ピッツ・パリュ(3905m)

   8月23日、am5:00起床。 今日も見事な星空だ。 朝一番でピッツ・ベルニーナの頂を目指すパーティーが出発したためか、あるいは皆下山するだけなのか分からないが、昨夜の賑わいが嘘のように食堂は空いていた。 今日はクラスタギュッツアからベラビスタに至る稜線の肩を縦走してピッツ・パリュ(3905m)を登り、出発点のディアヴォレッツァの展望台に下るという行程だが、ステファン氏の説明ではルート上に昨日よりも難しい所は無く、山小屋からピッツ・パリュまでの単純標高差は約300mしかないため、縦走登山というよりは下山という印象が強く、昨日と比べてて全く気楽だ。

   ゆっくり朝食をとり、am6:00過ぎに山小屋を出発。 すでに夜明けは近く、ヘッドランプは不要だった。 ほぼ水平なトレイルを峠から吹く強い風に後押しされながら歩き始めると、幾重にも鋸の歯のように途切れることなく連なる周囲の山々の上空が茜色に染まり、稜線漫歩しながら素晴らしいアルプスの夜明けのシーンを鑑賞することが出来た。 もちろん写真撮影はいつでもOKだ。 憧れの頂のピークを踏むことが一番の目標だが、アルプス山行で最も印象的で感動するのは、このような素晴らしい景観に遭遇した時だ。 間もなく左手のピッツ・ベルニーナが朝陽に照らされ黄金色に輝き始めた。 ステファン氏に声を掛け写真を撮る。 ほぼ同時にスタートしたアメリカ隊は撮影に夢中でまだ後ろにいる。 トレイルは予想以上に易しく、また氏のペースも遅いため、昨日のピッツ・ベルニーナの登頂の余韻に浸りながらの快適な稜線漫歩が続く。 地元のガイド組合がここを一般ルートとして採用している理由が分かった。 氏とのコミュニケーションも充分にとれているので、このまま良い天気が一日続けば、本当に楽しいアルプスの一日となるだろう。 背後から吹き続ける風が、足元の乾いた雪を前方に運び、芸術的なシュカブラに磨きをかけている。 1時間以上も“氷河トレッキッング”のような快適な登高を続けると、トレイルは右手の稜線のコルに向けて徐々に高度を上げるようになり、am8:00過ぎにピッツ・パリュの西峰とベラビスタの間の稜線のコルに着いた。 ディアヴォレッツァの展望台からは想像もつかないが、コルの向こう側には目を見張るような広大な万年雪原が拡がっていた。

   ステファン氏がザイルを短く結び直すため少し休憩してから、西峰・本峰・東峰の3つのピークから成るピッツ・パリュへの登りにかかる。 先行しているパーティーが多く、ルートの状況が手に取るように良く分かる。 ここからルートは稜線通しとなったが、雪が岩に変わっただけの快適な登高だった。 30分ほどで目立たない小ピークに到着。 ここが西峰とのことで、少し下った先で写真タイムとした。 眼前には丸いなだらかな頂の本峰が見えたが、こちらも西峰と同様にルートは易しそうだった。 ミックスの易しい岩場を西峰と本峰との間のコルに向けて下り、コルからなだらかな広い雪のスロープを20分ほど登ると、およそ山頂とは思えない平らな広場のような所に着いた。 100mほど先にペール氷河に向けて大きく張り出した雪庇に向かって歩いているアメリカ隊の姿が見えた。 あの雪庇の上が山頂(最高点)に違いない。 振り返るといつの間にかピッツ・ベルニーナもだいぶ遠くになっていた。


マルコ・エ・ローザ小屋からピッツ・パリュへ


素晴らしいアルプスの夜明け


朝陽に照らされ黄金色に輝き始めるピッツ・ベルニーナの頂稜部


マルコ・エ・ローザ小屋からピッツ・パリュへの快適な稜線漫歩


マルコ・エ・ローザ小屋とピッツ・パリュの間から見たピッツ・ベルニーナ


ピッツ・パリュ西峰とベラビスタの間の稜線のコルから見た広大な万年雪原


ピッツ・パリュ西峰への登り


ピッツ・パリュ西峰から見たピッツ・ベルニーナ


ピッツ・パリュ西峰から見たピッツ・パリュ


   am9:30、山頂で女性ガイドと写真を撮り合っているアメリカ隊に続き、私達もピッツ・パリュの頂に辿り着いた。 妻と交互にステファン氏と握手を交わした後、アメリカ隊の男性客とも「コングラチュレーション!、ユー・アー・ウイナー(貴方の勝ちだ)!」とおどけながら握手を交わしてお互いの登頂を讃え合った。 山小屋からの行程が楽だったこともあり、いつものようにこみ上げてくる感動や達成感というものは無かったが、昨年から数えて三度目のチャレンジでようやく辿り着けた嬉しさと安堵感で胸が一杯だった。 間もなくガイドレスの3人組のイタリア人のパーティーが相次いで到着すると、山頂は賑やかで楽しい雰囲気に包まれた。 いつもなら狭い山頂での写真撮影には気を遣うが、ここでは全くその心配は要らないので、皆でお互いの記念写真を撮り合った。 周囲の山々の写真を一通り撮り終えてから、山頂から一段下がった平らな場所にどっかりと腰を下ろし、休憩というよりは日向ぼっこに近い感じで30分ほど寛ぐ。 快晴の天気に恵まれた憧れの頂からの素晴らしい展望は、一昨日の敗退の悔しさを帳消しにしてさらにお釣りがくるほどだった。 この二日間でベルニナ山群の景観を充分に堪能することが出来たので、天気を心配しながらぎりぎりのスケジュールであえて明日ピッツ・ロゼッチを登ることもないので、氏に明日は山に登らないことを打診した。

   am10:00過ぎ、ステファン氏に促されることもなく腰を上げ、最後のピークの東峰に向かって私が先頭になって下り始めたが、ここからはそれまでの易しいルートから一変してナイフエッジの雪稜の急斜面となった。 雪も少し柔らかくなり始めていたので、ピッケルを深く刺し込み小刻みなステップで一歩一歩慎重に下った。 一昨日の悪天候ではこんな所は絶対に登れないので、あらためて氏の判断が正しかったことが分かった。 10分ほどでナイフエッジの雪稜を無事下り終えると再び幅の広い尾根となり、5分ほど登り返すと平らで小広い東峰の頂に着いた。 ピークからの写真撮影が済むと、意外にも氏はトレイルを外し、私達をペール氷河に向って張り出している雪庇の方に導いた。 氏に促され下を覗き込むと、急峻な雪と岩の顕著な尾根がペール氷河からこの頂に突き上げていた。 氏の説明によれば、『東尾根ルート』という氏も大好きな人気のヴァリエーションルートで、ガイド登山であれば私達でも登れるとのことだった。


ピッツ・パリュの山頂


ピッツ・パリュの山頂から見たピッツ・パリュ東峰


ピッツ・パリュ東峰の山頂


ピッツ・パリュ東峰から見たピッツ・パリュ


ピッツ・パリュ東峰から見たペール氷河


   am10:30、ピッツ・パリュの3つのピークに別れを告げペール氷河へ下る。 引き続き私が先頭になり、大きくジグザグの切られた明瞭なトレイルに従って40分ほど下ると、クレバスが大きくなり始め、一昨日引き返した“最高到達点”に着いた。 何の特徴も無い場所だったが何故かとても懐かく感じられ、あらためて今日の登頂の成功に感謝した。 ここからは一昨日往復したトレイルだったが、当日はホワイトアウトで何も見えなかったため、見える景色は新鮮だった。 急ぐ必要もないので何度も足を止め、後ろを振り返りながらマイペースで下った。

   pm0:50、山頂から3時間弱で氷河の取り付きに着いた。 アイゼンやハーネスを外し、ピッツ・パリュを見上げながら大休止する。 あとはゴールのディアヴォレッツァの展望台まで1時間足らずの“ハイキング”だ。 取り付きからは敗退した一昨日とは全く違う軽い足取りとなったが、これも全て目標の山に登れた気持ちの余裕からだあろう。 ステファン氏や妻から少し遅れ、何度も後ろを振り返りながら所々で写真を撮り、しみじみと登頂の思い出に浸りながら歩いた。

   pm2:00過ぎにディアヴォレッツァの展望台に着き、あらためてステファン氏と固い握手を交わしてお礼を述べ、氏を展望レストランに誘って昼食とした。 意外にもレストランには日本人の団体観光客の姿があった。 雲一つ無い青空の下、ペール氷河越しに一幅の絵のようなベルニナ山群の山並みが望まれ、昨日・今日と展望台に上がってきた観光客は幸運だ。 昼食後氏にガイド料1,430フラン(邦貨で約128,700円/一昨日登れなかったピッツ・パリュのガイド料400フラン・邦貨で約36,000円を含む)を支払い、感謝の気持ちを込めて100フランのチップを手渡した。 雑談の最後に氏のパソコンのメールアドレスを教わり、山行中に撮った写真を送る約束をした。

   予想どおりステファン氏はサンモリッツのホテルまで車で送ってくれると言うので、ご好意に甘えることにして、pm3:30のロープウェイで一緒に下山した。 山麓駅に到着した頃から少し雲が湧き始めたが、途中のモルテラッチ付近では車や観光バスを路肩に停め、山(ピッツ・ベルニーナ)を眺めている観光客が多かった。 私達が明日の山行をキャンセルしたため、氏が明日の予定を確認するためポントレジーナのガイド組合に立ち寄り、ホテルにはpm5:00過ぎに到着した。 3日間を一緒に過ごし、山行の思い出をより豊かなものにしてくれた氏と再会を誓い合って再び固い握手を交わした。

   ステファン氏の車を見送りホテルに入ると、意外にも支配人が私達に「3日間ホテルに戻らないので、山で遭難したのではないかと心配していました。 警察に捜索願いを出す寸前でしたよ!。 次回からはフロントに予定を話しておいて下さい!」と血相を変えてまくし立てた。 確かに予定が一日延びたため、3日間部屋を留守にしたが、今まで他のホテルでそんなことを言われたこともなかったので私達も驚いたが、とりあえず支配人に丁重に陳謝した。 久々にゆっくり風呂に入り、明日の予定を考えながら夕食はホテルで自炊して簡単に済ませた。 夜の天気予報では明日はやはり雨となっていた。


前回引き返した“最高到達点”


クレバス帯から見たピッツ・パリュ東峰


ペール氷河の取り付き    背後はピッツ・ベルニーナ


ディアヴォレッツァへのアルペンルートから見たピッツ・パリュ


ディアヴォレッツァへのアルペンルートから見たラーゴ・ビアンコ(湖)


ディアヴォレッツァから見たピッツ・ベルニーナ


想い出の山    ・    山 日 記    ・    T O P