《1日》 日原鍾乳洞 〜 一石山 〜 ウトウノ頭 〜 タワ尾根の頭 〜 水松山 〜 天祖山 〜 八丁橋 (周回)
前日の八ヶ岳(横岳)の計画が悪天で中止になった四季山岳会の中村@多摩さんとすみちゃんが奥多摩の山に行かれるというので、急遽飛び入りで同行させていただいた。 奥多摩で唯一トレースのない雪を踏めるだろうという中村@多摩さんの発想で、日原鍾乳洞からタワ尾根を登るという計画である。 タワ尾根は以前新緑の時期に2度辿ったことがあり、途中の人形山付近のブナの巨木とウトウノ頭の山頂にあるウトウ(鳥)の木彫りのプレートが特に印象的であったが、昨年の秋にそのプレートが行方不明になったという情報があり、それを確めるためにも良い機会であった。 下山口の八丁橋に車1台をデポして、日原鍾乳洞の駐車場を8時半に出発。 最初のピークである一石山までは雪ならぬ落ち葉のラッセルだ。 一石山からタワ尾根に乗るが、予想に反して登山道(といっても標識はないが)はおろか斜面にも雪は一切なかった。 冬枯れで葉をすっかり落とした尾根道は新緑の時期とは全く趣を異にする風景であった。 尾根を少し外れてブナの巨木群に足を踏み入れると、その中で一番目立つ太い老木の傍らにはいつの間にか看板が立ち、保護のため倒木で周りを囲まれていた。 再び尾根に乗り、篶坂ノ丸という目立たないピークを過ぎるとようやく待望の雪が足元に散見されるようになり、樹間からウトウノ頭が見えた。 期待していたラッセルが全くなかったので登山口から2時間半でウトウノ頭に着いた。 すでに情報が入っていたのでそれほど落胆はしなかったが、山頂にウトウ(鳥)の木彫りのプレートはやはり無かった。 もともと展望に恵まれない不遇な頂なので、プレートを失った頂は魅力を欠いていた。 一応周囲を探してはみたが、プレートは見つからなかった。 孫惣谷を隔てて対峙している天祖山の山肌は、石灰石の採掘跡が痛々しい。 大京谷のクビレというコルまで融雪で凍った急斜面を下り、タワ尾根の頭に向けて最後の登りとなる。 突然、登山道を横切る真新しい木材運搬用の金属のレールが出現して驚いた。 レールはその先も延々と登山道の真ん中に敷設され、以前は猛烈な篶竹(スズタケ)を掻き分けて進んだことが嘘のようであった。 玄人好みのタワ尾根からリピーターがいなくなる日も近いだろう。 きっとウトウ(鳥)もその惨劇を知って飛び去ってしまったに違いない。 ようやく辺り一面が雪に覆われるようになると、そこはもう長沢背稜の縦走路であった。 分岐から私一人だけタワ尾根の頭を往復する。 山頂付近でようやく膝下のラッセルとなる。 山頂には誰もいないと思ったが、大きな雄鹿が悠然と立っていた。 山頂を往復した後、長沢背稜を水松(あららぎ)山へ向かう。 ようやく雪山らしい風景となってきた。 この時期に長沢背稜を歩く人は稀で、今日のトレースも一人分だけだった。 水松山への分岐から天祖山へと向かう。 梯子坂のクビレというコルまで一旦大きく下り、今日のルートの最高点である天祖山へ登り返す。 天祖山の山頂には立派な天祖神社の会所がある。 最後の大休止の後、下山口の八丁橋へと急なジグザグの坂道を一目散に下る。 4時半に下山口にデポした車に到着。 快晴の天気であったが予想どおり今日も山中では誰にも出会わなかった。 奥多摩駅近くの日帰り温泉「もえぎの湯」で入浴し、「桐山」で蕎麦を食べて一同解散した。

















《7日》 線ガ滝 〜 東立岩 〜 西立岩 〜 毛無岩 〜 道場 〜 線ガ滝 (周回)
山仲間のゆきさんと山スキーの計画をしていたが、雪不足のため延期し、代わりに日帰りの山登りをすることになった。 目的地は直前の天気予報を熟慮し、土曜日は西上州(群馬)、日曜日は御坂(山梨)方面としたが、結果的に2日間とも関東甲信地方は快晴の天気に恵まれ、絶好の登山日和となった。 スキー場へ向かう車の渋滞に巻き込まれ、立岩の登山口の線ガ滝の駐車場を9時に出発。 予想どおり駐車している車はない。 恐らく立岩から毛無岩への縦走ルートを今日辿るのは私達だけだろう。 以前冬期にこのルートを歩いた時も誰にも出会わなかった。 西上州の山々もこの時期はそこそこ積雪があるが、麓から見る限り雪の気配は全くない。 冬枯れの明るい樹林帯を小1時間ほど登り、東立岩と西立岩を繋ぐ稜線のコルに向かって足場の悪い急なクーロワールとその側壁を鎖に導かれて登る。 コルに立つ西立岩への標識の裏から僅かに藪尾根を登ると東立岩の山頂だ。 猫の額ほどの狭い山頂には標識はないが展望は抜群で、眼前の西立岩の絶壁と遠くに八ヶ岳や奥秩父の峰々が良く見渡せ、毛無岩までの尾根の連なりも手に取るように分かる。 雲一つない快晴の天気に歓喜しながら一旦コルまで戻り、西立岩へ向かう。 山肌には僅かに雪のかけらが見られるようになったが、足元には全くない。 西上州の藪岩峰のピークにしては珍しく立派なベンチのある西立岩の山頂からの展望も抜群で、隣の行塚山(荒船山)とその奥の浅間山は言うに及ばず、北アルプスの槍や穂高、谷川岳方面の雪山も望まれた。 登山口から2時間足らずでこの展望が得られるのがありがたい。 山頂から一旦大きく下り、鎖が付いた小さな岩峰を1つ乗越してから登山口の線ガ滝へ周回して下る道を左に分け、さり気なく標識で入口を塞いである明瞭な踏み跡を辿り、荒船山と毛無岩を繋ぐ尾根道に向かって登り返す。 30分ほどで尾根道に合流したが、ここにも期待していた雪は皆無で、気温が高いことも手伝ってまるで晩秋のような錯覚を覚える。 尾根道は毛無岩までの各ピークを巻くようにつけられているためアップダウンの標高差は少ないが、途中何箇所か土砂崩れで寸断されている所があり難儀する。 数少ないチェックポイントである相沢越という峠の先で毛無岩を巻く道を右に分け、小さな岩峰を1つ乗越してから毛無岩頂稜部の岩稜を攀じる。 例年どおりのナイフエッジの雪稜を期待していたが、今日の状況では望むべくもない。 2時半前に今日の最高点である毛無岩の山頂に着く。 西上州の山の中でも屈指の高度感と展望を誇る山頂からの展望は素晴らしいの一言に尽きる。 双耳峰の立岩もすでに眼下となり、懐かしさを覚える。 山頂直下の下山路では融雪が凍って歩きにくかったが、アイゼンを着けるほどではなかった。 所々で道を探し当てながら下山口の道場の集落に4時半に下山。 車道を吉祥寺という名刹まで下り、車の回収のため登山口の線ガ滝まで3q弱の坂道を小走りに登る。 残照の立岩がとても印象的だ。 吉井町の「牛伏の湯」で入浴と夕食を済ませ、明日の登山に向けて河口湖方面へと移動する。 登山口の近くの『道の駅なるさわ』で車中泊する。















《8日》 文化洞トンネル 〜 毛無山 〜 十二ケ岳 〜 金山 〜 節刀ケ岳 〜 金山 〜 鬼ケ岳 〜 鍵掛峠 〜 根場 (縦走)
真冬の河口湖周辺の朝の冷え込みは厳しいが、今朝は驚くほど暖かい。 前泊した『道の駅なるさわ』から下山口の西湖畔の根場の駐車場に車で移動し、駐車場の前のバス停から8:10発のバスに乗る。 10分ほどで登山口の文化洞トンネルに着くと、こちらの駐車場には5台ほど車が停まっていた。 今日は久々に山中で人に会いそうだ。 今日予定している毛無山から鍵掛峠への縦走路は、途中の毛無山、十二ケ岳、節刀ケ岳、鬼ケ岳の各ピークからの展望が良いことに加え、首都圏からも近く、登山口までのバス便もあるため、御坂山塊の中では屈指の人気ルートである。 私も以前、いずれも冬期であるが2度足を運んでいる。 まるで春のような陽気で気持ち良いが、先月この付近の山を訪れた時は登山口から雪を踏み、途中から軽いラッセルとなったことが嘘のようだ。 最初のピークである毛無山までの道は全く単調で変化がないが、30分もすると冬枯れの樹間から富士山が背後に望まれるようになる。 樹林が切れ、黄金色のカヤトが一面に広がり始めると、たおやかな毛無山の頂である。 左に河口湖、右に西湖を俯瞰して正面に富士山が鎮座する見事なロケーションだ。 すでに富士山の雪線は5合目以上となり、目の錯覚か山が低く感じられる。 毛無山の山頂には雪は全く見られなかったが、ここから望む十二ケ岳の山頂付近には雪が見られた。 少し風が出てきたので、ジャケットを着込んで十二ケ岳方面への縦走を開始する。 小さなアップダウンが連続し、所々にロープの張られた岩場の通過があるので退屈しない。 覆い被さるような迫力ある十二ケ岳への最後の登りに入る手前の大ギャップには新しいつり橋が架かっていた。 つり橋を渡ると急登の連続となり、ロープや鎖を頼りに登る所が多くなる。 足元が硬い雪や氷で覆われている所は下りではアイゼンが欲しくなるだろう。 毛無山から2時間ほどで十二ケ岳の山頂に着く。 山頂の露岩からの360度の展望は素晴らしく、これから辿る節刀ケ岳から鬼ケ岳の稜線の間に甲斐駒から蝙蝠岳まで南アルプスの山々が一望出来た。 天気は予報以上に良くなり、風もだいぶ収まった。 十二ケ岳から金山に向かう途中の急な岩場の下降では、岩が融雪で凍っていて少々スリリングだった。 次の金山は独立したピークというよりも御坂山から続く御坂山塊の主脈との合流点であり、御坂山方面に少し戻る形で節刀ケ岳へ向かう。 途中、反対方向から来た迷子?の猟犬が人恋しさに私達にまとわりつき、節刀ケ岳の山頂までついてきてしまったが、飼い主の居場所が分かったのか、いつの間にか視界から消えた。 節刀ケ岳の山頂からは南アルプスは言うに及ばず八ヶ岳や奥秩父の山々も良く見えるようになり、双眼鏡を覗きながら山座同定を楽しむ。 毛無山から十二ケ岳までの連続した小ピークの連なりや今日の縦走路も良く俯瞰されて面白い。 金山まで一旦戻って大休止した後、最後のピークとなる鬼ケ岳へ向かう。 先ほどまでの縦走路に比べてアップダウンも少なくなり少々退屈だ。 突然目の前に大きな岩が立ち塞がったが、それは紛れもなく山名の由来となった鬼の角の形をした岩であり、そこが鬼ケ岳の山頂である。 すでに2時半を過ぎていたが、快晴の空の青さは衰えることなく、無木立の山頂からの好展望にダメを押す。 鍵掛峠への下りでは、僅かな距離であるがようやく雪を踏むことが出来て心地良かった。 鍵掛峠からは樹間から富士山を垣間見ながら下り、下山口の根場の駐車場に5時前に着いた。




















《15日》 観音平入口 〜 富士見平 〜 編笠山 〜 ギボシ 〜 権現岳 (往復)
冬の八ヶ岳はヴァリエーションやアイスクライミングの愛好家で赤岳周辺は賑わっているものの、編笠山から赤岳の間は入山者が少ない。 今回計画した編笠山は10年以上前の年末に、山頂直下の胸まで埋まる新雪のラッセルで登頂出来ず、その翌週にそのままの形で残っていた自分のラッセルの跡を踏んでリベンジを果たしたほろ苦い想い出のある山だ。 今回はネットの情報により、先月末に入山者があったことが分かったため、トレースと雪の条件次第では権現岳まで行ける可能性もあると思った。 『道の駅こぶちざわ』に前泊し、未明に車で5分ほどの観音平へ上がる車道(冬期通行止)の入口のゲートに移動する。 今日日帰りで編笠山に登る人は若干いるだろうが、この時間にはゲートの周辺に車はない。 ヘッドランプを灯し、5時にゲートを出発する。 昨日は異常気象で観測史上稀にみる暑さであったが、その影響で気温は7度もある。 風が少しあるので上の状況が気がかりだ。 ゲートからすぐの観音平へ通じる登山道を右に見送り、雪の全く無い車道を1時間ほど歩く。 日の出前に富士見平から登山道に取り付くが、雪のかけらもなく道も明瞭で登りやすかった。 観音平からの登山道が合わさる雲海の展望台の手前から登山道に雪が見られるようになり、押手川の分岐付近(2100m)でようやく雪山らしい風景になった。 雪に印された靴跡の状況から、昨日の入山者は1パーティーの2名のみであり、この先の青年小屋に泊まられていることが推測されたが、この予想は的中していたことが後で分かった。 押手川の分岐には青年小屋への巻き道に古いトレースが見られたので、帰路で使える期待が持てた。 押手川の分岐から先もこのところ雪が降っていないようで、古いトレースとその上に刻まれた昨日のトレースを辿って効率良く登ることが出来た。 以前のラッセルの記憶が嘘のようだ。 樹林帯が終わる手前でアイゼンを着け、予定よりも少し早い9時半前に編笠山の山頂に着いた。 雲一つない快晴の天気に恵まれ、今日の目標の権現岳を右手に、ギボシ・赤岳・横岳・阿弥陀岳の峰々が悠然と頭を揃えて鎮座する素晴らしい景観に、ここまでの疲れも一気に吹っ飛ぶ。 ありがたいことに風はそれほど強くなかった。 写真撮影もそこそこに北側斜面のトレースを確認する。 雪は予想以上に深かったが、ここまでのトレースと同じ主と思われる新しいワカンの跡が眼下の青年小屋方面に続いていた。 正午までに権現岳に着かなければ引き返すことを心に誓い先に進む。 青年小屋周辺の積雪は1mほどで、6畳ほどの冬期小屋へは宿泊者の尽力で1階の入口から入ることが出来るようになっていた。 先ほど押手川の分岐で確認した巻き道のトレースは見つからず、雪も深いので帰路に使うのは諦めざるを得なかった。 昨日ここに泊まったパーティーが出発した時間帯はまだ雪が締っていたようで、次のピークであるのろし場へはアイゼンの爪跡のトレースとなっていた。 時々膝まで埋もることもあるが、ギリギリ雪の腐る時間には間に合った。 雪の腐る帰路にはラッセルは必至だが、下りなので何とかなるだろう。 樹林が切れたのろし場付近からは再び風が少し出てきた。 のろし場から仰ぎ見たギボシの肩は荒々しく標高差以上の高さを感じるが、雪は少なく岩肌がかなり露出していた。 逆に権現岳は指呼の間に望まれ、目の錯覚でギボシを通らずに登れるように見えた。 のろし場からは風の通り道となっている痩せた雪稜をしばらく登り、所々で雪が剥げた登山道どおりにギボシの肩の山腹を巻いてから急斜面を一旦戻るようにして肩に登る。 肩からは再び痩せた雪稜をしばらく登り、肩の通過と同じようにギボシの頂稜部の山腹をトラバース気味に巻いていく。 少し腐りかけた脆い雪の急斜面には新しい踏み跡がしっかり刻まれているが、もしこれがなければザイルでの確保が必要だ。 トラバースの途中で権現小屋の傍らに人影が見えた。 トレースの主に違いない。 トラバースを終えてギボシの反対側の痩せた雪稜と合流したが、山頂方面にはトレースはなく、そのままトレースどおり雪稜を一旦下って権現岳直下の権現小屋に着いた。 小屋の傍らで寛いでいた2名の登山者にラッセルの御礼を言って話しを伺うと、お二人は『船橋勤労者山の会』の猛者であり、このところの陽気で他にも入山者がいるのではと期待されていたようで、昨日・今日とラッセルで大変なアルバイトを強いられたとのことであった。 今日はこれから三ツ頭を越えて天女山方面に下られるとのことで、私も一瞬同じルートで下ってしまおうかと思ったが、車の回収に車道を2時間以上歩かなければならないので思い留まった。 終始このお二人のトレースに助けられ、11時半に権現岳の山頂に到着。 ここはいつでも風が強い。 帰路の雪の状態が心配だったので、写真を撮っただけで山頂を辞したが、ここから見た白いギボシの美しさに惹かれ、山頂まで登ってみることにした。 山腹をトラバースする踏み跡を左に見送り、雪庇に注意しながら痩せた雪稜を慎重に登ると、僅か数分でギボシの山頂に着いた。 猫の額ほどの狭い頂は高度感抜群で、まるでアルプスの山の頂のような錯覚を覚える。 権現岳は風が強かったが、ここは何故か風はない。 ゆっくりと寛いでいきたいところであるが、天気が良過ぎるのが災いし、帰路の雪の状態が心配なので、アンザイレンして早々に下山にかかる。 トラバースを終え、一番やっかいな核心部をスタカットで下り、眺めの良いギボシの肩で大休止とする。 来月の初旬に予定している阿弥陀岳の南稜もだいぶ岩肌が露出し、まるで残雪期の山のようだ。 予想どおり、のろし場から青年小屋までの間は雪が腐って何度も足を取られたが、懸念していた編笠山への登り返しでの雪の状態は午前中と変わらず、労せずして二たび編笠山の山頂に立った。 すでに2時となり山頂に人影はないが、足跡の状況から3〜4名の登山者がいたことが推測される。 編笠山からの下りの樹林帯では陽射しが登山道に届かないため雪は適度に締り、アイゼンが良く利いた。 最後の富士見平からの車道歩きは憂鬱だったが、図らずも道路の端には幅1mほどのふっくらとしたカラマツの葉の絨毯が車止めのゲートの前まで切れ目なく続き、登山道よりも快適だった。 春霞に浮かぶ甲斐駒を仰ぎ見ながら、ゲートには5時前に着くことが出来た。






























《22日》 白河高原スキー場跡 〜 赤面山 〜 スダレ山 〜 三本槍岳 (往復) (山スキー)
前々日に山にまとまった雪が降ったので、今シーズン初の山スキーに以前から気になっていた那須の赤面山に行った。 那須は自宅からのアプローチも良く、紅葉の時期を主に何度も足を運んでいる山域であるが、冬に訪れたのは気が付いてみると初めてであった。 『道の駅那須高原友愛の森』に前泊し、6時過ぎに登山口となる白河高原スキー場跡の駐車場に到着。 出発の準備をしていると一人の山スキーヤーが先に出発していった。 その方もここは初めてで、赤面山を往復するとのことであった。 7時に駐車場を出発。 土を踏むことなく雪の上からスタートするのも久しぶりだ。 所々でカヤトが茂っているスキー場の跡地の緩いスロープをシールで登る。 すでに陽は昇り、風もなく春のような陽気だ。 麓の町では50センチほど積ったらしいが、昨日の陽気で南斜面の雪は溶け、新雪の量は20センチほどである。 パウダー好きの人は別として、私が滑るのにはベストの状態だ。 特にスキー場上部の斜面の雪質は最高で、とりあえず朝一番で一本滑っていきたい衝動に駆られる。 先行者のトレースの跡を忠実に辿り、1時間ほどでゲレンデトップに着く。 ここには青少年自然の家方面からの登山道が合流し、赤面山を指す標識がある。 登山道どおり傾斜の緩いブナ林の中を行くと、10分ほどで樹林は疎らになり、赤面山の山頂が見えた。 間もなく先ほどの方が山頂から滑ってきた。 雪の状態が良いうちに下の“ゲレンデ”で遊ばれるのだろうか?。 この辺りは風の通り道となっているようで雪が硬く、スキーには不向きなように思えた。 9時過ぎに赤面山の山頂に到着。 予想どおり山頂は風が強かった。 降雪直後の山頂からは茶臼岳や朝日岳、そしてこれから向かうスダレ山とその右奥の三本槍岳が真冬の様相で望まれたが、中でも一際素晴らしかったのは旭岳(赤崩山)の雄姿だ。 スダレ山までスキー登行出来たらという願望は、山頂直下から続くツツジのような低木の群落によって阻まれ、潔く山頂にスキーをデポすることにした。 雪はそこそこあるが、風により表面を硬くパックされているのでアイゼンが利いて歩き易い。 もちろんトレースはない。 スダレ山との鞍部から中の大倉尾根に向かう登山道を外れ、スダレ山へと続く雪壁を直登する。 40度近い急斜面であるが、クラストした斜面と、スキー靴でのキックステップはとても相性が良く、中の大倉尾根との合流点にある大岩までピッケルを使うことなく登りきった。 指呼の間のスダレ山の先にどっしりとした根張りの三本槍岳が見え、数人の人影も見えた。 赤面山経由で登っているのは私達だけで、マウントジーンズスキー場のゴンドラに乗り、中の大倉尾根を辿れば、短時間で三本槍岳に登ることが出来るからだ。 稜線に上がると再び風が強く吹くようになったが、冬の那須にしては穏やかな方だろう。 スキーには向かないが歩くにはちょうど良い雪の状態だったので、スダレ山の山頂は帰路に寄ることにして三本槍岳まで足を延ばす。 緩やかに一旦下った後、100mほど登り返して、赤面山から2時間ほどで三本槍岳の山頂に着いた。 山頂から望まれる流石山や三倉山も冬の装いで、旭岳同様素晴らしい被写体となってくれた。 夕方から天気が崩れるとの予報であったが、飯豊・磐梯山・安達太良などの山々が肉眼でもはっきり見えた。 スキーでの登頂は叶わなかったが、山頂からの冬景色には充分満足出来た。 山頂には3人組の山スキーヤーがいたので話しを伺うと、山スキーもマウントジーンズスキー場からの往復が一般的であると教わった。 帰路はスダレ山を経由して1時間半ほどで赤面山の山頂に戻り、アイゼンからスキーに履き替える。 山頂直下は斜面が少々硬く荒れていたが、モナカではなかったことが救いだ。 傾斜の緩いブナ林は雪質が良くて遊べたが、あっという間に通過してしまいゲレンデトップに着く。 このゲレンデだけを滑る人達も多いようで、すでに沢山のシュプールが描かれていた。 元々がスキー場のため、山スキー本来の醍醐味を味わうことは出来ないが、無木立のオープンバーンを貸切で滑るのは気分が良い。 雪もそれほど重たくなく、私の好みには合っていた。 ゲレンデの下部は所々でカヤトが茂っているが、全く気にせずに一気に駐車場まで滑り込んだ。 今日は山スキーというよりは、アプローチにスキーを使った三本槍岳への登山という印象だった。





















《28日》 四阿高原 〜 四阿山 (往復) (山スキー)
天気予報が直前に好転したため、急遽山仲間のゆきさんと山スキーに行くことになった。 先週に引続き前々日にまとまった雪が降ったため、行き先は登山口へのアプローチ等に全く問題ない四阿山になった。 冬の四阿山は今回で3度目だ。 未明に自宅を出発し、途中でゆきさんと合流して8時過ぎに登山口の『あずまや高原ホテル』の駐車場を出発。 心配していた雪は林道の入口から充分にあり、まずは一安心だ。 駐車場で挨拶した2人は共につぼ足で登っていかれたが、私達は迷わずシールで登る。 緩やかな冬枯れの明るい樹林帯を30分ほど登ると無木立の牧場となり、正面に四阿山と中四阿そして根子岳が並んで望まれ、展望が一気に広がる。 天気は予報以上の快晴となり、風もなく絶好の登山(山スキー)日和となった。 だだっ広い牧場の緩やかな斜面を僅かに登ると、北アルプスの銀嶺が頭を揃え、その呆れるほど素晴らしい展望に皆でため息をつく。 振り返れば、逆光ながら湯ノ丸山や篭ノ登山、そして白い煙を吐く浅間山が間近に望まれた。 先日の噴火がなかったら、今日は浅間山に登っていたかもしれない。 ほぼ登山道どおりに牧場の緩やかな斜面をお喋りしながらのんびりムードで登る。 牧場を過ぎると明るく開放的な白樺の疎林となる。 風もなく春山のような強い陽射しで汗が噴き出してくる。 しかしながら空気が乾燥しているため青空と展望は全く衰えを見せない。 山スキーのルートとしては少々魅力に欠けるかもしれないが、類稀な展望の良さと開放感がこの山の魅力だ。 白樺林を抜けると斜度が一段と急になり、まるで森林限界のように木々が無くなった。 ここは普段は風の通り道らしく、大小の岩が雪の上に露出していた。 間もなく牧場からは見えなかった四阿山の頂稜部が小さく望まれた。 雪が多ければ巨大な樹氷となる僅かばかりの針葉樹林の木々の間を抜けると、それまで中四阿に隠されていた妙高・火打・焼山・高妻・黒姫・飯縄・戸隠・雨飾などの北信の山々が隈なく望まれ、またまた足が先に進まなくなる。 主稜線の根子岳への分岐を過ぎると間もなく指呼の間に四阿山の山頂が見え、すでに眼下となった根子岳が大きく望まれた。 雪の状態が良かったので、スキーを履いたまま雪庇の発達した頂上稜線を進み、登山口から4時間ほどで四阿山の山頂に着いた。 先行した2人の方も風のない山頂でのんびりと寛いでいた。 生憎草津や谷川岳方面の山々には雲が取り付いていたが、360度の大展望は掛け値なしに素晴らしかった。 ありがたいことにいつも風が強い山頂も今日は風が無い。 天気が崩れる心配は全くなく、山頂から1時間も滑れば下ってしまえるので、眼前の大展望を愛でながらのんびりと1時間半も山頂に居座った。 2時前にようやく重たい腰を上げ、すでに私達だけの貸切となった山の斜面に思い思いにシュプールを描く。 中間部の単調で退屈な斜面を嫌って途中からは登ってきたトレースを外れ、滑りたい斜面を選んでは勝手に滑り込んでいったため、その後の修正に苦労する羽目になってしまったが、これも山スキーならではの面白さだ。 最後は裾野の牧場で右往左往した結果、だいぶ菅平方面に行き過ぎてしまったことが分かり、牧場の柵に沿って緩やかに登り返す。 間もなく先行者のシュプールに合流し、林道に沿った樹林帯を登山口まで滑った。
























