グロース・フィーシャーホルン(4049m)

  8月27日、am4:15起床。 中二階にある屋外のトイレに行くと、嬉しいことに風もなく満天の星空であった。 氷河の真っ只中に悠々といられる幸せをあらためて噛みしめる。 アルプスの山の神にも歓迎されたようで、今日はウルス氏が言ったとおり楽しい登山が期待出来そうだ。 ユングフラウやメンヒといった他の山を登る人との出発時間にズレがあるせいか、食堂はあまり混雑していなかった。 逆にのんびりと朝食を食べてしまったため、出発時間は少し遅れてam5:20になってしまった。 まだまっ暗なヒュッテの入口からアンザイレンして凍った急斜面を下り、ヒュッテの直下にある峠を乗越して、広大なエーヴィヒ・シュネ−フェルト(万年雪原)と呼ばれる氷河を取り付き地点に向かって緩やかに下る。 ガイドブックによれば、取り付きまでは標高差で300m以上も下ることになっているため、ヒュッテから山頂までの単純標高差は400mほどしかないのに、往復の累積標高差は1000mを超えてしまうのだ。 帰りの登り返しはきついが、憧れの頂を踏めれば全く苦にはならないだろう。

  だだっ広い氷河を横切るように緩やかに黙々と下る。 ヒドゥンクレバスの心配はそれほどないのか、ウルス氏がセットしたザイルの間隔は6〜7mといったところである。 氷河上の雪は豊富だが、連日の猛暑で表面が大きくスプーンカット状になっていて、アイゼンの爪が引っ掛かって歩きにくい。 先行するパーティーのヘッドランプの灯が僅かに見える。 今日は何人位この山の頂を目指すのであろうか?。 前方のグロース・フィーシャーホルンのシルエットが月明かりで良く見えるが、歩いても歩いてもいっこうに近づいてこない。 後ろを振り返ると、遙か遠くに後続のパーティーのヘッドランプの灯が見えた。 昨夜夕食のテーブルを共にしたドイツ人のパーティーであろうか?。

  空の色がセピア色に変わり始め、日の出の時刻が近づいてきた。 妻が珍しく写真を撮りたいというので、歩きながらカメラを手渡す。 しばらくして「ジャスト・ア・モーメント、フォトグラフ!」と試しにウルス氏を後ろから呼び止めると、「どうぞ、どうぞ」とすぐに足を止めてくれた。 ヒュッテの背後に聳えるメンヒがうっすらと朝焼けに染まり、爽やかなアルプスの一日が始まろうとしている。 妻が写真を撮った後、再びただ黙々と氷河を下る。 ガイドブックのイメージでは、もう少し右寄りに(きつい勾配で)下り、右から大きく回り込むようにして取り付きに向かうように思えたが、氏は相変わらず山を正面に見据えながら、だらだらと下っていった。

  ヒュッテを出発してから50分ほどで取り付きと思われる氷河の縁に着いた。 再び写真を撮らせてもらった後、休憩することもなく氷河からせり上がっているクレバスだらけの凍った急斜面に取り付いた。 ウルス氏は先行するパーティーの後には続かず、クレバスの間の歩きやすい所を選びながら、慎重かつ大胆に私達を上へと導いてくれた。 氏の巧みなルートファインディングにより30分ほどでクレバス帯を抜け、5分ほどの短い休憩をした後、顕著な尾根に向かってやや急な西側の広い斜面を直登することとなった。 クラストした雪面にアイゼンが良く利き、短時間で標高の稼げる効率の良い快適な登高である。 氏の登るペースも機械のように一定で申し分ない。

  今日は登山を楽しめそうだと思ったのも束の間、しばらくすると周囲が明るくなり、やはりガイドブックに記されている一般ルートを登っていないことが分かった。 猛暑の影響で一般ルートのコンディションが悪いのであろう。 この先は予想以上に困難で、また時間もかかってしまうのであろうか?。 山のコンディションによっては、山頂直下まで順調に行けても山頂を踏めないケースもアルプスの登山ではありがちだ。 40分ほど様々な想像を巡らせながら黙々と登り続け、am7:20に朝の陽射しに溢れた峠のように小広い主稜線のコルに着いた。

  展望が一気に開け、正面にシュレックホルンが大きく望まれ、右手の急峻な雪稜の先には目指すグロース・フィーシャーホルンの頂らしき所が間近に見えた。 風もなく日溜まりのような場所で、先行していたパーティーもゆっくりと休憩していた。 私達も大休止となり、写真を撮ったり行動食を食べたりしながら周囲の景色を堪能した。 朝陽に照らされて黄金色に輝く眼前のアイガーの南壁を眺めながら、“3日前のちょうど今と同じ時刻にあの頂にいたんだなあ〜”と一人悦に入り、たとえ今日山頂まで辿り着けなくても、これで満足出来るとさえ思える心の余裕も生まれたが、アイガーの頂を踏んでいない妻には是非この山の頂に立ってもらいたいと願った。 しばらくすると、ドイツ人のパ−ティ−がコルに登ってきたので声を掛ける。 良い天気とコルからの素晴らしい展望に彼らも上機嫌であった。

  20分ほどゆっくり休憩した後、ヘルメットを被りドイツ人のパ−ティ−に続き3番目で高度感のあるスリリングな雪稜に取り付いた。 いよいよここからが本番である。 もちろん一般ルートではない。 下から見上げると先行しているパ−ティ−が苦戦している様子が良く分かる。 しばらく登ったところで雪稜から離れ、少し右に回り込んで寒々しい西側の岩場を登っていると急に風が強まり、ウルス氏を呼び止めて慌ててジャケットを着込んだ。 先ほどヘルメットを被るように指示されたので、ここから先は岩場を登攀するのだろうと思ったが、再びさらに傾斜のきつくなった雪稜に戻った。 雪壁に近いような目も眩みそうな急傾斜に、どのようにしてここを登るのであろうかと妻と顔を見合わせたが、氏は迷うことなくピッケルで足元にヘルメット位の大きさの穴を掘ると、腰にぶら下げていたスクリュー(式アイスピトン)を取り出し、慣れた手つきで雪の下の固い氷にねじ込んだ。 氏はスクリューと私をスリングで繋いでビレイを取り、殿の私にヌンチャクの回収を指示すると、キックステップで足場を作り、要所要所にスクリューで確保支点を作りながらザイルを伸ばして20mほど登っていった。 上からは氏の落とす固い雪や氷のかけらがパラパラと頭上に降り注ぎ、ヘルメットを被る必要性があったことがあらためて良く分かった。 氏から声が掛かり、足跡の階段を利用して一歩一歩慎重に登る。 上から確保されているとはいえ、滑落は絶対に許されない。 久々に味わうスリリングな登攀だ。 しかしこれだけのリスクを負って登るということは、きっと頂上に立てる勝算があるからに違いない。

  2ピッチほど同じようなスリリングな登攀を続けると、次からは少し傾斜も緩み安堵したが、何よりも嬉しいことに周囲の山の高さや、目の前の風景から推して意外にも山頂が近いことが分かった。 予感は的中し、先ほど休憩したコルから1時間10分ほどで再び雪稜を離れると、ウルス氏はピッケルを岩陰にデポするように指示した。 憧れの頂へのラストスパートに入ったのだ!。 休憩することもなく、そのまま岩場を回り込むようにして登り続けていくと、突然目の前に広大な氷河を挟んで屹立する大きな山が目に飛び込んできた。 ベルナー・オーバーラントの最高峰である憧れのフィンスターアールホルン(4273m)である。 麓の町や展望台からはいつも豆粒ほどにしか見えない同峰を初めて間近に大きく望むことが出来た。 周囲に人の声が聞こえたのでそちらを見やると、何とそこはもう山頂であった。

  「コングラチュレーション!」。 既に山頂を踏み、周囲で寛いでいたドイツ人のパーティーの祝福を受け、am9:00ちょうどに憧れのグロース・フィーシャーホルンの頂に辿り着いた。 「お疲れさまでした!、登頂おめでとう!」。 後ろから妻に労いの言葉を掛ける。 一般ルートを通らずに、直線的には短い尾根ルートで登ったせいであろうか、ヒュッテを出発してから僅か3時間40分の登攀であった。 猛暑の影響なのであろうか、予想に反して山頂は雪に覆われておらず、またヴェッターホルンやアイガーと同様に十字架は立っていなかった。 「サンキュー・ベリー・マッチ!」。 命を預けたウルス氏とガッチリ握手を交わし、妻と交互にお礼の言葉を掛けた。 シュティーレックのレストランから仰ぎ見た、あの神々しい山の頂にこんなに楽に立つことが出来たのも、全ては氏のお蔭である。 雲一つ無いアルプスの蒼い空の下、眼前にはその全てに足跡を残すことが出来たベルナー・オーバーラント三山(アイガー・メンヒ・ユングフラウ)が、昨日まで見ていた並びとは正反対に望まれ、とても新鮮な感じがする。

  いつものように山頂での短い滞在時間を気にしながら、あくせくと行動食を片手に写真を撮りまくっている私をよそに、なぜかウルス氏はのんびりと寛いでいた。 先に到着していたドイツ人のパーティーもいっこうに下山しようとする気配が無い。 遙か遠くではあるが、モン・ブランやモンテ・ローザといった大きな山や、マッターホルンがはっきりと遠望された。 その他の山々について妻と山座同定していると、何と氏は小さなザックからおもむろに大きな双眼鏡を取り出して私達の目を驚かせた。 氏はまず自ら双眼鏡を覗いて遠くの山々を確認すると、私達に双眼鏡を手渡して一つ一つ丁寧に山の名前を教えてくれた。 “山は楽しく登らなければ駄目ですよ!”という昨夜の氏の発言は決して社交辞令ではなかった。

  20分ほど経ったであろうか、ようやくウルス氏が腰を上げたので、最後に氏との記念写真を撮り、氏の後に続いて下山にかかろうとすると、意外にも氏は少し下った先の風の全く当たらない日溜まりとなっている南側の斜面に再び腰を下ろした。 正面にはフィンスターアールホルンが鎮座している。 氏は東の方向にかろうじて見える雪の山塊を指して「あれがピッツ・ベルニーナですよ」と教えてくれ、昨夜私達が氏に話した次の計画を覚えていてくれたようであった。 氏がガイドをしてくれれば、ピッツ・ベルニーナも楽しく登れるに違いない。 約40分という過去に例のない山頂での滞在時間の後、「ぼちぼち下山しましょうか」とウルス氏に促され、二度と訪れることは叶わない憧れの頂を後にしたが、これが今シーズンの最後の頂になろうとは知る由もなかった。

  すでに登ってくる登山者の姿もなく、登りと同じルートで急な雪壁をウルス氏に確保されながら後ろ向きになって下降する。 山頂で緩みきった気持ちを引き締め直し、足元に全神経を集中させる。 無事コルに降り立ち、ヘルメットやジャケットを脱いで一服した後、尾根を外れて取り付き地点へと幅の広い斜面を下る。 早朝はクラストしていた斜面も表面の雪が溶け、アイゼンの爪がスーと入る。 クレバスの間を縫って、正午前に取り付き地点に到着。 ここからはヒュッテの建つ峠に向かって標高差で300mほどのだらだらとした登り返しである。 長袖のシャツ一枚になり、照り返しの強烈な氷河の上を黙々と歩く。 もう危ない所は全く無いので氏は非常にゆっくりとしたペースで歩いてくれる。 後ろから何度も氏を呼び止めて周囲の写真を撮りながら登頂の余韻を楽しんだ。 ペースが遅いせいか、雪が腐って歩きにくいためか、予想どおりヒュッテまでの道のりがとても長く感じられる。

  右手にアイガーから縦走してきたと思われる人影が見え始め、pm1:00過ぎに今日も山男達で賑わっているメンヒスヨッホヒュッテに到着した。 昨日アイスメーアの駅で出会った方も、ちょうどアイガーを登り終えて到着されたところで、お互いの健闘を讃え合った。 ザイルが解かれ、憧れの頂への会心の登山は終了した。 ウルス氏に再びお礼の言葉を掛け、祝杯を上げに食堂へ氏を誘った。 氏は明日の仕事のためであろうか、アルコールはやらないというので、私達同様ソフトドリンクを注文した。

  「今日は素晴らしいガイドと素晴らしい天気に恵まれて最高でした!」と祝杯を上げ、先日のゴディー氏に続き今日の登山の思い出をより豊かなものにしてくれたウルス氏に感謝の気持ちを込めて50フランのチップを手渡した。 “山は楽しく登らなければ駄目だ”という私と同様の信念を持っている氏に、アルプスで一番お気に入りの山について訊ねてみたところ、すぐに「ビーチホルンですね、とてもいい山ですよ!」という意外な(嬉しい)答えが返ってきた。 僅かに4000mに満たない同峰は日本では全く知名度は低いが、ベルナー・オーバーラント山群の外れに聳える三角錐の尖峰であり、玄人好みの名山である。 私も同峰には興味を持っていたが、氏によれば見た目どおり登攀は相当困難であるとのことであった。 氏はガイドの仕事がないオフシーズンには、家具や建具の組み立ての仕事をされているとのことであり、山岳ガイドには全く見えない少し猫背で小柄な氏の風貌は、正に職人のそれであった。

  ウルス氏と雑談を続けているとドイツ人のパーティーが到着し、私達の輪の中に入ってきた。 彼らはこれからアレッチ氷河を下ってコンコルディアヒュッテに泊まり、明日はグロース・グリュンホルン(4044m)にアタックするとのことであった。 たまたまポケットに入っていた行動食の『柿の種』をテーブルに出して日本のお菓子だと紹介したところ、意外にもこれが好評であっという間に売り切れた。 隣のテーブルには九州から来たという山岳会(北九州市役所の山岳部)のメンバー5〜6人がアイガ−を登り終えて談笑していた。 明日はガイドレスでユングフラウを登られるとのことであった。 一足先に下山されるというウルス氏らを見送り、彼らともしばし情報交換を行った後、pm3:00過ぎに思い出の多い山小屋を後にした。 近い将来ここを再訪する機会はないであろうから、“通い慣れたトレイル”からの雄大な景色を堪能し、今日も大勢の観光客で賑わっているであろうユングフラウヨッホの駅へと向かった。


朝焼けに染まり始めたメンヒ


主稜線のコルから見たグロース・フィーシャーホルンの頂稜部


グロース・フィーシャーホルンの山頂


山頂から見たアイガー(右)とメンヒ(左)


山頂から見たメンヒ(右)とトルクベルク越しのユングフラウ(左)


山頂から見たアレッチホルン


山頂から見たグロース・グリュンホルン(中)とヒンター・フィーシャーホルン(左)


山頂から見たフィンスターアールホルン


山頂から見たシュレックホルン


エーヴィヒ・シュネ−フェルト(万年雪原)から見たグロース・フィーシャーホルン


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