パロットシュピッツェ(4436m)

  8月30日、真夜中にトイレに行くと、窓から外の様子が見えた。 星空で風もなく安堵する。 am4:30前に起床し、身支度を整えて階下に下りていくと、朝食は大食堂ではなく一階のバーに用意されていた。 モンテ・ローザに登るパーティーと出発時間に差があるためか、バーは空いていた。 朝食はパンにジャム、シリアル等といった簡素な定番メニューであったが、体調が良いせいか何でも美味しく感じられる。

  am5:20、山小屋の上の岩場でアイゼンを着け、ジジ氏とアンザイレンして出発。 リスカムの黒いシルエットが微かに浮かんでいる。 星は真夜中ほど見えなくなったが、三日月が頭上で輝き良い天気が期待出来そうだ。 前方にはヘッドランプの灯火は見えず、どうやら私達が先発隊のようである。 今シーズンはまだ新しい4000mのピークを踏んでいないので、今日は何とかそれが叶いますようにと山の神に祈る。 それがあのリスカムであれば言うことはない。 氏のペースは客観的に見ても遅くはなく、これが最初の山だったら少々きつかったかもしれないが、体はかなり順応しているので前を歩く妻も何とかついていけるだろう。 緩やかな登りから少し傾斜がきつくなってきた所でジジ氏のアイゼンの調子が悪くなり、数分おきに三回ほど立ち止まってアイゼンを調整していると、後続のパーティーが相次いで傍らを通過して行った。

  リスカムがモルゲンロートに染まり始め、歩きながら写真を撮る。 左奥の山並みも茜色に染まり始めている。 アルプスのドラマチックな夜明けのシーンに今日も立ち会うことが許された幸せを噛みしめる。 遠望された独立峰は紛れもなくモン・ブランであった。 時計を見るとam6:45であり、予定どおりであればちょうど今頃西廣さん夫妻が山頂付近にいるに違いない。 絶好の天気に恵まれ、お二人が山頂で歓喜する姿を想像するだけで自分のこと以上にワクワクする。 同じ山に登って喜びを共有するのも良いが、違う山に登ってお互いの土産話をするのも楽しみである。 間もなくリスヨッホの手前でリスカムに向かうトレイルが左に分岐していたが、ジジ氏はこれをあっさりと見送ったので、念のため氏を呼び止めてリスカムへの登山の有無を確認したところ、やはり肩から上にトレイルがないので、リスカムには登らないとのことであった。 天気も良さそうだしコルからの標高差もあまり感じられず、“これは行けるぞ”と勝手に思い込んでいたので氏の判断には不満であったが、拙い英語で一生懸命私を納得させようとする氏の姿に負け、造り笑顔で「オーケー、ノープロブレム」と答えた。 だが結果的にはこの氏の判断もまんざら悪いものではなかった。 目標がモンテ・ローザと決まったところで、あらためて氏にこれからのスケジュールを訊ねたところ、意外にも正面に見え始めたツムシュタインシュピッツェ(4563m)、ジグナールクッペ(4556m)、そしてさらにパロットシュピッツェ(4436m)の三山を登るとのことであったが、果して時間的に三つも登れるのであろうか?。

  気持ちの切り換えがつかないままリスヨッホを過ぎると、マッターホルン、ダン・ブランシュ、オーバーガーベルホルン、ツィナールロートホルンのカルテットがグレンツ氷河越しに顔を揃え、昨日シャモニへ移動したばかりなのに、再びツェルマットに戻ってきたような錯覚を覚える。 マッターホルンの雪もだいぶ無くなり、もうじき登れそうな感じに見えた。 間もなくツムシュタインシュピッツェに向かう明瞭なトレイルを外れ、右手のパロットシュピッツェへのか細い踏み跡に入る。 傾斜は次第に増して尾根は痩せ、最後のナイフリッジではストックからピッケルに持ち替えて登る。 先ほどまでとは全く違い、稜線上は風が強い。 振り返ると背後のリスカムの頂がいつの間にか目線の高さになっていた。

  am8:00ちょうど、右側に雪庇が張り出したどこが山頂か分からないような細長く平らなパロットシュピッツェの頂に辿り着いた。 最高点らしき所を通り過ぎたが、ジジ氏はそのまま立ち止まらずに行ってしまったので、少しトレイルが安定した所で氏を呼び止めて記念写真を撮る。 今回登頂が叶わなかった憧れのリスカムがリスヨッホを挟んで眼前に大きく鎮座し、右にマッターホルン、左にモン・ブランが遠望された。 リスカムを眺めるには最も理想的な位置にあるこの頂からは、同峰が東峰と西峰の双耳峰であることが良く分かり、“ジルバー・バスト(白銀の鞍)”という別称があることが頷ける。 右に目を転じると、山塊の盟主である最高峰のデュフールシュピッツェの頂稜部の岩塊がこれから向かうツムシュタインシュピッツェと肩を並べて高さを競い合い、すぐ隣に聳えるジグナールクッペの山頂に建つマルゲリータ小屋が朝陽に照らされて輝いている。 雲一つない快晴の天気に恵まれたこの展望の頂にいつまでも佇んでいたかったが、長居をしているとあと二峰登れなくなってしまうので、僅か5分ほどで山頂を辞した。


モルゲンロートに染まるモン・ブラン


リスカム東峰に朝陽が当たる


リスヨッホから見たヴァリスの山々(左端がマッターホルン・右端がヴァイスホルン)


リスヨッホ付近から見たリスカム東峰


リスヨッホ付近から見た最高峰のデュフールシュピッツェ(中央)とツムシュタインシュピッツェ(右)


リスヨッホ付近から見たツムシュタインシュピッツェ(左)とジグナールクッペ(右)


リスヨッホ付近から見たジグナールクッペ(左)とパロットシュピッツェ(右)


パロットシュピッツェの山頂


パロットシュピッツェの山頂から見たリスカム(遠景左がモン・ブラン)


パロットシュピッツェの山頂から見たジグナールクッペ


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