ヴァイスミース(4023m)

  8月27日早朝、天気が気になって目が覚めると、図らずもモルゲンロートに染まり始めているマッターホルンの雄姿がベランダから見えた。 少し得をしたような気分になり、写真を撮りながら眺めていると分刻みに山肌の色が変わり、1時間後には昨日の降雪で真っ白に雪化粧したマッターホルンが青空の下に眩しいほどに輝いていた。 その素晴らしい景観は観光客にとっては大歓迎であるが、登山者にとっては全く有り難くないものであるから皮肉なものだ。 私も昨日雪さえ降らなければ、今頃はツィナールロートホルンの頂へアタックしていたことであろう。 am7:00の天気予報では今日・明日と4日後が快晴となっていた。

  am9:00前にホテルを出発し、アルパインセンターへと向かう。 今日も昨日の天気予報以上の晴天となり悔しいかぎりだ。 マッターホルンが登れないためか受付は空いており、滞在期間が無いので何とか明日ツィナールロートホルンに登りたいと食い下がっている外国人と私達だけであった。 早速オルウェルさんがロートホルンヒュッテに電話を入れ、「am10:00頃にヒュッテから下りてくるガイドがここに立ち寄るので、その時に最新の状況が分かると思います」と説明してくれたので、この提案に従い1時間近く待つことにした。 ホテルに戻るのも面倒なので、情報交換の場所としては一番良いアルパインセンターの中で時間をつぶす。 しばらくすると原田さんご夫妻もやって来られたので、再度お互いの健闘を誓い合うと共に、これも何かの縁と住所交換をさせていただく。 私も悔しい気持ちで一杯だったが、マッターホルンを登りに来られたご夫妻はなおさらのことであろう。

  結局そのガイドはアルパインセンターには立ち寄らず電話連絡だけが入ったようであったが、それによるとやはり昨日の雪で一旦状態が良くなったルートが再び悪くなったため、しばらくはまた困難な状態が続くとのことであった。 オルウェルさんから「ルートの状態が悪い時に無理して登るより、滞在期間がまだあるのであれば状態の良いヴァイスミースとラッギンホルンを先に登ったらいかがですか?」とのアドバイスがあった。 もともとヴァイスホルンを第一目標にしていたため計画(優先順位)は変えたくなかったが、何処にも登れなくなってしまっては元も子もないので、この提案を素直に受け入れることにした。 意外にもオルウェルさんは早速現地(サース・フェー)のガイド組合に電話を入れて、ガイドの手配のみならず“山小屋(ホーザースハウス)に連泊してそこから各々の山をアタックしたい”という私達の希望が叶うように交渉してくれ、当初日本語観光案内所を通じての依頼では叶えられなかった計画を、ベテランの手腕により僅か数分の間で手配してくれた。 私達のために骨を折ってくれたオルウェルさんにチップを手渡してホテルに戻り、時刻表を片手にツェルマットの駅へと急いだ。

  pm0:10発の電車に乗り、シュタルデンへと向かう。 登山口となるサース・グルントや今日宿泊する山小屋には4年前に一度“下見”に行ってるので、全く迷う心配は無い。 また、シュタルデンからのポストバスの乗り継ぎが悪く、同駅で必ず待たされることも記憶に新しい。 シュタルデンの駅のベンチでバスを待ちながらランチタイムとし、ブリークからやってきたpm1:44発のポストバスに乗り、サース・グルントへ向かう。 車窓からはビーチホルンがとても良い角度で望まれ、今朝のマッターホルンに続き何か得をしたような気分であったが、午後に入ってからも快晴の天気は続き、“こんな天気の良い日を移動日にするのは本当にもったいない”とボヤかずにはいられなかった。

  30分ほどバスに揺られた後、サース・グルントの一つ手前のバス停で下車し、バス停の近くにあった『コープ』で行動食とミネラルウォーターを買ってからゴンドラに乗り込んだ。 今日は自分の足を全く使わずに3100m付近にある山小屋までアプローチが出来るため全く楽チンだ。 ゴンドラは谷間に拡がるサース・グルントの集落から一気に急斜面を這い上がると、間もなく車窓からドムを盟主とするミシャベルの峰々が眼前に大きく姿を現した。 途中駅のクロイツボーデン(2397m)で景色を眺めるために一旦下車すると、背後には憧れのヴァイスミースとラッギンホルンが私達を歓迎するかのように大きく聳えていた。 ここから望む両山は隣り合わせにありながら、前者はなだらかで丸みを帯びた純白の雪山であり、後者は赤茶けた岩肌の痩せた荒々しい岩峰という正に対照的な山容をしているのが面白い。

  クロイツボーデンからゴンドラを乗り継ぎ、pm3:30に今日と明日宿泊する山小屋のある終点のホーザース(3098m)に着いた。 同駅のすぐ傍らに建っているホーザースハウスはツェルマット周辺の洒落た石造りの山小屋とは違った木造の平屋の地味な建物であり、それがまた周囲の景観にとてもマッチしている。 この味わい深い山小屋に泊まって朝夕の景色を楽しむことも前回からの宿題であり、今回図らずもそれが叶えられたことは本当に幸運であった。 女将さんに挨拶をして宿泊の手続きをしたが、女将さんはあまり英語が上手ではなく(もっとも私達はそれ以下であるが)、先程アルパインセンターを通じて予約をしてあるにもかかわらず少々苦労した。 意外にも狭い山小屋の内部は殆どが食堂のスペースで占められていたため、私達の寝室として案内されたのはゴンドラの駅舎の上にあった屋根裏部屋であった。 外からは全く想像も出来ない所に、上下で10人ほど寝れる4畳半ほどの広さの小部屋が4つほどあり、思わぬ“別館”の存在に驚かされた。 先程の予約の段階ではガイド氏もまだ決まっていなかったので、山小屋の広いテラスから憧れのヴァイスミースやラッギンホルンを眺め、その頂に思いを馳せながら、それらしき人がゴンドラで上がって来るのを待つことにした。 果して今回はどんな人であろうか。 ステファン氏のように優しい方なら良いが・・・。

  pm5:00過ぎに、ザイルを担いだ背の高い若い人が一人で食堂に入ってきたので、一目でその方が私達のガイド氏であることが分かった。 早速元気良く挨拶を交わし、自己紹介をする。ガイド氏の名前はイワン・インボデン、生まれはスイスであるが、母親はイタリア人であるとのことであった。 陽気で少しはにかみがちな氏の仕草には、正にそれが表れていた。 イワン氏は住まいがここ(サース・フェー)とツェルマットの中間にあるザンクト・ニクラウスなので、ツェルマットとサース・フェーの両方のガイド組合に属しているとのことであり、今回の私達の希望と氏のスケジュールがぴったり合ったようだ。 今日はアラリンホルンをガイドされたとのことであった。 氏はまだ30歳で、先日お世話になったステファン氏と同様にガイド歴は5年とのことであったが、過去に何度か日本人をガイドした経験があるという。 氏の印象では、日本人はマッターホルンを登りたいという気持ちが他の(外国)人より強く、また天気が悪くてもなんとか山頂まで行きたがる傾向があるとのことで、正に的を得た認識を氏が持たれていたことに、思わず相槌を打ちながら苦笑いした。 スイスの山の中では地元のヴァイスホルンが一番好きで、外国ではK2に興味があるとのことであった。 私達も今回が5度目のアルプス山行であり、先週のピッツ・ベルニーナを始め色々な山に登っているという経験談を話し、氏とのコミュニケーションを図った。 雑談中に私が時々メモを取っていると、氏は「何故何回もスイスに来ているのに、同じガイド(プライベートガイド)にしないのですか?。 その記録を書く時にその方が(話題が豊かになって)良いのですか?」と不思議そうに訊ねてきたので、「単に言葉(英語)が苦手なので、上手くやりとりすることが出来ないんです」と苦笑いしながら答えた。

  pm6:00に夕食となったが、ヴァイスミースとラッギンホルンは朝一番のロープウェイに乗れば麓から日帰りでも登れる山なので、平日である今日の宿泊客は30名ほどであった。 連泊となるこの小さな山小屋でどんな料理が出るのか楽しみであったが、クリーミーなクノールスープのようなものが最初に配膳され、メインディシュはブラウンソース仕立ての大きなミートローフと付け合わせはマカロニ、人参、グリンピースとシンプルなものであったが、味はとても美味しかった。 もちろん全てお代わりは自由である。 夕食後は引き続きそのままの席でイワン氏と歓談する。 氏に海外の山の経験を訊ねてみると、ドロミテ(イタリア)でのクライミングが主で、唯一の山行は意外にも昨年の秋にガイドとして登られたキリマンジャロであるとのことであった。 私達も数年前に登ったことがあると意気投合し、お互いに「ジャンボ!」と言っておどけあった。 登山予定のヴァイスミースとラッギンホルンのルートの状況や難易度を訊ねると、ラッギンホルンは意外にも例年より雪が少ないとのことであり、また両山とも易しい山なので、私達のアルプスでの登山経験からすれば全く心配は要らないとのことであった。 明日のスケジュールを確認すると、am5:00から始まる朝食を食べた後、6:00頃に出発すれば良いので、ヘッドランプは要らないとのことであった。

  イワン氏との雑談のネタも尽きてきたpm8:00頃から“夕焼けショー”が始まると、私達を含めテラスに出て写真を撮る人が多かった。 この山小屋には麓からゴンドラに乗るだけで来られるので、宿泊客の中には一般の観光客もいるようだった。 夕陽に照らされ金色に輝いていたヴァイミースの山肌は、夕陽がミシャベルの山々の稜線から沈むと、今度は淡いピンク色に染まり始めた。 今日は山に登れなくて残念ではあったが、朝焼けに染まるマッターホルンと夕焼けに染まるヴァイミースをじっくり鑑賞し、その姿を写真に収めることが出来たことで大満足な一日となった。 後は明日あの憧れの頂に快晴の天気の下に辿り着くことが出来たら100点満点である。 pm9:00過ぎにイワン氏と食堂で別れ、歩いて1分ほどの別館に戻り早々に就寝した。


ホテルのベランダから見たマッターホルン


サース・グルントへ向かうバスの車窓から見たビーチホルン


クロイツボーデンから見たドムを盟主とするミシャベルの峰々


クロイツボーデンから見たラッギンホルン


クロイツボーデンから見たアラリンホルン


ゴンドラの終点のホーザースの駅


ゴンドラの駅舎の屋根裏部屋が山小屋の寝室になっていた


ホーザースハウス(背後はラッギンホルン)


ホーザースハウスから見たヴァイスミース


山小屋の夕食のメインディシュ


アーベンロートに染まるヴァイスミース


  8月28日、am4:30起床。 身支度を整えて本館の食堂へ向かう。 気温は低いが、有り難いことに風も無く満天の星空であった。 昨日の天気予報でも快晴を告げていたので、期待が高まり早くも胸が踊り始める。 “私は本当に単純な人間だなあ”とつくづく思う。 少し遅れて食堂に現れたイワン氏と予定どおりam6:00ちょうどに山小屋を出発。 ガイドブックによれば山小屋から山頂までの所要時間は3〜4時間と短く、クレバス以外の危険は無い山なので全く気は楽だ。 空は僅かに白み始め、5分ほど先にある氷河の取り付きまでの幅の広い岩屑のトレイルにヘッドランプは不要であった。 右手にはドムを盟主とするミシャベルの山々の白い山肌が、まだ明けぬ夜空にシルエットのように浮かび上がり、これから始まるドラマチックな朝焼けのシーンに付加価値をつけている。

  取り付きでアイゼンを着け、アンザイレンして慎重にクレバス帯を登り始める。 ふと、4年前に霧に煙る中を“下見”と言い聞かせてここを訪れたほろ苦い思い出が蘇ってきた。 20分ほど登り体が温まってきた頃、西の空がピンク色に染まり始め、イワン氏に声を掛けて早くも写真タイムとさせてもらう。 その直後に今度はミシャベルの山々の白い山肌がモルゲンロートに染まり始め、すぐにまた足を止めて写真を撮らせてもらうが、氏は快く何度もそれを許してくれた。 北側の斜面を登っているため、御来光を拝むことは出来なかったが、すでに周囲には白い山肌と青空しか見えず、絶好の登山日和となったようだ。 突然今度は氏が足を止め、ルートから少し外れた雪壁に立てかけてあったアルミの大きな梯子を指して、「あれは昨年の猛暑でクレバスが開き過ぎた時に使った物です」と説明してくれた。 クレバス帯を登り終えると、大勢の登山者によって踏み固められた幅が50cmほどある明瞭なトレイルが現れ、以後山頂までそれは続いていた。 氏のペースも昨夜の“公約”どおり非常にゆっくりであり、私はもちろんのこと心配性の妻もすでに登頂を確信したようで、「今日の天気ならガイドレスでも登れたね〜」と軽口を叩くほどであった。

  取り付きから1時間ほど登ると、主稜線に上がる手前に唯一アクセントを付けている大きな岩が露出している所に着き、そこで最初の休憩となった。 先行していた一組のパーティーもそこで休憩していた。 そこは主稜線への取り付きであるばかりか素晴らしい展望台でもあり、足下のサース・タール(谷)を挟んで大きく聳え立つドムが圧巻であった。 モンテ・ローザも良く見える。 「今日は良い天気になりましたね!」とイワン氏に全身で喜びを表現すると、氏は間近に見える山並みを指し「来年はあのリムプフィシュホルン(4199m)を登りに行きませんか?。 あそこにはブリタニアヒュッテという山小屋があって、そこを拠点にすれば翌日シュトラールホルン(4190m)にも登れて非常に効率的ですよ」と、まだ今日の山の頂にも着いていないのに、笑いながら話しかけてきた。 氏も今日の好天に上機嫌なのであろう。

  10分ほど休憩した後、山頂に向けて真っすぐに延びる主稜線の左側をキープしながら(右側は急な崖となっているのであろう)緩やかに登る。 すでにホーザースハウスは足下に小さく見え、ペースは遅いものの短時間で効率良く標高を稼いだようであった。 左手には明日登る予定のラッギンホルンが、この山とは対照的に雪のない岩肌をさらして鎮座している。 トレイルは相変わらず明瞭で、今夏の悪天候もこの山に関しては全く影響がなかったことが分かった。 今日の登山には“苦しい”とか“辛い”とか“不安”という登山中に一度は感じる要素がまるで無い。 唯一心配なのは、こんなに楽な登山を体が覚えてしまうと、これから予定しているヴァイスホルンのような厳しい山が登れなくなってしまうのではないかということである。

  しばらくすると未明に出発したと思われるパーティーがもう下山してきた。 今日中にラッギンホルンにも登るつもりなのであろうか?。 すれ違い際彼等に「リミテッド・エクスプレス!」と声を掛けると、彼らは苦笑いしていたが、イワン氏は私達に「ベリー・ビジー(忙しいのは嫌いだ)!」と吐き捨てるように言った。 相変わらず主稜線の左側をキープしながら緩やかに登っていくと、ちょっとした広場となっている平らなコルに着いた。 ようやくここで私達にも太陽が当たり始めると、イワン氏はとても嬉しそうに空に向かって何やら大きな声で叫んだ。 風もなく日溜まりとなっているそのコルで休憩となったことは言うまでもない。 ここからは山頂も指呼の間に見え、山頂に向けて一筋の明瞭なトレイルが真っすぐに伸びていた。 どうやら先行しているのは先ほどの1パーティーだけのようであった。

  コルからは再び主稜線の左側につけられている日陰のトレイルを登る。 傾斜が少し増して高度感も出てきたが、締まった雪はアイゼンが良く利きとても登り易かった。 左手のラッギンホルンにも良く陽が当たるようになり、写真を撮ろうとイワン氏に声を掛けると、氏は笑いながら「それは構いませんが、山頂まであと5分ですよ」と言った。 氏の言ったとおり間もなく傾斜は緩み、稜線は陽光に満ち溢れたなだらかな雪のスロープとなった。 数十メートル先に見えるパーティーのいる所が山頂であろう。

  am8:55、出発してから僅か3時間足らずで憧れのヴァイスミースの山頂に辿り着いた。 大きな雪庇の張り出した広い山頂に十字架は無かった。 雲一つ無い青空の下、すぐ隣のラッギンホルンの右にはフレッチホルン(3993m)が顔を揃え、その遙か後方には昨年訪れた懐かしいベルナー・オーバーラントの名峰の数々が遠望された。 モンテ・ローザはツェルマットからの見慣れた山容とは全く違う姿で望まれ、相変わらずドムを頂点とするミシャベルの山々は恰好の被写体を提供している。 絶好の天気に恵まれ、何の苦労もなく辿り着いた頂には達成感や安堵感といった言葉は見当たらない。 何と穏やかで幸せに満ちたアルプスの頂であろうか!。 「サンキュー・ベリー・マッチ!、パーフェクト!」。 イワン氏と満面の笑顔で握手を交わす。 氏も絶好の天気に恵まれた頂に、一人の登山者として喜びを表していた。 妻も全く疲れた様子は無く、余裕の笑顔だ。 妻に続いて3人組のパーティーとも握手を交わし、お互いに記念写真を取り合った。 写真撮影や行動食の補給もいつものように慌ててすることはない。 2台のデジタルカメラとコンパクトカメラで気が済むまで周囲の写真を撮った。 4年前に悪天候で登山を断念した悔しさも報われ、先日のピッツ・ベルニーナ、ピッツ・パリュに続き、相次いで雪辱を果たすことが出来て気持ちも晴々とした。 妻と山座同定を楽しんでいると、イワン氏もさり気なくこれに加わり、私達の知らないイタリア側の遠くの山や湖、そして周囲の低い山の名前を一つ一つ丁寧に教えてくれた。 モンテ・ローザの足下に見える湖は、1965年に氷河が大崩落して大勢の死者が出たために造られた人造湖であるとのことであった。 私達の登ってきたルートの反対側にはアルマゲラー小屋(2860m)から登ってくる明瞭なトレイルがあり、二組のパーティーが相次いで登ってきたのは意外だった。 

  am9:40、快晴無風の山頂に45分ほど滞在した後、イワン氏に促されることもなく私を先頭に下山にかかった。 急いだ訳でもないのに30分ほどであっと言う間に主稜線を下り終え、先ほど休憩した大岩の辺りに着くと、土曜日ということもあってか麓からの日帰り登山者達が次々に登ってくるのが見えた。 さながらブライトホルンやモン・ブランのような賑わいだ。 すでに気温は上昇し、雪も腐り始めてきているので、快適な登山にはならないだろう。 当初の計画どおりであれば、私達もあの集団の中にいたと思うと、今回は正に“災い転じて福となす”との諺どおりであった。 少し優越感に浸りながら登ってくる多くの登山者達に道を譲り、鼻歌交じりにマイペースで下る。 相変わらず楽しさに満ち溢れた登山である。 しかも今日は山小屋に連泊するため麓まで下ることもない。 下部のクレバス帯からはイワン氏が先頭になり、クレバスを跨いだり飛んだりしながら和気あいあいと進んだ。

  am11:00、ホーザースへは目と鼻の先である氷河への取り付きに到着。 憧れのヴァイスミースへの極楽登山は終わった。 登攀具を外してしばらくのんびりと寛ぐ。 取り付きからの岩屑のハイキングトレイルには氷河見物の日本人観光客も散見され、そのうちの一人に「あの山は登ることが出来るんですか?」と訊ねられ、何故かそれが少し誇らしかった。 am11:30に山小屋に到着。 別館で着替えをした後、食堂でイワン氏と昼食を共にする。 氏の勧めで注文した通称『ポパイ』という料理は、下の土台となっているパンにワインがたっぷりとしみ込んでいたので、お腹が一杯になったことも手伝って急に睡魔が襲ってきた。 しばらく氏と歓談した後、天気も少し崩れてきたため、別館の寝室で昼寝を決め込んだ。

  眠っている間にさらに天気は悪くなったようで、目覚めた時にはすでにヴァイスミ−スは雲の帽子を深く被っていた。 あっという間にpm6:00からの夕食の時間となり食堂に行くと、今日は土曜日ということもあって昨日の倍以上の宿泊客で賑わっていた。 今晩のメインディシュは豚肉を柔らかく煮たものと山小屋のメニューの定番であるマッシュポテトであり、昨夜に続きとても美味しかった。 麓からのゴンドラが新鮮な食材を運んでくれるからであろう。 残念ながら天気は回復せず昨日のような素晴らしい“夕焼けショー”は叶えられなかったが、雲の合間から稜線に沈む夕陽だけは辛うじて見ることが出来た。

  夕食後イワン氏に今後登山を予定している三つの山々についの話をすると、私のアルプスでの登山経験からすれば、全て登れるのではないかという嬉しい“お墨付き(社交辞令?)”を頂くことが出来た。 尚、通常ヴァイスホルンは6時間、オーバーガーベルホルンは5時間、ツィナールロートホルンは4時間で登れるとのことであり、私がガイドブックを読んで予想した時間より全て1時間短かった。 すでにアルパインセンターでガイドの予約はしてあることを氏に話したところ、意外にも氏は笑いながら「予約をキャンセルして私と一緒に登りませんか?」と提案してきた。 今日一緒に登ったことで氏には“良い客”に思えたのであろうか?。 もちろん私も氏なら申し分ないし、そう願いたかったが、今年はこれらの山のルートの状況が悪く、他の山に変更せざるを得ない可能性があったことと、会話に自信がないため電話だけでは詳細なやりとりが出来ない(携帯電話もない)ので、折角の氏からの誘いを苦笑いしながら断らざるを得なかった。 多分“プライベート”にした方が所属先のガイド組合へのマージンを支払わなくて済み、氏の手取りが増えるからであろう。 氏のあっけらかんとした合理的な提案に、いかにもイタリア風な気質を感じた。


ミシャベルの山々の白い山肌がまだ明けぬ夜空にシルエットのように浮かび上がる


ミシャベルの山々がモルゲンロートに染まり始める


取り付きから西稜の肩に向けて登る


西稜のコルから見たヴァイスミースの山頂


ヴァイスミースの山頂直下


ヴァイスミースの山頂


山頂から見たラッギンホルン    背後はベルナー・オーバーラントの山々


山頂から見たモンテ・ローザ


山頂から見たドムを盟主とするミシャベルの山々


山頂から見た東側の風景


山頂から遠望したアレッチ氷河とフィンスターアールホルン(右上)


西稜のコルから見たヴァイスミースの山頂


西稜のコルから見たラッギンホルン


中間点の露岩付近から見た山頂


中間点の露岩付近から見たビーチホルン


氷河の取り付きから見たドム(中央)


ホーザースハウスの食堂


山 日 記    ・    T O P