レ・ドロワット(4000m)

  8月28日、am3:00起床。 クリストフ氏が真っ先に外の様子を見に行き、「良い天気ですよ!」とにっこり微笑んだ。 持参したハムや柔らかいチーズでパンを食べ、ゆっくりとではあるがてきぱきと身支度を整え、妻に見送られてam3:45に山小屋を出発。 空には満天の星が輝き、体調も万全である。 昔の山小屋の前を通過すると間もなく、タレーフル氷河へと下る踏み跡を辿って急峻な岩場を下る。 所々に目印となる小さなケルンが積んであるが、ヘッドランプの灯ではなかなか見つけられず、多少強引に下れる所を下る。 15分ほどで氷河に降り立つ。高度計の標高は2610mであり、山頂までの単純標高差はここから約1400mということになる。

  氷河とは名ばかりの大小の岩が堆積している河原のような所をゆっくりと登っていく。 傾斜はとても緩やかであるがクリストフ氏のペースは極めて遅く、まだ目覚めていない体にはちょうど良いかった。 氏は時々「流れ星が見えますよ!」と振り返って教えてくれた。30分ほど歩いて高度計を見るが、当然のことながらまだ100mほどしか標高を稼いでいなかった。 足元の岩は次第に小さくなり、下に埋もれている氷河の氷が露出してくるようになると間もなく、ちょうど良い目印となるような大岩があり、その傍らでアイゼンを着けてアンザイレンする。 グランド・ジョラスやモン・ブランのシルエットが月明かりではっきりと見える。
  クリストフ氏は大岩の下にストックをデポし、いよいよここからが本番となった。 岩の混じった氷河も3000mを越えた辺りから純白の雪へと変わっていった。 グランド・ジョラス同様、ここ数週間人が入っていないためトレイルは皆無である。 斜面は少し急になったが、グランド・ジョラスほどではない。 氏のペースは相変わらず遅く、全く快適そのものだ。 体も高所にだいぶ順応し、相変わらず体調は万全である。 あとは核心部の岩場での雪の付き方だけが心配だが、この山域を熟知している氏のことだから、ジョラス同様何とか頂に導いてくれるだろう。 風も無く絶好の登山日和になりそうでワクワクする。 一昨日降り積もった新雪がアイゼンの爪を通じて分かるようになると、ルートはクレバス帯に入った。 氏は足元を確かめながら一歩一歩ゆっくりと、そして帰りのことを考えてのことであろうか、必要以上に足場を踏み固めながら登っていく。 お陰で後ろの私は階段を歩くような感じで登るため、まさに鼻歌交じりである。 核心部の岩場の登攀に備えての体力も充分に温存出来る。 ふと、いつものフレーズが脳裏をかすめた。 “好事魔多し・・・”。 

  いつしか夜は白み始め、ヘッドランプは不要となった。 覆いかぶさるようなドロワットの岩稜の取り付きが頭上に見え、アプローチの雪の斜面も残り1時間足らずであると推測された。 急ではあるが相変わらず単調な登高が続き、岩稜の取り付きである稜線上のコルまであと僅かと迫った時、突然クリストフ氏は足を止め休憩を促した。 ちょうど背後の山並みがモルゲンロートに染まり始めていた。 私が写真好きなことはすでに氏にも充分伝わっているので、その配慮もあったのであろうか?。 願ってもない撮影ポイントからグランド・ジュラスを皮切りに、次々に朝焼けの山々の写真を撮る。 一通りの写真を撮り終え、氏とその感動を共有しようと思った直後、氏の口から全く意外な言葉が飛び出した。 「モン・ブランの山頂直下に小さな雲が掛かり始めているのが見えますか?。 あの雲は気圧が低いことを示しています。 あの雲は次第にモン・ブラン全体を覆い、あと2〜3時間後にはこちらにもやって来るでしょう。 大変残念ですが、今日はここで引き返します」。 モルゲンロートに染まっている眼前の雄大な景色に歓喜し、その中の僅か一片の雲の存在など全く気にも留めていなかった私にとって、氏の発した一連の言葉はまさに晴天の霹靂であった。 もしかすると私の聞き間違いかとも思い、念のため氏に「天気が悪いのでここから引き返すということですか?」と訊ねたところ、氏は顔をこわばらせながら「そうです、ここから引き返します。 今日の私達は本当に運が悪かった」と繰り返し説明し、頭上に見え始めたドロワットの頂稜部の写真も記念に撮っておくように勧めてくれた。 氏が今回初めてのガイドであれば、何か他の方法がないものかと食い下がったかもしれないが、人一倍頂に執着している私を充分理解している氏にそれを切り出すことは無用であった。 すでに下山の決定を下したにもかかわらず氏は私の心情を察してか、しばらくそこに留まり再び写真を撮りながら名残惜しく山々と対峙している私を暖かく見守ってくれた。

  15分ほど“心の山頂”で朝焼けのグランド・ジョラスの北壁を鑑賞した後、氏に促されることなく自ら下山の意思表示をした。 高度計の標高は3393m、時刻はam6:40であった。 登ってきたトレイルではなく足下に見えるタレーフル氷河の末端に向けて急な雪の斜面をアイゼンの踵に重心を置いて下るようにとクリストフ氏から指示があった。 雪がちょうど良い固さに締まっているので小気味よくアイゼンが利き、あっと言う間に稼いだ標高を落としていく。 下りながら所々で足を止め、写真を撮らせてもらう。 氏の予想どおりジョラスの山頂には灰色の雲が取り付き始めた。 振り返ると、登っている時には暗くて見えなかったドロワットの頂稜部が大きく望まれた。 入山前は確かにドロワットはヴェルトの偵察的な感じで、ルートの状況が悪ければ潔く諦めようという心境であったが、まだ現実的に天気が崩れている訳ではなく、山も良く見えるので下るにつれて悔しさが増してくる。 その気持ちを何とか支えてくれたのは眼前のジョラスであった。

  間もなく登ったトレイルと合流し、緩やかな斜面をしばらく下ると先ほどクリストフ氏がストックをデポした目印の大岩が見え、その傍らでアイゼンを外してザイルも解かれた。 先ほどまで水色だったドロワットの背景の空の色もいつの間にか灰色になっていた。 氷河上から雪が見えなくなると、右手にヴェルトとその支峰であるグランド・ロシューズ(4102m)とエギーユ・デュ・ジャルダン(4035m)が仰ぎ見られ、ヴェルトの登攀ルートであるウインパー・クーロワールも良く見え、偵察という当初の目的だけは達成することが出来た。 氷河から100mほど岩を攀じって山小屋の建つ岩棚へと登り返し、am8:15に山小屋に戻った。 周囲はすでにモノトーンの世界となり、山々の頂稜部分は全て怪しげな雲で覆われていた。 朝の散歩を終え食堂で遅い朝食を食べ始めていた妻は、まさか私がこんなに早く戻ってくるとは思わなかったようで驚いていた。

  山小屋で一息入れたかったが、雷や土砂降りの雨が降りそうな不安定な天気だったので、妻も急いで帰りの支度をしてam8:45に山小屋を出発してシャモニへの帰途についた。 早くここから脱出したいという気持ちとは裏腹に、何度も後ろを振り返っては未練がましく山々の写真を撮る。 メール・ド・グラスに下りる直前で念のため神田さんに電話を入れると、天気予報は外れて明日も天気は悪くなったとのことで、ようやく諦めがついた。 鉄梯子を下り、昨日辿ったルートと全く同じルートをまるで敗残兵のようにただ黙々と歩く。 雨が降り出さなかったのが唯一の救いだ。 今日も氷河上では様々な訓練が行われていた。 クリストフ氏も明日は講習会でヴァレー・ブランシュをガイドをされるとのことであったが、多分中止になるだろうと言った。 メール・ド・グラスから半ば義務感のように鉄梯子を登り、正午ちょうどにモンタンヴェールの駅に着いた。 タッチの差で下りの電車に乗れず、駅付近にあった昔の水晶採りの活躍の様子や水晶を展示してある観光用の洞窟を見学したり、眼前のドリュやシャモニ針峰群の一峰であるグラン・シャルモ(3444m)の雄姿を写真に収めたが、まさか明後日ここを再訪することになろうとは知る由もなかった。

  pm0:30発の電車でシャモニへと下り、駅前のレストランでクリストフ氏と最後の食事を共にする。 今日も氏から色々な山の話を伺う。 昨年の秋にチョー・オユーにガイド仲間7人で行こうと計画したが、だんだんと人数が減って3人になってしまい断念したこと、来年はボリビアの最高峰のサハマ(6542m)へ友人らと3人で行く計画をしていること、ヒマラヤの山の中ではプモ・リ(7161m)に興味がある(登ってみたい)こと、フィッツロイは風が強く、良い天気が続かないので行く気が起きないこと等々の話題が興味深かった。 日常会話は相変わらず全く駄目だが、山の話になると良く理解し合えるから不思議だ。 この2日間で撮ったデジカメの写真を液晶画面で氏に見せると、余りの多さに驚いていた。 最後に「酒井さんはグランド・ジョラスの登りのスピードから判断してヴェルトは大丈夫。 また来年一緒に登りに行きましょう!」と言ってくれたことが嬉しかった。 食後は氏に20ユーロのチップを手渡し、再会を誓って大型のバイクに乗って帰られる氏を見送った。

  pm2:00にアパートに戻ったとたん激しい雨が降り始めた。 夕方、雨が小降りになったので山の家に天気予報を見にいくと、明日は一日中雨模様で明後日の午後から天気は快方に向かい、その後は晴れの天気が2日間続くようであった。 残りの滞在日程からみて、これが最後のチャンスである。 その足でスネルスポーツに神田さんを訪ねると、このまま今日と明日雪が降り続いてウインパー・クーロワールが雪で埋まれば、4日後にヴェルトに登る最後のチャンスがあるかも知れないこと、第二希望のグラン・コンバンの方が逆に降雪により難しいかも知れないことをアドバイスしてくれた。 今後はエルベ・サシュタ氏という少し年配の方が私のガイドをしてくれるとのことであったが、氏は数年前に全盲の日本人(金山さん)をガイドの中山さんと二人でモン・ブランの頂に導いた方であり、人柄もとても良い方であるとのことであった。 もしこのラストチャンスでヴェルトに登れたら、今日の敗退も帳消しになるに違いなく、スネルスポーツからの帰りの足取りは急に軽くなった。


妻に見送られてクリストフ氏と山小屋を出発する


未明のモン・ブランの山頂直下に掛かる小さな雲


モルゲンロートに染まり始めたグランド・ジョラス


最終到達点から頭上に見え始めたドロワットの頂稜部の写真を記念に撮る


朝焼けのグランド・ジョラス(左端)とモン・ブラン(右端)


朝焼けのタレーフル氷河(妻の撮影)


タレーフル氷河の末端から見たモン・ブラン


タレーフル氷河の末端から見たグランド・ジョラス(左)


タレーフル氷河の末端から見たドロワット(右)とエギーユ・ヴェルト(左)


クーヴェルクル小屋に戻る


モノトーンのメール・ド・グラスとグランシャルモ


長い鉄梯子を下る


メール・ド・グラスから見たドリュ


モンタンヴェールへ長い鉄梯子を登る


モンタンヴェール駅付近の観光用の洞窟を見学する


モンタンヴェール駅から見たドリュ


モンタンヴェール駅とグランシャルモ


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