《 19日 〜 20日 》 笠ケ岳
新穂高温泉 〜 笠新道 〜 抜戸岳南尾根(テント泊) 〜 笠ケ岳 (往復)
天気や混雑でなかなか行く機会に恵まれなかった北アルプスに今年初めて行った。 行先は昨年の同時期に単独で挑んで敗退した笠ケ岳だ。 前回はルートファインディングに失敗したので、次回は夏道を一度トレースしてから登ると固く心に誓ったが、それも叶わずに1年が過ぎてしまった。 しかし今回は相棒の妻が一緒なので、きっと活路を見い出せるに違いない。 長野道の梓川SAで前泊して翌朝登山口の新穂高温泉に向かう。 早朝から快晴の天気で、車窓から北アルプスの銀嶺が良く見えた。 新穂高温泉のバスターミナルで笠ケ岳の写真を撮ろうとしたところ、何とそこに山仲間の西さん&セッちゃんがいた。 先週も山にご一緒したばかりだったので、全く違和感がなかったのが笑えた。 もしかして私達に付き合って笠ケ岳に行かれるのかと思ったが、今日は飛騨沢から槍ケ岳に登られるとのことだった。 西さん&セッちゃんを見送った後、7時半に無料駐車場を出発。 天気は快晴で抜戸岳から笠ケ岳への稜線が良く見える。 左俣林道のゲートから笠新道の入口まではいつもと同じ場所に同じような規模のデブリが林道を塞いでいた。 昨年との残雪の量の違いが一番の関心事だったが、穴毛谷の堰堤付近ではすでに雪は無くなっていた。 駐車場から1時間ほどで笠新道の入口に着き、高度計を1300mに合わせる。 笠新道の入口から1時間(前回は30分)ほど登ると登山道は雪に覆われ始めた。 前回は雪に埋もれていた『1700m』の標識が見られ、前回よりも5日遅いだけだが雪解けも概ねそれに比例して進んでいるような感じがした。 次の『1800m』の標識までの間に所々で雪から出ている登山道が記憶に新しい。 残雪に覆われた笹原の斜面をトラバースする手前でアイゼンを着ける。 雪面には1週間くらい前に辿った人のアイゼンの爪跡が僅かに残っていた。 1850m付近からは登山道の道型が無くなり、ルートが急に不明瞭になる。 前回はここから2000m付近にある無木立の草付までルートファインディングに手を焼いたが、今日は迷わず前回の記憶を頼りに左から回り込むように急斜面を登ると、前回は雪に埋もれていた『1920m』の標識を見つけることが出来た。 標識には“杓子平まで1時間30分”と書かれていたが、今日は結局ここから5時間近くかかってしまった。 2000m付近の草付には予定どおり笠新道の入口から3時間ほどで着いた。 陽当たりの良い雪面には予想どおりトレースは残っていなかった。 おそらく今日も誰も登って来ないだろう。 快晴の天気は続き、槍から穂高への長大なギザギザの稜線、そして焼岳と乗鞍が一望された。 頭上には前回行き詰って敗退した灌木の藪が見えた。 草付から灌木の藪に向けて顕著な尾根を僅かに登ると、登山道が昨年より少し長く30mほど露出していた。 休むにはちょうど良い登山道で腹ごしらえし、ハーネスを着けて30mの補助ロープでアンザイレンする。 右手の沢には昨年は見られなかったピンクのテープが1つだけ木の枝に付けられているのが見えたが、前回その沢は目の前で雪崩が起きたので登りたくなく、登山道は尾根上の灌木の藪付近にあると確信していたので、40度ほどの急斜面の尾根をダブルアックスで登る。 灌木の藪の直下で周囲を観察しながら登山道の切り裂きを探したが、結局昨年と同じように見つからなかった。 仕方なく強引に藪を突破して尾根の上に出てしまおうと藪の突破を試みたが、藪の中は岩になっていて突破することは出来なかった。 泣く泣く藪の直下に戻り、尾根に見切りをつけて気が向かない右手の沢に向けてトラバースする。 スノーバーを打ち込みトラバースを続けて行くと、妻が目ざとく雪から露出している登山道の一端を見つけた。 ジグザグの登山道は20mほどですぐにまた雪に消えてしまったが、この沢が杓子平への正しいルートの一部であることが分かり、今までの謎がようやく解けてすっきりした。 しかしながら天気や雪の状態次第ではこの沢は雪崩れる可能性があるので、決して理想的なルートとは言えないだろう。 ここから杓子平の手前にある抜戸岳南尾根まで標高差は300mほどだが、40度ほどの急斜面がずっと続いたので休めるような場所が殆どなかった。 一歩一歩足を蹴り込みながら登るので時間が掛かる。 南尾根の直下の所でようやく平らな場所があり一息つく。 笠新道の入口から7時間近くを費やし、3時半前にカール状の杓子平が足元に広がる尾根に辿り着いた。 眼前にはそれまで見えなかった笠ケ岳や抜戸岳が大きく望まれ、その迫力のある景色に思わず感嘆の声を上げる。 当初は杓子平で幕営しようと考えていたが、明日のルートを考えると風さえ無ければこの尾根上を幕場とした方が効率的なのでここを幕場とすることにした。 幕場は槍や穂高を望む絶好の場所で、雷鳥の鳴き声が時々聞こえてくる。 天気は予報どおり夕方から曇ってしまったので、楽しみにしていた槍や穂高の夕焼けショーは見られなかった。 夜も風は殆ど吹かず、疲れていたのでぐっすり眠れた。
翌朝は3時に起床して4時15分に出発。 相変わらず風が無いのがありがたい。 夜は曇っていたので放射冷却もなく暖かい。 気温は5℃くらいある感じだ。 槍ケ岳の左の空が朝焼けに染まっている。 昨日ほどの快晴ではないが、雲は無くまずまずの天気だ。 杓子平は通らずに雪庇の張り出した尾根の内側を抜戸岳を目指して登る。 7年前のGWに穴毛谷を詰め、杓子平から抜戸岳にスキーで登った時の経験がルートの選択に役に立った。 まだ時間が早いので踏み抜きはないが、足の裏の感触でモナカ雪であることが分かる。 2650m付近から尾根を外れ、アンザイレンして稜線上の杓子平への下降点に向けて杓子平上部をトラバースする。 古いスキーのシールの跡が1本だけ見られた。 稜線近くまでトラバースして行くと、杓子平への下降点付近は雪庇になっていて登れそうになかったので、稜線に上がる位置を少し抜戸岳側に修正し、そこから頭上の稜線に向けて急斜面を直登する。 最後の10mは50度を超える雪壁をダブルアックスで這い上がる。 雪質が良く無駄のない理想的なラインを辿れたので、予定よりも少し早い5時半に抜戸岳から笠ケ岳に続く稜線に乗ることが出来た。 笠ケ岳へのトレースのない純白の雪稜はとても美しく、開放感と高度感に溢れている。 これからそこを辿ると思うだけで幸せな気分になる。 登山道はまだ全く出ていないので、地形に合わせて雪庇の内側を効率良く歩く。 右手には黒部五郎と薬師岳、振り返れば双六、三俣蓮華、水晶、そして剱岳が遠望され、ロケーションも申し分ない。 笠ケ岳山荘の直下までは緩やかな登り下りを繰り返していくが、相変わらず風もなく雪は締まっていたので歩くことが苦にならない。 ロープは結んだままだが危ない所は全くなく、正に稜線漫歩という感じだった。 稜線上には所々にこの時期にしては珍しいシュカブラも見られ、何だか得をしたような気分だ。 杓子平への下降点から労せずして1時間少々で笠ケ岳山荘に着いた。 山小屋はまだ1階部分が雪に埋もれていた。 山小屋から指呼の間となった山頂まで足取りも軽く登り、7時ちょうどに待望の笠ケ岳の山頂に着いた。 10年前の夏に槍見温泉から登って以来の登頂だ。 山頂から見える景色は稜線上と大差ないが、昨年のリベンジが叶ったことに加え、この大きな山を私達だけで独り占めしているという優越感にも満たされて興奮が覚めやらない。 これからどんどん雪が腐ってくることは分かっているが、40分ほど孤高の頂に滞在する。 陽射しが弱かったことが幸いして、危惧していた踏み抜きも殆どなく往路とほぼ同じ時間で杓子平への下降点付近まで戻ることが出来た。 杓子平上部のトラバースではさすがに雪が腐って膝下まで潜るようになった。 10時に幕場に戻り、腹ごしらえをしながら1時間ほどでテントを撤収して下山にかかる。 昨日の自分達のトレースがあるのでルートファインディングの必要は皆無だが、昨日から気温の高い状態が続いているため、昨日登った時よりも足元の雪が柔らかくなっていた。 傾斜の緩い所を除いては、ロープをATCに通して上から妻を確保し、後ろ向きで下った妻の足下にスノーバーを打ち込んでもらい、妻が刻んだステップを慎重に下る。 滑り始めたら1000m下の右俣谷まで止まらないので、時間は掛かるがこの方法が一番安全だろう。 10ピッチ以上掛かってようやく雪から露出した登山道の一端に下り立ち一息入れる。 結局この急斜面の下降が今回の一番の核心だった。 2000m付近の草付まではやや傾斜も緩み、前向きになってスタカットで下る。 幕場から草付までの400mの下りに2時間半近くを要した。 もう二度と残雪期にこのルートを辿ることはないだろう。 草付から登山口に向けて下ると、意外にも明日の日食を観察するために杓子平に行くという単独の若い方とすれ違った。 すでに時間も遅く、2000m付近の草付でも幕営出来るので、杓子平には危ないから行かない方が良いとアドバイスした。 残雪が少なくなりアイゼンを外すと、金属疲労なのか片方が折れていた。 予定よりも少し遅く3時半前に右俣林道の登山口に着いた。 林道の脇にはフキノトウがそこら中に見られたが、今日はそれを採る気力は妻には残っていなかった。 中崎橋の水場でアイゼンとスパッツを洗い、4時半に新穂高温泉の無料駐車場に着いた。