《 28日 〜 29日 》 平ケ岳
鳩待峠 〜 山ノ鼻 〜 ススケ峰 〜 J.P(テント泊) 〜 1920m峰 〜 1895m峰 〜 白沢山 〜 平ケ岳 〜 J.P 〜 1892m峰 〜 山ノ鼻 〜 鳩待峠 (周回/往復)
毎年のことだがGWの天気予報は微妙に変化し、前半は急遽平ケ岳に行くことになった。 登山口となる鳩待峠は観光地の尾瀬の玄関口のため交通規制が厳しく、また駐車料金も高い(1日2500円・2日目以降は1000円)ので天気が確実でないとおいそれと入山出来ない。 平ケ岳は8年前のGW後半に今回と同じ鳩待峠から辿ったが、2日目に天気が急変し、途中の白沢山で濃霧のため敗退した苦い思い出のある山だ。 この時は1泊2日だったが、鳩待峠を早朝に発つことが出来たので、初日のうちに未踏の景鶴山に登れたことが唯一の救いだった。 ススケ峰から見た純白の平ケ岳の重厚な山容はとても印象的で、いつか快晴の日にその頂に立ちたいと願わずにいられなかった。 今回のGW前半の3連休では鳩待峠から1泊2日で平ケ岳を往復した後、景鶴山を経て鳩待峠に戻って車中泊し、3日目はこの時期の超人気ルートとなる至仏山のムジナ沢をスキーで滑るという少し変化のある計画にした。 前夜に鳩待峠に向かうと、昨日冬期通行止めが解除となったばかりの戸倉からの車道が今度は夜間通行止め(夜6時〜朝6時)となっていた。 夜中の零時に着いた私達の車が臨時のゲートから20台目で、他の車も整然と道路上で車中泊していたので私達もそれに倣った。 朝6時に通行止めが解除となり、鳩待峠には6時半前に着いた。 予報以上の快晴で駐車場から至仏山が綺麗に望まれた。 100台ほどの車が一斉に鳩待峠に着いたので、乗り合わせた多くの人達で登山口の山荘の前はGWらしい賑わいとなっていたが、この時間帯で入山する人の大半が至仏山をスキーで滑るため、尾瀬ケ原の山ノ鼻へ下る登山道に入ると急に静かになった。 すでに山ノ鼻にある山小屋も営業が始まっているため、ほぼ夏道どおりにトレースがあり、鳩待峠を7時半に出発して1時間ほどで山ノ鼻に着いた。 山ノ鼻から広い尾瀬ケ原の雪原の一端に足を踏み入れる。 時間が早くまだ雪が締まっていたのでスノーシューを履かずに歩く。 平ケ岳は見えないが、正面にはこれから向かうススケ峰方面の稜線、右手には燧ケ岳が青空の下に望まれ心が弾む。 間もなく左手に明後日滑走予定の至仏山のムジナ沢が見えてきたので、沢の様子を観察しながら進む。 柳平と呼ばれる疎林の平坦地の手前まで所々に見られた雪原を散策するハイカーのトレースもなくなり、ルートファインディングしながら歩く。 前回はトレースに従い猫又川の右岸をだいぶ高巻いた記憶があり、かつ、今回は前回辿ったススケ峰の山頂は踏まずに隣の大白沢山との鞍部付近に詰め上がろうと考えていたので、高巻しないで済むようにスノーブリッジを探しながら進むと、太い倒木に雪が積もって出来た臨時のスノーブリッジがあったのでこれを渡った。 しばらくは順調に進んだが、その先にはスノーブリッジが全くなく今度は左岸を2回ほど高巻かなければならなくなってしまった。 先ほどのスノーブリッジを渡ってしまったことを後悔したが、それでも何とか二俣と呼ばれる右俣沢と左俣沢が合わさる場所に着いた。 後続の男女のパーティーが私達のトレースにつられて来てしまったが、リーダーの方と雑談を交わすと、残雪期の平ケ岳には4回ほど行ったことがある(今回はリーダーのみスキー)が、今日のルートも結果的には悪くなかったとのことだった。 男女のパーティーも私達と同じ行程を辿ることが分かり、ここから先のルートの概要を教えていただき再び私達が先行することになった。 二俣から左俣沢に入り、その先のワル沢とフタマタ沢が合わさる辺りから尾根に取り付くはずだったが、その手前の枝沢との分岐にあった赤布を教えられた尾根の取り付きの目印と誤認して取り付いてしまった。 尾根は快適で登り易かったが、途中で谷の下から男女のパーティーのリーダーから声が掛かり、ルートを誤ったことが分かった。 地形図を見るとこの先でトラバースすれば正しいルートと合流することが出来ると判断して先に進むことにしたが、結局その判断も正しくなく、トラバースには多大な労力が掛かることが分かった。 仕方がないので、前回と同じようにススケ峰を目指して登ることにした。 結果的に辿った尾根はススケ峰へ登る最短のルートであることが分かった。 正午過ぎに至仏山からの稜線に詰め上がると、予想どおりトレースは無かったが、前回の記憶が新しかったのでススケ峰への道を迷うことは無かった。 無木立のだだっ広いススケ峰の山頂からは前回と同じように純白の平ケ岳の雄姿が望まれ、この山の頂が平ケ岳を眺めるには最適の場所であることをあらためて教えてくれた。 ルートミスはしたが、図らずもこの頂が今日一番の展望地となった。 今日泊まるジャンクション・ピ−ク(J.P)と呼ばれる稜線の三叉路までは1時間も掛からないので、尾瀬の山々や谷川岳から越後三山に繋がる上越県境の山々などの展望を愛でながら大休止する。 ススケ峰から100mほど下ってJ.Pに60mほど登り返す。 2時ちょうどにJ.Pに到着すると、すでに男女のパーティーのテントがあり、30分ほど前に着いたとのことだった。 テントを設営し水作りを始める。 陽射しが強く、テントの中は暑いくらいだ。 後続のパーティーは前回私達が泊まったススケ峰の山頂の手前辺りで幕営したのか、J.Pには私達と男女のパーティーだけだった。 夕方に単独氏が傍らを通り過ぎ、白沢岳方面に進んでいった。 男女のパーティーのリーダーはスキーなので、明朝は少しゆっくりスタートするとのことだった。
前回は天気が急変した苦い思い出があるので、祈るような気持ちで朝を迎えると、東の方角の燧ケ岳が燃えるような朝焼けに染まっていた。 予定より少し遅れて4時半過ぎにJ.Pを出発。 すでに周囲は明るくヘッドランプは不要だ。 雪が締まっていたのでアイゼンを着けて登る。 昨日先行した単独氏のトレースがあるので、予定よりも早いペースで進むことが出来た。 間もなく会津駒ケ岳方面からのご来光となる。 中間点の白沢山までは2つの顕著なピークを越えていく。 前回の記憶どおり稜線は雪庇もあるが藪が無いので歩き易い。 J.Pを出発して30分ほどで単独氏の幕場の跡に着いた。 単独氏はすでに出発したようで、アイゼンの爪跡が引き続き雪面に印されていた。 背後の至仏山もすっかり遠くなり、6時前に前回の敗退地点となった白沢山の山頂に着いた。 前回は濃霧のため数m先も見えないほどだったが、今日は眼前に神々しい平ケ岳が鎮座し、快晴無風の絶好の登山日和となった。 休憩もそこそこに平ケ岳との鞍部に向けて下り、最後の登りに入る所でようやく単独氏の姿が前方に見えた。 鞍部からはようやく登り一本調子となる。 幅の広い無木立の大斜面はスキーで滑るには最高だろう。 但し、J.Pまで3度の登り返しを考えるとスキー登山としては理想的ではない。 予定よりも少し早く、7時ちょうどに待望の平ケ岳の山頂に着く。 16年前の夏に鷹ノ巣方面から登って以来の登頂だ。 意外にも山頂にはソーラーバッテリーが付いた気象観測装置のようなものが細い棒の先に設置されていた。 山名どおり平らで広い雪原となっている山頂の片隅に単独氏が寛いでいたので、雑談を交わす。 荷物が大きかったので、大水上山方面へ縦走されるのかと思ったが、鳩待峠からのピストンということで、間もなく下山して行った。 広い山頂を縦横無尽に歩き回り展望を楽しむ。 気温が高いことが災いして飯豊までは見えないが、眼前の越後三山や上越県境の山々はもちろんのこと、他のシーズンでは見られない会津の山々の展望を充分満喫することが出来た。 雪が腐る前にJ.Pに戻りたかったので、8時前に山頂を辞する。 白沢山との鞍部でようやく後続の男女のパーティーとすれ違う。 白沢山を過ぎた辺りからは次々に後続のパーティーとすれ違うようになったが、予想どおり一人を除いて全員がスキーで、スキーではない人は大水上山方面への縦走者だった。 おそらく今日はGW中で一番の好天だと思われるが、昨今の登山・山スキーブームで、私達を含めると20人ほどが平ケ岳に登ったようだった。 10時にJ.Pに戻り、テントを撤収して11時に景鶴山方面に向けて出発する。 雪が緩んできたのでスノーシュー(妻はワカン)を履く。 意外にも大白沢山への登りに入ると間もなく、急斜面に灌木の藪が出ていた。 スノーシューを外さなければ藪を越えることは出来ないので、北側から下り気味にトラバースして山頂を巻くことにした。 大白沢山と1892m峰との鞍部から1892m峰への登りでは湿雪が極端に重く感じられるようになり、登高ペースが格段に落ちた。 正午前に展望の良い無木立の1892m峰に着く。 既に計画よりも1時間ほど遅れていることに加え、気温の上昇で(この日の福島県の最高気温は31度だった)雪の状態が悪くなってきたので、このまま縦走を続けると明るいうちに鳩待峠に戻れないばかりか、明日のスキーにも影響が出ることが予想された。 食糧はまだ残っているので、明日のスキーは諦めて計画どおり景鶴山方面に縦走して尾瀬ケ原に泊まるか、ここから下山するかを思い悩んでいると、誰も登ってくるとは思えなかったこの寂峰に山スキーの団体(6名)が突然大白沢山方面から現れ、その中の紅一点は何と山仲間のMINMINさんだった。 一昨日の夜に携帯にメールがあり、山ノ鼻から大白沢山へスキーで行かれるということは分かっていたものの、この無名峰がそのルートに入っているとは思ってもみなかったので、意外な場所での再会にお互いに驚いた。 メンバーはMINMINさんの大学の同級生とその方が所属されている山岳会の方々とのことだった。 MINMINさん達はここから右俣沢を滑り下りるとのことだったが、ついつい話しが弾んでしまい他の方々を足止めさせてしまって申し訳なかった。 長々とお喋りをしてしまったので気持ちはすっかり下山する方向に固まってしまい、颯爽と沢の源頭を滑り込んでいくMINMINさん達を見送ってから再び大展望を肴に山頂で寛ぎ、1時頃になってようやく重い腰を上げて下山にかかる。 山頂直下は急なので、スノーシューからアイゼンに履き替えてロープを出してスタカットで下る。 この山から右俣沢をツボ足で下った人は果たしているのだろうか。 間もなく傾斜が緩むと沢は細くなり、再びスノーシューに履き替える。 真新しい7人のスキーのトレースがあるので、ルートファインディングの必要は全くないが、所々で雪が割れて沢が出ているので慎重に歩く。 沢は結構蛇行しているので、地形図以上に距離が長く感じられる。 スキーなら30分足らずのところを2時間ほどかかって無名峰から二俣の分岐に下った。 二俣からは昨日辿った左岸には行かず右岸の正しいルートを行くが、右岸のトレースも最後に高巻きがあり、結果的にそれほど大差はなかった。 平ケ岳へ行ったスキーヤー達は皆もう帰ってしまったのか、その姿は見られなかった。 明日滑るムジナ沢を右手に見上げながら、誰もいない尾瀬ケ原を横切って4時に山ノ鼻に着いた。 至仏山荘の前のベンチで大休止し、昨日よりも一層踏み固められた登山道のようなトレースを辿って鳩待峠に登る。 峠に近づくと、タクシーの運転手さんが走って下ってきて後続のパーティーの有無を聞かれた。 夕方の6時で戸倉への車道のゲートが閉まってしまうが、予約していた団体のお客さんがまだ到着してないとのことだった。 観光地らしい出来事に思わず心の中で笑ってしまった。 6時前にすでに人影のなくなった鳩待峠に着いた。