ツィナールロートホルン(4221m)

  8月31日、am3:30起床。屋外のトイレに行くと霧はあがり、満天の星空であった。 果してヘンドリー氏の予報は当たるのであろうか?。 昨夜は適度の疲労のため良く眠れ、体調は万全である。 am4:00からの朝食は昨夜と同じテーブルで再びオーストリア隊と共にする。 身支度を整えテラスに出ると、氏からヘルメットを被るようにとの指示があり、先日の極楽登山とは違う緊張感に身が引き締まる。 氏とアンザイレンした後、妻の見送りを受けてam5:00に憧れのツィナールロートホルンの頂を目指して出発した。

  まだ夜明けには遠く、ヘッドランプの灯を頼りに山小屋の背後にある氷河まで岩屑の踏み跡を登って行く。 “待ってました”とばかりにオーストリア隊が私達の後ろにぴったりと続く。 10分ほどで氷河の取り付きに着き、アイゼンを着ける。 前方にはヘッドランプの灯は見えず、どうやら私達が一番乗りのようであった。 雪の表面がクラストしているため、アイゼンの爪を利かせながら勾配のそこそこある斜面をジグザグに斜上していく。 意外にも5分も経たないうちにオーストリア隊はついてこれなくなり、その後は彼らと下りで再会するまでルート上には私達のパーティーだけとなった。 ヘンドリー氏のペースは思ったよりも速くなく、今のところ充分についていけるので安堵した。 たぶん氏はペース配分について私に意見を求めることはないだろうし、またそんなことではこの山を登ることは出来ないであろう。

  30分ほど登った所で氷河を離れ、アイゼンを外して狭い急なクーロワール(岩溝)に取り付く。 短時間で200mほどの標高を効率よく稼ぎ、ほんの少しだけ心に余裕が生まれる。 3級程度の岩場を最初の部分だけは上からヘンドリー氏に確保されて登ったが、その後はコンテニュアスで氏にどんどん引っ張られ、足がついていけず途端に息が切れる。 このクーロワールは正にツィナールロートホルンへの“登竜門”であり、氏は私の拙い技量を即座に見抜いたことであろう。 クーロワールを抜けると夜も少し白み始めた。 次はどのような試練が待っているのかと戦々恐々としていたが、岩の上に積もった雪でルートは予想どおりミックスとなっていたものの、確保が必要な所も無いばかりか次第に傾斜は緩み始め、間もなく山腹をトラバースするような感じの易しい“アルペンルート”の歩行となった。 気温は低いが風が無いため寒さは感じない。 危険な要素が無くなったため、氏は意識的にペースを落とし、先ほどまで不足していた酸素の補給も充分間に合ってきた。 良く見るとルート上には所々に小さなケルンや踏み跡が見られ、一般ルートを忠実に辿っていることが分かった。

  20分ほど極楽の歩行を続けた後、突然ヘンドリー氏は進路を90度右に変え、上に見える氷河に向けてミックスとなっている緩やかな傾斜の岩場を直登し始めた。 間もなく再び氷河を登ることとなり、取り付きでアイゼンを着ける。 気が付くと足下はもの凄い雲海となっていて、その高さは3000mをゆうに超えていた。 東の空はすでに明けてきているが、南に小さく見えるマッターホルンや南西方向のオーバーガーベルホルンはまだ明けきらぬ夜空の下、満月の明かりに照らされて神秘的な姿を披露している。 時計を見るとam6:30であった。 テルモスの紅茶を素早く口に含み、写真家でもなかなか遭遇出来ないであろう素晴らしい光景に興奮しながら、ここぞとばかりに写真を撮る。 今日妻が登る予定のメッテルホルン(3406m)も頂だけが雲海から頭を出し、まるで大海原に浮かぶ小島のようであった。 かわいそうに今頃雲海の下にいる妻は、この風景はおろか御来光すら拝むことは出来ないであろう。 ヘッドランプをしまい、先ほどと同じようなクレバスの無い雪渓のような登り易い氷河を直登気味に登る。 所々で岩が露出しているがアイゼンを着けたままガンガン登る。 その間にも毎日繰り返されるアルプスの荘厳な夜明けは音をたてずに進行し、振り返ればマッターホルンやオーバーガーベルホルンもミシャベル連山の向こうにある太陽から漏れてくる光を受けて淡く染まり始めている。 筆舌に尽くし難い芸術的な光景であったが、写真を撮りたいという気持ちをぐっとこらえ、いつものように心のシャッターを切った。

  間もなく頭上に顕著な稜線が見え始めると、左手には朝陽に輝く憧れのツィナールロートホルンの頂稜部が見えてきた。 am7:00ちょうどに雪庇の発達した稜線上に躍り出ると、雪庇の向こう側にはまるでピラミッドのように均整のとれた形をしたヴァイスホルンがどっしりと鎮座していた。 雪稜の先には目指すツィナールロートホルンの頂が要塞のように立ちはだかっている。 ダン・ブランシュ(4356m)も今まで展望台から眺めていた姿とはまるで違うストイックな面持ちで氷河から屹立し、オーバーガーベルホルンの隣に望まれるようになり、展望台やハイキングトレイルから羨望の眼差しで見上げていた神々しい山々の領域に、いつの間にか足を踏み入れていることを実感した。

  有り難いことに傾斜の緩い雪稜には風も無く、しばらくは山頂を正面に見据えながらの快適な稜線漫歩となった。 ヘンドリー氏の天気予報は当たったようで、雲海はその高さを維持したままであり、贅沢にも雲の上で爽やかなアルプスの山の朝をまるで氏とたった二人で独占しているような錯覚を覚える。 これだからアルプスの山はやめられない。 間もなく雪稜は痩せ、最後はナイフリッジとなったが、昨日までにつけられたトレイルも明瞭で、歩行には全く問題はなかった。 ガイドブックの写真で見た“ガーベル(独語でフォークという意味)”と名付けられた顕著なコルが頂稜部の岩塔の左下にはっきりと見えた。 あとはあのコルから始まる核心部のルートのコンディション次第である。

  小さなピ−クの手前で稜線を少し外れて斜めに下ると、再びミックスの岩場となった。 しばらくアイゼンを着けたまま岩場を登り、傾斜がきつくなりルート上から雪がなくなった所でヘンドリー氏からアイゼンを外すようにとの指示があった。 今日はアイゼンを脱着する時が休憩タイムとなる。 上を見上げると、角張った大小の岩が複雑に重なり合い、先行しているパーティーも無いので、一見しただけではどこが正しいルートなのか全く分からない。 しかしさすがに地元の出身である氏は全く迷うことなく、巧みなルートファインディングでどんどん私を上へ上へと引っ張り上げる。 とても同じ歳とは思えないような氏のパワーに脱帽する。 息が弾むが負けてはいられない。 傾斜が一段ときつくなると、所々に地元のガイド氏らによって取り付けられたと思われる確保用のリングボルトが見られるようになった。 3級程度のクラック(岩の割れ目)の登攀が連続し、セルフビレイを取ってスタカットで登る。 ヘンドリー氏が上から「クラック!、クラック!(足を岩の割れ目にねじ込み、岩のへりをつかんで登りなさい)」と下から見上げている私に何度も繰り返し叫ぶ。 背中に当たる暖かい太陽の光が登攀の緊張感を和らげ、また氏が先行している間は休めるので、不足気味の酸素の補給も充分に出来て助かった。

  am8:00、山小屋を出発してから3時間でとうとう主稜線上のコル(ガーベル)まで辿り着いた。 ガイドブックの所要時間とぴったり同じだったので嬉しくなる。 意外にもヘンドリー氏から、ここで再びアイゼンを着けるようにとの指示があったが、愚かにもコルに着いた安堵感からか、その理由について全く気に留めることはなかった。 ちょうど良い休憩となったので、行動食を頬張りながら写真を撮る。 コルは日溜まりのように暖かく、休憩場所としては最高であった。 氏も初めてここで食べ物を口にした。 相変わらず雲海は山や谷を埋め尽くしたままであり、空は快晴である。 同じような状況であった2年前のバール・デ・ゼクランへの登山のことを思い出す。 ここから山頂までの標高差はもう200m足らずだと思われ、ガイドブックにも山頂まで1〜2時間と記されていたので、“もしかしたら、このまますんなり登頂出来るのでは”という甘い考えが一瞬脳裏をかすめた。

  am8:10にコルを出発。 いよいよ憧れの頂を目指してのラストスパートに入った。 コルからは稜線上ではなく、陽の当たらない裏側(西側)に回り込み、寒々とした西側斜面を斜上しながら頂上を目指すようだ。 ところが稜線の裏側に回り込むと状況は一変した。 先ほどまでの暖かな陽射しに恵まれ風も無い東側とは全く異なり、そこには強い風が吹き荒れていて、また岩という岩には2cmほどの“エビのシッポ”がびっしりと張り付き、一面真っ白になっていた。 ヘンドリー氏が先ほどアイゼンを着けるようにと指示したのはこのためであった。 岩を攀じ登る時はこのエビのシッポを払わなければならないが、岩に固くこびり付いているためとても厄介である。 素人の私はこの状況を見てすっかり絶望し、即座に“この先の核心部の登攀は私には無理だ”と判断し、恐らく氏からも“ここから先はご覧のとおりルートの状態が悪く危険なので、残念ですがここで引き返すことにします”という決定が下されるに違いないと思った。 しかし予想に反して氏は全く躊躇せず、高度感はあるもののまだ足場のしっかりしている岩壁を、強風をもろともせずどんどん先へと突っ込んで行った。 行き詰まる所までは行こうというのか、それともこの程度のことはこの山では織り込み済みなのであろうか?。

  強い風に凍えながらしばらく半信半疑でヘンドリー氏のあとを追う。 登攀用の薄手の手袋はすぐに濡れてしまったが、スペアに替えてもすぐにまた濡れてしまうので、冷たくて我慢が出来なくなるまで交換せずに頑張る。 岩壁をしばらく斜上し、核心部の登攀に入った。 乾いていれば3級程度の快適な岩だが、ベルグラならぬエビのシッポのせいで、上から氏に確保されながらスタカットで登る。 1ピッチが長くなると、先ほどまでは良い休憩であった待ち時間が、風の寒さで苦痛となる。 再び長いクラックの岩壁の下に着くと、そこには20mほどの長さのフィックスロープが垂れ下がっていた。 意外にも氏から、それを使って登るようにと指示があったので、これも地元のガイド氏らによって取り付けられたものだと分かった。 今日のような状況では本当にありがたく、芥川小説の『蜘蛛の糸』のワンシーンが頭に浮かんだ。 ロープにしがみつきながら、無我夢中で長い1ピッチを登り終え、次の1ピッチを登る前に上を見上げた時、ホームページの写真で見た独特の山頂の岩の形が目に入り、目を凝らすとその上に十字架のような物も見えた。 あと僅か50mほどである。 ありがたいことに風も収まってきた。 もうここまで来れば、氏も引き返すことなく、何とか山頂まで連れていってくれるに違いない。 先ほどまでとは違い、何が何でもあの頂に立ちたいと願った。 登攀ルートは再び稜線に合流するようになり、周囲も明るくなってきた。 最後はあっけないほど易しい稜線上の岩登りとなり、小さなギャップを挟んで指呼の間に山頂の立派な十字架が見え、やっと憧れの頂への登頂を確信した。

  am9:00、人待ち顔の十字架のキリスト様に迎えられ、憧れのツィナールロートホルンの頂に辿り着いた。 再び眼前にはヴァイスホルンが大きく望まれ、ヘンドリー氏に連れてきてもらっただけなのに、何か自分が凄いことをやり遂げたような錯覚に陥った。 ただ展望台から羨望の眼差しで眺めていた神々しい山々の一つの頂に、今こうして立っているのは紛れもない事実であった。 「サンキュー・ベリー・マッチ!、ありがとうございました!」。 本当に頼もしい山男である氏に興奮しながらお礼を述べ固い握手を交わすと、意外にも氏から「今何時ですか?」と素っ気なく訊ねられた。 氏は時計をしていないのであろうか?。 「9時ちょうどです」と答えると、今度は「何時に山小屋を出発しましたか?」と訊ねられた。 「5時頃ですが・・・」と答えると、今度は何故かとても嬉しそうに「フォー・アワー!、パーフェクト(それは上出来だ)!」と褒めて?くれた。 エビのシッポの張り付いた十字架のキリスト様を抱きしめて、早速氏に記念写真を撮ってもらう。 今日は今まで感動を共にしてきた相棒の妻が隣にいなくて残念だ。 撮影が終わると、氏は“あとはどうぞお好きに”と言わんばかりに、少し離れた南側の陽当たりの良い所にどっかりと腰を下ろし、一人煙草を吸い始めた。 一方、私は憧れの山に登れたという達成感のみならず、素晴らしい展望を誇るこの山の頂に全く興奮が覚めやらない。 雲海に浮かぶマッターホルンの北壁は言うに及ばず、すぐ隣に聳えているオーバーガーベルホルン、ダン・ブランシュ、ヴァイスホルンの岩峰のカルテットの眺めが正に圧巻であった。 明日アタック予定のオーバーガーベルホルンの登攀ルートも良く見渡せた。 支峰のヴェレンクッペを越えていくそのルートは今日以上に遠く、また険しそうであったが、百戦錬磨の氏ならきっと私の夢を叶えてくれるだろう。 山頂から見える山に登りたくなるのが私の常だが、今回諦めたヴァイスホルンや計画外であったダン・ブランシュにも無性に登りたくなってきた。 雲海に浮かぶ周囲の山々の写真を何枚も撮り、いつの日かその頂に立つことを夢見て一人悦に入った。


妻の見送りを受けてヒュッテを出発する


未明のマッターホルン


満月の明かりに照らされたオーバーガーベルホルンとダン・ブランシュ(右)


南東稜から見たツィナールロートホルンの頂稜部(左の稜線の凹がガーベル・右端の凸が山頂)


雲海越しのモンテ・ローザ(左端)と辿ってきた南東稜(手前)


主稜線上のコル(ガーベル)直下の3級程度の岩場


ツィナールロートホルンの山頂直下


ツィナールロートホルンの山頂


山頂から見たヴァイスホルン


山頂から見たマッターホルン


山頂から見たオーバーガーベルホルン(手前)とダン・デラン(奥)


山頂から見たダン・ブランシュ


山頂で寛ぐヘンドリー氏とドム(右)


山頂から見たメッテルホルン(中央)


  am9:20、あっと言う間に時間は経過し、ヘンドリー氏はおもむろに腰を上げた。 夢から現実に戻る時が来たのだ。 キリスト様に別れを告げ、もう二度と来ることは叶わない憧れの頂を後にした。 いつものように私が先頭になり、一旦解けた気合を入れ直して先ほどの記憶を呼び起こしながら稜線上を辿る。 間もなく陽の当たらない寒々しい西側斜面に入るとルートも不案内になり、一気に緊張感が高まった。 アイゼンを着けているため逆に足場が不安定で、全く気を抜ける所がない。 再び風も出てきた。登りでは3級程度だった岩壁が凍結のため4級にも感じる。 だが一番心配だったのは、何度か懸垂下降で下りた時のことであった。 懸垂で私が下に着いた後にヘンドリー氏が繋いでいるザイルを岩に絡めるだけの簡易な確保でクライムダウンしてくるのであるが、今日は他に登ってくるパーティーも期待出来ず、万が一氏が墜落して行動不能になった時に、一人で山小屋まで帰ることが出来るかどうか急に不安になった。 何も指示されてはいなかったが、登っている時以上に氏の動きに注目し、墜落に備えてザイルが弛まないように常に最適の状態に保つ。 しかしそんな素人のつまらぬ心配をよそに氏は巧みに下降を続け、私の不安も取り越し苦労に終わった。

  核心部の下降を終え、ガーベルのコルに向けて下っていく所で、ようやくオーストリア隊が登ってきた。 彼らはこの段階ですでに私達より2時間遅れであり、てっきり途中(ガーベルのコル)で引き返したものとばかり思っていた。 スムースにすれ違いが出来る所だったので、オーストリア隊のガイド氏がヘンドリー氏に先の状況を色々と訊ねていた。 技術はあっても初めての異国の山のガイドは大変だ。 クライアントも相当苦労していることだろう。 二人を励まして見送ると、間もなく3人のガイドレスのパーティーも相次いで登ってきたが、その後はもう誰にも出会うことはなかった。

  am10:25、登りよりも長い時間を費やし、ガーベルのコルに到着。 相変わらず風もなく日溜まりとなっているコルで10分ほど休憩する。 ヘンドリー氏は再び煙草に火をつけた。 空はますます青くなり、雲海は未だにその高度を保ったままだ。 相棒の妻もそろそろこの雲海を突き抜け、メッテルホルンへ向かうトレイルの途中からこちらを眺めていることだろう。 今日は一緒に同じ山を登れなくて残念だったが、違った視点での情報交換が楽しみだ。

  コルからの下降は岩も乾いているうえ、“生きて帰れる”という安堵感も加わって先ほどまでの緊張感は全く無くなり、またヘンドリー氏にも先を急ごうとする雰囲気が感じられなくなったため、所々で氏に断りながら山頂方向の写真を撮らせてもらう。 ナイフエッジの雪稜も鼻歌交じりに通過し、大きく雪庇の張り出した広い尾根で最後の休憩をした後、稜線を外れ少しザラメ状になり始めた氷河の斜面をどんどん下る。 登ってきた正しいルートの一部をショートカットする形で“登竜門”のクーロワールを下降し、最後の氷河を取り付きに向けて真っすぐにどんどん下る。 氷河の取り付きでアイゼンを外し、ザイルが解かれると、とたんに気が抜けてしまい、手袋を忘れてきてしまった。

  pm1:00前に山小屋に無事到着。 お礼の握手を交わすと、再びヘンドリー氏から「パーフェクト!、グッド・クライミング(今日は会心の登山でしたね)!」と労われ、明日のオーバーガーベルホルン登山に向けてのハードルを無事クリアーしたようであった。 着替えをした後、氏を誘い食堂で遅い昼食をとる。 天気が良いため食堂はとても暖かく、昨日の寒さが全く嘘のようだ。 氏の勧めで『レシュティ』(地元の家庭料理で、短冊状に切って焼いたジャガイモの上に、卵、ソーセージ、ホウレン草等を乗せたもの)を注文したが、町のレストランでもこんなに美味しいものは食べたことがないほど美味しかった。 昨夜の夕食もそうであったが、この山小屋の女性スタッフは本当に料理上手だ。

  昼食後はヘンドリー氏との歓談もそこそこに明日に備えて昼寝を決め込んだ。 ふと、妻の安否が気になったが、石橋を叩いても渡らない性格だから大丈夫であろう。 夕方近くに目を覚まして山小屋の中をぶらぶらしていると、オーストリア隊のガイド氏と再会した。 今日の登頂を祝して雑談を交わすと、当初マッターホルンを登る予定でツェルマットに来たが、まだルートの状態が悪くて登れないので、急遽この山(ツィナールロートホルン)を登ることになったとのことであり、明日はツェルマットに下山後、ヘルンリヒュッテに行き、イチかバチか明後日マッターホルンにアタックされるとのことであった。 ヨーロッパアルプスの一端が属するオーストリアにも素晴らしい山は沢山あるが、日本と同様に4000mを超える山がないので、オーストリアの登山愛好家もスイスの4000m峰には強い憧れがあるらしい。 私も将来、オーストリアの最高峰であるグロース・グロックナー(3798m)やオルペラー(3478m)やハービヒト(3280m)といった名山に是非登りたいという話をすると、「ここに連絡を頂ければ私か他の者が案内(ガイド)しますよ」と言って、『ポール・ホーバル』と記されたチロルのガイド組合の名刺をいただいた。

  pm6:30、夕食の時間となり食堂に行くと、今晩はフランスから来たという(ガイド?)パーティーと同席することとなった。 彼らも明日はオーバーガーベルホルンに登られるとのことだったので、「私は全くの素人なんですが、今日は隣にいる素晴らしいガイドさんにツィナールロートホルンに連れていってもらったんです。 明日はオーバーガーベルホルンまで背負っていってもらう予定です」とジェスチャーを交え話しかけたところ、片方のガイドらしき人が、「貴方のガイドさんはとても報酬が高い。 私は公認のガイドではないので、報酬?はとても安いんです。 ただし安い分クライアントは大変なんですよ!」と隣にいる中年の男性客を見ながら笑い飛ばし、食卓は和やかな雰囲気になった。 夕食の献立はスープ(ミネストローネ)、菜っ葉のサラダに続き、メインディッシュはチキンソテーであったが、インゲンのベーコン巻きや冷凍ではないポテトフライも添えられ、とても3000mを超えた山小屋で作った料理とは思えないほど美味しかった。 食後は昨日同様フランス隊のガイド氏がヘンドリー氏にルートの状況を詳しく訊ねていた。 多分彼も初めての山なのであろう。 私も明日のスケジュールを氏に確認すると、今日と全く同じで、am4:00から朝食が始まり、食べ終わり次第の出発で良いとのことであった。

  pm8:30、明日の長い行程に備えて早々に就寝したが、間もなく誰かが部屋に入ってきて私を起こした。 何か緊急の用事かと思って慌てて起きたが、その人はトリフトヒュッテで妻から私宛の手紙を託され、わざわざ届けてくれたのであった。 単独行の妻も無事だったようで安堵した。


南東稜から見たオーバーガーベルホルン(右)とマッターホルン(左)



南東稜から見たオーバーガーベルホルン(左)とダン・ブランシュ(右)


南東稜から見たヴァイスホルン


南東稜から見たメッテルホルン


写  真    ・    ヨーロッパ    ・    想い出の山    ・    T O P