことで、小八郎の名を記した大きな慰霊碑も置かれていた。 山頂からの展望はとても良く、これから辿る烏帽子ケ岳、池ノ平山、念丈岳の各ピーク、そして眼下の町を挟んで南アルプスの山々が一望出来た。 地元の人で風光明媚なこの山に登ったことがない人はいないだろう。 思わぬ展望の良さで前山の小八郎岳で足止めを食らったが、山頂から少し下って巻き道と合流してから次のピークの烏帽子ケ岳を目指す。 笹の背丈も徐々に高くなってきたが、鳩打峠から1合目ごとに地元の愛好家による手作りの標識が木に括りつけられ、また、何合目から何合目までの笹をいつ刈ったかも記されていた。 烏帽子ケ岳は小八郎岳と共に地元の人に愛されている山だとつくづく感じた。 小八郎岳を発って30分ほど登った1700m付近からは登山道の雪が多くなり、残雪の山を登るつもりが、図らずも新雪を踏んで登ることになった。 1849m地点で飯島町からのルートと合流すると、尾根がより顕著になった。 7合目の先のセキナギと呼ばれる崩壊地からは傾斜が急になり、アイゼンを着ける。 新雪の下の残雪が硬く氷化していてとても登りにくい。 古いトレースは新雪で完全に消えてしまったが、登山道の道型やテープ類が所々にあるので、ルーファンが要らないのが救いだ。 終始急斜面の登りが続き、トラバース気味に斜上する所も多くなったので、ステップを刻みながら慎重に進む。 ペースは極端に遅くなったが、ここが今日の核心部だと思われたので、良い足場を探り当てながら登る。 間もなく山頂直下の岩峰の基部に着くと、標識があり、道が二つに分岐していた。 右は烏帽子岩を経て山頂に至るルート、左は“安全道”と記された烏帽子岩を巻いて山頂に至るルートだったが、西さん&セッちゃんは前回登った時の記憶はないとのことだった。 脆い新雪が積もった安全道は急峻で雪の下に鎖や階段でもあるのか、今の状況では登れそうになかったので、烏帽子岩を経て山頂に至るルートを登ることにした。 木々の無い陽当たりの良い岩場は雪が溶け、アイゼンでは登りにくいが、展望は非常に良く高度感も抜群だ。 アイゼンを着けてからゆっくり休憩する場所も無かったので、指呼の間の山頂を待たずに猫の額ほどの狭い烏帽子岩の上で一息入れる。 南アルプスの山々はもちろんのこと、小八郎岳から辿ってきた尾根のルートが足下に見えた。 烏帽子岩から一旦僅かに下り、少しだけ登り返したところが烏帽子ケ岳の山頂だった。 鳩打峠から5時間半を要し、1時15分に山頂に着いた。 山頂の標柱には登山口にあった案内板と同じように烏帽子岳と山名が刻まれていた。 山頂は360度の大展望で、空木岳から越百山まで中央アルプスの主脈上の山々が見慣れない位置関係で望まれ、これから辿る池ノ平山や、幕場予定地の念丈岳が目線の高さに見えた。 快晴無風の山頂で再び展望を愛でながら一休みし、重い腰を上げて池ノ平山に向かう。 烏帽子ケ岳から先では積雪が一段と多くなったが、新雪の下の残雪は硬く締まっていたのでラッセルはせずに済んだ。 尾根はさらに痩せて顕著になり起伏も緩くなったが、最初のうちは岩場やシャクナゲの藪に阻まれて難儀した。 幸いにもそれらを過ぎると快適な尾根歩きとなり、コースタイムどおりに歩けるようになった。 山頂の少し手前からは気温の上昇で雪が柔らかくなってきたので、スノーシューを履こうと立ち止まると、意外にも後ろから軽装の男性が追い着いてきた。 挨拶を交わして話を伺うと、何とその方がボランティアでこの山域の笹刈りをされていることが分かり驚いた。 昨年の秋には、明日辿る念丈岳から奥念丈岳の間の笹刈りをされたとのことで頭が下がった。 もっとこの山域の話を伺いたかったが、これから辿る念丈岳までの間の尾根の状況だけを聞いて道を譲った。 ここから私と西さんだけがスノーシューを履き、先行した地元の方のつぼ足のトレースを辿る。 20分ほどでその方が池ノ平山から下ってきたので、山頂が近いことが分かった。 間もなく周囲が明るく開け、登山口の鳩打峠を出発してからちょうど7時間後の2時45分に池ノ平山(2327m)の広い山頂に着いた。 山頂の積雪はまだ1m以上あり、標識の類は未だ足元の雪の下で、積雪期ならではの好展望が得られた。 予定より少し遅れていたがまだ陽も高く、一休みしてから幕場予定地の念丈岳方面に向かおうとしたが、セッちゃんが山頂の素晴らしいロケーションの虜になってしまい、予定を変更してここを幕場にすることにした。 相変わらず快晴無風の天気が続き、GW頃の暖かさで何をやっても気持ちが良い。 夕方から明日にかけては風が強くなるとの予報だったので、山頂から少し下がった所に幕を張る。 明日の下見に幕場から少し念丈岳方面に行ってみると、地元の方からの話どおり、起伏の少ない歩き易そうな尾根で、ルーファンの必要も無さそうだった。 いつものように西さんがボッカしてくれたビールをいただき、広い山頂を写真を撮りながら徘徊する。 新雪のお蔭で水も美味しく作れた。 静かな山頂は予想どおり私達だけで貸し切りとなり、久々に夕焼けショーを楽しむことが出来た。 麓の町の夜景や三日月の星空も綺麗だった。
翌朝は4時前に起床し、5時半前に池ノ平山の幕場を出発。 昨日ほどの快晴の天気ではなかったので、期待していた朝焼けは残念ながら色鮮やかではなかった。 予報どおり夜中から風が強くなったが、出発する頃には風も弱まり安堵する。 テントの中の水は凍らず、気温はそれほど低くないが、幕場の周囲の雪は結構締まっていた。 私と西さんがスノーシューを履き、妻とセッちゃんはアイゼンを着けて行く。 目指す念丈岳はここよりも40mほど低く、その背後には5年前に今回と同じメンバーで登った安平路山(2361m)が見えた。 出発して間もなく積雪により出現した灌木の藪の通過がやっかいだったが、それを過ぎて鞍部に下ると起伏の少ない緩やかな尾根歩きとなった。 薄曇りで陽射しは弱いが、風は収まり歩くにはちょうど良い。 残雪が多いことが今のところ良い方だけに作用し、締った雪でラッセルもなく、藪や倒木も関係なく予想外に快適に歩くことが出来た。 木々が埋もれた展望の良い尾根から目標の奥念丈岳が越百山から続く主脈上に見えるようになったが、念丈岳からの尾根が繋がっていなければ、どこが山頂だか分からないような平らで地味な山だった。 今回の核心部と考えていた笹薮の与田切乗越(念丈岳と奥念丈岳との鞍部)付近も良く見えるようになったが、尾根の雪は繋がっていたので、踏み抜きさえなければ思ったよりも楽に奥念丈岳の山頂を踏めそうに思えた。 細長い念丈岳の頂上稜線には雪庇が張り出していたが、平らな山頂の一部は雪が禿げて標柱が出ていた。 予定よりも早く6時半に念丈岳の頂に着いたので、帰路のことを考えると池ノ平山を幕場にしたことが正解だった。 山頂は烏帽子ケ岳と同じように360度の展望があり、南駒ケ岳から安平路山まで中央アルプスの主脈の山々が一望出来た。 予想どおり高森町から登ってくるルートにはトレースが無かった。 ルート上にある大島山(2158m)方面への尾根もたおやかで、いつかこのルートも辿ってみたいと思った。 山頂で一息入れてから目標の奥念丈岳に向かう。 頂上稜線を池ノ平山方面に100mほど戻り、木々の切れた急斜面を足下の鞍部(与田切乗越)に向けて下る。 ありがたいことに雪は締まったままで踏み抜きの心配もなく、鞍部までの標高差185mを労せずして下ることが出来た。 雪の状態が良いので西さんは途中からアイゼンに切り替えた。 鞍部からの広い尾根の登りでは、笹が刈払われた踏み跡を挟んで左の南西斜面には笹薮が広がる一方、右の北東斜面には残雪が笹薮を覆い尽くし、悪名高い藪漕ぎの心配は杞憂に終わった。 天気も良くなり、空の青さが次第に増してきた。 急斜面をスノーシューの爪を利かせて直登気味に登ると一旦小さなピークがあり、そこを越えると指呼の間の山頂までこれ以上望めないほど快適な雪のスロープとなった。 8時ちょうどに待望の奥念丈岳の山頂に辿り着く。 稜線上の積雪は両方向ともまだ多く、笹薮の無い快適な歩行が可能だった。 南越百山がより近くに感じられるようになり、このまま純白の雪の稜線を辿って行きたい気分に駆られた。 あいにく南アルプスの銀嶺は春霞で見えないが、御嶽山がすっきり望まれ、この山が中央アルプスのピークであることをあらためて感じた。 何の特徴もない地味な頂だが、昨今の登山ブームとは無縁の原始の世界がそこにはあった。 南越百山から安平路山の間の未踏破の稜線に点を印す目的でここを訪れたが、逆に線を引きたいという気持ちが募ってしまった。 後ろ髪を引かれる思いで8時半前に再訪を誓って山頂を辞する。 目標を失った身には与田切乗越から念丈岳への登り返しが辛いと思われたが、良い雪質とトレースに助けられ1時間足らずで念丈岳から池ノ平山へ向かう尾根に乗った。 念丈岳には戻らず、尾根を下って池ノ平山へ向かう。 いつの間にか風も無くなり、暑くもなく寒くもない歩くにはちょうど良い条件が揃い、池ノ平山へは正に稜線漫歩となった。 10時半前に静かな池ノ平山の幕場に戻る。 終わってみれば奥念丈岳まで往復5時間の理想的なピークハントだった。 1時間ほどかけてゆっくりテントを撤収し、再訪を誓って印象深い池ノ平山を後にする。 雪は少し柔らかくなったが、トレースがあるので重荷を背負っても歩くのに全く支障は無かった。 烏帽子ケ岳の山頂には日帰りの登山者のトレースがあったので、烏帽子岩を巻く安全道をトラロープや木の根を掴みながら下った。 7合目まで断続的に続く急斜面では、新雪が溶けて氷化した残雪が出てきてやっかいだった。 飯島町へのルートとの分岐を過ぎると雪は疎らとなり、4合目付近から下では新雪がすっかり消えていた。 天気は予報どおり下り坂となり、冷たい風が吹くようになった。 3時ちょうどに鳩打峠に降り立ち、麓の松川町の温泉施設『清流苑』で汗を流して帰途についた。