8月23日、ホーエ・ガイゲは登山口からの累積標高差が1800mほどあるため、ルートの途中に建つ山小屋(リュッセルスハイマーヒュッテ)に泊り、1泊2日で登る計画とした。 登山口のプランゲロースへは高速道路のイムストI.Cからピッツ・タール(谷)に入るが、先日まで何度か通った隣のエッツ・タール(谷)と比べると田舎で、途中にある町やリゾートも規模が小さかった。
プランゲロースの手前の道路脇にヒュッテの宣伝用の看板が立つ広い駐車場があり、道路の対面がヒュッテへの登山口になっていた。 登山口の道標にはヒュッテまで2時間と記されていた。 沢沿いの急斜面を登るハイキングトレイルは終始展望が良く、谷を挟んで屹立するヴァッツェシュピッツエなどの山々が良く見えた。 トレイルは登り返しがなく短時間で標高が稼げたので、ゆっくり休憩しながらでも2時間半ほどでヒュッテに着いた。
ヒュッテの受付でチェックインすると、意外にも2人部屋の個室の予約は1名しか入っていないとのことで驚いた。 どうやらヒュッテの予約サイトでの日本語訳が悪く、2人部屋の個室を予約するだけでは2名の宿泊とはならないようだった。 ヒュッテのスタッフから4人部屋の空きベッドが一つあるので、別々であれば宿泊は可能とのことで安堵した。 部屋を案内してくれたスタッフが、2人部屋を1人で予約している人がヒュッテに到着してから事情を説明すれば、予定どおり2人部屋の個室を使える可能性があるとのことだった。 ヒュッテは新しくリフォームされていて清潔感があり、トイレは町のホテル並に清潔で洗面所の水はそのまま飲めるとのことだった。
ヒュッテのテラスで遅い昼食を食べながらゆっくり寛ぐ。 メニューはドイツ語だったので翻訳機で訳すと、量が多いご当地メニューや定食がメインだったので、無難なボロネーゼ(13ユーロ)と定番のアプフェルシュトゥルーデル(7ユーロ)を注文した。 500CCの牛乳は3.6ユーロ、専用のマシンで入れた美味しいカフェオレは4.6ユーロだった。
ヒュッテからはホーエ・ガイゲの山頂は見えず、下山してきた方にルートの状況を尋ねると、「残雪は全くなく、岩場には要所要所にマーキングとワイヤーロープがあり、困難な部分こそないが全般的にハードだった」という貴重な情報が得られた。 ヒュッテ付近の道標にはホーエ・ガイゲまで4時間と記されていた。
夕食は一般的な肉料理とベジタリアン用のメニューが選択出来たので、それぞれ一つずつ注文した。 肉料理のメインはオーストリアでは一般的なグーラシュという牛肉のシチューで、ベジタリアンメニューはクネーデルというチーズやホウレンソウや玉葱をパンで練り込んだものだった。 どちらも味付けが良く美味しかったが、塩辛かったのが玉にキズだった。 夕食後にスタッフから2人部屋の個室が貸し切りで使えるようになったことを伝えられて嬉しかった。
8月24日、5時に起床。 2人部屋の個室は扉も厚く、とても静かで暖かい夜を過ごせた。 5時半に食堂に行くと、未明から出発する人達が食事を始めていた。 朝食はスイスの山小屋と同じようなバイキング形式だったが、食材は麓から荷揚用のリフトで運ばれてくるためかどれも上質で美味しかった。 コーヒーはスタッフが専用のマシンで何杯でも煎れてくれた。
雨傘やアイゼン・着替えなどをシューズBOXにデポし、6時半にヒュッテを出発。 トレイルは予想以上に明瞭で登り易く、アイベックスの群れがトレイルの上下にそれぞれ見られた。 ヒュッテから1時間ほどで最初のポイントとなる展望地(2640m)に着くと、それまで見えなかったヴィルトシュピッツェが遠望された。
展望地はホーエ・ガイゲの西稜(ウエスト・グラート)の末端で、取付きからは岩のブロックが堆積する顕著な尾根の登りとなった。 昨日の登山者からの情報どおり、岩場にはペンキマークが要所要所にあり、それを補完するケルンも見られた。 下から登ってくる人達の姿が散見されるようになり、追いつかれる度に道を譲った。 岩尾根の勾配と険しさは次第に増していくが、ペンキマークがあるので心強かった。
標高3100m付近で尾根を巻くエスケープルートのような踏み跡が見られ、そこから先はワイヤーロープが張られたスリリングな岩稜となった。 ワイヤーロープは日本の鎖場と同じような感覚で、両手でワイヤーロープを握るのはトラバースする部分だけだった。 ようやくホーエ・ガイゲの山頂と十字架が見え、10本ほどのワイヤーロープをやり過ごすと、エスケープルートへの道標が立つカールの末端に着いた。
カールの末端からはペンキマークやケルンが無くなったが、カールの底と支峰の尾根に踏み跡が見られた。 どちらの踏み跡も支峰とのコルで合流するように見えたので、GPSの地図に従って支峰の尾根を登り、途中からトラバースしてコルに向かった。 後続のパーティーは迷わずカールの底を進みそちらの方が早くコルに着いたので、GPSの地図はカールの底に残雪がある時期のものだと思えた。 ケルンが立つコルから山頂に向けて勾配の緩い岩のブロックを登り、ヒュッテから4時間半ほどで猫の額ほどの狭いホーエ・ガイゲの山頂に着いた。
山頂には新しい金属製の十字架が立ち、数名の登山者が思い思いに寛いでいた。 風は弱く天気も安定していたが、雲の湧き始めが早くヴィルトシュピッツェ方面の展望が冴えなかったことが惜しまれた。 山頂で1時間近く休憩していると、日帰りで登ってくる登山者の姿が次々と見られ、この山の人気の高さがうかがえた。
下りは支峰とのコルを通らず、踏み跡を繋いで最短距離でカールの末端に下る。 カールの末端から岩稜を巻くエスケープルートを下る登山者もいたが、岩稜ルートの方が確実に下れるので後者を選ぶことに迷いはなかった。 登りではあまり意識しなかったが、岩稜ルートは変化と展望に富み、これを目的にこの山を登る人もいるのではないかと思えた。 ヒュッテのテラスでしばらく寛いでから、お世話になったスタッフにチップを手渡して登山口に下った。