アラリンホルン(4027m)

   8月25日、am5:30起床。 インスタントラーメンを食べ、まだ暗いam6:00にホテルを出発。 イワン氏との待ち合わせ場所のツェルマットの駅の裏手の車止めに向かう。 ツェルマットの駅を過ぎるとすぐに登山者用の広いキャンプ場があった。 もし私がヨーロッパに住んでいれば、大型のテントを持ち込み、ここの住人になっているだろう。 間もなく前方の車止めに灯のついた一台の車が見えた。 「グッ・モーニング!、ロング・タイム・ノー・スィー!、ディス・イズ・マイ・フレンド、ミスター・アンド・ミセス・ニシヒロ」。 イワン氏と握手を交わし合い、満面の笑顔で迎えてくれた氏との一年ぶりの再会がとても嬉しかった。

   早速イワン氏の車に乗り込み、許可車以外は通行できない細い道をゲートのあるテッシュへ向かう。 車中で今年の西廣さん夫妻との合同山行の計画の概要を説明した上で、大雪のためその計画が全て駄目になったことを話す。 氏も例年であれば1シーズンにマッターホルンは15回ほど登るが、今年はまだ6回だという。 ランダを過ぎると周囲が次第に明るくなってきた。 氏の住んでいるザンクト・ニクラウスの町に入ったところで近況を訊ねてみると、相変わらずまだ独身とのことだった。 サース・フェーの町が近づくと、右手にミッタークホルン(3143m)、左手にはアルマゲラーホルン(3327m)といった前衛峰が見えたが、雪化粧でこれらの山々がとても立派に見える。 昨年氏と登ったラッギンホルン(4010m)も雪で真っ白になっていた。

   am7:00過ぎにサース・フェーの駅前の駐車場(ツェルマット同様に町中は通行禁止)に到着。 イワン氏と夕方に山小屋で落ち合うことを約して、ゴンドラ乗り場へ向かう。 今日、氏は近場でクライミングのガイドの仕事が入ったとのことだった。 天気はまずまずで、正面にはこれから登るアラリンホルンの頂稜部の丸いドームが見える。 町中を流れるフェー・フィスパ川に架かる橋の上からはドムを盟主とするミシャベル連山が遙か高くに望まれ、山々の反対側のツェルマットから僅か1時間足らずでここまで来れたことに感謝する。 am7:30のゴンドラの始発に向けてスキー客がどんどん乗り場に向かっていく。 昨日と同じ混乱が予想され心配になったが、窓口で切符を買うと、頼んでもいないのに係の人がスキー客の脇から私達を優先的に前に導いてくれ、図らずも始発の5分前の臨時便に乗車することが出来た。 ゴンドラを中間駅で一回乗り換え、終点のフェルスキンから地下ケーブルに乗り、am8:00過ぎに登山口のミッテルアラリン(3456m)に着いた。 眼前にはアラリンホルンの雄姿が大きく望まれたが、天気は先ほどより少し悪くなり、空は灰色に近い薄い水色になってしまった。 山頂までの標高差は僅か600m足らずだが、ここから見上げるアラリンホルンは不思議と大きく感じられる。

   身支度を整え、am8:35にミッテルアラリンを出発。 すでに数パーティーが先行していることにとりあえず安堵する。 取り付きまではブルドーザーで圧雪されたサマースキー場のゲレンデを歩くが、今回は念のため始めからアイゼンを着けていく。 今日はガイドレスなので、不測の事態に備えて最初から意識的にゆっくりしたペースで登る。 しばらく行くと取り付きから先のトレイルがはっきりと見え始め、天気が崩れない限り登頂は叶いそうだった。 ただ5年前に登った時は、山頂は濃霧で何も見えなかったため、トレイルのコンディションが悪くても快晴の頂に立ちたいと願った。 20分ほどでスキー場の外れの取り付きに着き、4人でアンザイレンする。 ミッテルアラリンの展望台の背後にヴァイスミースとラッギンホルンが並び、サース・タール(谷)の先には灰色の雲を身に纏ったベルナー・オーバーラントの山々が遠望された。

   am9:05に取り付きを出発。 先行するパーティーのお陰でこれから辿るルートの状況が良く分かる。 ミッテルアラリンでは少し風があったが、取り付きからは風も収まり快適な登高となった。 ただ、右手のミシャベルの山々の上には雲が忍び寄り、空の色は相変わらず冴えない。 2〜3人の少人数のパーティーはガイドレス、4〜5人のパーティーはガイドとのグループ登山のようだ。 昨日はアラリンホルンにも大勢人が入ったようで、意外にもトレイルのコンディションは昨日のブライトホルンよりも良かった。 稜線に上がる手前の深いクレバスに架かるスノーブリッジを跨ぎながら渡り、全く順調に取り付きからちょうど1時間でフェーヨッホ(稜線の鞍部)に着いた。 新雪がたっぷり乗ったリムプフィッシュホルンとシュトラールホルンが眼前に大きく鎮座し、右手には昨日登ったブライトホルンや少し間をおいてマッターホルン等の山々が望まれた。 有り難いことに、フェーヨッホから上もトレイルは安定しているようで、山頂付近を登っているパーティーの姿も見られ、前回の経験から登頂を確信した。 あとは山頂に着くまでこの高曇りの天気が持って欲しいと願うだけだ。


サース・フェーの町とドムを盟主とするミシャベルの山々


ミッテルアラリンから取り付きへサマースキー場のゲレンデを歩く


灰色の雲を身に纏ったベルナー・オーバーラントの山々


サマースキー場の外れの取り付きから4人でアンザイレンする


取り付きからフェーヨッホへ


ヴァイスミース(中央右)とラッギンホルン(中央左)


フェーヨッホ(稜線の鞍部)


フェーヨッホから見たアラリンホルンの山頂


フェーヨッホから見たマッターホルン


   フェーヨッホから少し登った所で体力に勝る西廣さん夫妻とのペースが合わなくなり、クレバスも無くなったので、お二人に先行してもらうことになった。 前回はこの辺りから霧が濃くなり、難儀した懐かしい想い出が蘇ってきた。 しばらく登ると山頂の十字架が下からはっきり見えるようになり、今回は山の神に歓迎されたようだった。 山頂の肩まで登ると、狭い山頂を避けて寛いでいるガイド登山のパーティーが多く見られた。 反対側のブリタニアヒュッテからのクラッシックルートのトレイルは今日はさすがに無かった。 西廣さん夫妻が頂上に到着するのを待ち、上と下でお互いの写真を撮り合う。 am10:55に私達も5年ぶりの想い出深い山頂に辿り着いた。 「お疲れ様でした〜!、登頂おめでとうございま〜す!」。 西廣さん夫妻とガッチリ握手を交わしてお互いの登頂を祝い合う。 ミッテルアラリンから僅か2時間20分ほどの登山だったが、初登の西廣さん夫妻のみならず、5年前に再訪を誓った山に新たなメンバーで登れた達成感と、山頂からの360度の展望に大満足だった。 生憎ドムだけがずっと霧に包まれていたが、青空の占める割合も増え、高曇りながらヴァリス山群の山々が殆ど見渡せた。 山頂の十字架を背景に他のパーティーと交互に写真を撮り合う。 いつまでも山頂に居座り続けている私が、次々と登ってくるパーティーのカメラマンを務めることになった。 それにしても皆良い笑顔だ。 明日登山予定のヴァイスミースも良く見えたが、これからこの山を下って、あの山の登山口まで行くことが、なぜか不思議に感じられた。

   狭い山頂の傍らで山々を眺めながら充分に寛ぎ、そろそろ時間も気になってきたので下山にかかる。 ホーザースまでの後半戦に備えてゆっくり下ったが、特に危険な箇所も無かったので、山頂から1時間半ほどで楽々とミッテルアラリンに着いた。 展望台のユニークな回転展望レストランで今日の打ち上げと洒落込みたかったが、クロイツボーデンへのゴンドラの最終時間に間に合うように、登攀具を解いて慌ただしく地下ケーブルで下る。 終点のフェルスキンでゴンドラに乗り換えると、すでにアラリンホルンの頂は霧で見えなくなり、天気は再び下り坂となった。


フェーヨッホから山頂へ


リムプフィッシュホルン(右)とシュトラールホルン(左)


十字架の立つアラリンホルンの山頂直下


アラリンホルンの山頂


山頂から見たヴァイスミース(右)とラッギンホルン(左)


山頂から見たリムプフィッシュホルン(手前)とモンテ・ローザ(左奥)


山頂から見下ろしたミッテルアラリンの展望台(左の岩の中央)


山頂からフェーヨッホへ


フェーヨッホ   (背景はリムプフィッシュホルン)


フェーヨッホ直下から見たアラリンホルンの山頂


   サース・フェーをpm2:45に出発するブリーク行きのポストバスに乗り、5kmほど先のサース・グルントの町で降りる。 バス停近くの『コープ』で買い物をして、クロイツボーデンに上がるゴンドラ乗り場へ向かう。 間もなく雨が降り出したが、無事ゴンドラに乗ることが出来て安堵した。 架け替え工事で運休中のゴンドラを恨みながら中間駅のクロイツボーデンで下車し、駅舎の軒下に明日は使わないザイルや衣類をデポする。 ここからはハイキングトレイルを標高差で約700m登り、イワン氏の待つB.Cの山小屋(ホーザースハウス)へ向かう。 幸い雨は止み、涼しい気温で登り易い。 『ヴァイスミースヒュッテまで45分・ホーザースまで2時間』と記された標識があったので、ゆっくり2時間半位で到着するペースで登ることにする。 残念ながら先ほどアラリンホルンの山頂から良く見えていたヴァイスミースもラッギンホルンも雲や霧で全く見えない。 ヴァイスミースヒュッテに着く直前で再び雨が降り出すと、以後降り止むことはなかった。 今日はどうでも良いが、明日の天気が心配になる。 登り始めてから50分で、味わいのある石造りのヴァイスミースヒュッテに着いた。 ヒュッテの軒先を借りてしばらく雨宿りの休憩をする。 天気も悪いのでここをゴールにしたかったが、最後の気力を振り絞ってホーザースへのトレイルを辿る。 ヒュッテから30分ほど登るとトレイルの脇に雪が見られるようになり、そのうちトレイルも完全に雪に埋まって踏み跡だけとなった。 途中何か所か道を間違えたが、雨のため休憩することもなく黙々と登ったので、クロイツボーデンからちょうど2時間で霧の中に朧げに見えたホーザースハウス(3098m)に着いた。 

   暖かい山小屋の中に入り、食堂の片隅で雑誌を読んでいたイワン氏と再会した。 氏も私達の姿を見て安堵したようだった。 早速氏に宿泊の手続きをしてもらい、寝床に案内してもらう。 西廣さん夫妻はアルプスで今日が初めての山小屋泊りだった。 予想どおり私達の寝床は、昨年と同じゴンドラの駅舎の屋根裏部屋だった。 二階に上がる階段の下には誰かが連れてきた黒い大きな犬が繋がれていたが、まさかこの犬が明日ヴァイスミースを登るとは思わなかった。 荷物の整理をして食堂に戻り、再会を祝して氏に乾杯用のアルコールを勧めたが、意外にも高い所で飲むのは体に悪いという理由で今日はやらないという。 体調でも悪いのかと思ったが、いつの間にか西廣さんと連れ立って、寒い山小屋の外で西廣さんが勧めた日本のタバコを美味しそうに吸っていた。 ゴンドラが運休しているせいか、宿泊客はそれほど多くなかった。 楽しみの夕食は、ドンブリに入ったスープ、生野菜、マッシュポテト、チキンのピカタで、昨年同様味付けも良く美味しかった。 イワン氏と交わした雑談の中で、昨年メールで送った山行の写真が、何らかの理由で届いていないことが分かった。 メールは便利だが、やはり海外とのやりとりでは確実性がないようだ。 夕食後、明日のスケジュールをイワン氏に確認する。 明朝はam5:00から朝食となるので、出発は6:00頃になるとのことだった。 今晩は天気が悪く、この山小屋の売りの夕焼けショーは見れなかったが、明日は天気が良いとのことで安堵した。 今日の山行の疲れもあり、明日の準備を整えて早々に床に就いた。


サース・フェーの鼠返しの小屋


石造りのヴァイスミースヒュッテ


ホーザースハウスでイワン氏と再会する


山 日 記    ・    T O P