ピッツ・ベルニーナ(4049m)

  8月21日、天気が心配でおちおち眠れず、am4:00に起床して外に出てみると、ホテルの周囲には5cmほどの新雪が積もり一面白銀の世界となっていたが、有り難いことに雪は止んでいた。 ステファン氏も外に出てきて「昨夜は天気が悪かったけど、今は星が見えているので、たぶんこれから天気は良くなってくるでしょう。 新雪がこれだけ積もっているので、今日はゆっくり登りましょう」と言った。 今日も駄目だろうと心の準備をしていたが、氏の一言で急に登れるような気がしてきた。 わくわくしながら身支度を整えレストランに行くと、総勢30人程の登山者やガイド達が既に朝食を食べ始めていた。 氏は全く急ぐ様子もなく朝食を食べていたので、私達も慌てることなくしっかりと腹ごしらえをした。

  不要な荷物を厨房の奥の控室にデポし、am5:20にホテルを出発した。 いよいよ一年ぶりにアルプスの登山が始まるのかと思うと、何か独特の緊張感が高まってくる。 ステファン氏は外に出るなり「まるで今日は初冬のようだ」と吐き捨てるように呟いた。 取り付きまではアルペンルートを行くのであろうか、アンザイレンはしなかったが、氏から「暗いので足元には充分注意するように」との指示があり、慎重に氏の後に続く。 展望台周辺のトレイルは新雪のため歩きにくいのみならず、登り下りの連続で全く標高を稼げず、ホテルから45分ほどでペール氷河の取り付きに着いた。 気温はマイナス2℃であった。

  ステファン氏は「エイトノットが一般的ですが、私はこの方が優れていると思います」とわざわざ前置きをして、独特の結び方でザイルを結び、アイゼンを着けてam6:25に取り付きを出発した。 20分ほど氷河をトラバース気味に進む。 間もなく夜が明けてきたようでヘッドランプは不要となったが、辺り一面の霧で何も見えない。 凍てついた氷河を渡りきると前方に大きな岩壁が立ちはだかり、右へとルートをとった。 ようやく斜面に傾斜が出てくるようになると、クレバスが所々で大きく口を開き始めたので、氏はザイルを延ばして墜落防止のための結び目を作り、「私が落ちても右往左往しないでその場でじっと待っていて下さい。 自力で這い上がってきますから」と丁寧に指示した。

  傾斜が次第に強まり、いよいよピッツ・パリュへの本格的な登りとなった。 ステファン氏のペースは相変わらずゆっくりであったが、氏は「ペースが速かったら声を掛けて下さい」と言ってくれた。 しかし肝心の天気の方は良くなる兆しは無く、逆に雪がパラつき始めた。 霧のためぼんやりと見える周囲のクレバスが山(パリュ)の名前の由来である“湿原”のようにも見えたが、そんなロマンチックな思いは次第に濃くなる霧と降雪にかき消されていった。 直前を先行するパーティーがいるためルートの状況はかろうじて分かるが、写真を撮るような天気ではないので、氏に声も掛けずにただ黙々と登る。 次第に風も強まってきた。 最近では天気の良い日にしか山を登っていないので、久々の悪天候が非常に憂鬱だ。 すでに取り付きから1時間半ほど登り続けているが、天気は回復するという予報のため、引き返すパーティーは無い。 やっと氏から「あと10分ほどで休憩します」との指示があった。 おそらく風の当たらない良い場所がこの先にあるのだろう。

  am8:00ちょうどに、ちょっとした傾斜の無い場所に着き、先行していたパーティーもそこで休憩していた。 そのパーティーはピッツ・パリュへの日帰り登山を予定しているというホテルで同室したフランス人の家族であった。 そのパーティーのガイド氏とステファン氏は知り合いのようで、何やら話し合いをした後、「天気が思ったよりも悪く、回復する見込みが無さそうなので、当初の予定を変更するつもりです」と私達に説明した。 そして「あと30分位で山頂に着きますので、そこで最終的に行くか戻るかを決定しようと思います」と付け加えた(あとでこれは私の聞き違いであったことが分かった)。

  再びフランス人のパーティーの後に続いて登り始めたが、しばらくすると周囲が少し明るくなり、薄日が射しそうな天気となった。 “天気は快方に向かっている。 山頂での展望は期待出来ないが、予定どおり山小屋まで行けるだろう”と思ったのは甘かった。 30分ほどクレバスを迂回しながらジグザグに登っていくと、フランス人のパーティーが立ち往生していた。 その前のパーティーが先を登っていく姿が霧の中に見えたので、山頂への順番待ちをしているのだろうと思ったが、そこは山頂直下ではなく、何か重苦しい雰囲気に包まれていた。 再びガイド氏同士で話し合いをした後、意外にもフランス人のパーティーはすんなりと下山を始めた。 それとは対照的に、傍らをガイドレスのパーティーが通り過ぎ、全く躊躇もせず登り続けていく。 フランス人のパーティーの中に中学生位の子供がいたので、この先は困難であるとガイド氏が判断して下山していったのだと思ったが、ステファン氏も「ここから先は風も強くルートの状態も悪いので、ここで引き返そうと思います」と私達に提案した。 先ほどの氏からの説明を誤認し、多少困難でも最低ピッツ・パリュの頂だけは踏めると勝手に解釈していたので、突然の登山中止の決定にやりきれない気持ちで一杯であった。 しばらくは未練がましく指呼の間にあるはずの山頂方面を見上げていたが、氏の提案を覆して自己主張するのは後々マイナスになると思い、作り笑顔で「ノープロブレム!」と元気に返答した。 決断を下した氏も辛いのだ。 最高到達点での記念写真を撮り、am8:50に私を先頭に下山を開始したが、この間にもまた1パーティーが傍らを通り過ぎていった。

  先頭を任されたものの霧はますます濃くなり、しばしばトレイルを見失って立ち往生する。 眼鏡の水滴も凍りつき、より視界が悪くなっている。 ちょっとした雪でもトレイルは簡単にかき消され、アルプスの山でのホワイトアウトの怖さを思い知った。 しばらく下って標高が少し下がるとようやく雪は止み、辺りが良く見渡せるようになったが、上方はまだホワイトアウトしていて全く何も見えない。 ペール氷河を渡り、取り付き地点まで1時間半ほどで戻ったが、未練はますます募るばかりであった。 ここまでくればもう急ぐ必要はないので、アイゼンを外して休憩していると、意外にも山頂を目指した猛者達が次々に戻ってきた。 氏は「おそらく殆ど全員が戻ってくると思いますよ」と言った。 やはり私達が引き返した地点から上は、氏が言ったとおり相当状態が悪かったのであろう。 ディアヴォレッツァの山岳ホテルまでのアルペンルートを登りながら、“なぜこんなにもこの山との相性が悪いのか?。 もしかしたら今シーズンも登れないのでは・・・”というマイナス思考の発想が頭を支配しはじめ、まるで敗残兵のように足取りは重たくなった。 今年のアルプス山行は前年とは違い、のっけから波乱の幕開けとなった。


ガイドのステファン氏


ペール氷河の取り付きへのアルペンルート (帰路の撮影)


ペール氷河の取り付き


ペール氷河をトラバース気味に進む


悪天候のため山頂の手前で引き返す


ペール氷河の取り付きからディアヴォレッツァの山岳ホテルまでのアルペンルート


  am11:10に山岳ホテルに到着。 再び今日このホテルに泊まることになるとは思わなかった。 ステファン氏の話によると、ピッツ・ベルニーナを直接目指したパーティーもほぼ全員引き返してきたようであった。 デポ品を回収し、フロントで氏と共に連泊の申し込みを行い、着替えをした後に氏と昼食をとりながら今後の計画について話し合った。 氏は明日・明後日で予定どおりの山行を行い、その後にピッツ・ロゼッチに登るためには、遅くとも明後日の正午までにはディアボレッツァに下山してこなければならないので、今日とは反対回りのルートで明日中にピッツ・ベルニーナを登っておく必要があることを説明してくれた。 しかしこの提案は明日の行動時間が長くなるのみならず、ピッツ・ベルニーナの頂を踏むのが午後になってしまうため、私はあまり乗り気ではなかった。 しかしピッツ・ロゼッチにも是非登りたいし、万が一明日も今日と同じルートで駄目だったら精神的に参ってしまうので、この提案を受け入れてみることにした。

  昼食後、ステファン氏は落胆している私達を気遣って「ホテルの裏手にあるムント・ペルス(3207m)まで案内しましょう」と誘ってくれたが、生憎の天気のため氏の誘いを丁重に断り、明日の長い山行に備えて氏と歓談したり、昼寝をしたりしてのんびりと過ごすことにした。 氏に今日の最高到達点から山頂までの所要時間を訊ねてみると、意外にもまだそこは3620mであり、天気が良くても山頂まであと約1時間を要したとのことであった。 さらに今シーズンのアルプスの山の状況等を訊ねたところ、先週までに氏の知る限りでは38人が遭難死し、この数字は例年よりも多いということで、全般的に天候やルートの状況が悪いということを物語っていた。 但し、その殆どが単独行者であったと氏は付け加えた。 また意外にも氏はガイドの仕事の中では、ピッツ・パリュのバリエーションルートの登攀が面白いとのことであり、個人的な山の好みとしてはヴァイスホルンが一番であるとのことであった。 私もヴァイスホルンが今シーズンの一番の目標で、来週ツェルマットのガイド氏と登る予定であることを話した。

  夕方になっても相変わらず山々を厚い雲が覆っていたが、陽射しは幾分強まってきたようであった。 夕食のテーブルには100人ほどの登山客やガイドが顔を揃え、昨日同様に賑やかであった。 ステファン氏の話では、殆どがピッツ・パリュへの日帰り登山であるとのことであった。 ピッツ・ベルニーナに登るためにはこのホテルを含め2泊を要するため、ここに1泊して日帰りで登れるピッツ・パリュの方がお手軽なためであろう。 夕食のメインディッシュは鶏肉のブラウンソース添えであったが、さすがにホテルだけあって昨夜同様に味付けも良くとても美味しかった。 夕食後にテレビの前に集まっている人が多く、オリンピックの中継かと思い見にいくと、「シュピンケン」という相撲のような格闘技の全国大会があったようであった。 氏によればスイスでは結構人気があるスポーツらしい。 続いて放送されたpm8:00前の天気予報では、明日は長期予報どおりの快晴となっていたが、今日のようなことがあるので素直に喜ぶことは出来なかった。


山岳ホテルとムント・ペルス(右)


山岳ホテルの寝室


  8月22日、am4:00過ぎに起床して恐る恐る外の様子を伺うと、嬉しいことにまさに満天の星空であり、眼前にはベルニナ・グループの山々のシルエットが、うっすらとではあるが完全に見渡せた。 図らずもこれがディアヴォレッツァから初めて見たピッツ・ベルニーナの頂稜部であった。 今日こそはあの遙か遠い山の頂に立つことが出来るのだろうか?。 この山だけは最後の最後まで登頂の予想はつかない。

  昨日と同じスケジュールで朝食を済ませた後、昨日より少し早くam5:05にホテルを出発。 昨夜ステファン氏から聞いた話では、ペール氷河の取り付きまで約250mも下るという。 取り付きから山頂までの単純標高差は1300mほどである。 明るければ全く問題のない明瞭な踏み跡が続いているが、一部が凍っているため、その都度氏が「アイス!」とこまめに注意してくれる。 先行するパーティーのヘッドランプの灯がすでに氷河上に見える。 行き先は私達と同じくピッツ・ベルニーナであろうか、それともパリュのバリエーションルートか?。 30分ほどで取り付きに到着し、アイゼンを着けアンザイレンした後、新雪が5cmほど積もったペール氷河に足を踏み入れる。 気温はマイナス4℃であったが、風が無いので寒さは感じなかった。 月は無いが相変わらず満天の星空であり、昨日とはまるで雰囲気が違う。 間もなく空が白み始め、ヘッドランプが不要となると、左手のパリュの黒いシルエットが青白く浮かび上がってきた。 思わず氏に声を掛け、写真を撮らせてもらう。

  幅が約1kmの平坦なペール氷河の核心部を僅か15分ほどで渡り終えると、これから辿るフォルテッツァ稜の取り付きである“カモシカの避難所”と名付けられた岩場に向けての傾斜の緩い登りにかかった。 振り返ると背後のディアヴォレッツァの展望台付近が茜色に染まり始め、夜明けの時刻が近づいてきたことを告げていた。 周囲は爽やかに明るさを増し続け、間もなく左手のパリュや右手に見えてきたモルテラッチ(3751m)の頂稜部に待望の朝陽が当たり始めた。 すかさず氏に声を掛け、写真を撮らせてもらうが、ピッツ・ベルニーナはこれから辿るフォルテッツァ稜に隠されていて、その雄姿はまだ拝むことは叶わない。

  右手からボヴァルヒュッテ(2495m)を出発し、モルテラッチ氷河を遡ってきたと思われる3人の健脚のパーティーが登ってくるのが見えた。 ペール氷河を過ぎてから30分ほどでフォルテッツァ稜の取り付きに着き、ステファン氏はザイルの間隔を短くするために足を止めた。 この間に3人組のパーティーは私達の登っているトレイルの上方に合流したが、その先にはパーティーの姿は見られなかった。 氏は「これからフォルテッツァ稜を登りますが、ルートの状況によってアイゼンを着けたり外したりします。 ペースはちょうど良いですか?。 もし速ければ速いと言って下さい」と細かな説明をしてくれ、ガイド登山というよりはさながら“登山教室”といった感じであった。 右手の岩場との境目の雪面にジグザグに刻まれた登り易いトレイルをひと登りすると、フォルテッツァ稜にも朝陽が当たり始め、待望の御来光となった。 am7:00ちょうどに3人組のパーティーと同様に、日溜まりとなっている傾斜の緩い所で休憩となった。 健脚のパーティーはガイドレスであった。 昨日までとはまるで違う絶好の登山日和になりそうで、氏と共に「ナイス・ウエザー!」を連呼する。

  10分ほど休憩した後、再び3人組のパーティーに続きジグザグに刻まれた登り易いトレイルを足取りも軽く登っていくと、間もなくなだらかで幅の広い稜線に登り詰めた。 突然、まるで私達を驚かせるかのように、抜けるような青空の下にピッツ・ベルニーナがその大きな雄姿を現した。 ステファン氏は私がリクエストするまでもなく足を止めてくれた。 ディアヴォレッツァの展望台から見た同峰の印象とはまるで違う迫力と山群の盟主に相応しい気品に満ち溢れた容姿に、昨年一緒に登る予定であったガイドのポール氏が“アルプスで一番好きな山”と語っていたことが納得出来た。 だが、その素晴らしい展望と引き換えに、その頂は遙かに遠く、とても今日中に辿り着けるとは思えなかった。

  なだらかで幅の広い雪稜を右手にピッツ・ベルニーナ、左手にピッツ・パリュの両山を望みながら、相変わらずゆっくりとしたペースで登っていく。 しばらくは全く楽な稜線漫歩の登高が続いた後、稜線は次第に痩せ、間もなく岩場が現れた。 昨日の新雪がうっすらと岩に積もり、2級程度の比較的簡単なルートをアイゼンを着けたまま登ることとなった。 他のガイドレスのパーティーはアイゼンを外し、スタカットで登っているため順番待ちの時間がいつもより長くなっているようだった。 たまらず、穏やかなステファン氏もノーマル・ルートを外れ、少し強引に攀じって先行するパーティーを追い抜いてゆく。 地元のガイド氏らが付けたのであろうか、所々の岩に矢印のペンキマークが印されていた。 雪が無ければ20分ほどで通過出来た岩場を1時間以上もかかって通過し、トレイルの脇の日溜まりとなっている所で大休止となった。 ペール氷河の対岸に見えるディアヴォレッツァの展望台もいつの間にか遠くなった。

  ここから再び稜線はなだらかになり、しばらく登ると“ベラヴィスタテラス”という裾野のようになだらかな雪のスロープとなった。 ここでトレイルは真っすぐに登るものと右に折れるものとに分かれた。 殆どのパーティーは真っすぐに登っていったが、私達は山小屋の建つ峠に向けて右に折れた。 覆いかぶさるようなベラヴィスタ(3892m)の巨大な雪庇の下をトラバースしていく極楽のトレイルを鼻歌交じりでしばらく進んでいったが、途中からは一変して風が急に強まり、雪面は凍りつき先行者のトレイルはいつの間にか消えていた。 前方にクラスタギュッツァ(3869m)の岩峰が見えてきたが、これがツェルマットから仰ぎ見たマッターホルンの形にそっくりでとても面白かった。

  ここからはステファン氏の指示で私が先頭となり、右手の足下に見えるモルテラッチ氷河の源頭部に向けて100mほど凍った急斜面を慎重に下ってから少しだけ登り返すと、巨大なクレバスが行く手を塞いでいた。 一瞬“氏もルートを誤ったか”と思ったが、氏はクレバスに辛うじて架かっているスノーブリッジを目ざとく見つけては、私達にそこを渡って行くようにと後ろから指示した。 妻と顔を見合わせながら半信半疑で肝を冷やしながら幾つかのスノーブリッジを渡ったが、振り返って見上げると“よくもあそこを下ってこれたものだ”と感心せざるを得なかった。 この山域の氷河やクレバスのことを知り尽くした氏だからこそ出来た芸当なのであろう。


新雪が5cmほど積もったペール氷河


ピッツ・パリュの黒いシルエットが青白く浮かび上がる


幅が約1kmの平坦なペール氷河の核心部を渡り終える


ピッツ・パリュの頂稜部に朝陽が当たり始める


ペール氷河からフォルテッツァ稜の取り付きへ登る


フォルテッツァ稜の取り付き


フォルテッツァ稜の取り付きから見たピッツ・ベルニーナ


フォルテッツァ稜から見たペール氷河


フォルテッツァ稜の中間部にある2級程度の岩場


岩場の上の日溜まりで大休止する


岩場の上から見たピッツ・ベルニーナ


岩場の上から見たピッツ・パリュ


岩場の上から見たモルテラッチ


ベラヴィスタテラスに向けてフォルテッツァ稜を登る


越えてきたクレバスやスノーブリッジを振り返る


  今日の宿泊先であるマルコ・エ・ローザ小屋(3609m)が指呼の間に見え、僅かに登り勾配となっているトレイルをしばらく歩き、am11:30に登山客で賑わっている山小屋に着いた。 ステファン氏から「ここで腹ごしらえをした後、山頂に向けて概ね正午には出発しましょう」という指示があった。 昼食は行動食だけで簡単に済まそうと思ったが、居心地の良い食堂の雰囲気に思わず気が緩みスープを注文すると、ミネストローネ風の具沢山のスープが鍋ごとテーブルに運ばれてきた。 まだ山頂往復には4時間ほどかかることは分かっていたが、出発してからすでに6時間以上が経ち、お腹が空いていたので、つけ合わせのフランスパンと一緒にお代わりをしてお腹が一杯になるまで食べてしまった。

  結局1時間以上も昼食のための長い休憩をした後、pm0:40に山頂に向けて出発したが、今回のように昼食を山小屋で食べてから山頂に登るということは、他のアルプスの山ではめったに経験出来ないことであろう。 嬉しいことに午後になっても空の青さは全く衰えることなく、霧も湧き上がってくる気配も無かった。 昨日までの悪天候が嘘のような快晴の一日となったが、なにせ“鬼門”の山なのでまだ安心は出来ない。 ステファン氏は「山頂まで2時間位ですよ」と私達に説明してくれた。 スパラ稜と名付けられた広い雪の急斜面の尾根をジグザグに登る。 山小屋の建つ峠は風の通り道となっているようで、イタリア側から冷たい風が強く吹いてくる。 しかしこの風のお陰で、普通なら腐り始めている雪が未だ締まったままで、意外にも快適な登高となり、食べ過ぎて重たくなった体(足)には嬉しかった。

  30分ほどで雪の急斜面を登り終えると、峠を挟んで屹立するクラスタギュッツァの岩峰もあっという間に目線の高さになり、尾根は急に痩せて岩稜の登攀となった。 右手の奥には目指す山頂と米粒ほどの登山者の人影が見え、あと1時間ほどで登れるだろうと思ったのも束の間、さほど難しくない2級程度の岩場は先ほどと同様に新雪が積もり、登りのみならず下ってくる登山者との行き交いで渋滞していた。 反対側から山頂に至る“アルプスで最も美しい雪稜”と讃えられているビアンコ・グラート(稜)からの縦走者も多いのであろうか?。 アイゼンを着けたまま岩場を登り終えると、今度は一変してナイフエッジの長い雪稜となった。 ステファン氏によれば、いつもはこの痩せ尾根には雪は無いとのことであった。 少し横風のあるスリリングな雪稜歩きは、次第に近づいてくる憧れの頂への気持ちの昂りに一段と磨きをかける。 山小屋を出発してからいつの間にか2時間が経過していた。

  頂上直下の易しい岩場を喜びに浸りながらひと登りすると、pm3:05に猫の額ほどの狭いピッツ・ベルニーナの山頂に辿り着いた。 pm3:00を過ぎているにもかかわらず、山頂付近にはまだ4〜5組のパーティーが寛いでいた。 昨年来の雪辱をやっと果し、鬼門をクリアーすることが出来た安堵感と、未明からの長い行動時間の末に辿り着けた達成感とで胸は一杯である。 「サンキュー・ベリー・マッチ!、ダンケ・シェーン!」。 真先にステファン氏と固い握手を交わし、妻と登頂の喜びを分かち合った。 ベルニナ山群の盟主に相応しい山頂からの絶景に妻も少し興奮気味であった。 氏はそのまま私達を狭くて細い山頂の岩場の先に導くと、反対側からのルートであるビアンコグラートの取り付きから山頂に至るまでのルートを丁寧に説明してくれたが、その直後にヘリコプターが飛来し、ビアンコグラートの中程辺りで旋回を始めた。 氏はすかさず「恐らく遭難ではなく、ルートが長く、新雪でコンディションが悪いため登攀不能者が出たのだと思います」と説明してくれた。 ビアンコグラートでは良くあることなのであろうか?。 氏はすぐ隣に聳えているピッツ・シェルシェン(3971m)とピッツ・ロゼッチ(3937m)の頂を私達に教えてくれると、ちょうど誰もいなくなった山頂に戻り、記念写真を撮ってくれた。 氏はさらにピッツ・パリュの手前の純白の一つの端正なピークを指さして、「あの山はピッツ・トゥーポ(3996m)と言って4000mに僅か4m足りない不遇な山なんですよ」と教えてくれた。 ヨーロッパアルプスでは4000m峰がいわゆる“百名山”なのである。 ピッツ・パリュも下から見上げた穏やかな山容とは全く異なった別の山に見える。 快晴の天気の下、ベルニナ山群の最高点からはディアヴォレッツァの展望台から見上げた山々のみならず、その山群の全容が良く見渡せ、唯一この場所がそれを可能にしていることをあらためて教えてくれた。 意外にも山頂からはサンモリッツやポントレジーナの町ではなく、モルテラッチ氷河の流れていく遙か先にサメダンの町だけが見えた。 山頂の岩の隙間に置かれたアルミ製の飯盒の中に入っていた本のような“登頂ノート”に名前や登頂の喜びを記したが、予想どおり日本人の名前は見当たらなかった。

  pm3:35、約30分ほどの長い滞在をした後、印象深く名残惜しい頂を後にして山小屋へと下山した。 結局下りも岩場の通過に時間がかかり、山小屋に着いたのはpm5:30であった。 昼食や休憩も含めると12時間以上の長い行動時間であったが、それだけに印象深い山行となった。 ステファン氏に「今日は私達の遅いペースに辛抱強く付き合っていただいてありがとうございました!」とお礼を言うと、意外にも氏から「スピードが速いだけが能じゃありません。 速いと(無謀な)若者のように死んでしまいますよ」と、まるでアルプス登山の常識である“スピード=安全”の哲学を否定するかのような返事が返ってきた。 やはり氏(先生)は今までのガイド諸氏とは明らかに違うタイプの人であった。

  昨年建て替えられたばかりという木造の新しい山小屋は木の香りに溢れており、国境となっている稜線を越えてイタリア側に建っているためか、いかにもイタリアらしい陽気な雰囲気に包まれていて、建物の中外にあるスピーカーからはリズム感のある音楽が流れ、廊下の壁には若い女性の大きなヌードのポスターが貼ってあった。 山頂に登頂ノ−トはあったが、山小屋には宿帳のようなものは無く、記念の足跡を残すことは出来なかった。

  pm6:30の夕食の時間となると、80席ほどある食堂は満員となった。 同じテーブルには私達より僅かに年上に見えた男女のペアがついた。 料理が配膳されるまでの間、夫婦のように思えた二人と社交辞令のような雑談を交わしたところ、二人は共にアメリカから来たということであったが、意外にも長い金髪を束ねた女性の方がガイドということであった。 クライアントの男性の方はデジカメとは別に大型の一眼レフカメラを持ってきたほどの写真好きで、「明日はどちらが先にピッツ・パリュに着くか競争しましょう(写真を撮ると遅くなる)」と私に向かってジョークを飛ばした。 スープの後のメインディッシュはパスタか肉料理かの選択が出来たので前者を注文したところ、出てきたフィットチーネは薄味で予想以上に美味しかったが、デザートに選んだケーキはクッキーのようにボロボロで全くいただけなかった。

  夕食後はステファン氏と明日以降の計画について再度話し合った。 氏からの説明によれば、明後日第一志望であるピッツ・ロゼッチに登るためには、B.Cとなるチェルバハットまでのアプローチに時間が掛かるため、遅くとも明日の正午にはディアヴォレッツアの展望台に下山しなければならないが、第二志望のモルテラッチであれば、ディアヴォレッツァの展望台からB.Cとなるボヴァル小屋までは歩いて2〜3時間ほどで行けるので、明日の行動に余裕が持てるとのことであった。 さらにモルテラッチであれば山小屋から3時間ほどで登れるため多少天気が悪くても大丈夫であるが、ロゼッチは山小屋から6時間ほど掛かる上、岩場の登攀が今日のピッツ・ベルニーナよりもワンランク難しいため、確実に登るためには今日のような晴天でないと難しいと、地図をペンでなぞりながらルートを丁寧に説明してくれた。 しかし何といっても明日以降の天気によって計画は変わってしまうので、明日ディアヴォレッツァの展望台に着いた時に最終決定すれば良いとのことであった。

  窓の外が夕焼けの空となり、カメラを片手に慌てて小屋の外に飛び出していったが、少し風のある山小屋の周りは昼間の暖かさが嘘のように恐ろしく寒かった。 食堂に戻って再び氏と雑談を交わした後、疲れた体を労るため明日の好天を祈りながら早々に床に就いた。


マルコ・エ・ローザ小屋の建つ稜線上のコル


稜線上のコルから見たクラスタギュッツァの岩峰


マルコ・エ・ローザ小屋


マルコ・エ・ローザ小屋の食堂


スパラ稜から見たピッツ・ベルニーナの山頂


ピッツ・ベルニーナの山頂


山頂から見たピッツ・シェルシェン(左)とピッツ・ロゼッチ(中)


山頂から見たピッツ・トゥーポ


山頂から見たピッツ・パリュ


辿ってきたスパラ稜


登頂ノートに名前や登頂の喜びを記す


山 日 記    ・    T O P