《 3日 〜 4日 》 仙丈ケ岳
市野瀬(柏木) 〜 松峰小屋 〜 地蔵岳付近(テント泊) 〜 仙丈ケ岳 (往復)
今年のGWはやはり天候が安定しなかった。 前回の聖岳では天気予報がはずれ散々な目に遭ったので、次の山の計画は慎重にならざるを得ない。 GW中日の3連休の天気は、初日の夕方と最終日の午後に天気が崩れるという中途半端な予報だったので、計画を抜本的に練り直し、最終的に一泊二日で地蔵尾根を辿って仙丈ケ岳に登ることにした。 他に中央アルプスで未登の奥念丈岳に残雪を利用して登る計画もあったが、テン場が樹林のない念丈岳の山頂になってしまうので、天候が不安定な今回は見送りとなった。 仙丈ケ岳の地蔵尾根は以前から気になっていたルートだが、ガイドブックやネットの情報では皆一様に“長過ぎて退屈だ・樹林帯が長く展望に恵まれない”と評していたこともあり、なかなか足が向かなかった。 無雪期なら頑張れば日帰りも可能だろうが、それはあくまでもトレーニングの話で、山を楽しむことは出来ないだろう。 今回この計画を実行することにしたのは、初日の天気が曇りがちで夕方から雨という予報だったので、この“展望に恵まれない長い樹林帯”を有効利用出来ると考えたからだ。 しかしながら百聞は一見にしかずで、季節を選べばこの地蔵尾根は山登りのエッセンスが一杯詰まった良いルートであることが分かった。 3000m峰を最終集落から全て自分の足で登る貴重な登山道であることを付け加えておきたい。 この3連休に二泊三日で大唐松山(尾根)から農鳥岳に登る計画をしていた山仲間の西さん&セッちゃんもこの中途半端な天気予報に落胆し、直前に計画を断念したとのことだったので、この計画に無理やりお誘いすることにした。 中央道の辰野PAで前泊し、翌朝道の駅『南アルプス村長谷』で西さん&セッちゃんと合流し、登山口の柏木集落へ向かう。 市野瀬で国道を左折し、『孝行猿の碑』の看板に従って急な坂道を登って行くと、舗装が切れる直前に車が5台ほど停められる駐車場があった。 孝行猿の碑まではそこから未舗装となる林道を辿って車でも行けそうだったが、ネットの情報に従ってここから登り始めることにした。 7時半過ぎに駐車場を出発。 予想どおり他に登山者の影(車)はない。 未舗装の林道を右に分けるとすぐに『孝行猿まで600m』と記された標識のある登山道の入口があった。 登山口の標高は1150mで、仙丈ケ岳の山頂までの単純標高差は1900mほどだが、ネットの情報によると、累積標高差は2500m、水平距離は15キロほどあるとのことだった。 天気は予報どおりの曇天で気が滅入るが、気温は8度と涼しくて登るにはちょうど良い。 40年以上前の古い標識が立木に括り付けられていた。 南アルプススーパー林道が出来る以前はこの地蔵尾根が仙丈ケ岳へのルートとして重宝されていたのだろう。 20分ほどで孝行猿の碑に着く。 下からの林道は碑の下を通ってさらに上まで延びていたので少し興ざめだったが、路面の状況が分からないので仕方がない。 結局、その後も3回その林道と交差し(その都度標識あり)、一部はその林道を歩くことになった。 登山口から2時間ほど歩いた林道の最高点らしき所はちょっとした広場になっていて、この林道を熟知した人がオフロード車を使えば、ここまで来れそうな感じがした。 その広場の直前にはプラスチックの筒で引水された水場があったが、これが地蔵尾根で唯一の水場だった。 意外にもその広場からも登山道は明瞭で歩き易かったばかりか、要所要所の木々にはビニールテープが巻かれていた。 ネットの情報では鉄人の山岳マラソン(トランスジャパンアルプスレース)のルートにもなっているようだ。 何故このルートが昭文社の登山地図で破線なのか理解に苦しむ。 中間点とされる松峰小屋までは葉を落としたカラマツの木々が多いため登山道は明るく、“樹林帯が長く展望に恵まれない” という感じはしなかった。 天気が良ければ南アルプスや中央アルプスの山々が樹間から見えるだろう(帰路には見えた)。 小鳥のさえずりが聞こえ、時には鹿の鳴き声が静寂を切り裂き、カラマツの落ち葉の絨毯が足に優しい、正に癒し系のルートだ。 但し、全般的に勾配が緩く、途中の松峰(2080m)を巻く区間では殆ど標高を稼げないばかりか、松峰小屋に向けては下りとなるので、本当に長く感じる。 雪は2000m手前から見られるようになり、残雪に印された唯一のトレースから1週間ほど前にワカンで登った単独者がいたことが分かった。 正午に松峰小屋が直下に建つ鞍部(2030m)に着いた。 小屋は登山道から100mほど下った所にあるので、ここからは見えない。 予報よりも早く天気が崩れてしまった場合には、松峰小屋に逃げ込むことにしていたが、まだ日差しも僅かにあったので計画どおり先に進むことにした。 松峰小屋付近で一旦無くなった雪が再び登山道を覆い始めた。 ワカンの主は忠実にビニールテープ(登山道)を辿っていたので、少し古いながらも非常にこのトレースはありがたかった。 しばらく登ると雪が一段と深まってきたので、私達もワカンを履いて登る。 2200m付近に魅力的なテン場があり心をくすぐられたが、明日の行程を考え、心を鬼にして目標としていた地蔵岳(2370m)を目指す。 地蔵岳はピークも踏めるようだが、登山道は山頂を左から巻いていく。 そのトラバースでは雪が深くなり、ペースが極端に落ちた。 地蔵岳を巻き終え、山頂からの尾根と合流した所は狭いながらもテン場に相応しい平らな地形になっていた。 ちょうど2時だった。 早速整地を行い、各々テントを設営する。 今回はアライのスリーシーズン用の『トレックライズ』(新品)を使用した。 幅が150センチと従来の2人用テントに比べて少し広いが、重さと嵩が殆ど変らないのがメリットだ。 1時間ほどで設営を終えて中に入ったとたん雪が舞い出した。 今日に限っては天気予報が当たった。 水を作っていると雪は本降りになったが、粒が細かい粉雪だったので、3センチほどの積雪で済んだ。 夜になると雪は止んだ。 尾根上だが不思議なくらい風が無く、静かな夜だった。
翌朝は予定よりも少し遅れて5時過ぎにテン場を出発。 すでに周囲は明るく、予報どおり良い天気になりそうで安堵した。 新雪でトレースは薄くなってしまったが、テン場から先の尾根は痩せて顕著になり、登り易くなった。 気温も低いのでアイゼンの爪が良く利く。 すぐに『展望台』とガイドブックに記された西側の樹林の切れた所に着く。 指呼の間に地蔵岳とその向こうに中央アルプスの山々が望まれ、目を左に転じると塩見岳も遠望された。 展望台から先は再び小さなアップダウンの繰り返しとなり、間もなく濃い樹間から太陽の光が差し込んできた。 丸山谷ノ頭の頂を巻く部分では雪が深くなり難儀するが、ワカンを履くほどではない。 テン場から1時間半ほどで三峰川源頭(2422m)の鞍部を過ぎると、森林限界となる2736mのピークが前方に立ち塞がった。 尾根の勾配が増してくると積雪が多くなり、トレースを外すと腰まで埋まってしまうこともあった。 森林限界に近づくと、昨夜の新雪でトレースは消え、背丈の低い灌木に付けられたビニールテープも雪に埋もれてしまったので、登り易い所を選んでキックステップで登っていく。 間もなく2736mのピーク直下のハイマツ帯に着いた。 陽射しに恵まれた痩せ尾根からは、長大な馬ノ背尾根の向こうにようやく甲斐駒の頂稜部が僅かに見えた。 しばらくそこで寛いでから、指呼の間の2736mのピークには尾根上のハイマツ帯を避けて登る。 2736mのピークから先はアルプスの山らしく岩稜とハイマツの世界となった。 図らずも新雪のお蔭でアイゼンの爪を傷めずに岩稜を歩けた。 遮るものなく視界が広がり、左手には馬ノ背尾根とその向こうに甲斐駒と鋸岳、右手には大仙丈ケ岳、そして正面には仙丈ケ岳に向かって徐々に高度を増していく地蔵尾根の核心部が見えた。 小さなピークが連続しているが、各々のギャップは少ないようだ。 ハイマツの茂る岩稜は残雪と昨夜の新雪で冬山のように白くリセットされて美しい。 登山道どおりハイマツの縁に沿って登る。 不意に目の前をまだ冬毛の雷鳥が横切った。 最後の小さなピークに登ると、意外にもその先はナイフエッジの美しい雪稜となっていて、その先も一旦少し下ってから藪沢カールの縁に向けて幅の広い純白の尾根となっていた。 もちろんトレースは無く、思い思いに自分達のトレースを印す。 思いがけない景色に一同万歳し、私は「ブラボー!」の叫び声が止まらない。 春霞かそれとも黄砂のせいか空は霞んでいるが、そんなことは全く問題ではなかった。 思いがけない山からのプレゼントに足取りも軽くなった。 藪沢カールの縁に合流すると、カール越しに多くの登山者が小仙丈ケ岳から仙丈ケ岳に向かって歩いている姿が見えた。 9時ちょうどに多くの登山者で賑わう仙丈ケ岳の山頂に着く。 北岳・間ノ岳・甲斐駒・アサヨ峰・鋸岳・鳳凰三山といった山々の展望も良く、純白の大仙丈ケ岳が立派に見える。 山頂は風も弱く、景色を愛でながらのんびり寛ぐ。 仙丈ケ岳には過去3回訪れているが、最初が夏に馬ノ背のルート、次が冬に北沢峠から小仙丈ケ岳経由で、そして秋に仙塩尾根(この時は塩見岳へと縦走した)、そして今回は春に地蔵尾根と、仙丈ケ岳に至る4つのルートを全て違う季節に辿ったことにふと気が付き、その偶然さがとても面白かった。 いつまでも去りがたい山頂であったが、これから下りも長いので40分ほどで山頂を辞する。 明日も休日が続くが、予想どおり私達の後から地蔵尾根を登ってくる人はいなかった(その後も登山口まで誰とも出会わず)。 樹林帯に入ると、気温の上昇で柔らかくなった雪に足を取られて歩きにくくなったが、ようやく山がGWらしい春の陽気になったことが嬉しかった。 12時半前にテン場に戻ったが、水筒を途中に忘れてしまったことに気が付き慌てて取りに戻る。 荷物を整理し1時間後にテン場を出発。 雪はさらに緩み、荷物も重くなったので頻繁に踏み抜くようになり、すでに目標を失った身には堪える。 途中唯一のポイントとなる松峰小屋は登山道のある尾根から標高差で50mほど下った所にあるが、せっかくなので小屋を見学しにいく。 小屋は10人ほど泊まれる広さはあったが、入口の扉が壊れていて積極的に利用したいという気にはなれなかった。 近くにあるといわれる水場も確認出来なかった。 松峰小屋からは登り返しも度々あり、本当に長く感じられたが、曇天の昨日は見えなかった仙丈ケ岳や塩見岳、そして中央アルプスの山々が樹間から見え、疲れを癒してくれた。 登山口から山頂までの標高差が大きいので、ハイマツからダケカンバ、アカマツ、白樺、カラマツと植生が変化していくことが面白い。 6時前にようやく登山口の駐車場に着いた。 高遠の『さくらの湯』で汗を流し、伊那のガストで西さん&セッちゃんと山行の反省会を行った。