憧れのヨーロッパアルプス 8

  【3度目のグリンデルワルト】
  2000年の夏、ヨーロッパアルプスの山を登ることを夢見て、妻と共に初めて訪れたスイスの町がグリンデルワルトであった。 緑豊かな牧草地から3000m近い標高差で屹立するアイガーの大岩壁を仰ぎ見て言葉を失い、日本には無い氷河に削られた荒々しい本場のアルプスの山々の景色に圧倒されたが、初めて経験した優秀な山岳ガイドに導かれて、スイス中央部の山岳地帯であるベルナー・オーバーラント山群の盟主と言われるユングフラウ、メンヒ、そしてアイガーのいわゆる『ベルナー・オーバーラント三山』のうち、ユングフラウ及びメンヒという憧れの4000m峰の頂に妻と共に立つことが出来た。 海外登山の夢は現実となり、その後もアルプスの高嶺に毎年通い続けた私は、その3年後の2003年にはその三山のうちまだ未踏であったアイガーの頂に思いを馳せてこの町を再訪し、運良くその頂にも1回の挑戦で辿り着くことが出来た。 アイガーの山頂に導いてくれたガイドのゴディー氏は、その卓越した登攀技術はもちろんのこと、クライアントをもてなす技量にも長けた素晴らしい名ガイドであったが、地元で生まれ育った氏が一番好きな山としてアイガーの隣に聳えるシュレックホルンの名前をあげていたことがとても印象的であった。 その年は他の山を登ることで精一杯だったためシュレックホルンに登ることは叶わず、そのB.Cとなるシュレックホルンヒュッテまでの下見?のハイキングに留まったが、いつの日かこの山の頂に立ちたいという気持ちは帰国後ますます強くなっていった。

  ところでアルプスには星の数ほどの山があるが、外国人の私が夏休みを利用して登れる山は限られている。 ただ日本の山と同様、有名な山(4000m峰)ほど登り易い環境が整備されていることも事実であり、また同じ4000m峰でも人気や知名度によってかなりの格差があることも分かった。 今後の目標としてベルナー・オーバーラント山群では、フィンスターアールホルン(4273m)、シュレックホルン(4078m)、ビーチホルン(3934m)、そしてアレッチホルン(4195m)、ヴァリス山群ではヴァイスホルン(4505m)とダン・ブランシュ(4356m)、モン・ブラン山群ではエギーユ・ヴェルト(4122m)、エクラン山群ではラ・メイジュ(3983m)、そしてその他の山域の山としてはグラン・コンバン(4314m)等が挙げられるが、これらの憧れの山々の頂の全てに辿り着くにはまだまだ長い年月が掛かりそうである。

  今夏の私(達)のアルプス山行の行き先は、すでに昨夏から決まっていた。 即ち、一昨年の夏は2年連続でツェルマット(後半の5日間はシャモニ)に滞在し、昨夏はシャモニに滞在したため、今年は4年ぶりにグリンデルワルトに滞在し、ベルナー・オーバーラント山群の未踏の山々を地元のガイド氏と登るという計画である。 但し、シュレックホルンは今まで登った山のどれよりも難しく、またフィンスターアールホルンはアプローチに日数がかかるため、今回は例年のように余り欲張らず、この二つの山だけに目標を絞り、何とかその頂に辿り着けるような計画を練ることにした。 そして運良くこの二つの山に登ることが出来た場合には、次の目標であるビーチホルンとアレッチホルンにも順次挑戦しようと思った。 ガイドの予約については、今回はガイド組合(グリンデルワルト・スポーツAG)のHPへ直接申し込みをしようと思ったが、難解なHPで要領を得なかったため、仕方なくグリンデルワルトの日本語観光案内所の上西さんにメールで取り次ぎをお願いした。 予約はもちろんこの二つの山だけで、他は現地で天気と相談しながらその都度決めるということにした。

  グリンデルワルトにやってくる登山やハイキングの愛好家の誰もが訪れる景勝地のバッハアルプゼー(湖)の湖畔から眺めた眼前の4000m級の山々の景観は、何度見ても飽きることはないアルプスを代表するような素晴らしさで訪れた者の目を釘付けにする。 私も過去の滞在期間中に2度この湖を訪れたが、その湖畔からは左にヴェッターホルン、右にアイガー、そしてこの二つの名山の間にシュレックホルン、グロース・フィーシャーホルンといった4000m峰がそれぞれ個性的な面持ちで聳え、さらにその二つの山の間の奥にもう一峰、それらの高嶺を凌駕する高さと険しさで孤高を誇っている針峰が見える。 それがベルナー・オーバーラント山群の最高峰であるフィンスターアールホルンである。

  今回は登る山を二つに絞ったため、必然的に滞在先はグリンデルワルトだけとなったが、昨今の為替の値上がりでスイスフランが100円を超えるような状況になってきたため、日本語観光案内所のHPで貸別荘(アパート)を探したところ、駅から10分のところに比較的安い物件が見つかり、早速申し込むことにしたが、結果的にはこれが大正解となった。 料金は諸費用込みの14泊で2213フラン(邦貨で221300円)で一泊当たり15800円の計算になるが、それでも近隣の三ツ星のホテルよりは安かった。 アパートは基本的に土曜日がチェックイン&アウトの日になるので、これに会わせて滞在日を決めた結果、8月18日〜9月1日(現地日付)となった。 航空券の手配はいつものようにH.I.Sで行い、今年は初めて格安のタイ航空のチケットが取れた。 諸費用を入れない航空券だけの値段は@105000円という今までで一番の安さであった。

  出発2か月前の6月には絶好の天気に恵まれ、アラスカのマッキンリーの純白の頂に運良く辿り着くことが出来たが、帰国後の週末は悪天候続きで、事前の“訓練山行”は昨年同様ままならす、明らかに準備不足であった。 その反面、今年も7月からアルプスでガイドをされている近藤謙司さんや江本悠滋さんのブログをインターネットで見たり、7月後半から8月の前半にかけてシャモニに行かれた方からの生の情報により、山の天気とコンディションをタイムリーに知ることが出来たが、それによると8月上旬の大雨(雪)により、それ以後はアルプスの全ての山で登山活動に大きな支障をきたしているとのことであった。 また出発直前に日本語観光案内所の大黒さんからメールがあり、ガイドの手配はOKだが、山のコンディションが悪いため、予約した登山日が延期になる可能性もあるとのことであった。 念のためツェルマットのアクテイブマウンテン社の田村さんにメールで照会したところ、やはりマッターホルンはもちろんのこと、現在はヴァイスホルン等の山も登れない状況であるとのことであった。 現地の天気予報も、私達がグリンデルワルトに着く日は天気が良いが、その後はしばらく雨模様であると報じていた。 ネットやメールは事前に色々なことが分かりとても便利な反面、今回のように自分に都合が悪いことも事前に分かってしまうので、その効用は善し悪しである。 もしかしたら滞在期間中に希望する二つの山に登れない可能性も出てきたため、出発直前にネットの情報を中心にベルナー・オーバーラント以外でのガイドレスの登山やハイキング、さらには観光の情報収集に努めた。

  8月17日、成田発pm5:00のタイ航空の便に乗り、首都バンコクのスワンナプーム空港へと向かう。 チケットの値段は今までで一番安かったが、過去に何度か利用したシンガポール航空やマレーシア航空に比べて機内食やサービスの点においても何ら遜色がなく、かつ、最大のメリットはバンコクでのトランジットの時間が2〜3時間と他の航空会社の半分以下であり、さらに日本からの距離が近いため、搭乗時間もスイスまで合計で2時間近く短いという良いことずくめであった。 真新しいスワンナプーム空港は飲食店や土産物店が多く、ロビーも広くて快適であった。 私達がトランジットのために過ごしたpm9:00から零時までの間も夏休みということもあってか、大勢の旅行客で賑わっていた。 またタイは仏教国であるが、イスラム教徒用の礼拝室もあった。


ヴェッターホルンへの登りから見たシュレックホルン(2003年8月撮影)


グロース・フィーシャーホルンの山頂から見たフィンスターアールホルン(2003年8月撮影)


  8月18日、am7:10、いつものように期待と不安が交錯した機内泊を終えてチューリッヒのクローテン空港に到着。 隣接する空港駅をam8:13に発つジュネーヴ行きの急行に乗り、途中のベルンで逆にジュネーヴから来るインターラーケンオスト行きの特急に乗り換える。 インターラーケンオストの駅はグリンデルワルトへの登山電車と同じホームで乗換えが出来るように改修されていた。 また登山電車も以前の茶とクリーム色のツートンカラーの小型の古い車両ではなく、青と黄色のツートンカラーの少し大きめの車両に変わっていた。 予報どおりまずまずの良い天気で、間もなく車窓からはユングフラウ、ヴェッターホルン、アイガー、そしてメッテンベルクが順番に顔を覗かせた。

  正午前に3度目の滞在となるグリンデルワルトに到着。 アパートのチェックインがpm2:00からなので、正午からお昼休みとなる日本語観光案内所に急ぎ、荷物を預かっていただく。 観光案内所には上西さんは不在であったが、市川さんと大黒さんの懐かしい顔があり、しばし雑談を交わす。 やはりこのところ天気の悪い日が続いていたらしく、今日が久々の晴天のようだった。 スーパーマーケットの『コープ』に行き、これから2週間の自炊に使う食材を色々と吟味する。 日本食のコーナーは無かったが、焼きたてのパンも置いてあり、充分な品揃えであった。続いてガイド組合(AG)へ行き、ガイドの予約の確認をする。 再会を期待していた日本語が堪能なデボラさんは、今はヴァリス(ツェルマットのことか?)にいるとのことであった。 名ガイドのゴディー氏も今シーズンは専らプライベート(ガイド)で活躍され、一般客のガイドはされていないとのことであった。 やはり氏は全てにおいて一流なので、良いお客さんがついているのだろう。 受付で対応してくれたベアトリスさんという若い女性のスタッフは、たどたどしい私達の英語に根気よく耳を貸してくれた。 ベアトリスさんの話では、今月の初めに降った大雪のため現在も山のコンディションは悪く、しかも明日からまたしばらくの間天気は下り坂なので、当初予定していた明日からの2泊3日のフィンスターアールホルン登山はAGの判断で延期になったとのことであり、4日後の水曜日あたりから天気が回復しそうなので、火曜日の夕方に再度打ち合わせをすることになった。 もうこの時期であれば、どの日でもガイドは手配出来るので心配は要らないとのことであった。 心の準備は出来ていたつもりだが、のっけから3日間も山に入れない日が確定してしまったので、少々がっかりさせられた。

  気を取り直して観光案内所に荷物を取りに行き、宿泊先のアパートに向かう。 メインストリートの中程の坂の途中で右に折れ、急な坂道をキャンプ場の方に下っていく。 観光地としての町の政策上、貸別荘が同じような規格や色で統一されているため、私達のアパートも非常に分かりづらかった。 たまたま近くにいた方に道を訊ねたところ、その方が大家のシュタイナーさんの奥さんであった。早速3階の貸部屋に案内していただく。 荷物がとても多いので少々気後れしたが、シュタイナーさんの奥さんは「ここに泊まられる日本人の方は皆さん荷物が多いですよ」と言われ、思わず苦笑してしまった。 3階建ての建物は1・2階部分が大家さんの住まいで、3階部分が貸部屋になっていて、外の専用階段で出入りするようになっていた。 3階に上がるとまず鍵の掛かるドアがあり、その先でまた鍵の掛かる独立した2つの部屋に別れていた。 私達の部屋は広い方であり、中を案内してもらうと、その余りの広さに驚かされた。 観光案内所のHPに掲載された広告には60uとなっていたが、4人掛けの食堂テーブルがあるキッチン、ベッドが2つ並んだクローゼット付きの寝室、ソファーとテーブルが置かれた10畳ほどのリビング、もちろん風呂はバスタブ付きで、アイガーやグロース・フィーシャーホルンが遮るもの無く見える人工芝のバルコニーには、テーブルとイスとパラソルが備え付けられ、およそ登山のB.Cには不似合いなほど贅沢な空間は、それ以上の広さを感じさせた。 昨年のシャモニで借りたアパートの約2倍の料金で懐には痛かったが、結局今シーズンは天気が悪く、このアパートに泊まる日や滞在する時間が今までで一番長かったので、ある意味では大正解であった。 これだけの空間と設備があれば、一日中部屋の中で過ごすことも苦にならないだろう。


グリンデルワルト駅付近から見たアイガー


グリンデルワルト駅付近から見たヴェッターホルン


2週間滞在した貸別荘(アパート)


貸別荘のリビングルーム


貸別荘の寝室


貸別荘のダイニング


貸別荘のバルコニー


  【シュヴァルツホルン】
  8月19日、am6:00起床。 夜中の天気は悪かったものの、今朝は雲もなくなり好天の兆しが見えるが、テレビの天気予報では今日は午後から雨となっている。 明日からの天気も悪そうで、まさに下り坂の様相を呈していた。 当初の予定では、前回の滞在時に曇天のため山頂からの展望が得られなかったシュヴァルツホルン(2928m)への登山を考えていたが、天気が一日もたないようなので、起点となるグローセ・シャイデック(1961m)から天気の状況を見ながら、場合によっては山(シュヴァルツホルン)には登らず、そのままハイキングトレイルをフィルストの展望台に向けて歩き、バッハアルプゼー(湖)周辺のハイキングに切り替えることにした。

  アパートから歩いて5分ほどの所にあるバス停からam8:06の始発のポストバスに乗り、グローセ・シャイデック(峠)へと向かう。 車窓からは依然としてアイガーが良く見え、もしかしたら天気予報が外れるかもしれないとの期待が高まる。 月曜日の朝のせいか、乗客は私達を含めて10人ほどしかおらず、30分ほどで終点のグローセ・シャイデックに着くと、他の乗客はそのまま峠の反対側のマイリンゲン方面へと乗り継ぐのか、誰もフィルストの展望台に向かって歩き始める人はいなかった。 覆い被さるようなヴェッターホルンの巨大な岩壁の基部に位置するユニークな峠からは、グリンデルワルトの町から屏風のように屹立しているアイガーの北壁や、カミソリの刃のような同峰のミッテルレギ(東山稜)が高度感たっぷりに望まれ、順光となるこの時間帯が写真を撮るには最適なため、ここぞとばかりに何枚も同じような構図の写真を撮る。 昨夜降った雨でうっすらと麓から霧が湧き始めているが、まだ上空は青空であり、しばらくの間この絶景を楽しめそうだ。

  今日の目的地であるシュヴァルツホルンは、3000mに迫る山でありながら、山頂までトレイルがつけられている山で、天気さえ良ければ山頂からの素晴らしい展望が約束されている。 フィルストの展望台方面へ向かう起伏の少ない車も通れるような幅の広い砂利道のトレイルをヴェッターホルンを背にして進む。 間もなくグロース・フィーシャーホルンやシュレックホルンの雄姿も見えてきた。もちろんこれから登るシュヴァルツホルンも青空の下に良く見えている。 麓あるいは他の山から眺めた山を登り、またその登った山を麓あるいは他の山から眺めることは、そのどちらもとても嬉しいことだ。 午後からは天気が下り坂ということで、自然と歩くペースも速くなり、30分ほどでシュヴァルツホルンへのトレイルが分岐するオーバーレーガーの小さな山小屋に着いた。 残念ながらグリンデルワルトの谷から湧き上がってくる霧によって周囲の高い山々は次第に呑み込まれていったが、まだ雨の心配は無さそうなので、予定どおり山頂を目指すことにした。

  分岐の標識に従って右に折れると、ここからは牧草地の中を通る山道となった。相変わらず私達の他にシュヴァルツホルンに登るハイカーの姿は見当たらない。 間もなく周囲は深い霧に包まれ、視界は殆ど無くなってしまった。 前回の記憶では、ここから山頂まで2時間半ほどであったが、果して今日は正午まで天気が持ってくれるだろうか?。 歩く人が少ないためか、放牧された大きな牛たちが所々でトレイルを塞いでいるので、迂回しながら登ることもしばしばであった。 霧で視界が遮られているため、トリカブトと大きな野アザミが群生しているトレイルを黙々と登り続け、オーバーレーガーの分岐から1時間少々でフィルストの展望台からのメイントレイルと合流した。 牧草地の中のトレイルは次第に岩屑のアルペンルートに変わり、間もなくシュヴァルツホルンの西尾根の長い鉄梯子を登るバリエーションルートとの分岐点に着いた。 バリエーションルートには先行する3組のパーティーが見えた。前回は雨混じりの天気だったので迷わず一般ルートをとったが、今日も少し雲行きが怪しくなってきたので、やむなく右の一般ルートをとった。

  時々霧が晴れてヴェッターホルンやシュレックホルンも垣間見られたので、何とか天気は持ちそうだと思ったが、間もなく大きな雷鳴が轟くと、やや強い雨が降ってきた。 雨具を着込み傘をさしてしばらく待機し、空を見上げながら進退について悩んでいると、バリエーションルートを登った最初のパーティーが濡れ鼠で下ってきた。 天気の回復の見込みは無さそうだったので、私達も下山しようと思ったところ、不思議と短時間で雨がやんだので、だましだまし山頂まで登り続けることにした。 この状況では今回も山頂からの展望は叶えられないと諦めていたが、山の神の計らいにより山頂直下から周囲の霧が晴れ、山々を覆っていた雨雲も風が運び去り、不思議なくらいの青空となった。

  予定どおり正午過ぎにシュヴァルツホルンの山頂に着き、バリエーションルートを登ってきたヘルメットを被った2組のパーティーと共に良い天気になったことを喜び合った。 予想どおり山頂からの360度の展望は素晴らしく、手の届きそうな所に見えるヴェッターホルンや眼前の4000m峰を眺めながら、1時間ほどゆっくりと寛いだ。 運良く正にピンポイントで一番良い時間帯に山頂に着いたようで、再び雲や霧が山々を覆い始めたので、帰りもバリエーションルートではなく一般ルートで下ることにした。 案の定、30分ほど下ると再び雨が降り出し、今度は次第に雨足が強まっていった。 フィルストの展望台の直下まで下るとようやく雨がやんだので、ゴンドラには乗らず、そのまま1000m下のグリンデルワルトまで幅の広いハイキングトレイルを下ることにした。 さすがにこの辺りは人気のコースで、曇天にもかかわらずハイカーの姿が多い。 雨はやんだもののすでに青空は無く、周囲はモノトーンの世界となったが、時折雲間から見える山並みに一喜一憂しながら2時間ほどでグリンデルワルトに下った。

  メインストリートを散策しながらpm5:00頃にアパートに帰宅し、夕食はスパゲティと生野菜とスープを自炊した。 pm7:50からの詳細な天気予報を見ると、明日以降の悪い天気は変わらず、明日に計画していたゼフィーネンフルゲ(峠)へのハイキングは、明朝の天気予報を見てから決めることにして早々に床に就いた。


グローセ・シャイデックから見たアイガー(右)とメンヒ(左)


グローセ・シャイデックからフィルストの展望台方面へのトレイル    雲の中がシュヴァルツホルン


グリンデルワルトの町から屏風のように屹立しているアイガーの北壁


シュヴァルツホルン(中央)


オーバーレーガー付近から見たヴェッターホルン(左)とシュレックホルン(右)


シュヴァルツホルンの西尾根


長い鉄梯子を登る西尾根のバリエーションルート


シュヴァルツホルンへのノーマルルート


上から見た西尾根(手前)とファウルホルン方面への縦走路


山頂直下の痩せた岩尾根


アイガーを望むシュヴァルツホルンの山頂


山頂から見たヴェッターホルン


  【トゥリュンメルバッハの滝】
  8月20日、am4:30起床。 小雨が降り続き、山々は霧に煙っている。 ゼフィーネンフルゲ(峠)へのハイキングに行くのであれば、途中駅での乗り換えの便が良いam6:40発の登山電車に乗るのがベストであったが、雨は依然として降りやまず、また朝の天気予報も今日は一日中雨模様だと報じていたためハイキングは順延し、妻から提案があったラウターブルンネンの谷にある有名な『トゥリュンメルバッハ』という滝を見に行くことにした。

  雨が降りやむのを待ち、am11:05発の下りの登山電車に乗り、途中のツヴァイリッチーネンで待ち時間無く乗り換えて、am11:50にラウターブルンネンに到着。 4年前のロープヘルナーへのハイキングの時に一度訪れたラウターブルンネンの町は、明るく開放的なグリンデルワルトの町とは違い、両側を数百メートルの高さの絶壁に挟まれたU字谷の谷底にある小さな集落である。 駅のすぐ裏手には落差300mほどの『シュタウプバッハ』という大きな滝があり、数百メートルの高さで屹立する岩壁の上部から豪快な水しぶきを上げている。駅前には『トゥリュンメルバッハまで50分』というハイキングの標識があったが、1時間に1本しかないバスを待たずに歩き始める。 早速シュタウプバッハの滝の近くまで歩いて行くと、そのすぐ脇には鑑瀑用に作られた急勾配のジグザグの遊歩道とトンネルが作られていて、滝を真横から間近に見ることが出来るようになっていた。 シュタウプバッハの滝の落差はヨーロッパで2番目ということらしいが、意外にも下から眺めた印象とは違い、実際の水量は少なめであった。 最初の滝見物を終えた後、牧草地の中の簡易舗装された小径を両側から迫る絶壁とそこを伝って流れている幾筋もの無名の滝を鑑賞しながら歩く。 今日のように高い山が見えない時はちょうど良いのか、ハイカーや観光客もそれなりに散見される。

  トゥリュンメルバッハの滝は以前ガイドブックで一読したことはあったものの、今回のハイキングの計画には入れてなかったので、その詳細については全く予備知識がなく、『滝まで10分』という標識を過ぎても一向に滝が見えてこなかったので、何か狐につままれたような感じであった。 間もなく広い駐車場とレストランや売店があるいかにも観光名所らしき所に着いた。 私達同様にラウターブルンネンの駅から歩いてくる人も結構いたが、バスや車で来る観光客はその何倍も多く、そこからさらにアプローチの遊歩道を数百メートル歩くと入場口のゲートがあり、その傍らで係員が@11フランの入場料を徴収していた。

  ゲートの中に入るとすぐに爆音を轟かせている滝壺の一部は見えたものの、滝の全容は全く見えず、鑑瀑コースの案内板が傍らに立つ岩壁の真ん中には何と岩をくり抜いて作られたエレベーターが設置されており、そのものものしさには何か異様な雰囲気が漂っていた。 絶えず順番待ちをしているエレベーターは使わず、階段状の遊歩道を順路に従って登っていく。 先ほどから眺めてきた一般的な滝とは違い、この滝は岩壁の裂け目を流れ落ちるもので、外からは見えにくい構造であることが分かった。 岩をへつるようにして作られた鑑瀑用の遊歩道は、上に登るにつれてエレベーターと同様に周囲の岩をくり抜いたトンネルの中を進むようになり、途中10カ所以上もあるビューポイントからは、幾つもの釜を持ち何段にも落ちていくそのダイナミックな滝の流れを間近に見ることが出来るようになっていて、その圧倒的な迫力には思わず息を飲んだ。 パンフレットによれば、この滝はベルナー三山の氷河の末端から流れ出す大量の水がここ1カ所に集まって出来たということであり、毎秒2万Lという豊富な水量により長年にわたって岩壁が浸食され、現在のように奥へ入り込んでいったものらしい。 日本にも名瀑は多くあり、大したことはないとさほど期待もしていなかったが、まさに“百聞は一見にしかず”という諺がぴったりのとてもユニークな滝であった。

  遊歩道の途中で撮影を行っていた日本のTV局のスタッフと出合ったが、その中で三脚を担いでいたクルーは何と日本語観光案内所の所長の安東さんであった。 お話を伺うと、NHKのハイビジョン放送で企画しているヨーロッパの風景の番組の収録の手伝いをされているとのことであり、あらためてこの滝の人気の高さを認識させられた。 滝見物が終わると再び雨が降り始め、次第に雨足が強まってきたので、迷わず駐車場の脇からバスに乗ってラウターブルンネンの駅へ戻った。 バスの運行時間は登山電車との接続がスムースにいくような設定になっていたようで、ラウターブルンネンから40分ほどでグリンデルワルトに着いた。 コープで夕食用の食材と米を買ってアパートに帰る。 雨で気温はぐっと下がり、室内の気温は18℃となっていた。 天気予報は変わらず、明日は今日よりさらに悪く一日中雨模様のようだ。


グリンデルワルトから新型の登山電車に乗る


ラウターブルンネンの駅付近から見たシュタウプバッハの滝


鑑瀑用に作られたトンネル


真下から仰ぎ見たシュタウプバッハの滝    左上のスイスの国旗の所が鑑瀑台


絶壁から落ちる幾筋もの無名の滝


圧倒的な水量を誇るトゥリュンメルバッハの滝


岩をへつるようにして作られた鑑瀑用の遊歩道


遊歩道からダイナミックな滝の流れを間近に見ることが出来る


岩をくり抜いた鑑瀑用のトンネル


滝は幾つもの釜を持ち何段にも落ちていく


滝は岩壁の裂け目を流れ落ちるため外からは見えにくい


日本語観光案内所の所長の安東さんと出会う


  8月21日、am6:00起床。 今日の予定を決められないまま朝を迎えた。 今朝も山々は霧に煙っているものの、青空が僅かに垣間見られた。 天気予報は相変わらず悪天候を告げ、番組の中で中継しているユングフラウヨッホ・シルトホルン・メンリッヒェンの3ケ所の観光名所の展望台に設置されているライブカメラの映像を見る限りでは、今日もゼフィーネンフルゲ(峠)へのハイキングを中止せざるを得ない。 アパートの周囲を軽く散策しただけで、午前中は昨日までの日記を綴ることにした。 雨粒こそまだ落ちてこないが、辺り一面モノトーンの世界である。 今日のように絶望的な天気の時には、この広くて快適なアパートの有り難さを痛感した。

  昼前から降り始めた雨は次第に雨足を強めていった。 この状況ではやはり今シーズンはシュレックホルンの登頂は無理かもしれない。 天気予報では週末の土日に良い天気が2日続くようなので、今後の天気の状況によっては、フィンスターアールホルンへのアプローチの途中にあるグロース・グリュンホルン(4044m)を1座加え、3泊4日の行程に変更しようかと思案する。

  pm4:00過ぎにガイド組合に行き、ベアトリスさんに天気予報の確認をすると、やはり土日は良い天気となるので、3日後の金曜日に出発するのが良いとのことで意見が一致した。 但し、まだ天気予報は変わる可能性があるので、明日の夕方にまた打ち合わせをすることとなった。 案の定ベアトリスさんから、来週もし天気が良くなってもシュレックホルンの登頂の可能性は極めて低いかもしれないとの説明があったので、先ほど思いついたグロース・グリュンホルンを追加する計画もあり得ることを伝えると、シュレックホルンが駄目なら、その計画の方が良いのではないかとのことであった。 その場合ガイド料は1人当たり375フラン(邦貨で37500円)の追加で済むとのことであった。

  コープで食料品を買い、メインストリートの外れにある教会に行き、登頂の成功と旅の安全を神に祈る。 夕食は今日も自炊だったが、時間もたっぷりあるので全く苦にならない。 夜の天気予報では明日も今日と同じような雨の天気であるとのことであり、日曜日にようやく快晴のマークがついた。 例年であればこの時期の最高気温は4000mで0℃であるが、明日は3000mで0℃、2000mでも6℃しかないとのことであった。 室内も夜は冷えてくるので暖房を入れた。 当初の計画では今回は気負わずに、シュレックホルンとフィンスターアールホルンの2座が登れれば良いと考えていたが、現時点ではシュレックホルンの登頂の可能性は低く、あらためて海外登山の難しさを思い知らされた。


悪天候を告げるテレビの天気予報


貸別荘(右)とシュヴァルツホルン


メインストリートの外れにある教会


教会の内部


お花畑のような共同墓地


  8月22日、am6:30起床。 今朝も昨日の朝と同じように山々は霧に煙っている。天気予報も昨日の朝とほぼ同じであった。 ゼフィーネンフルゲ(峠)へのハイキングは、少しでも天気が回復傾向にある明日に順延し、朝食を食べながら今日の予定を色々と思案する。 天気が悪いのであまり良い案が浮かばずにいたところ、妻がメンリッヒェンの展望台に行きたいという提案をしたので、迷わずそれに従うことにした。

  am9:00頃になってようやく少し晴れ間が覗いてきたので、グリンデルワルトから上りの登山電車で一つ目の駅であるグルントにあるゴンドラ乗り場までのんびりと30分ほどかけて歩く。 ゴンドラ乗り場に着いた時は、生憎メンリッヒェンの山頂方面には雲が取り付いていてやきもきしたが、予定どおりゴンドラに乗ってメンリッヒェンの展望台(2225m)へ向かう。 グルントからの標高差が約1300mあるこのゴンドラの所要時間は40分とのことであり、ヨーロッパでは一番長いらしい。7年前に初めてここを訪れた時もやはり天気が優れず、山の反対側のヴェンゲンからゴンドラでメンリッヒェンの展望台に上がったことが思い出された。

  ようやく低気圧のピークは過ぎたのか、ゴンドラの車窓からは湧き上がる雲の間からアイガーやシュレックホルン、そしてヴェッターホルンのピークが時々顔を覗かせてくれたが、いずれも新雪で山肌が真っ白になっていた。 山岳景観としては素晴らしいが、登山には障害となるため、素直に喜ぶことが出来ないのが辛い。 途中からゴンドラも深い霧に包まれて展望が無くなったので再びやきもきしたが、メンリッヒェンの展望台に着くと一番近くに聳えるメンヒやユングフラウは望まれなかったものの、グリンデルワルトからは見えないブリュムリスアルプ方面の高い山々が望まれて嬉しかった。 展望台の傍らに建つ大きな山岳ホテルのレストランやその周辺には曇天にもかかわらず大勢の観光客やハイカーが思い思いに展望を楽しんでいた。

  車道のような幅の広いトレイルを10分ほど緩やかに登り、展望台同様に大勢のハイカーで賑わっているメンリッヒェン(2343m)の山頂に着くと、ベルナー・オーバーラントの高嶺を展望する山に相応しく周囲の全ての山々の山名と標高を細かく記した大きな案内盤が設置されていた。 生憎の天気で山座同定は完璧には出来なかったが、時折霧の中から3つの頂を並べるブリュムリスアルプ連山や独語で“幅の広い山”という意味のラウターブルンネン・ブライトホルン(3782m)、それとは対照的な尖峰のグスパルテンホルン(3436m)などの山々が見られ、その都度一喜一憂する。 これらの山々にもいつか機会があったら登ってみたいものだ。他のハイカーと同様、山頂でしばらく粘っていたものの、一番近いメンヒやユングフラウは終始見ることが出来なかった。

  30分ほどで山頂を辞して展望台に戻り、予定どおり出発点のグルントまで歩いて下ることにした。 他のハイカーの殆どは、私達も以前ここから辿ったクライネ・シャイデックの鉄道駅までの起伏の少ないトレイルを歩くため、グルントまで歩いて下る人は稀である。 冬場はメジャーなスキー場となる長大な牧草地のスロープを下る。 ハイキングトレイルとしてはあまり一般的ではないためか、所々で踏み跡が薄くなるが、そのまま構わずに下って行くと再びトレイルは明瞭になる。 時々グルントから登ってくる健脚のハイカーとすれ違う。 正面には新雪を身にまとったヴェッターホルンとシュレックホルン、そして右手にはアイガーを終始望みながらの極楽のハイキングである。 シュレックホルンが予想以上に良く見えたことが嬉しかった。夏の盛りは過ぎたが咲いている高山植物は意外と多く、何か得をしたような気分だ。 メンリッヒェンから休憩を含めて3時間ほど歩いてグルントに戻った。グルントにもオートキャンプ場はあったが、場内の固定された箱型のキャンピングトレーラーに宿泊するようになっているようだった。

  今日もpm4:00過ぎにガイド組合に行き、ベアトリスさんに天気予報の確認をすると、明日から徐々に天気は回復していき、週末の土日が好天のピークであった。 ベアトリスさんからガイドの手配の都合上、今日中に計画を決めるようにお願いされたため、明後日の金曜日から来週の月曜日までの4日間でグロース・グリュンホルンとフィンスターアールホルンの2座を登ることをお願いすることにした。 アパートに帰るとシュタイナー夫人が、明日は晴れて雨は降らないと教えてくれた。 夜の天気予報でも明日からは晴天が続くと報じていたので、入山するのは明日からでも良かったのではないかと少し後悔した。 平地での最高気温は、土曜日が28℃、日曜日は29℃となっていた。


ゴンドラの終点のメンリッヒェンの展望台とメンリッヒェン


展望台から見たヴェッターホルン


展望台から見たラウターブルンネン谷(右下)とその最奥に聳えるラウターブルンネン・ブライトホルン


グルントへの長大な牧草地のスロープの途中から見たシュレックホルン


グルントへの長大な牧草地のスロープの途中から見たメンヒ


グルントへの長大な牧草地のスロープの途中から見たヴェッターホルン


グルントから見たアイガー


  【ミューレン】
  8月23日、am6:00起床。 今日からは天気が回復傾向との予報にもかかわらず夜中はずっと雨が降っていたようで、今朝も昨日の朝と同じように山々は霧に煙っている。不安げに朝の天気予報を見ると、一応今日は天気が回復し、雨は無さそうであったが、肝心の日曜日が快晴ではなくなっていた。 今シーズンの天気は全く予想がつかない。

  天気や山のコンディション等の諸事情で山に登れない時の代替案として、以前からずっと暖めていたハイキングの計画に、ミューレンからエッシネン湖への峠越えがある。 これは先日行ったラウターブルンネンの谷の上にあるミューレンという小さな村からブリュムリスアルプの山々を終始眺めながら、ゼフィーネンフルゲ(峠/2612m)まで登り、一旦下ってグスパルテンホルンの登山のB.Cとなるグスパルテンホルンヒュッテ(2455m)に同峰の登山の下見も兼ねて泊まり、翌日はブリュムリスアルプホルンの登山のB.Cとなるブリュムリスアルプヒュッテが傍らに建つホーテュルリ(峠/2778m)を越えて、氷河の水を湛えた景勝地のエッシネン湖へ下るというロングコースである。 今日は時間的な制約があるので、このうちのミューレンからゼフィーネンフルゲ(峠)までのトレイルを日帰りで往復することにした。

  am7:35発の下りの登山電車に乗り、途中のツヴァイリッチーネンで待ち時間無く乗り換えて、am8:10にラウターブルンネンに到着。 登山電車の到着時間に合わせてグリュッチュアルプへ上がるロープウェイ(4年前に乗った時はケーブルカーであった)とグリュッチュアルプからミューレンとの間を結ぶ2両編成の小型の登山電車が運行するので乗り継ぎにロスが無く、グリンデルワルトから1時間ほどでミューレンに到着した。 初めて訪れたミューレンの村は思っていたよりも大きく、大きなホテルやモダンな外観の屋内競技施設もあった。 ミューレンの村の裏山的なイメージのアルメントフーベルへ上がる急勾配の石造りの芸術的なケーブルカーの架線を右手に見送り、この村を訪れる観光客の殆どが向かうシルトホルン(2971m)の展望台へ上がるロープウェイ乗り場の方に歩いていく。 上空には青空が広がってきたが、明け方まで降り続いた雨が雲や霧を呼び、アイガーやユングフラウ、そしてラウターブルンネン・ブライトホルンはすっきりと望めない。 代わりに、ユングフラウから連なるミッタークホルンやグロースホルン、進行方向にはグスパルテンホルンの雄姿が意外な近さに望まれ、今日のハイキングへの期待が高まる。

  15分ほどホテルや土産物屋が立ち並ぶ狭い通りを歩き、ロープウェイの駅舎の直前で公式のトレイルの標識とは別の『ノースフェイストレイル』と記された青い小さな指導標に導かれ、しばらく舗装された坂道を登った後、樹林帯の中の山道へと入る。 標識には今日の目的地であるゼフィーネンフルゲ(峠)まで4時間と記されていたが、すでにam9:00を過ぎ、帰りはミューレンをpm3:22に発つ登山電車に乗らないとAGでの打合わせの時間に間に合わないので、時間的な余裕は全く無い。 他のトレイルと比べると全くマイナーなため、予想どおり私達の前後には他のハイカーの姿は見られなかった。

  樹林帯の通過を終えて牧草地に入ると間もなく、地味なトレイルには似合わない金属製の立派な案内板が続けて2か所に設置されていた。 さらに意外だったことは、その案内板にはそれぞれヴェッターホルンとグスパルテンホルンの初登頂の記録と、難易度別の登山ルートの案内が独語・英語・仏語、そして何と日本語の4か国で詳細に記されていた。 いずれにしても、なぜこのような案内板がここに設置されているのかは全く理解出来なかった。 登山ルートの案内によれば、グスパルテンホルンの一般ルートはグスパルテンホルンヒュッテから2時間半となっており、にわかにガイドレスでの登頂の可能性が高まった。 シルトホルンへのロープウェイの中間駅でもあるビルク(2677m)の荒々しい岩峰を見上げながら牧草地を歩いていくと、1時間足らずでシュピルボーデンのレストランに着いた。 最盛期にはそれなりに賑わうのであろうが、今日はまだ早い時間帯のせいか全くの閑古鳥だ。

  トレイルの正面に突然現れた荒々しい岩峰を中腹までジグザグに急登し、途中から中腹を巻くようにピークを踏まずに裏側に抜けると、トレイルは山腹を延々とトラバースするようになった。途中で休憩をしていると、大きなザックを背負った単独行の若い男性が追い越していったが、明日再び山中で彼に出合うことになるとは知る由もなかった。 ますます大きくなるグスパルテンホルンの雄姿に、何度も足を止めて同じような構図の写真を撮る。同峰に登りたいという気持ちもそれと共に高まっていった。 トレイルがやや下り気味になると、ようやくポカンゲンにある山小屋(ロートストックヒュッテ)を眼下に見下ろすトレイルの分岐点に着いた。 地図で確認すると、正面の岩峰の左側のコルが目的地のゼフィーネンフルゲ(峠)のようだった。 時刻はam11:00少し前であったが、まだここから峠までは急いでも2時間位はかかりそうであり、帰路のヒュッテからの登り返しを考えると、峠からの下りも計画より時間がかかりそうだった。 分岐点の標識にも峠まで2時間半となっていたので、進退について悩んだところ、同じ標識に『シルトホルン(の展望台)まで2時間40分、(ロープウェイの中間駅の)ビルクまで1時間45分』と記されていたので、いざという時にロープウェイでミューレンに下れるこちらの方面に急遽行き先を変更することにした。

  アイガーの北壁に迫るスケールと荒々しさを見せつけるグスパルテンホルンの北東壁を見上げながらしばらく休憩した後、傾斜のきつい牧草地の斜面に踏み跡程度に印された細いトレイルを辿っていくと、前方からマーモットの鳴き声が聞こえ、声の主も目の前で飛び跳ねていた。 周囲を見渡すと、トレイルの脇には所々に彼らの巣穴があった。 彼らも久々に領地に侵入してきた人間に驚いたに違いない。 雨の心配は全くないが次第に霧が周囲を覆い始め、あっと言う間に山々も霧で隠されてしまった。間もなく顕著な尾根に登り詰め地図に記されたトレイルに合流すると、霧の合間から一瞬ロープウェイの中間駅のビルク(2677m)が頭上に見えたが、すぐにまた周囲の山々は霧に包まれてしまった。

  再び尾根筋から外れ、牧草地をトラバースして行くとミューレンに下るトレイルが分岐していた。 霧でこの先の展望も期待出来ないため、ここからミューレンに下ってしまおうかとも思ったが、せっかくなので諦めずにさらに進んでみることにした。 所々に大小の岩が露出している牧草地には、牛や羊ではなく馬が草を食んでいた。 また、このトレイルを歩く人も少ないせいか、見慣れない高山植物が沢山咲いていて、私達の目を楽しませてくれた。 突然前方に池が現れたので地図を確認すると、ちょうど真上あたりをロープウェイが通り、ビルクの駅が近いことが分かった。 池の畔で休憩していると、ちょうど良いタイミングに周囲の霧が上がり、シルトホルンの展望台が指呼の間に見えた。 背後にはビルクとその周辺の荒々しい岩塔群が迫り、とても絵になる風景であった。 先ほどまでは霧で全く見えなかったが、太陽に照らされてコバルトブルーに輝く小さな池の畔には羊たちが沢山群れていた。

  池からひと登りすると、ミューレンからシルトホルンに登るメインのトレイルに合流した。 標識には『シルトホルンまで1時間10分、ビルクまで20分、ミューレンまで2時間15分』と記されていた。 時刻はpm1:00少し前であり、ミューレンまで歩いて下ると電車の出発時間にぎりぎりだったので、シルトホルンかビルクまで行き、ロープウェイでミューレンへ下ることにした。 その直後に再び霧でシルトホルンが隠されてしまったので、標高の低いビルクに向かう。 ビルクには観光客の姿は殆ど見られなかったが、ロープウェイの中間駅にしては不思議なくらいの広い板張りの展望テラスと立派なレストランがあった。 帰国後に調べてみると、昔はシルトホルンまでのロープウェイは無く、ビルクが終点の駅(展望台)だったとのことであった。 時間の目処がたったので、時々薄日の射し込む展望テラスでランチタイムとした。 しばらくすると再びグスパルテンホルンの雄姿が望まれたが、この展望台(山)の周囲を霧が覆っているため、ベルナー三山やブリュムリスアルプ連山は終始拝むことが出来なかった。

  pm2:10発のロープウェイでミューレンに下る。 @20フランの乗車賃は惜しいが、まさに時は金なりだ。 ミューレンに着く手前から一番遠くのアイガーだけが良く見えるようになった。 電車の発車時刻までの間にミューレンのメインストリートの土産物屋に数軒立ち寄ると、同じ商品がグリンデルワルトよりも少し安いことが分かった。 出発直前にはメンヒも大きく見えるようになり、明日からの山行に期待が高まった。 予定どおりpm3:22発の登山電車に乗り、往路と同じようにグリュッチュアルプで到着時間に合わせてラウターブルンネンに下るロープウェイに乗り換え、さらにラウターブルンネンからも同様に到着時間に合わせて発車する登山電車に乗って効率良くグリンデルワルトに向かい、予定どおりpm4:30に着いた。 

  その足でAGに直行すると、ベアトリスさんから「悪いお知らせがあります」と開口一番前置きがあり、「週末の天気が予想以上に良くなったので、ガイドの申し込みが殺到し、明日1日だけのガイドなら手配出来ますが、明日から連続して4日間連続で頼めるガイドがいなくなってしまいました。 明後日からなら何日間でも大丈夫なのですが・・・」。 5日間も待たされ、ようやく待ちに待った登山、それもワンチャンスしかなさそうな状況で直前にこんなことになろうとは夢にも思わず、彼女を責める言葉もないばかりか、即答出来る材料も見当たらなかった。 絶望のどん底に突き落とされたような感じであったが、この窮地から何とか這い上がらなければならないので、しばらく考える時間をもらい、カウンターの隅で今後のシュレックホルン、その他の山の登山のことも含めて検討したが、結局良い案は浮かんでこなかった。 当初の計画が単に理想的ということではなく、天気との兼ね合いで1日ずらすことに対するデメリットが余りにも大き過ぎるのだ。 再度ベアトリスさんと交渉した結果、とりあえずガイドの手配は明後日からにしてもらい、3日間にするか、4日間にするかは明日の夕方の時点で決めさせていただくということで話は落ちついた。 尚、明日は彼女が不在のため、同僚のクリスチャンさんに引き継いでおくとのことであった。

  コープで買い物を済ませてアパートに戻ったが、今回のこのアクシデントからなかなか立ち上がることが出来なかった。 辛い気持ちに拍車を掛けるように、夜の天気予報も明日から3日間は良い天気が続くと報じていた。 夕食後は複雑な気持ちで明日のハイキングの計画を練ったが、明日もまたAGでの打合せのためpm5:00頃までに戻ってこなければならないので、必然的に行く先は限られてしまう。 明日もまた“シンデレラ”のようなハイキングになってしまうだろう。


ミューレンの駅前


ゼフィーネンフルゲ(峠)へのトレイルから見たグスパルテンホルン(右端)


ミューレンの村


シュピルボーデンのレストラン


レストランから見たユングフラウ


シルトホルンへのロープウェイの中間駅でもあるビルクの荒々しい岩峰


ゼフィーネンフルゲ(峠)へのトレイルは途中から山腹を延々とトラバースするようになった


シルトホルンへのトレイルの分岐点から見たグスパルテンホルンの荒々しい北東壁


トレイルの分岐点から見たゼフィーネンフルゲ(峠)  (正面の岩峰の左側のコル)


シルトホルンと山頂の展望台


ロープウェイの中間駅のビルクの駅


ビルクの駅の展望台から見たグスパルテンホルン


ミューレンから見たメンヒ


  【エッシネン湖】
  8月24日、am6:00起床。 まだ夜が明けたばかりで空は青くないが、雲はなく予報どおり快晴の天気となるに違いない。 山に登れなくて悔しいが、ベランダに出て朝焼けのアイガーの写真を撮る。 どうしようもないことだと分かってはいるものの、まだ諦めがつかない自分が本当に嫌になる。 間もなくアイガーの頂に朝陽が当たり始めると、次第に純白のミッテルレギ(東山稜)を明るく輝かせていった。 今シーズン初めての“アルプスの青空”が広がっていくのを複雑な気持ちでベランダから眺めた。 まだ完全に今日のハイキングの目的地を決めた訳ではないが、一応昨夜検討したエッシネン湖方面へ向かうことにした。 昨日もしAGでの打合せがなければ、計画どおりゼフィーネンフルゲ(峠)を越えてグスパルテンホルンヒュッテに泊まり、今日はホーテュルリ(峠)を越えてエッシネン湖へ縦走することが出来た訳であるから、その点からも悔しさは募る一方であった。

  am7:00にアパートを出発。 メインストリートを駅と反対側の方向に少し登った教会の近くからアイガーとグロース・フィーシャーホルンの写真を撮る。 昨日と同じam7:35発の下りの登山電車に乗り、終点のインターラーケンでベルン方面行きの電車に乗り換えて、am8:45にシュピーツに到着。 グリンデルワルトやインターラーケンからブリークやツェルマット方面へ電車で行く観光客の流れがないためか、それともベルンやジュネーブ方面への観光客の帰りの便を優先させているためか、全ての時間帯において乗り継ぎが悪く、1時間近く待たされるのが辛い。 シュピーツの駅ではまだキオスク以外の店はやっていなかったので、駅舎に隣接しているインフォメーションセンターに行き、周辺の絵地図やパンフレット、ローカル線の電車とバスの時刻表を貰う。 今回はアパートに駐車場もあったので、お金はかかるがレンタカーがあれば良かったと、こちらも後悔しきりであった。 地元のインフォメーションセンターで入手したレッチェンタールの絵地図は出来映えも良く、有料でも欲しいくらいのスグレ物であった。 シュピーツの駅前に広がるトゥーン湖越しにユングフラウが意外な角度で遠望された。 湿度も低く昨日のように午前中から山々が霧に覆われる心配も無さそうなので、今日の目的地をエッシネン湖に決め、am9:38発のブリーク方面行きの電車に乗り、周辺の登山やハイキングの拠点となっているカンデルシュテークの駅にam10:05に着いた。

  駅前のメインストリートは通らずに裏道を抜けて歩いていくと、途中の車道から正面にブリュムリスアルプ連山が大きく望まれ、先ほどまでの憂鬱な気分を一掃してくれた。 時間も遅かったせいか、駅から歩いてリフト乗り場に向かう人は私達以外にはおらず、先日のトゥリュンメルバッハの滝と同様、多くの観光客やハイカーは車や観光バスで登山口にアプローチしているようで、駅から歩いて15分ほどの所にあるリフト乗り場の脇の広い駐車場には沢山の車が停まっていた。 シンプルなペアリフトは横向きに座るようになっていて乗り心地はとてもユニークであり、またスピードもゆっくりしているため、風景を楽しむにはちょうど良かった。

  標高差500mほどの急な斜面をリフトで稼いで上がった終点駅のレーガーの周辺は意外にも平らな牧草地になっていて、正面にはブリュムリスアルプホルン(3660m)、エッシネンホルン(3486m)、フリュンデンホルン(3369m)のブリュムリスアルプ連山の3つの頂と、少し離れた右隣には重厚な面持ちのドルデンホルン(3643m)が鎮座し、ダイナミックな山岳景観を惜しみなく披露している。 時間に制約がなければ、ここから標高差で1100mほどあるホーテュルリ(峠)のブリュムリスアルプヒュッテまで登り、より一層の展望を楽しみたいところであるが、今日もAGでの打合せがあるため、湖を見るだけの軽ハイキングで我慢するしかない。 グリンデルワルトにpm5:00までに戻らなければならないので、歩くスピードが自然と速くなる。

  間もなくエッシネン湖の湖畔に下りるトレイルと湖を見下ろす山の山腹を辿るトレイルとの分岐があり、予定どおり後者のトレイルに入る。 帰路は前者のトレイルで湖畔からこの分岐に戻ってくる時計回りの周回コースである。 針葉樹林帯の中の急なジグザグの坂道をひと登りすると、樹間から眼下にエメラルドグリーンに輝くエッシネン湖の末端が垣間見え、いつか見たカナディアンロッキーのモレーンレイクが思い出された。 すぐに森林限界となり、ベンチの置かれた最初の展望所からは眼前に大きく聳えるブリュムリスアルプ連山とその懐に抱かれた感じのする美しい湖が織りなす絶景に、先ほどまでの悔しい気持ちも吹っ飛び、夢中でカメラのシャッターを押し続けた。

  展望所から先のトレイルには殆ど勾配がなくなり、抜けるような青空の下、終始ブリュムリスアルプ連山の眺めが圧巻で、眼下にエッシネン湖が無かったとしても充分に素晴らしい景観であった。 エッシネン湖の湖面には風がなく、鏡のように対岸のブリュムリスアルプ連山を写していた。 私達と相前後して歩いていた人が崖の上にシュタインボックの親子がいることを教えてくれた。 荒々しさでは対岸の高峰に負けないような感じのする山々の山腹を辿るトレイルは途中から緩やかな下り坂となり、カールの底のような場所に建つオーバー・ベルグリのレストハウスと牛小屋が見え、その谷の奥にはホーテュルリ(峠)に建つブリュムリスアルプヒュッテも遠望された。 大小の岩が牧草地に散在するオーバー・ベルグリ付近では、白・茶色・黒・白黒と様々な色をした羊達が一緒に仲良く草を食んでいた。

  適当に休憩をしながら歩いてきたが、リフト乗り場から2時間ほどでオーバー・ベルグリのレストハウスに着いた。 トレイルはホーテュルリ(峠)に向けてさらに伸びていたが、時間も遅いせいかこれから峠を目指して登るハイカーは皆無で、皆私達と同様に湖畔に下り、湖畔につけられたトレイルを周回してリフト乗り場に戻るようだった。 ロープが張られた急な崖のトレイルを下り終えると、上から大きな荷物を背負った若者が一人下ってきた。 見ると昨日ゼフィーネンフルゲ(峠)へのハイキングの途中で唯一出合った若者だった。 彼も意外な再会に驚いた様子であった。 昨夜は何処に泊まったのであろうか?。

  午後に入っても霧は上がらず、逆に空はますます青さを増してくる。 湖の色もそれに同調するかのように青味を増していった。 最高のハイキング日和と素晴らしい景色に嬉しさがこみあげてくる一方、計画どおり今日から入山出来たら明日の午前中にはグロース・グリュンホルンの頂に立てたかもしれないという悔しさが交錯している。 トレイルは湖畔まで下りきらず、途中から再び湖尻に向かって崖の下をへつるようにトラバースしていく。 湖畔まで下ると、水辺で遊ぶ家族連れの観光客で急に賑やかになった。 再び湖畔を離れ針葉樹林の中の車道のような幅の広い道を緩やかに登っていくと間もなく湖尻のレストハウスに着いた。 ここまではリフトの終点から30分足らずで来ることが出来るので、大勢の観光客で賑わっていた。 順光となった眼前の山々はますます良い被写体となり、名残惜しさに拍車を駆けるが、時間も差し迫ってきたので休憩もせずにそのままゴールのリフト乗り場へと緩やかに幅の広い坂道を登っていく。 リフト乗り場から湖尻のレストハウスまでは観光用の馬車が運行されていた。

  pm2:10、リフト乗り場に到着。 陽はまだ高く、この時間帯に下る人は殆どいない。 天気が良い日にも行動が制限されるのは本当に辛い。 計画どおりカンデルシュテークをpm2:49に発つ電車に乗り、pm4:54にグリンデルワルトに戻った。 今日もその足でAGに直行し、クリスチャンさんと最終打合せをする。 最新の天気予報をネットで確認してもらうと、やはり好天のピークは明後日の日曜日で、その先は再び下り坂になるようであった。 しばらく悩んだ末、フィンスターアールホルンのみを登る2泊3日のガイドの手配を申し出たところ、クリスチャンさんもその方が賢明ではないかと言った。 私達のガイドはすでに決まっており、名前はハンツペッテル・インボデン氏という方であった。 明朝のガイド氏との待ち合わせの場所と時間については、氏がどのような経路でどこから来るのかAGでは分からないので、am7:15の始発の登山電車に乗り、終点のユングフラウヨッホの駅のセルフサービスのコーヒーバーで氏と落ち合うようにとのことであった。 2人分のガイド料金と2泊分のガイドと私達の宿泊代合わせて2190フラン(邦貨で約219000円)を支払い、バウチャーを受け取る。 ようやくこれでスタートラインに立つことが出来た。

  いつものようにコープで食料品を買い足してからアパートに帰り、明日からの山行の準備をする。 夕食後は様々な天気の組み合わせを想定しながら下山後の4日間の計画を練る。 天気も特別良さそうではないので、もし山を登るとしたらガイドレスでメンヒかグスパルテンホルンとし、ハイキングであれば、山小屋泊でレッチェンタールかアニヴィエの谷まで行ってみようと思った。


早朝のアイガー(右)とグロース・フィーシャーホルン(左)


シュピーツの駅から見たトゥーン湖


電車の車窓から見たブリュムリスアルプ連山


周辺の登山やハイキングの拠点となっているカンデルシュテークの駅(右)


リフト乗り場に向かう車道から見たブリュムリスアルプ連山


リフトから見たカンデルシュテークの町


エッシネン湖の湖畔に下りるトレイル(右)と湖を見下ろす山の山腹を辿るトレイル(左)との分岐(帰路の撮影)


樹間から眼下にエメラルドグリーンに輝くエッシネン湖が見えた


ブリュムリスアルプ連山の懐に抱かれたエッシネン湖


荒々しさでは対岸の高峰に負けない山々の山腹のトレイルを辿る


重厚な面持ちのドルデンホルン(3643m)


今回は越えられなかったホーテュルリ(峠)


ドルデンホルンを映すエッシネン湖


辿ってきたトレイルを振り返る


オーバー・ベルグリへ緩やかに下る


カールの底のようなオーバー・ベルグリに建つのレストハウス


オーバー・ベルグリ付近では様々な色をした羊が一緒に仲良く草を食んでいた


オーバー・ベルグリから見たエッシネン湖


トレイルは湖尻に向けて崖の下をへつるようにトラバースする


湖畔から見たエッシネン湖


大勢の観光客で賑わっていた湖尻のレストハウス、


  【フィンスターアールホルンヒュッテ】
  8月25日、am5:30起床。 夜空には星が瞬き、天気予報どおりの好天となりそうで安堵する。 清々しい早朝の空気に包まれて人通りのないメインストリートを朝焼けのアイガーを眺めながら登山電車の駅へと歩く。 am7:15の始発の登山電車に乗り、ユングフラウヨッホに向かう。 週末で天気も良いので座れないほど混雑するかと思ったが、それほどでもなかった。 登山電車の車窓からは先日ハイキングで行ったメンリッヒェンやシュヴァルツホルン方面が澄みきった青空の下に望まれ、アイガーの北壁はもちろんのこと、クライネ・シャイデックで乗り換えた後は朝陽に輝くメンヒ、ユングフラウ、そして意外な所にグスパルテンホルンが望まれて、思わず座席から身を乗り出す。 途中、観光用の駅であるアイガーヴァントとアイスメーアで各々5分間の停車時間があり、氷河越しのシュレックホルンを写真に収め、その頂に思いを馳せる。 アイガー登山のB.Cとなるミッテルレギヒュッテまでのトレイルが雪の上に明瞭に印されていた。

  am8:45、グリンデルワルトから1時間半で終点のユングフラウヨッホ(3475m)に到着。 指定されたコーヒーバー(立ち飲み専用)に行くと、他の登山客も同じようにガイドとの待ち合わせ場所に利用していたようであった。 日本人の夫婦なのでガイドのインボデン氏もすぐに分かったのであろう、お互いにスムースに落ち合うことが出来た。 早速自己紹介をした後、「ソーリー、ウイー・スピーク・イングリッシュ・ワード・トゥ・ワード」と言うと、「ノー・プロブレム!」とニッコリ笑っていた。 長身でスマートな体格の氏はとても優しそうな感じであった。 氷河に出るトンネルの中を歩きながら雑談を交わしたところ、氏はガイド業はまだ5年目で、現在でも主な仕事はヘリコプターによる救助関係の仕事で医師の資格もあるということであった。

  トンネルを出ると期待どおりのアルプスの青い空と雪景色が待っていてくれた。 いよいよこれから2泊3日でフィンスターアールホルンを登ってグリムゼル湖まで縦走するツアーが始まるのだ。 眼前に広がるアルプスで最も長いアレッチ氷河を下るトレイルは意外と薄く、今週の入山者が少ないことを物語っているようだった。 アイゼンを着け、アンザイレンしてam9:15に出発する。 この時間帯にヨッホを出発するのはメンヒ(4099m)への日帰り登山をするパーティーが殆どで、アレッチ氷河を下るのはどうやら私達だけのようであった。 今日はこの長いアレッチ氷河を3分の1ほど下り、4つの氷河が合流するコンコルディアプラッツ(2750m)から左手の氷河(グリュネックフィルン)を辿り、グリュンホルンリュッケ(3286m)という峠まで登り返した後、再び今日の目的地であるフィンスターアールホルンヒュッテ(3040m)まで下る13kmほどのロングコースで、インボデン氏から6時間ほどの行程であるとの説明があった。 氏はヒドゥンクレバスを巧みにストックで探し当てながら慎重に氷河を下り、後続者のためにヒドゥンクレバスの横にストックで線を入れて印をつけていた。 穏やかな風貌の氷河であるが、実はクレバスが非常に多く、今月の初旬に国際山岳連盟の会長がコンコルディアプラッツ付近でクレバスに落ちて亡くなられた事故もあったらしい。 最後尾の私も充分に注意を払ってクレバスを越えたが、一度だけクレバスの縁の雪が崩れて腰まで落ちた。 右手には紺碧の青空の下にロートタールホルン(3969m)を従えたユングフラウが堂々とその雄姿を披露している。 30分ほど下ると傾斜が緩み、トレイルも安定してきたので、氏からアイゼンを外すように指示があった。 氏は周囲の山々を一つ一つストックで指しながら丁寧に山の名前を教えてくれ、また今後休憩したくなった時は声を掛けて下さいと言ってくれた。

  意外にもヨッホから1時間ほど下ると、氷河の上の新雪も少なくなり、所々で氷が露出していた。 高度計では2900m辺りである。間もなく左手におびただしい数の崩壊したセラックの残骸が現れ、その最奥に予定どおりの4日間の行程であれば今日登ることになっていたグロース・グリュンホルン(4044m)とその支峰のグリュネックホルン(3860m)の頂稜部が小さく見えた。 正面にはコンコルディアプラッツから双耳峰のフィーシャーガーベルホルン(3876m)が屹立し、右手から流れ込んでくる氷河(アレッチフィルン)の上にはアレッチホルン(4195m)が根張りの大きな図体で鎮座している。 予定どおりであれば昨日宿泊予定であったコンコルディアヒュッテが氷河から100m近く上の岩棚に小さく見えた。
  溶け出した氷河の水がクレバスの中を勢い良く流れている川が突然目の前に現れた。 川幅は2〜3m、深さは3〜4mといったところであろうか。 上流か下流のどちらかに行けばどこかに渡れそうな所はあるかもしれないが、その場所は全く予想がつかない。 迂回するデメリットが大きいと判断したインボデン氏が飛び越えられそうな所を探しながら行くと、川幅は変わらないが、向こう岸が1mほど低くなっている所があった。 妻は飛び越える自信がなくて嫌がっていたが、私は妻の運動神経なら大丈夫だと説得して、そこを飛び越えて渡ることになった。 まず氏が対岸に飛び移り、ザックを置いて空身になった妻が氏にザイルで引っ張られながら勢い良く飛び、対岸に倒れ込むように着地した。 妻のザックを対岸に放り投げ、私も飛び移ったが、地面の雪が固かったため着地の衝撃は想像以上に大きく、妻は足首を軽く捻挫してしまった。 しばらくするとまた小規模な水流が現れた。 先ほどのクレバスに比べれば全く問題ないと思ったが、傷めた足首をかばった妻が今度は着地に失敗し、さらに足首の捻挫を悪化させてしまった。 ゆっくり歩けば大丈夫とのことで、そのまま歩き続けたが、明日の登山が気掛かりだ。 二転三転している今回の登山は本当に何が起こるか分からない。

  ユングフラウヨッホを出発して2時間半ほどで、広さが4kuほどあるというコンコルディアプラッツに着いた。 この辺りではここ数日の新雪でかろうじて氷河に数センチの雪が積もっているが、その下には剥き出しとなった氷の上に細かな土砂が堆積し、雪が溶けたトレイル上は黒々としていた。 今日はヨッホからアルプスを代表するアレッチ氷河の核心部をトレースし、氷河の交差点であるコンコルディアプラッツまでの氷河歩きを充分に堪能することは出来たが、ここから下流に向かっては薄汚れた土砂で氷河は白い輝きを失い、全体が灰色となっていた。 以前から問題になっている地球温暖化による氷河の後退がとても深刻であることが痛々しいほど良く分かり、このままでは本当に雪を戴いたアルプスの美しい山の景観が無くなってしまうのではないかと思わざるを得なかった。 夏のユングフラウヨッホの展望台から黒々とした氷河が見える日もそう遠くないかもしれない。

  後退した氷河上にしばしば見られる“キノコ岩”(平たい岩の下の氷河が痩せて茎のように支えているもの)が散在し、そのうちの一番大きなものは積雪量を計る目安にされているとインボデン氏から説明があった。 また指呼の間となった頭上のコンコルディアヒュッテ(2850m)に登る稲妻型の鉄の階段が垂直の岩壁に何段も取り付けられているのが見えたが、100年以上前に山小屋が作られた当時は氷河と同じ高さにあったので階段は無かったとのことであった。 さらに氏から明日はあのヒュッテに泊まる旨の説明があったので、「私達はユングフラウヨッホへ戻るのではなく、オーバーアールヨッホ経由でグリムゼル湖までの縦走を希望しています。 その件については事前にAGに伝えてありますが・・・」と念のため申し出た。 すると意外にも氏からは「AGからはユングフラウヨッホへの往復ルートとして依頼を受けていますが、仮にそうでなくても現在はオーバーアールヨッホまでの氷河のコンディションが悪く、相当な困難が予想されるので全く勧められません」との説明があった。 楽しみにしていた縦走の計画が駄目になったばかりか、明日のフィンスターアールホルンの登山後に再びこれから登るグリュンホルンリュッケ(峠)を反対側から登り返してこのヒュッテまで戻ってこなければならないという非効率さには大いに不満であったが、今回の登山は本当に何が起こるか分からないので、氏の提案には素直に従うことにした。 また氏の説明では当初予定していたグロース・グリュンホルンはルートのコンディションが悪く多分まだ登れないとのことであり、言葉の障害があったにせよ、AGの担当者の説明と情報不足には閉口した。

  しばらく休憩した後、コンコルディアプラッツから標高差で500mほどのグリュンホルンリュッケを目指して登る。 雪は柔らかく傾斜も緩いのでアイゼンは着けない。 峠との間に一組のパーティーの姿が見えた。 フィーシュからアレッチ氷河を遡ってきたのであろうか?。 すでに正午となったが、幸いにも陽射しや照り返しによる暑さはさほどでもなく助かった。 後ろを振り返ると、アレッチ氷河を挟んでちょうどこちらと同じような傾斜の緩い氷河(アレッチフィルン)とその源頭部の峠であるレッチェンリュッケ(3173m)の眺めが良かった。 インボデン氏は妻の足を気遣い、勾配の緩い斜面をゆっくりとしたペースで登っていく。 峠までの道のりは飽きるほど単調であったが、その先に見える新鮮な風景を期待しながら登り続ける。 真後ろに見えるアレッチホルンもだいぶ遠くなってきた。

  途中2度ほど休憩したにもかかわらず、コンコルディアプラッツから2時間足らずで3286mのグリュンホルンリュッケに着いた。 峠からは雲一つ無い快晴の天気の中、いつもその頂稜部しか拝むことが出来なかった憧れのフィンスターアールホルンが真正面にその大きな山容を惜しみなく披露してくれ、私達を歓迎してくれた。 もちろん峠で腰を下ろし大休止となる。 憧れの山との対面で喜び勇んで写真を撮りまくっている私の傍らで、インボデン氏は双眼鏡で明日のルートの偵察を入念に行っていた。 そして冴えない表情で「トレイルは見当たらず、雪が多くて雪崩の心配がありそうですね。 いずれにしても明日は大変ハードな登山となるでしょう。 これから山小屋で情報の収集にあたりますが、登頂の可能性は低いでしょう」と私達に説明してくれた。 再び雲行きが怪しくなってきたが、もうここまでの過程で色々なことがあり過ぎたため、それほど動揺することもなかったが、むしろまだこれからも色々なことが起こるような予感がした。

  峠からは今日泊まるフィンスターアールホルンヒュッテも微かに見え、インボデン氏の話ではあと1時間ほどで着くとのことであった。 峠の反対側のフィーシャー氷河の方が標高が幾分高いせいか辛うじて氷河が白く見えた。 峠の先で休憩していた4人組の中高年の男女のパーティーの傍らを通り、30分ほど緩やかに下っていくと斜面が急になり雪が凍っていたので、少しの間であるがアイゼンを着ける。 峠からは標高差で300mほど下ってフィーシャー氷河に下り立つと、ようやく背後に大きくグロース・グリュンホルンの雄姿が望まれた。 少し斜に構えたような面持ちの個性的な山であった。 フィーシャー氷河を横断し、50mほど上の崖の岩棚に建っている山小屋へ取り付く岩場の前でザイルが解かれた。 アイゼンを外して岩屑の中の明瞭な踏み跡をひと登りし、pm3:00に山小屋に着いた。 結局出発点のユングフラウヨッホからは6時間弱の道のりであった。

  木造4階建ての山小屋は新しく、またそんなに登山者が来るのかと思われるほど大きかった。 AGのガイド登山では山小屋の宿泊代がガイド料金に含まれており、宿泊の手続きを終えたインボデン氏が私達の寝室を案内してくれたが、この山小屋ではガイドは別室ということであった。 山小屋は1階に石造りの、そして2階にも木張りの立派なテラスがあり、フィーシャー氷河を挟んだ山々の景観が素晴らしく、特にグロース・グリュンホルンの眺めが良かった。 寝室は独立した2段のスキーヤーズベッドになっていて、一室に12人が泊まれるようになっていた。 私達が到着した時はまばらであった宿泊客も最終的には30名近くになった。 この山小屋に泊まる人は殆どがフィンスターアールホルンの登山が目的であろうから、明日はそれなりに山は賑わいそうだ。 それとは逆に妻の足首の状態はあまり芳しくなく、氷河の歩行だけなら問題ないが負荷がかかる岩登りが辛いようで、明日の登山を半ば諦めた様子であった。 先ほどのクレバスを飛び越える際の私の判断ミスが原因で、妻には本当に申し訳ないことをしてしまった。

  着替えを済ませ、しばらく寝室で濡れたものを乾かしながら休憩した後、2階の食堂に行くと、インボデン氏が笑顔で「山小屋の主人の話では昨日登ったパーティーが1組あり、彼らは主稜線のコルであるフギザッテル(4088m)まで登り、ラッセルに疲れて引き返したが、雪崩の心配はなかったということでした。 また明日はスイス人のガイドが率いるパーティーが他に2組あり、そのうちの一人のガイドはルートを熟知している地元のフィーシュのガイドで、明日は彼が先行してくれるそうです。 また彼の話では恐らく登頂は可能であるとのことでした」と私に説明してくれたので、にわかに嬉しくなった。 宿帳には予想どおり日本人の名前は記されていなかったが、いつものように日本語で名前と住所を記帳し、この山深いヒュッテに足跡を残した。

  夕食はpm6:00から始まり、前菜が野菜入りのコンソメスープ、主菜は鶏肉・ジャガイモ・ニンジン・玉葱が入った煮物でデザートはフルーツポンチであった。 主菜の鶏肉の煮物は味付けもちょうど良く、お腹一杯に食べた。 夕食後はいつものように片言の英(単)語でインボデン氏と雑談を交わす。 氏は日本人のクライアントは初めてということで興味があったのか、珍しく氏の方から私達の年齢を訊ねてきたので、(日本でも若く見られるため)笑いながら答えたところ、やはり少し驚いた様子だった。 氏は現在38歳とのことであり、インターラーケンに奥さんとお嬢さん2人と住んでいるとのことであった。 ガイド業は夏山シーズンと冬のスキーシーズンのみで、以前からやっている救助関係の仕事の方が本業であるとのことであった。 残念ながら氏は日本に来られたことはなく、辛うじて富士山の存在だけは知っていたものの、日本の面積や人口については知らないとのことだったので、日本の地図をメモ帳に描いて九州の面積がスイスとほぼ同じであることや、人口はスイスの約16倍であることを教えてあげた。 氏の海外の登山経験は一度だけで、チベットのムスターグ・アタ(7546m)に公募登山隊のガイド兼医療班として登られたことがあるという。 来年はマッキンリーに同じようなガイドの仕事で行かれるとのことだったので、先々月に私が同峰を登った時の感動と感想を話した。 スイス国内で好きな山はマッターホルンとメンヒということであり、私達が過去2回お世話になった姓が同じイワン・インボデン氏とは年齢も近く、親しい間柄であるとのことであった。 氏から明日はam4:00から朝食をとり、準備が出来次第出発しますとの指示があり、pm8:00過ぎには床に就いた。


登山電車の車窓から見たグスパルテンホルン


登山電車の車窓から見たユングフラウ


ユングフラウヨッホの展望台から見たアレッチ氷河


ユングフラウヨッホの展望台から見たユングフラウ


ガイドのインボデン氏


アレッチ氷河を下る


アレッチ氷河から見たユングフラウ


アレッチ氷河を下る


アレッチ氷河から見たユングフラウ


コンコルディアプラッツの手前から見たアレッチホルン(4195m)


コンコルディアプラッツ付近から見た双耳峰のフィーシャーガーベルホルン(3876m)


溶け出した氷河の水がクレバスの中を勢い良く流れている川


キノコ岩


コンコルディアプラッツからグリュンホルンリュッケ(3286mのコル)を目指して登る


グリュンホルンリュッケへの登りから振り返り見たレッチェンリュッケ(中央奥のコル)    


グリュンホルンリュッケ


グリュンホルンリュッケの直下から見たフィンスターアールホルン


グリュンホルンリュッケから見たフィンスターアールホルン



フィーシャー氷河


フィーシャー氷河から見たフィンスターアールホルン


フィーシャー氷河から50mほど上の崖の岩棚に建つフィンスターアールホルンヒュッテ


新しく大きなフィンスターアールホルンヒュッテ


ヒュッテのテラスから見たグロース・グリュンホルン(4044m)


ヒュッテのテラスから見たヴァンネンホルン(左)とフィーシャーガーベルホルン(右の尖峰)


ヒュッテの食堂


メインディシュの鶏肉の煮物


  【フィンスターアールホルン】
  8月26日、am3:30起床。 高所順応のため水分を多めに取ったので夜中に2度もトイレに起きたが、熟睡は出来たので体調は万全である。 真夜中も今も空には星が見え、天気は予報どおり良さそうだ。 一方、残念ながら妻は長い帰路のことが心配なので大事をとって登らないとのことであり、私だけが登ることになってしまった。 私の判断ミスによる怪我なので、妻には申し訳ない気持ちで一杯だったが、このことが後で登頂を左右することになるとは知る由もなかった。 身支度を整え少し早めに食堂に行くと、すでにインボデン氏はテーブルにつき、「良く眠れましたか?」と相変わらず細かな気を遣ってくれた。 氏はいつも朝食をとらないとのことで少々驚いた。 am4:30には氏と共に外のテラスに出て、昨日の打ち合わせどおり地元のガイドパーティーが出発するのを待つ。 相変わらず満天の星空であり天気は申し分なかったが、生暖かい風が少し吹いているのが気掛かりだった。

  am5:00前、妻の見送りを受けて地元のガイドパーティーに続いて山小屋を出発した。 このパーティーのガイド氏とクライアントの2人は私と同じ位の年に見えた。 もう一組のガイドパーティーは少し遅れて出発するようであった。 一年ぶりにアルプスの山を登ることに対する独特の緊張感と、ルートのコンディションに対する不安感、ようやく山に登れることになった喜び、憧れの山に対する期待感が相互に入り混じった何とも言えぬ複雑な気分で山小屋の裏手のアルペンルートをヘッドランプの灯を頼りに登っていく。 外国人とはいえ3人パーティーの後なのでペースは速くもなく、まるで5人のパーティーで登っているような感じがする。 所々にケルンの積まれたアルペンルートの登りは非常に快適で、45分ほどで氷河の取り付きに着いた。 ここでアイゼンを着けてアンザイレンしたが、もう一組のガイドパーティーを待っているのか、地元のガイドパーティーはなかなか出発せず、10分以上も休憩することになった。 休憩している間に他のガイドレスのパーティーも次々に取り付きに着いた。 インボデン氏が何度も苦しそうな深い咳をしていたので、「大丈夫ですか?」と声を掛けると、意外にも顔を横に振りながら、「ノー・グッド(体調が悪い)」と屈強なガイドらしからぬナーバスな表情をあらわにした。 朝食をとらなかったのは、体調が悪かったためであろうか?。 私も過去に何度か突然体調が悪くなる経験をしたことがあるので、今はただ氏の体調が良くなることを祈るしかなかった。

  ようやく地元のガイドパーティーが腰を上げ、再び先頭で氷河を登り始めた。 まだ気温が低く雪も締まっているので、アイゼンの爪を利かせながら少し速めのペースで登っていく。 予想以上にクレバスの多い斜面を30分ほどジグザクを切って登ると、後続のパーティーのヘッドランプの灯はかなり下方になった。 間もなく夜が白み始め、フィーシャー氷河越しに山々の輪郭がはっきりと見え始めた。 これからアルプスの素晴らしい夜明けのドラマが始まるのだ。 しかしながら今日は少し薄雲が広がり、全くの快晴という感じではなかった。 氏は相変わらず登りながら苦しそうな咳をしている。

  取り付きから下部の氷河を淡々と休みなく1時間ほど登ると、氷河上を顕著な岩稜が横切り、岩が露出しているフリューシュテュクスプラッツ(朝食場/3616m)という所に着いた。 昨日インボデン氏がここから先のしばらくの区間が一番の危険地帯だと言ってた場所である。 氏は相当具合が悪いのか、私に何も説明することもなく岩の上に座り込み苦しそうな深い咳をしていたので、再び「大丈夫ですか?」と声を掛けて氏を気遣うが、細かな説明をしても私が理解出来ないことは分かっているので、頭を垂れたまま顔を横に振るだけであった。 地元のガイドパーティーのクライアントもその状況を見て、心配そうに氏に声を掛けていた。 一方、地元のガイド氏はインボデン氏と言葉を交わすことはなかったが、今度も10分ほどここでゆっくりと休憩していた。図らずも周囲の山肌が朝焼けに染まり始め、感動を味わいながら写真を撮ることが出来たが、氏の体調のことがとても心配である。 最悪の場合氏は自ら下山を決断するかもしれない。 この先のルートのコンディションよりもそのことの方が気掛かりであった。

  間もなく若者2人組のガイドパーティーと4人組のガイドパーティーが相次いで追いついてきた。 打ち合わせどおりなのか、若者2人パーティーは殆ど休憩せずに今度は先頭で登り始め、その後を4人パーティーが続き、私達“5人パーティー”はその後に続いた。 周囲が明るくなってきたのでルートの状況が良く分かる。 意外にも朝食場の先の新雪は数10cmほどで大したことはなく、先行パーティーのラッセルにも助けられて殿の私は全く快適だった。 しばらくすると先行していた4人パーティーが立ち止まっていた。 どうやらそのパーティーの一人の女性に何かアクシデントがあったらしく、一人が連れ添って下山していくところであった。 今日の状況では下山していく彼女らの姿に自分たちの姿をダブらせずにはいられなかった。

  朝食場から30分ほど登ると、先行していた若者2人パーティーが休憩していた。 その先には大規模なデブリ(雪崩の跡)が見られ、その手前でトレイルは無くなっていた。 おそらく昨日登ったというパーティーはこの先のフギザッテル(4088m)ではなく、ここで引き返したのであろう。 高度計の標高はまだ4000mに達していなかった。 これも打ち合わせどおりなのか、再び地元のガイドパーティーが先行し、私達のパーティーが小判ザメのようにぴったりと後ろから続くことになった。 先頭の地元のガイド氏が一人でラッセルを続けているためペースは必然的にゆっくりであり、爽やかな朝の山々の景色を堪能しながら所々で写真を撮る。 山小屋からは見えなかったグロース・フィーシャーホルン、ユングフラウ、アイガー、そしてアレッチホルンの山頂も見え始めた。 しばらくするとインボデン氏は自分の体調を考えてのことであろうか、地元のガイドパーティーに追従することなく、自分のペースで登っては立ち止まって休憩し、前との差が開いてくるとまた自分のペースで登るという方法に切り替えた。 「頑張れ!、頑張れ!」と心の中で氏を応援する。 叶うことなら元気な私が氏と代わってあげたいと思った。 そんな登り方を繰り返しながら次第に傾斜を増してくる雪面を登り続けていくと、ようやくフギザッテルと呼ばれる主稜線上のちょっとした鞍部が上方に見えてきた。 ザッテルは風の通り道となっているのであろうか、風が急速に強まり始めた。

  am8:10、山小屋を出発してから3時間半ほどでフギザッテルに着いた。 ザッテルからは、こことほぼ同じ高さのシュレックホルンとラウターアールホルンの頂が眼前に迫り、その荒削りで堂々とした雄姿に思わず気持ちが昂った。 稜線の向こう側には朝陽が当たっていたが、ザッテルには5mほどの風が断続的に吹いていて休憩には向かなかった。 本来であればインボデン氏から「あと1時間ほどで山頂ですよ!」と標高差200m足らずとなった右手の岩稜を見上げながら説明があるところであろうが、体調不良でまるで別人のようになってしまった氏は、真っ先にザックを下ろし、その上にしゃがみ込んだまま動かない。 再び絞り出すような苦しそうな咳を何度かした後、意外にも氏は私に「水を貰えませんか?」と言ったので、お腹の調子が悪いのなら温かい紅茶の方が良いと思いテルモスを差し出すと、何故か氏は水の方が良いというので、水筒のスポーツドリンクをあげたが、氏は水筒を忘れてしまったのであろうか?。 「具合はいかがですか?」とまるで反対の立場になったように氏に声を掛けると、先ほどよりもさらに精彩を欠いた表情で「事態は深刻です」と一言だけ呟いた。 もしこのような状況にパートナーである妻や友人がなった場合、その進退については本人に決めてもらう以前に下山を勧めるに違いないが、氏はプロのガイドであり、また医師の資格もあるということなので、私からはそれ以上の余計なことは言わずに氏の判断に委ねようと思った。

  頂上に続く痩せた岩稜には新雪がべったりと付いていて、ミックスの状態となっていた。 雪がなければアイゼンを外して快適な岩稜登攀となるのであろうが、今日のようなコンディションでしかも風が強いと、何度も登頂経験のある地元のガイド氏でもルートファインディングが大変だろう。 ここでもやはり10分ほどの長い休憩をした後、地元のガイドパーティーがミックスの岩場に取り付いた。 私達もてっきりその後に続くのかと思ったところ、インボデン氏は若者2人パーティーに先に行ってもらうようにしたので、私達が3番手となった。 後続のパーティーは、まだザッテルまで上がって来ていなかった(結局他のパーティーは全てザッテルで引き返した)。

  主稜線の岩場に取り付くと、下から吹き上げてくるような風は一段と強まり、時折10m以上の突風が吹くこともあった。 地元のガイド氏が試行錯誤しながら脆い雪面にルート工作を施して、2人のクライアントとはスタカットで登り、若者2人パーティーと私達がその後をスピーディーにコンティニュアスで続く。 インボデン氏は余裕が無いのか、私を信頼しているのか、一度たりとも後方を振り返ることはなかった。 私もこれに応えるべく全神経を遣い、絶対にザイルにテンションをかけないように努めた。 長い時には10分近くも風の寒さに震えながら待たされることもあり、僅か200m足らずの登攀は遅々として捗らない。 立っているだけが精一杯の痩せた岩稜なので、ザックに入った薄手のダウンを着ることも出来ず、オーバー手袋をしている指先も冷たくなってくる。 待っている間は常に深呼吸を行って血中酸素濃度を増やし、体内から冷えきった体を暖める努力をした。 私がこんな状態であるから、衰弱している氏はもっと大変に違いない。 ここは氏と共に頑張るしかない。 憧れの頂はもうすぐそこだ。 地元のガイド氏のルート工作に痺れを切らした若者2人パーティーが尾根上にルートを求めて途中から別れたが、風の強さもあって途中で行き詰まってしまい、再び私達の後について登ることになった。 ザッテルから山頂までは1時間もあれば充分だと思っていたが、もうすでに1時間半以上が経過していた。 足下には登頂を諦めてザッテルから下っていくパーティーの姿が見える。

  不意に地元のガイド氏がインボデン氏に何やら大声で叫んだ。 ドイツ語であったが、その状況から話の内容はすぐに汲み取れた。 氏はあらためて私に「あと僅か30mほどで山頂ですが、山頂付近の雪の付き方が非常に危険で、ここから上へは登れません。 大変残念ですが、今日はこの地点を山頂とします」と丁寧に説明してくれた。 いつもであれば冷静さを失うところであるが、今回の登山については大雪のため日本を出発する前から困難が予想され、かつ、こちらに来てからの悪天候、ガイドの手配ミス、下山ルートの相違、ルートのコンディションの不明瞭さ、昨日の妻の怪我、そして今日の氏の突然の体調不良と色々な出来事があり過ぎたので、すでに心の準備は出来ていた。 「サンキュー・ベリー・マッチ!、ユー・アー・グッ・ガイド!、ここまで良く頑張った!!」。 私の山頂に対する強い憧れを何とか叶えようと、体を張ってここまで導いてくれた氏と力強く握手を交わし、肩を叩き合って感謝の気持ちを伝えた。 今日の山頂には360度の展望も十字架もなかったが、今の私にとってそれらは全く不要であった。 なぜならそこはどんなに優れたカメラでも写すことの出来ない心の頂だったからである。 氏にとっても忘れることの出来ない頂となったに違いない。 am9:50、私は憧れのフィンスターアールホルンの山頂に辿り着いた。 ベルナー・オーバーラント山群の最高峰の頂からはユングフラウ、メンヒ、アイガーの三山はもちろんのこと、グロース・フィーシャーホルン、ヒンター・フィーシャーホルン、グロース・グリュンホルン、シュレックホルン、ラウターアールホルン、アレッチホルンの全ての4000m峰が見渡せ、東の方角には当初下山ルートとして予定していたオーバーアール湖とグリムゼル湖が並んで見えた。 それとは反対に山深さのゆえ、麓の町や人工物は一切見えない。 唯一残念だったのは足下から流れ出すフィンスターアール氷河がアレッチ氷河以上に痩せ細り、黒ずんでいたことだった。 すでに眼下となったシュレックホルンを背景にしてインボデン氏に記念写真を撮ってもらい、僅か数分で二度と訪れることは叶わないであろう想い出の頂を後にした。

  体調の悪いインボデン氏を気遣い、後方にいた若者2人パーティーが先を譲ってくれた。 後ろから氏に確保はされているが、氏への負担をかけないように先ほど同様全神経を集中させ、単独行のつもりで慎重かつスピーディーに痩せ尾根を一目散に下る。 結局私達を含む3パーティー以外は全てフギザッテルから引き返し、後から登ってくるパーティーは無かった。 僅か30分ほどでフギザッテルに到着し、再び氏にスポーツドリンクを飲ませると、先ほどよりも幾分体調が良くなったようであった。 相変わらず風の収まらないザッテルで10分ほど行動食を食べながら休憩し、ようやく下ってきた若者2人パーティーと入れ替わりにザッテルを出発した。

  フギザッテルまで登って引き返した後続のパーティーによって明瞭に刻まれたトレイルを、私が先頭になって駆け降りるように下る。 高度を下げることが氏にとって一番の薬だからだ。 あっと言う間にフリューシュテュクスプラッツ(朝食場)を通過し、さらに柔らかくなった雪面を休まずに下り続け、フギザッテルから僅か1時間10分でアルペンルートの取り付きまで下った。 足首を痛めているため、取り付きに妻の姿はなかった。 ここは山小屋よりも開放感があり、山々の展望が良いため、先に下山した何組かのパーティーが思い思いに寛いでいた。 そのうちの一人から「頂上まで行かれたんですか?」と訊ねられたので、「そうです!、この素晴らしいガイドさんに連れていってもらいました!」と誇らしげに答えた。 「コングラチュレーションズ!」。 「サンキュー!」。 このやり取りを聞いて、曇りがちだったインボデン氏の表情が少し明るくなったことを肌で感じた。

  取り付きからはフィーシャー氷河越しに見たグロース・グリュンホルンがとても立派に見えた。 4000m峰であるが周囲を高峰に囲まれているため、グリンデルワルトからはもちろん、ユングフラウヨッホからもバッハアルプゼーからも見ることが出来ない奥ゆかしい山だ。 今日これから登り返すグリュンホルンリュッケが目線の高さに見える。 アイゼンを外して、ザイルが解かれた。 ザイルを束ねているインボデン氏を待たずに妻の待つ山小屋へと下る。 山小屋から取り付きまでのアルペンルートは、良く踏まれた明瞭なトレイルであることが分かった。


出発前にヒュッテのテラスでインボデン氏と


フリューシュテュクスプラッツ(朝食場)から見た朝焼けの空


フリューシュテュクスプラッツ(朝食場)から見たフィンスターアールホルンの山頂


フリューシュテュクスプラッツ(朝食場)からフギザッテルへ


フギザッテルへの登りから見たグロース・グリュンホルン(左)とグロース・フィーシャーホルン(右)


フギザッテルから辿ってきたルートを見下ろす(右下に後続のパーティー)


フギザッテルから頂上に続く痩せた岩稜


山頂への登りから見たフギザッテル(左下に後続のパーティー)


強風のため山頂への登攀は遅々として捗らない


山頂への登りから見たシュレックホルン


山頂への登りから見たユングフラウ(中央左)とメンヒ(右)


山頂への登りから見たアレッチホルン(中央奥)


フィンスターアールホルンの頂稜部


山頂直下の最終到達地点


今日のフィンスターアールホルンの山頂


山頂からはフィンスターアール氷河の先にオーバーアール湖とグリムゼル湖が並んで見えた


フリューシュテュクスプラッツ(朝食場)から見たフィンスターアールホルンの山頂


フリューシュテュクスプラッツ(朝食場)から見たフィーシャー氷河


フィンスターアールホルンヒュッテ付近から見たグロース・グリュンホルン


  正午ちょうどに妻に出迎えられて山小屋に到着。 早い時間帯から何組ものパーティーが戻ってきたので、昨年のドロワット登山のように、私達も途中で引き返してくるのではないかと気を揉んでいたとのこと。 詳しい経緯は後回しにして、とりあえず登頂出来たことだけを報告した。 インボデン氏にあらためてお礼を述べ、再び固い握手を交わす。 氏もだいぶ元気になったようで安堵した。 妻は今回思わぬ怪我で登る機会を失ったが、仮に妻が今日一緒に登っていたとしたら、氏は他の殆どのパーティーと同様にフギザッテルで引き返したかもしれないので、運命とは本当に不思議なものだ。 早速登頂祝いの杯を上げたいところであったが、氏はまだアルコールは駄目とのことで、昼食にスイスの家庭料理であるレシュティを注文した。 ソフトドリンクで乾杯した後、陽当たりの良いテラスでレシュティを食べながら、今日の登山の一部始終を妻に話した。 食後は氏が少しだけ休みたいというので、妻が氏に征露丸を飲ませ、その間に私達も荷物の整理をして出発の準備をする。 出発前に氏はザックから水筒を取り出し、中身の紅茶を捨てていた。 氏の話では、腹痛の原因は紅茶に雑菌が入っていたからとのことであった。 私は食堂のテーブルに置いてあったポットから紅茶を入れたが、氏は外のテラスに置いてあったポットから入れたようであった。

  pm1:20、週末で遊びに来ていた山小屋の管理人の家族に見送られ、今日の宿泊地となるコンコルディアヒュッテへと出発する。 往路と同じく平坦なフィーシャー氷河を横断してから急な斜面の前でアイゼンを着け、グリュンホルンリュッケ(峠)を目指して登る。 昨日は綺麗に見えたフィーシャー氷河も丸一日で表面の新雪が溶け、黒い土砂がだいぶ露出していたのでがっかりした。 征露丸が効いたのかインボデン氏もすっかり回復し、妻の足首も雪の斜面の登りであれば問題なさそうで安堵した。 午後に入り、気温の上昇と照り返しによる暑さを心配したが、すでに上空には天気の崩れを告げるような薄雲が湧き始め、時折陽射しを遮ってくれたので助かった。

  pm2:00ちょうどにグリュンホルンリュッケに到着。 昨日の快晴無風の穏やかな峠とは違い、今日は冷たい風が強く吹いていたので、氏は休まずにそのまま峠を乗越して下りに入った。 私はそう簡単にフィンスターアールホルンと別れることは出来ないので、手元のザイルを緩め、後ろを振り返りながら何枚も想い出の山の写真を撮った。 風の弱まった所まで下って休憩となる。 ここからは下りとなるが、雪が柔らかく傾斜も緩いのでアイゼンを外す。 眼下に見えるアレッチ氷河(コンコルディアプラッツ)も、やはり昨日より一段と黒さを増していることが目の悪い私にさえ良く分かる。 このまま地球温暖化による氷河の後退が進めば(たぶん進むのであろう)、数10年後にはコンコルディアプラッツは土砂に埋もれてしまうかもしれない。 ここ数年様々なアルプスの氷河を見てきたが、これほどまでに痛切に氷河の後退を感じたことは今まで無かった。 近年アレッチ氷河はユネスコの世界(自然)遺産に登録されたが、この先どうなってしまうのだろうか?。

  グリュンホルンリュッケから1時間足らずでグリュネックフィルン(氷河)を下り、4つの氷河の十字路であるコンコルディアプラッツの端に着いた。 途中ですれ違ったパーティーは皆無だったので、明日フィンスターアールホルンに登るパーティーはいないのかもしれない。 溶けた新雪が幾筋もの小川を作ってさわさわと足元を流れている。 見上げれば氷河から100mも上の急な崖の上にコンコルディアヒュッテが小さく見え、垂直に近い岩壁に稲妻型に鉄の階段が取り付けられている。 何も知らないでここを訪れた人は、“何故あんなへんぴな場所に山小屋を建てたのだろう”と不思議に思うだろう。 階段の下でザイルが解かれ、滑り止めのゴムがついた立派な鉄の階段を登る。 階段の所々に、『19○○年にはこの高さまで氷河があった』という説明板がついているのが興味深かった。

  pm4:20、コンコルディアヒュッテに到着。 長い一日の行動が終わった。 朝夕の景色が素晴らしいと評判のこの山小屋には以前から興味があったので、今回の計画の変更もその点では嬉しかった。 ただ肝心の天気が下り坂であることが惜しまれる。 今日も宿泊の手続きをインボデン氏にやっていただく。 氏に案内された部屋は山や氷河の景色が見える表側の良い部屋であった。 今にも雨が降り出しそうな曇り空であったが、部屋の窓からはユングフラウが辛うじて見えた。 しかしそれ以上に足下に広がるアレッチ氷河(コンコルディアプラッツ)の土砂による汚れが目についた。 シーズン中にはここに一泊してアレッチ氷河を下る人が大勢いるので、2階建ての山小屋は近年増築されたようだったが、シーズンも終盤となり天気も下り坂なので、宿泊客は少なめだった。 2段ベッドで24床のベッドスペースのある部屋も、今日は私達だけで貸し切りであった。 

  pm6:30から始まった夕食はトマトソース仕立てのスープ、生野菜の盛り合わせの前菜に続いて、ジャガイモの入った私の好物のカルボナーラのペンネで、昨日以上にとても美味しかった。 デザートは生クリームが乗ったプリンで、お腹は満腹になった。 夕食後インボデン氏に今日とても気になった氷河の後退についての話を向けると、やはり私以上に氏やガイド仲間は勿論のこと、国家的にもこの問題については大変な危機感を持っているとのことであった。 その話を聞いて余計この問題については、帰国後も各方面に投げかけていきたいと思わずにはいられなかった。 昨日と今日撮った写真をデジカメの液晶画面で氏に見せると、その枚数の多さに驚いていた。 余談であるが、氏の話では現在山岳ガイドになるためには3年の研修期間が必要とのことであり、試験で選考された同期生85名のうち最終的に残ったのは21名しかいなかったとのことであった。 外の風景は相変わらずで、とうとう楽しみにしていた夕焼けの空は見られなかった。 明日はそれほど急ぐ必要はないので、朝食はam6:00からにしますと氏から指示があった。 明朝は素晴らしい朝焼けの景色が見られるだろうか。


登頂後にヒュッテのテラスでインボデン氏と


昼食のレシュティ


フィーシャー氷河を横断してグリュンホルンリュッケ(峠)に向かう


グリュンホルンリュッケへの登りから見たフィンスターアールホルン


グリュンホルンリュッケからコンコルディアプラッツへ


崖の上に建つコンコルディアヒュッテへは垂直に近い岩壁に稲妻型に鉄の階段が取り付けられていた


改築された新しいコンコルディアヒュッテ


ヒュッテの寝室


ヒュッテの食堂


食堂に飾られたグリンデルワルトのガイドの写真


ヒュッテの足下に広がるアレッチ氷河は土砂による汚れが目についた


メインディシュのジャガイモの入ったカルボナーラのペンネ


  8月27日、am5:30起床。 まだ暗い食堂はガランとして誰もいなかったが、今朝この山小屋からグロース・グリュンホルンに向かったパーティーはいるのであろうか?。 朝食は他の山小屋と同様に簡素なものであったが、急ぐ必要は全くないので、いつもは飲まないコーヒーを飲んだりしながらゆっくりと食べる。 インボデン氏が隣のテーブルにいた恰幅の良いカーリー・コープウェル氏という方を紹介してくれた。 同氏はインボデン氏が以前ムスターグ・アタにガイドで行った時の公募登山隊の隊長で、エベレストには3度の登頂経験があるとのことであり、念のため?氏の名刺を頂いた。 残念ながら天気は昨夜と同じ曇天で、朝焼けの景色も見られなかった。 周囲が暗いと氷河の色が一層黒く見える。 天気が良く、妻の足も大丈夫であれば、目の前のアレッチフィルン(氷河)を遡り、アレッチホルン登山のB.Cとなるホランディアヒュッテ(3238m)の建つレッチェンリュッケ(峠)まで登り、レッチェンタール(谷)へ下って帰ることを氏に提案しようとも思ったが、この空模様ではいつ雨や雪が降ってきてもおかしくないので、潔く諦めることにした。

  am6:40、ヒュッテを出発。 昨日数えた432段の階段を下り、土砂で汚れた氷河へと降り立つ。 傾斜は緩いが足元の氷が滑るので、アイゼンを着け、アンザイレンする。 ゴールのユングフラウヨッホまでの標高差は約800mで、距離は約8km、インボデン氏の話では4〜5時間かかるとのことであった。 氷河上は暑くもなく寒くもなく快適だ。 しかしながら天気は生憎の曇天で、周囲の山々の頂稜部は全く見えない。 当初の予定どおりフィンスターアールヒュッテに連泊し、無理してオーバーアールヨッホ経由でグリムゼル湖へ縦走してもこの天気では楽しくなかったかもしれない。 一昨日妻が怪我をしたクレバスは渡れないので、氷河の左岸(右側)沿いに1時間ほど歩き、水源となっている大きな水溜まりをモレーンの斜面を高巻いて迂回する。 氷河上に赤茶けた雪が見られるようになると、氏はサハラ砂漠の砂が風によって運ばれたものですと説明してくれた。 天気が悪いこと以外は急ぐ理由はないので、氏は1時間毎に休憩時間を作ってくれる。 山小屋を出発して2時間ほどでヨッホの展望台が見えてきたが、歩いても歩いてもなかなか近づいてこない。 時折背後の雲間から青空が覗き、天気の回復に期待がかかるが、なかなか思いどおりにはならない。 天気が下り坂なためか、ヨッホから下ってくるパーティーは数えるほどしかなかった。 昨日フィンスターアールホルンに登った若者2人パーティーが私達とは違うトレイルを辿って登り、あっという間に追い越していった。

  am11:00、コンコルディアヒュッテから4時間20分でユングフラウヨッホの展望台の入口のトンネルの前に着いた。 ザイルが解かれ、フィンスターアールホルンへの登山ツアーは意外な形で終了した。 近くにいた日本人の観光客の方にインボデン氏との記念写真を撮ってもらう。 お腹の調子も良くなった氏を昼食に誘い、展望台のセルフサービスのレストランでランチとする。生憎の天気で硝子張りの大きな窓からはユングフラウは見えない。 先日そのユングフラウでスイスの軍隊の兵士6名が訓練中に雪崩で亡くなられた話題を氏に向けると、何とそのうちの2人が氏の友人であり、氏も救助と捜索活動をしたが、大変辛かったとのことであった。 氏は明日はロッククライミングのガイドをされるとのことであったが、やはり天気は下り坂であるとのことであり、またその後も天気は悪そうで、今シーズンはシュレックホルンは無理かもしれないとアドバイスしてくれた。 氏に今回撮った写真をメールで送る約束をし、感謝の気持ちを込めて50フランのチップを手渡した。 もちろん再会を誓い合って固い握手を交わす。 レストランで氏と別れ、天気の回復を待ちながらしばらく土産物などを物色して時間をつぶすが、この天気ではなす術もなく、pm0:45の登山電車に乗って帰路につく。 今回を含めて4回も訪れた想い出の多い展望台であるが、もう訪れることはないかもしれない。

  pm2:30にグリンデルワルトに到着。 AGに立ち寄り天気予報を見るが、インボデン氏が言ったとおり、明日から3日間は雨模様だった。 残念だが今シーズンはこれで終わったのだ。 クリスチャンさんに簡単な登頂報告をし、今シーズンは一応シュレックホルンは諦める旨を伝えると、彼もその方が賢明であるとのことであった。 アパートに帰り、お風呂に入ってからベランダで寛いでいると、意外なことに急速に青空が広がり始めた。 急いでカメラを持って坂の上の教会まで行き、ちょうど良い角度で見えるグロース・フィーシャーホルンの写真を撮る。 夕食もベランダで夕焼けに染まるアイガーとグロース・フィーシャーホルンを眺めながら作り置きのカレーを食べたが、明日の悪天が信じられないほどの良い天気になった。 日没後にはミッテルレギヒュッテの小さな灯も見えた。


早朝のコンコルディアヒュッテのテラス


ヒュッテから土砂の堆積した氷河へ432段の階段を下る


コンコルディアプラッツでは何度もクレバスを迂回しながら進む


頭上のユングフラウヨッホの展望台は歩いても歩いてもなかなか近づいてこない


曇天のアレッチ氷河


ユングフラウヨッホの展望台


ユングフラウヨッホの展望台の入口


  【レッチェンタール】
  8月28日、am6:00起床。 昨夜の好天が嘘のように、未明から雨がしとしと降っている。 もし当初の計画どおりだったら今日がシュレックホルンの登山日だったかもしれないので、この天気を見て逆に安堵した。 天気予報を見ながら今日のハイキングの計画をするが、午後からも雨が降るという予報だったので、とりあえず電車を使って遠出することは止め、近場で行動することにした。 念のためAGへ行き、クリスチャンさんに明後日とその翌日の山の天気をネットで見てもらったが、やはりあまり良くないようだ。 クリスチャンさんからも、あと3日の滞在日ではシュレックホルンは無理だと言われた。 参考までにこの週末でシュレックホルンに登った人がいるかを訊ねてみたところ、AGのガイドパーティーは誰も登っていない(行っていない)が、ガイドレスで登ったパーティーがいるという情報をAGでは確認しているとのことであった。

  AGからアパートに帰ると雲間から青空が覗いてきたので、過去の滞在時にはいつも訪れているお気に入りのバッハアルプゼー(湖)付近の散策に出掛けることにした。 ゴンドラでフィルストの展望台に上がれば、湖まで1時間足らずの行程である。 am9:30にアパートを出発。 シュレックホルンとフィンスターアールホルンの2つの目標の山に登り、下山後にその山を湖畔から眺めるという当初の目論見どおりにはいかなかったが、初めてこの2つの山を眺めた想い出の場所には自然と足が向いてしまうものだ。 生憎の曇天であったが、起点となるフィルストの展望台までゴンドラで上がってこられるため、バッハアルプゼーへのトレイルにはハイカーや観光客の姿が多い。 天気予報が良い方に外れることを期待していたが、フィルストの展望台から間近に望むヴェッターホルンの山頂には不気味な笠雲が取り付き、天気の更なる悪化を告げていた。 シュレックホルンの頂は雲の中で、一番奥のフィンスターアールホルンなどは全く望むべくもなかったが、上空の雲の流れが速いため、見えるチャンスはありそうだった。

  車道のように幅の広い緩やかな湖までのトレイルを、まだまだ豊富に咲いている高山植物を愛でながらのんびりと歩く。 先ほどまで薄日が射していたのも束の間、周囲が急に暗くなり始め、湖の手前で雨が激しく降り出した。 湖畔の避難小屋の中は鈴鳴りの賑わいだったので、少し離れたトイレの庇の下で傘を差して雨宿りをする。 20分ほど夕立のような激しい雨が降った後は、モノトーンの世界ながらも待望のフィンスターアールホルンやシュレックホルンが雲の中から顔を覗かせてくれた。 その頂に立ってもフィンスターアールホルンの神々しさは変わることなく、またシュレックホルンの偉大な存在感は一層大きくなったような気がした。 ちょうど正午になったので、山々を眺めながら湖畔でランチタイムとした。

  午後は湖畔から前回の滞在時に行った主脈上のファウルホルン(2681m)に登ろうか、湖畔の傍らに屹立するロートホルン(2757m)の山腹を周回するトレイルに行こうか迷ったが、今の空模様を考えるとあまり高い所へ行く気にはなれず、後者を選択した。地図を見るとこのトレイルはロートホルンの山腹を辿りながら、起点のフィルストのみならず、他の幾つかの登山口にも通じているので、ハイカーの姿も前後に散見される。 しばらく緩い上り坂のトレイルを辿っていくと再び雨が降ってきた。 間もなくユニークな形をした岩のオブジェが無数に散在しているこのトレイルの最高点の峠のような所に着くと、小さな避難小屋があり、その裏手から地図には載っていない一筋の薄い踏み跡が山頂方面へと延びていた。 “もしかしたらこの踏み跡はロートホルンへの登山道かもしれない”と期待し、試しに少し辿ってみることにした。 間もなく踏み跡は獣道ではなく、明らかにトレイルであることが分かり、意外な発見に喜びを覚えた。 pm5:00のゴンドラの最終に間に合うかどうか心配だったが、未知への興味が優先し、先へ先へと登っていった。 もちろん私達以外は誰もいない。 このまま行けばあと1時間足らずで山頂に着けそうな、ちょっとした広場のような所でトレイルは消えたが、あとは顕著な尾根上を辿って行けば何とかなりそうだったので、そのまま登り続けた。 人も獣も歩いた形跡の無い痩せ尾根を登っていくと、おびただしい数の桔梗の群落で覆われた展望の良い小ピークに辿り着いた。 ピークの向こう側は切り立った崖となっていて下降には危険と時間がかかりそうであった。 またその先のコルから山頂へのトレイルも無いことが分かり、潔く登頂を断念することにした。 期待が外れて残念であったが、この小ピークからの展望はすこぶる良く、遠くブリュムリスアルプ連山まで望むことが出来た。

  pm2:30を過ぎてしまったので、早々に下山にかかる。 しばらくすると再び雨が降り出し、先ほどと同様に湖の手前で雨足が強くなった。 雷が鳴り、風も急に強くなって、とうとう傘の骨も折れてしまった。 運動靴に短パンという軽装の観光客は山の天気の急変に干上っていた。 ますます雨足が強まる中、ゴンドラの最終が迫ったフィルストへと急ぐ。 すでに山々の展望は無くなっていたので、何の未練もなく早々にゴンドラに乗り込み、買い物もせずにそのままアパートに帰る。 夜の天気予報ではやはり明日は雨。 しかも大雨洪水警報が出されていた。 山はおろか交通機関への影響がないかを懸念する。 2年前のシーズ中にグリンデルワルト周辺では線路が流されたり、停電があったことが思い出された。


フィルストの展望台へのゴンドラ乗り場


フィルストの展望台付近から見たロートホルン(2757m)


バッハアルプゼー(湖)付近のお花畑


バッハアルプゼー


ロートホルンへの登りから見たシュヴァルツホルン(右)とバッハアルプゼー


ロートホルンへの登りから見たヴェッターホルン


雨のバッハアルプゼーから見たフィンスターアールホルン(右奥)とシュレックホルン(左)


  8月29日、am6:30起床。 予報どおりの破天荒で朝から雷が鳴り、雨が降っている。 今日はどこにも出掛ける気がしない。 天気予報を見ると、各観光地の最高気温も10℃に届かず、室内も先週のように寒々としてきた。 山に登れる希望もなくなったことが、寒さに拍車をかける。 午前中私は今日までの日記を綴り、妻は友人への手紙を書いて過ごす。 今日も広いアパートの空間が有り難く感じる。

  午後に入ると一時的に雨が降り止んだので、アパートから歩いて20分ほどの所にある『グレッチャーシュルフト』という氷河によって浸食された観光名所の渓谷を見に行く。 @7フランの入場料を支払って施設の中に入ると、入口のすぐ脇にはこの付近で以前沢山取れたらしい水晶の展示室があった。 外も肌寒いが渓谷内はさらに冷たい風が吹き下ろし、一気に体が冷える。 氷河で削られた渓谷は幅が30〜40m、高さが100mほどの垂直の絶壁に囲まれて延々と続き、オーバーハングした岩壁の上部は一部がまるで接しているかのよう狭まっている。 白濁した氷河の流れは轟音を響かせながら一気に渓谷内を駆け抜けていく。 その迫力はまさに“百聞は一見にしかず”といった諺どおりで、先日行ったトゥリュンメルバッハの滝が垂直の造形美であるのに対し、この渓谷は水平の造形美を誇ってた。 入口付近にはバンジージャンプの飛び込み台が頭上に見られ、少々興ざめであったが、左岸の岩壁をくり抜いたり、足場を取り付けたり、トンネルを掘ったりして巧妙に作られた遊歩道が1キロほど先まで続いていた。 以前ツェルマットでも同じような渓谷を鑑賞したことがあったが、こちらの方が断然良かった。 トゥリュンメルバッハの滝に比べて観光客は遙に少なかったが、遊歩道の終点まで往復して渓谷を出ると、意外にも入口にあるレストランは料理が旨いのか、とても盛況であった。

  1時間ほどで渓谷の散策は終わったが、どこにも寄り道せずにそのままアパートに戻る。 明日の計画を練るが、天気が悪過ぎて妙案が浮かばない。 夕食後は再び雷が鳴り、土砂降りの雨となった。 天気予報ではやはり明日も雨のようだった。


『グレッチャーシュルフト』という氷河によって浸食された観光名所の渓谷


施設の入口のすぐ脇にある水晶の展示室


垂直の絶壁に巧妙に足場を取り付けて作られた遊歩道


垂直の絶壁に囲まれた渓谷が1キロほど延々と続く


白濁した氷河の流れが轟音を響かせながら一気に渓谷内を駆け抜けていく


遊歩道の一部はトンネルになっていた


  8月30日、am6:30起床。 夜中の土砂降りの雨は一服していたが、町や山は深い霧に煙っている。 天気予報では今日までが雨で、明日からしばらくの間は晴天が続くようであった。 この予報を見て、往生際が悪い私も諦めがついた。 結局今シーズンは天気が悪過ぎたのだ。 ベランダに立つと寒さと空気の重さがひしひしと感じられ、一層気が重くなるような感じがする。 ライブカメラの映像ではゴルナーグラートにも新雪が積もり、マッターホルンも真っ白になっていた。 この映像を見て、最後の切り札として考えていたメンヒかグスパルテンホルンのガイドレス登山も潔く諦め、明日は憧れのビーチホルンを間近に望むレッチェンタールへのハイキングに行くことに決定し、午前中は明後日となった帰国の準備をする。

  昼食を残飯整理で済ませ、午後は土産物を買いがてら観光案内所に帰国の挨拶に行く。 生憎市川さんと大黒さんは不在であったが、代わりに上西さんと4年ぶりに再会することが出来た。 上西さんは以前よりも顎髭を多くたくわえ、貫祿も出てきた感じであった。 しばらく仕事の手を休めて雑談にお付き合いいただく。 今年の8月は大雪の影響でアイガーやユングフラウの登山にも影響が出て、メンヒだけしか登れなかったお客さんも大勢いらしたとのことであった。 一方、グリンデルワルト周辺の貸しアパートは概ね快適との評判で、家族連れのお客さんを中心にリピーターの方が多いとのことであった。

  上西さんと再会を誓ってアパートに戻り、明日のレッチェンタールへのハイキングの計画を練る。 前回シュピーツの観光案内所で貰ったパンフレットやポストバスの時刻表が役に立った。 地図を眺めながら目標をレッチェンパス(峠)にあるレッチェンパスヒュッテ(2690m)に決め、最寄り駅であるゴッペンシュタインからポストバスを利用した半周回コースとした。


観光案内所で上西さんと4年ぶりに再会する


  8月31日、am5:00起床。 雨もようやく上がり、久々に満天の星空であった。 am5:39の始発の登山電車に乗るため、まだ真夜中のように暗く静まりかえったメインストリートを駅へと向かう。 吐く息は白く、まるで冬のような寒さだ。 インターラーケンで乗り換え、am6:47にはシュピーツに着いたが、今日もここで1時間ほどの待ち合わせだ。 唯一営業しているキオスクで温かいコーヒーを買い、待合室で朝食のパンを頬張る。 地元の学生達もさすがにジャケットを着ていた。

  今日のハイキングの出発点となるゴッペンシュタインの駅は、シュピーツから40分ほどで、先日エッシネン湖に行った時に下車したカンデルシュテークの次の駅であるが、この両駅の間はとても山深いため道路が無く、長さ14.6kmのレッチュベルクトンネルを車も『カートレイン』と呼ばれる専用の貨車に乗せ、電車が運んでいる。 トンネルを通り抜けた先にある同駅は周囲を山々に囲まれたとても地味な駅で、車をここに置いたり電車を待ったりするための広い駐車場はあるが、駅前には商店もなく、唯一小さなホテルがあるだけだった。 1時間に1本の電車の到着時刻に合わせるように、すでにレッチェンタールの最奥の集落であるファフラーアルプ行きのポストバスが待っていた。 乗客の殆どは観光客やハイカーである。

  狭い登り勾配のカーブの多い道路を大きなバスは巧みに上っていく。 ガイドブックから受けたレッチェンタール(谷)のイメージでは、とてもひなびた寒村という感じであったが、新しい家や小さなホテルがそれなりに点在し、スイスの他の地方の風景とあまり変わらないように見えた。 ガイドブックに記されていたとおり、秋田の『なまはげ』を連想させる魔物の木彫りのお面が民家やホテルの壁面に飾られていた。 ヴィラーという集落から発着するロープウェイ乗り場で私達を含めて乗客の大半がロープウェイに乗るために下車した。

  am9:00始発のロープウェイに乗り、僅か5分ほどで今日のハイキングの起点となるラウヒェルンアルプ(1977m)に着いた。 ロープウェイには20人ほどの乗客が乗っていたが、一般的なハイキングではここから先ほど乗ったバスの終点のファフラーアルプまで山腹のトレイルをトラバース気味に下るため、私達以外には誰もレッチェンパスを目指す人はいないようであった。 天気(予報)は悪くないが、昨日までの大量の降雨による霧が谷から湧き上がり、ここから見えるはずのビーチホルンを始めとする谷の対岸の山々は全く見えない。 同じような状況であった先日のビルクの展望台の情景が思い出され、やきもきする。

  『レッチェンパスまで2時間30分』という標識に従い、冬はスキー場となる牧草地の単調なスロープをゴンドラの支柱に沿って登っていく。 傍らに数軒ある古い民家が次々に別荘やシャレーに建て替えられているようであり、数年前にアレッチ氷河と共に世界遺産に登録されたビーチホルンの影響が肌で感じられた。 レッチェンパスのある山の稜線は霧に覆われ、頭上の景色は全く見えない。 標高が上がるにつれて私達の周囲も霧に包まれるようになってしまい、これから先のことが思いやられた。 せっかくここまでやってきたのにビーチホルンすら拝むことも叶わないのであろうか?。 諦めの境地でしばらくの間黙々と登っていくと、いつしかスキー場は過ぎて周囲には大小の岩が所々に散在するようになり、霧も薄らいでいくような感じがした。 頭上に僅かに青空が見えると、足取りが急に軽くなった。 山の神への祈りが通じたのか、間もなく谷を埋めていた雲海の上に出たという感じで、周囲の景色がようやく見え始めた。 意外にも最初に見えたのは、谷の対岸のビーチホルンではなく、ここから数10kmも離れたドム(4545m)を盟主とするミシャベルの銀嶺であった。 突然の予期せぬ展望に驚いていると、さらに視界は開け、前山と雲海越しにモンテ・ローザ、リスカム、カストール、そしてヴァイスホルンが遠望された。対岸の山もようやくレッチェンタール・ブライトホルン(3785m)の荒々しい頂稜部が望まれ、最後に待望のビーチホルン(3934m)の雄姿が眼前に大きく望まれた。 真打ちの登場に、しばらく仁王立ちして山と対峙する。 間近に仰ぎ見たビーチホルンは、ツェルマット周辺から眺めた尖った山容ではなく、とても重厚な面持ちで威厳があった。 山頂からの展望も素晴らしいに違いない。 “いつの日かあの山の頂に立つことは出来るのだろうか?・・・”。 憧れは募るばかりであった。

  先ほどとは全く違う青空となり、周囲の霧もなくなって頭上の荒々しい稜線も良く見えるようになり、小さな沢を飛び石伝いに渡る所では、前に4人、後ろに2人のハイカーがいるのが見えた。 どうやらこのルートもそれほどマイナーではなかったようだ。 このまま今日は快晴の天気になるだろうと思ったのも束の間、しばらくすると今度は私達のいる周りだけに霧が湧くようになり、再び周囲の展望が閉ざされてしまった。 ラウヒェルンアルプから2時間ほどで大小の岩が堆積する広場のような所に着いたが、周囲が霧で良く見えなかったので、レッチェンパスが近いかどうかは不明であり、高度計の標高は少し足りなかった。 牧草地はここで終わり、ここから先は大小の岩屑のアルペンルートとなった。 ケルンや岩に印されたペンキマークに導かれて先に進むと、トレイルは一旦緩く下った後、しばらくはトラバース気味に山腹を辿っていく。 峠に建つレッチェンパスヒュッテを探しながら緩やかに登っていくと、突然頭上の霧の合間から雪を戴いた大きな山が現れた。思わず気持ちが高揚し、再び足取りが軽くなった。 レッチェンパスの傍らに衝立のように聳えるこの山はバルムホルン(3699m)と双耳峰のリンダーホルン(3453m)と地図に記されていたが、標高以上の存在感と迫力が感じられた。

  間もなく2mほどの高さに積まれた巨大なケルンがある所で再び霧は上がり、青空が戻ってきた。 依然としてヒュッテは見えてこないが、ラウヒェルンアルプからの所要時間と高度計の標高から、レッチェンパスが近いことが分かった。 周囲を眺めていると、トレイルから少し外れた所に杭のようなものが何本か並んで見えた。 不思議に思ってトレイルを少し外れてみると、何とそれは雄のシュタインボックの角であった。 思わぬ光景に興奮を禁じえなかったが、少し後ろを歩いていた妻に手振りで合図し、彼らに気付かれないように回り込むように近づいてみると、10頭ほどの雄だけの群れが悠然と座りながら佇んでいた。 少しでも良い写真を撮ろうと近づいてみたが、意外にも人馴れしているのか、全く逃げる素振りもなく、かえって拍子抜けしてしまった。 勾配は殆どなくなり、雪解け水を湛えた沢山の小さな池を過ぎると、ようやく前方にヒュッテが見えてきた。 足元にはエーデルワイス、アルペンローゼと並びスイスの3大名花の一つとされているエンツィアンの鮮やかな群落がいたる所に見られ、久々に見る澄みきったアルプスの青空の下で気分は最高であった。

  pm0:20、出発点のラウヒェルンアルプから3時間10分でレッチェンパスヒュッテに着いた。 建て替え中のヒュッテは完成間近で、3階建ての立派なものであった。 改築前の建物は知らないが、地味な峠にこれだけ立派なヒュッテが建てられるのは、やはりビーチホルンが世界遺産に登録された恩恵なのであろうか?。 ヒュッテの周りのベンチには2〜3組のハイカーのグループが寛いでいた。 おそらく峠の反対側から登ってきたのであろう。 峠に立つ標識にはカンデルシュテークの駅まで4時間半となっていた。 氷河の名残の雪が残る峠はだだっ広く、傍らに屹立するバルムホルンに隠されて反対側の景色が見えなかったので、さらに数分足を伸ばすと、期待どおりの素晴らしい景色が目の前に出現した。 すぐ足下まで迫ったぶ厚い雲海が谷(ガステルンタール)を埋め尽くし、眼前には先日訪れたエッシネン湖の周囲を取り囲んでいたドルデンホルン(3643m)とブリュムリスアルプホルン(3660m)を盟主とするブリュムリスアルプホルン連山が鎮座してた。 観光案内所で貰った絵地図から想像したとおり、やはりこの峠からの展望はユニークでかつとても素晴らしかった。 日本人の私達が知らないだけで、レッチェンパスはこの辺りではハイカーに人気の場所なのかもしれない。 しばらく対岸の山と対峙しながら写真を撮っていると、雲海の雲がだんだんと上昇して、あっと言う間に山々を隠してしまった。 ヒュッテまで戻り、トレイルから少し外れた丘の上でビーチホルンを眺めながらランチタイムとする。 陽射しはあったが、急に冷たい風が強く吹きつけるようになり、ジャケットを着ていても寒くなった。

  ビーチホルンについては既に廃刊となっている『ベルナー・オーバーラント/特選100コース』の中に以下のような興味深い逸話が記されていている。 <レッチェンタールの住人達は、彼らの山をことのほか誇りに思っいる。 唯一の欠点は4000mに達していないことだ。 しかし、昔の地図ではビーチホルンの標高は4003mと記されていたということだ。 レッチェンタールの住人達がこの恩恵を得ていたのは、ある宿屋の娘の美しい瞳のお陰だった。 彼女の瞳に惹かれた測量技師が、この山に4000m以上の標高をつけることを承知したのだ。 娘の父親もまたこの策略の下手人だった。 恋は山を大きくさえ出来るものなのだ。 しかしこの誇り高い4003mも、その後の測量に抵抗することは出来ず、この山の標高は現在の3934mに引き下げられた。 レッチェンタールの住人達から連邦議会に宛てられた手紙には次の最終通牒で終わっていたという。 “ビーチホルンはこれまでそうであったように、今後いつまでも4000m峰である!”>

  pm2:00、ヒュッテで絵葉書を買い、十字架の立つ峠で記念写真を撮って登ってきたトレイルを下る。 登りでは殆どが霧の中であったが、今度はビーチホルンを正面に見据えながら、左手にレッチェンタール・ブライトホルン、そして間もなく雲の合間からアレッチ氷河へと続いているレッチェンリュッケ(峠)とそこから屹立するアレッチホルン(4195m)の雄姿が望まれ、思いがけない“再会”に心が弾んだ。 もちろん写真を撮りながらの各駅停車で歩みは遅々として捗らなくなった。

  レッチェンパスから2時間以上かかってようやくラウヒェルンアルプの外れにある山小屋風のロッジに着いた。 ここから10分ほど下れば出発点のロープウェイ乗り場となるが、予定どおりバスの終点のファフラーアルプ(1787m)まで山腹につけられた幅の広いトレイルをトラバース気味に歩いて辿る。 正面にレッチェンリュッケ(峠)が良く見渡せるようになったが、峠からレッチェンタールに流れ込むラング氷河も他の氷河同様に後退している様子が手に取るように分かった。 ハイキングトレイルの一段下には舗装された道路がラウヒェルンアルプまで延びていたり、途中で横切る2ヵ所の小さな集落にも谷から道路が上がってきているため、新しい別荘のような家も所々に建っている。 ビーチホルンの氷河の舌端が目線の高さに見えたが、こちらも茶色い土砂で薄汚れていた。 世界遺産となった山や氷河も地球温暖化には勝てないのだ。

  間もなく樹林帯に入ると展望は悪くなったが、左手の樹間越しに広大な氷河が稜線上に見えて驚いた。 地図で確認すると、チンゲルホルン(3576m)から南西に派生しているペータースグラートという氷河であることが分かった。 この氷河を歩くことが出来れば、さらに素晴らしい山行となったに違いない。 陽はまだ高いがすでにpm5:30を過ぎ、ファフラーアルプをpm6:53に発車する最終のバスに間に合うかどうか微妙な時間となってしまったので、トレイルの最後の区間をショートカットして一つ手前の集落であるブラッテンへと下る。 ここは正にビーチホルンの膝元の集落であり、ビーチホルンヒュッテ(2565m)へのトレイルの起点になっている。 この集落には鼠返しのある古屋が数軒保存されていたものの、他の集落と同様に新しいホテルやシャレーが立ち並び、レッチェンタールのシンボルである木彫りの魔物のお面がアクセサリーのようにホテルや民家の壁に飾られていた。

  ファフラーアルプからの最終バスに拾われ、ビーチホルンやレッチェンリュッケに再訪を誓ってゴッペンシュタインの駅に戻る。山には登れなかったが、憧れのビーチホルンを間近に望み、久々に満足のいくハイキングが出来て今シーズンのアルプスの旅に有終の美が飾れた。 pm7:40発の電車に乗り、すっかり陽の落ちたpm9:45にグリンデルワルトに着いた。 すでに店じまいした暗いメインストリートを今シーズンの想い出に浸りながら歩きアパートに帰った。


レッチェンタール(谷)へのハイキングの出発点となるゴッペンシュタインの駅(帰路の撮影)


ポストバスの車窓から見たレッチェンタール入口の集落


ラウヒェルンアルプへのロープウェイ乗り場に置かれていた『なまはげ』を連想させる魔物 


ロープウェイの終点のラウヒェルンアルプから霧の中をレッチェンパスへ登る


谷を埋めていた雲海の上から数10kmも離れたドム(4545m)が突然見えた


レッチェンタール・ブライトホルン(3785m)の荒々しい頂稜部


待望のビーチホルン(3934m)の雄姿


雲海の上には青空が広がり、周囲の景色が良く見えるようになった


雄のシュタインボックの群れ


レッチェンパスの傍らに衝立のように聳えるバルムホルン(3699m)


レッチェンパス周辺にはスイスの3大名花の一つとされているエンツィアンの群落がいたる所に見られた


建て替え中のレッチェンパスヒュッテとバルムホルン


レッチェンパスから見た雲海に浮ぶドルデンホルン(3643m)とブリュムリスアルプホルン連山(右)


レッチェンパス付近から見たビーチホルン


レッチェンパス付近から見たヴァイスホルン


出発点のラウヒェルンアルプへの下りから遠望したアレッチホルン


ラウヒェルンアルプへの下りから見たレッチェンタール・ブライトホルン


ラウヒェルンアルプへの下りから見たビーチホルン


ラウヒェルンアルプの外れにある山小屋風のロッジ


ラウヒェルンアルプからファフラーアルプへ幅の広いトレイルをトラバース気味に辿る


テエリシュターフェルからブラッテンの集落へ下る途中から見たビーチホルン


レッチェンリュッケ(峠)からレッチェンタールに流れ込むラング氷河(中央奥)


ビーチホルン(ヒュッテ)へのトレイルの登山口になっているブラッテンの集落


ブラッテンの集落の民家にはレッチェンタールのシンボルである木彫りの魔物のお面が飾られていた


ゴッペンシュタインの駅前のバス乗り場


  9月1日、am6:00起床。 朝食後荷物をまとめて約束のam7:00にチェックアウトを大家のシュタイナーさんの奥さんに申し出る。 意外にも鍵を受け取っただけで中の様子は全く確認されなかった。 奥さんから「昨日はずいぶん遅くまで遊んでこられたのですね」と話しかけられたので、レッチェンタールへハイキングに行ったことを話すと、ここから行く人も稀なのか、少し驚いた様子だった。 2週間もの間快適に過ごすことが出来たお礼を奥さんに述べ、慣れ親しんだアパートを後にする。 天気は予報よりも少し悪く薄雲が広がっていた。 毎日仰ぎ見ていたアイガーともしばらくお別れだ。 もしかするとこれが最後となるかもしれないので、その雄姿を瞼に焼き付ける。 am7:35発の登山電車に乗り、3度目の滞在となったグリンデルワルトをいつものように後ろ髪を引かれる思いで後にする。 シュレックホルンへの憧れが続く限り、再びこの町を訪れることになるだろう。 アルプスの旅に終りはない。


山 日 記    ・    T O P