2 0 0 9 年  5 月  

《 9日 〜 10日 》    三俣蓮華岳 ・ 鷲羽岳

新穂高温泉 〜 双六小屋(テント泊) 〜 三俣蓮華岳 〜 鷲羽岳  (往復)

    毎年GW明けの山は静かだ。 土・日とも晴天の予報だったので、GWに予定していた新穂高温泉から双六小屋をベースに水晶岳を往復するという計画を、鷲羽岳までの往復に縮小して行うことにした。 高速1000円で常宿となった長野道の梓川SAに前泊し、7時半に新穂高温泉を出発。 弓折岳までという日帰りの山スキーヤーが1人先行していったが、他に登山者の姿は見られなかった。 新穂高温泉から双六小屋までは無雪期に何度か訪れたことはあるが、積雪期は初めてだ。 蒲田川の左俣林道には雪がなく、穴毛沢の堰堤も完全に露出していた。 このまま秩父沢付近まで雪がないのかと思ったら、意外にもワサビ沢小屋の手前で巨大なデブリが林道を塞いでいた。 このデブリが自然消失するには、相当な期間がかかるだろう。 結局登山道(小池新道)が林道と分岐する所まで、3箇所デブリが林道を塞いでいた。 しかしこれはほんの序の口で、小池新道を過ぎると本格的なデブリ地獄となり、ペースが全く上がらなくなった。 先日の雨でGWのトレースは消失し、2〜3人の先行者の新しいトレースがあるだけだ。 数年前に双六小屋がGWの営業を止めて以来、この山域の登山者や山スキーヤーが激減していることが想像される。 結局、秩父沢を過ぎてもデブリは続き、シシウドが原の手前まで苦しめられた。 ネットなどの情報によると、積雪期に双六方面に行くには鏡平を通らず、シシウドが原付近から以前登山道があった大ノマ乗越へ冬道を登るか、少し鏡平方面に登ってから弓折岳へ冬道を登るようであったが、シシウドが原付近の風景は無雪期と積雪期ではまるで違い、地形だけに素直に従っていくと鏡平方面への道は目に入らず、自然に大ノマ乗越へと足が向いてしまう。 先行した山スキーヤーのシールの跡が大ノマ乗越方面に見られ、遥か前方にはやはり大ノマ乗越方面へと登っていく単独の登山者の姿が見えた。 鏡平方面にはトレースを見つけられず、またトレースがあることも期待も出来ないので、今日の先行者2名の後を追う形で私達も大ノマ乗越方面へと進んだ。 後続の登山者の姿もなく、予想以上に静かな山行になりそうだ。 大ノマ乗越への広い沢は、最初のうちは快適でコンスタントに標高が稼げたが、次第に見た目よりも急になり、気温の上昇で雪も緩んで登りにくくなった。 意外にも目標にしていた先行者は、途中から大ノマ乗越ではなく弓折岳方面に進路を変えた。 これはシシウドが原から弓折岳への最短コースだが、傾斜がきつくて登るのが困難なのか、ラッセルが大変なのか、ペースが極端に落ちているのが分かった。 その状況を下から見て、先行者を追従することなく大ノマ乗越へ向かおうかどうか迷ったが、大ノマ乗越方面も最後はかなり傾斜がきつい感じで、また稜線に上がってからのトレースも期待出来ないので、先行者の後を辿ることにした。 運よく登山口で会った山スキーヤーが弓折岳方面から滑ってきたので話しを伺うと、ここから弓折岳方面への登路は大ノマ乗越方面と大差ないとのことだった。 間もなく岩陰で休憩していた先行者に追い着き、トレースの御礼を言って先頭を交代する。 この方もこのルートは初めてとのことだった。 弓折岳に突き上げる尾根へ乗るため、急斜面をアンザイレンして登る。 10分ほど慎重に登ると予想より広い尾根に上手く乗ることが出来たのみならず、もう一方の冬道の古いトレースに合流した。 目の前には突然槍ヶ岳が大きく望まれ、ここまでの苦労も吹っ飛んだ。 斜面の傾斜も緩み、指呼の間となった弓折岳に向かって登って行くと、鏡平方面からの新しいトレースが稜線直下で合流した。 午後2時半に新穂高温泉から7時間でようやく弓折岳付近の稜線に着いた。 双六小屋に向かうたおやかな稜線は雪庇が発達し、所々で這松が見えているものの登山道はまだ深い雪の下だった。 双六岳は目の前だが、目指す鷲羽岳はまだまだ遠い。 午後の陽射しで雪が腐り歩きにくいが、ありがたいことに鏡平からの新しいトレースがまだ続いていたのでこれを辿る。 所々で雪を踏み抜いて股まで潜るが、それ以上に先日の雪で隠された深いシュルントがあるので気が抜けない。 これに落ちたら自力では這い上がれないだろう。 30分ほど捗らない歩みに耐えながら稜線の小さな登り下りを繰り返して行くと、ようやく双六小屋の赤い屋根が見えた。 毎度のことであるが、この小屋は見えてからが遠い。 明日の行程を考えると予定どおり双六小屋まで行きたいが、帰路のことも考えて4時までに山小屋に着かなければ、そこで今日の行動を終えることに決めた。 先ほど追い抜いた方は、明日は双六岳を登られるとのことだったが、もうこちらに向かって来なかった。 腐った雪と踏み抜きに辟易しながらも、順光となった素晴らしい槍ヶ岳の展望と次第に近づいてくる鷲羽岳に思いを馳せながら休まずに歩き続け、何とか4時過ぎに山小屋に着いた。 トレースの主はさらに先に進んだようで、小屋の周辺には誰もいなかった。 冬期小屋を覗くと、中は清潔で意外と広かったが、窓がないので暗く寒々しかった。 まだ半分雪に埋もれた小屋の周囲にはGWの名残のテントの設営跡があり、その中で一番風の弱い所にテントを設営する。 水作りと夕飯の準備に追われ、夕焼けの山を楽しむ余裕がなかった。


 

小池新道を過ぎると本格的なデブリ地獄となる


デブリは秩父沢を過ぎても続いていた


大ノマ乗越(ここから進路を右に変える)


弓折岳に突き上げる尾根を目指してへ登る


広い尾根に乗ると、目の前に槍ヶ岳が大きく望まれた


指呼の間となった弓折岳(稜線)に向かって登る


弓折岳付近の稜線に上がる(背後は抜戸岳)


弓折岳付近から見た穂高連峰


弓折岳付近から見た双六岳


鷲羽岳(正面奥)はまだまだ遠い


順光となった素晴らしい槍ヶ岳の展望


双六小屋(中央の鞍部)と鷲羽岳


稜線の小さな登り下りを繰り返し、休まずに歩き続ける


双六小屋から見た鷲羽岳


双六小屋の脇に幕営する


    翌朝、予定どおり鷲羽岳を目指して4時半にテントを出発。 天気予報は晴れを告げていたが、灰色の小さな雲が次々と発生し、少し嫌な感じがした。 未明から気温はすでに高く、這松の多い双六岳への登りでは何度も雪を踏み抜き難儀する。 こんな状況ではとても鷲羽岳まで辿り着けないだろう。 双六岳には登らず、山小屋から100mほど登った分岐から右方向に山腹を巻く。 この巻き道ルートをいかに登山道どおりに辿れるかがポイントだが、予想どおりここにも明瞭なトレースはなかったので、微かに残っていたトレースを参考にしながらトラバース気味に登る。 雪が硬く締っていれば気持ち良く登れるが、すでに雪は柔らかく足取りは冴えない。 間もなく燕岳方面の雲海からのご来光となった。 上空には相変わらず怪しげな雲があるが、青空もあるので大丈夫だろう。 鷲羽岳の左に水晶岳も見え始めた。 トレースは登山道からだいぶ外れていたようだったが、先ほどの分岐から1時間ほどで双六岳と三俣蓮華岳を繋ぐ稜線に合流することが出来た。 それまでとは一変し稜線は風が強く、所々で這松や登山道が雪から出ていた。 雪の状態は少し良くなったが、登山道が出ている所は迷わず利用する。 前衛峰の丸山を登り始めると、まだ雪深い黒部五郎岳が大きく望まれ、振り返ると笠ヶ岳の端正な姿が目に入った。 丸山からは薬師岳も望まれるようになったが、相変わらず風が強くて落ち着かない。 妻は少しお腹の調子が悪いようでペースはさらに上がらなくなったが、予定していた7時ちょうどに三俣蓮華岳に着いた。 2週間前の新雪がまだ黒部源流の山々を覆っていたので、風景はてとても綺麗だ。 雪庇があるので自由に動き回れないが、目線の高さになった鷲羽岳、純白の黒部五郎岳のカール、雲ノ平越しの薬師岳、そして水晶岳の眺めに小躍りしたくなるような心境だ。 もちろん、見渡すかぎり誰もいない。 天気は快晴ではないが崩れる心配はなく、逆に気温の上昇でこれから雪の状態がどんどん悪くなってくることが懸念される。 当初ここから鷲羽岳の往復には4時間を予定していたが、体調の優れない妻と一緒ではとても無理なので、妻には悪いがここからは単身で鷲羽岳に向かう。 三俣山荘までのスロープはどこを通っても行かれそうだが、帰路の安全を担保するため微かなトレースの上を意識的に小刻みなステップを刻んで下る。 靴の沈み方からみて、やはり帰りは相当なアルバイトが予想される。 左手に雪に埋れた黒部川の源流が見えた。 あっと言う間に三俣山荘付近まで下ることが出来たが、山小屋の周囲は這松のせいで雪が柔らかく、まさに踏み抜き地獄と化していた。 山小屋の脇に新しいスキーのトレースが一つだけ見られたが、相変わらず人の気配は全くしなかった。 意外な所で四苦八苦しながら、ようやく鷲羽岳に取り付く。 少し登ると登山道が上の方まで出ているのが見えたので、アイゼンを外してそこにデポする。 雪の緩む帰りの三俣蓮華岳への登り返しを考えると、ここから山頂まで1時間以内で登らなければならないからだ。 優雅な春山登山は一変して時間との闘いになった。 再び風が強まってきたが、逆に風がないと雪はさらに緩むので、この風もまんざら悪くないとさえ思えた。 高度計を小刻みにチェックしながら登ることだけに専念するが、そんなちっぽけな心と周囲の雄大な景色とのアンバランスが自分でもおかしかった。 所々で雪が登山道を覆っているが、山頂までは真直ぐなはずので、キックステップで直登する。 間もなく頭上に山頂の標識が見えたのでペースを落とす。 設定した時間より少し早く、8時半過ぎに待望の鷲羽岳の山頂に着いた。 狭い山頂はまだ雪に覆われ、鷲羽池の方向に雪庇が張り出しているので、三俣蓮華岳同様に自由に動き回れなかったが、北アルプスの真ん中にある山からの360度の大展望は掛け値なしに素晴らしかった。 しかしながらせっかくの大展望を優雅に堪能する心の余裕はなく、休憩もせずに僅か5分ほどで下山する。 まるでヨーロッパアルプスのような登山スタイルだ。 30分足らずで取り付きまで下り、三俣山荘周辺のさんざん踏み抜いた自分のトレースを忠実に辿って、三俣蓮華岳への登り返しに入る。 ここからは自分の踏み跡だけが頼りだ。 予想どおり一歩一歩確実に沈み込むが、踏み抜くことはなくて安堵した。 足元だけに神経を集中させて、この状態が山頂まで続くことを祈り続ける。 山頂への最後の急な登りでは、それまでとは逆に足場を踏み固めながら滑落しないよう慎重に登る。 さすがに三俣山荘からはコースタイム以上の時間を要したが、10時半に三俣蓮華岳へ戻ることが出来て、ようやく目に見えない緊張感から解放された。 今度は妻のトレースを頼りに行くが、先ほどまでと比べたら全く快適だ。 稜線では再び風が強まったが、暖かい春の風なので救われる。 今日も誰にも会わないかと思ったが、丸山の下りで三俣蓮華岳まで行くという単独の日帰りスキーヤーとすれ違った。 双六小屋への巻き道との分岐までくると、妻のトレースがそのまま稜線を双六岳方面に向かっていたので、山頂を経由してテント場に戻ったことが分かった。 私も双六岳には登りたかったが、また時間に追われるのも嫌なので、すでに消えつつある巻き道の自分のトレースを辿り、妻の待つテント場に戻った。 12時半にテントを撤収し、往路を戻る。 これからしばらくの間は、この静かな山域もさらに静かになるだろう。 弓折岳までの稜線では風が相変わらず強かったが、逆に無風だと暑く、また雪もさらに脆くなってしまうので、ありがたくさえ感じた。 昨日の苦労の甲斐あって、自分達のトレースを辿ることで予想以上の困難もなく、昨日よりも30分ほど時間を要したが、双六小屋から2時間ほどで弓折岳に着いた。 弓折岳からの下山方法は3通りあったが、往路の急斜面を嫌って弓折岳からの広い沢を真直ぐに下ることにした。 広い沢の核心部をあっという間に下り、傾斜の緩んだ所から右方向に下っていくと、鏡平からのトレースと合流した。 日帰りで鏡平まで行く人もいるようだ。 林道までの長いデブリ地獄は昨日よりも雪の状態が悪く、すでに目標を失った身にはこたえる。 林道の水溜りには産卵のため沢山のヒキガエルが群れていた。 6時過ぎに人影の無い静かな新穂高温泉に下山した。


燕岳方面の雲海からのご来光


朝陽に照らされる鷲羽岳


双六岳


双六岳の山腹を巻く


巻き道の途中から見た丸山


丸山を登り始めると、まだ雪深い黒部五郎岳が大きく望まれた


丸山から見た三俣蓮華岳


三俣蓮華岳の山頂付近から見た丸山(右端は笠ヶ岳)


三俣蓮華岳の山頂


三俣蓮華岳の山頂から見た雲ノ平越しの薬師岳


三俣蓮華岳の山頂から見た鷲羽岳(右)と水晶岳(左奥)


三俣蓮華岳の山頂から見た槍ヶ岳


三俣山荘に下る途中から見た鷲羽岳


三俣山荘に下る途中から見た黒部川の源流


鷲羽岳の山頂


鷲羽岳の山頂から見た薬師岳


鷲羽岳の山頂から見た黒部五郎岳


鷲羽岳の山頂から見た水晶岳


鷲羽岳の山頂から見た裏銀座の縦走路


鷲羽岳の山頂から見た槍ヶ岳と穂高


鷲羽岳の山頂直下から見た三俣蓮華岳


三俣山荘付近から見た三俣蓮華岳


三俣蓮華岳の山頂から見た黒部五郎岳(左)と北ノ俣岳(右)


丸山付近から見た笠ヶ岳


半分雪に埋れた双六小屋


弓折岳(手前)と抜戸岳(奥)


弓折岳からの広い沢を真直ぐに下る


広い沢の中間部


長いデブリ地獄を終え、小池新道の取り付きに下る


2 0 0 9 年    ・    山 行 の 報 告    ・    T O P