アイガー(3970m)

  8月23日、すでに起床して身支度を整えている人達もいたが、私はベッドの中でゴディー氏に声を掛けられるのを待っていた。 am4:30に氏が私を起こしにきた。 「良く眠れましたか?」との問い掛けに、「イエス」と答えると、それは良かったと笑顔で応じてくれた。 氏と一緒であれば、アイガーの頂に立てることは間違いなさそうだ。 食堂の混雑を避けるためか、出発時間により朝食の時間を割り当てられたようで、食堂は空いていた。 マッターホルン登山と違い、山頂を往復しない縦走形態となるため、登り下りの行きかいで渋滞することがないためであろうか?。 ゆっくりと朝食を食べていると、am5:00に山崎さん達のパーティーが先行して出発していった。

  身支度を整えて山小屋の外に出ると、いつの間にか私のピッケルはすでにゴディー氏のザックの背にくくり着けられていた。 今までに無い経験であったがご好意に甘えることにし、氏とアンザイレンしてam5:15に出発となった。 風はほとんど無く満天の星空で、予報どおりの好天が期待出来そうだ。 一昨日から続いている足の筋肉のだるさと、縦走用の重たい登山靴のため足の運びは冴えないが、素晴らしいガイド氏とのマンツーマンの頂上アタックに心は弾む。 山小屋からの“ウォーキング”はすぐに終わり、雪の無い稜線のクライミングとなった。 まだ周囲は真っ暗なので、ヘッドランプの灯だけではこの先のルートの状況は全く分からない。 しばらく氏と快適にコンテニュアスで易しい所をぐんぐん登っていくと、先行するパーティーが順番待ちをしている所に着いた。

  明るければ確保なしに登れそうな3級程度の所であったが、足元が暗いため氏の攀じ登っていったベストの足場や手掛かりが分からず、確保されていることをいいことに、少々荒っぽく強引に登る。 岩登りには似合わない重登山靴を履いていることも手伝って、しょっちゅう岩に頭や膝をぶつけてしまう。 ゴディー氏が言っていたとおり、順番待ちさえなければ薄着でちょうど良いくらいの運動量だ。 山崎さんから聞いた情報どおり、登攀が困難な箇所も全く無く、ベルグラやナイフエッジの雪稜が出現する気配も依然として感じられなかった。

  しばらくして先行するパーティーに道を譲ってもらい、ちょっとした岩溝を這い上がった時に、勢い余って右手の薬指の先を自分の靴で踏んでしまった。 手袋をしていなかったため指の皮がペロンと剥けて出血してしまったが、ゴディー氏は道を譲ってもらったことへの気遣いか、どんどん私を先に引っ張っていくので、私も痛みをこらえて仕方なくついていった。 登攀には常に指を使うため、しばらくたっても血が止まらないので氏に声を掛けようとしたところ、目の前にまた先行するパーティーの姿が見え、垂直に近い傾斜の岩壁に固定ロープが2本垂れ下がっていた。 先行のパーティーは山崎さん達であった。 とっさに山崎さんを介して、すでに登っていってしまった氏に“指を怪我してしまった”という情報を伝えてもらおうと思いついたが、“早く登って来なさい”と言わんばかりにザイルがピンと張られてしまったので、気持ちとは裏腹に「上でガイドが待っているので、お先に失礼します!」と山崎さんに一声掛け、痛さをこらえて固定ロープに飛びつき、力ずくで強引に登っていった。 細かな岩屑が下にいる山崎さんに向けて落ちていくのが分かったが、どうすることも出来ず、申し訳ない気持ちで一杯だった。

  最初の固定ロープは“試し鎖?”だったようで、登り終えると再び楽な登攀(ウォーキング?)となった。 ゴディー氏に指の怪我のことを告げると、すぐに分厚い絆創膏を上手に巻いて手当てをしてくれた。 図らずもちょうど良い休憩となったが、後続のパーティーに抜かれることもなく、またすぐに登り続けた。 幸いにも血は止まったようで、痺れるような打撲の痛みは消えないものの、その後の登攀にはあまり影響が無かった。

  山小屋を出発してから1時間ほど経ったであろうか、夜が白み始め左手のフィンスターアールホルンやグロース・フィーシャーホルンのシルエットが、茜色に染まり始めた地平線を従えながら徐々に浮かび上がってきた。 何度体験しても飽きることはないドラマチックなアルプスの山の夜明けのシーンが今まさに始まろうとしている。 一人感動的な気分に浸っていると、その気持ちが伝わったのであろうか突然ゴディー氏が足を止めた。 「写真を撮っていきませんか?」。 思いがけない氏の言葉に一瞬耳を疑ったが、二つ返事で写真を撮り、心ゆくまで素晴らしい景色を堪能した。

  足元が少し明るくなり、やっとこれから辿っていくルートの状況が分かるようになってきたが、次々に目の前に現れる岩壁が常に急峻なため、いつになっても山頂は見えてこない。 AGのパンフレットには山小屋から山頂まで5時間と記されていたが、山頂までの単純標高差は600mほどであるため、もうその半分位は登り終えた感じであった。 やはりこれから先に待ち受けているグローサーツルム(大ジャンダルム)と呼ばれる核心部の登攀が相当困難なのであろうか?。 逆層の岩塔を登りきると、コルを挟んで眼前にはさらに巨大な岩塔がそそり立ち、先行していた年配のガイド氏がコルに向けて下降するクライアント(お客)の若者を上から確保しているところであった。 昨晩夕食のテーブルの隣にいた凸凹パーティーで、帰国後に山崎さんから届いた便りでは、ガイド氏は60歳で、若者は20歳であったとのことであった。 ゴディー氏と年配のガイド氏は何やら楽しそうに言葉を交わすと、何故か私が先に降りることになった。 氏に確保されてロアーダウンによりコルに向けて懸垂下降すると、ゴディー氏と年配のガイド氏は先に下りた私と若者のザイルをそれぞれ回収し、2本のザイルを繋いで交互に懸垂下降でコルに降りてきた。 この間にガイドを待っていた若者から写真を撮ってくれるように頼まれ、その直後にヴェッターホルンの山頂付近からの御来光となり、うす暗いコルにも太陽の光が射し込んできた。 思わず私もカメラを出して日の出の写真を撮った。

  再び凸凹パーティーが先行して、いよいよミッテルレギのハイライトであるグローサーツルムの4級の岩壁の登攀にかかった。 朝陽に照らされた岩肌は黄金色に輝き、白い固定ロープが次々に垂れ下がっているのが見えたが、先行するパーティーの姿は見られなかった。 気合を入れて取りついたものの、1921年の槇有恒氏の初登攀以前何人もの登山家の挑戦を撥ねつけた岩壁は、その是非はともかくとして、地元のガイド達によって取り付けられた総延長が200mにも及ぶと言われる固定ロープのお陰で登攀は全く容易であった。 固定ロープは長いもので30mほどであった。 ゴディー氏に上から確保されているので、部分的には固定ロープに頼らなくても登れる所もあり、また順番待ちも無いので面白いように標高が稼げる。

  数ピッチ登った小広いテラスで休憩?していた凸凹パーティーと入れ替わり、ここからは私達のパーティーが先行することとなった。 左前方にはアイガーよりも約130m高い隣接峰のメンヒ(4099m)が、その純白の巨大な雪壁を誇示するかのように聳え立ち、山頂まであと僅かとなったことを教えてくれた。 最後にやってくるであろう困難な登攀に備えて意識的に大きく深呼吸をしながら登っていくと、その息づかいを感じとったのであろうか、最後の固定ロープを登り終えた所でゴディー氏から「少し休んでいきますか?」と声がかかった。 少し不思議な気もしたが二つ返事で応答し、行動食を食べたり水を飲んだりして鋭気を養う。 傍らを再び凸凹パーティーが先行して行く。 メンヒへとつながる稜線上のコル(アイガーヨッホ)の向こうにユングフラウが顔を覗かせているのが見えた。 時計を見ると、山小屋を出発してからまだ2時間ほどであった。

  周囲の写真を撮り5分足らずで出発したが、予想に反してその後の登攀も全く困難ではなく、逆にますます易しくなり、ゴディー氏とコンテニュアスで2級程度の快適な岩稜を登っていくと、再び凸凹パーティーに追いついた。 雪の無いミッテルレギは登攀の醍醐味には欠けるものの、それ以外のデメリットは全く無いことがあらためて分かった。 凸凹パーティーを追い越すことなくゆっくりとしたペースでその後に続いて登っていく。 眼前の岩塔の上には青空が大きく拡がり、“もしかしたらあの上が山頂か?・・・”と一瞬思ったりもしたが、ピークまで登ってみるとそこはまだ山頂ではなく、またその先に小さな岩塔が出現した。 “やはりそんなに甘くはないな”と思ったのも束の間、急に傾斜が緩み始め、右下からせりあがっている北壁の最上部にへばりついている大きな雪の塊が見えると、突然前方の景色が大きく変わった。 何とそこはもう憧れのアイガーの山頂であった。

  「ピーク(本当にここが山頂ですか)?」とゴディー氏におどけながら確認し、「サンキュー・ベリー・マッチ!」と興奮しながら氏と固い握手を交わした後、凸凹パーティーの若者やガイド氏ともお互いの健闘を讃え合って握手を交わした。 山頂は思ったよりも広く、10人ほどは乗れそうであった。 山小屋からの所要時間は予想の半分の僅か2時間半であり、さしたる困難もなく辿り着いたが、3年前に右も左も分からぬままスイスを訪れ、グリンデルワルトの町から初めて自分の目で仰ぎ見た憧れのアルプスの山の頂に辿り着くことが出来た達成感はとてつもなく大きかった。 興奮がさめやらず、写真も撮らずにしばらくは仁王立ちして一人悦に入った。 快晴無風の頂からは真っ青なアルプスの空に雲一つ見ることは出来ない。 東にヴェッターホルン、シュレックホルン、南にフィンスターアールホルン、グロース・フィーシャーホルン、西の稜線の先にはメンヒとユングフラウ、そしてこれらの山々に囲まれた広大な氷河とそこに刻まれた無数のクレバス・・・。 その白黒のストイックな景色とは対照的に、北にはオーバーハングした北壁の真下にまだ朝の眠りから覚めていないのどかな緑の牧草地が拡がっている。 思わず大声で「オーイ!」と叫び、標高差が3000m近くある麓のグリンデルワルトの町に向かって手を振ってみた。 妻はもう予定どおりファウルホルンを縦走するハイキングに出発したのであろうか?。

  凸凹パーティーとお互いに記念写真を撮り合うと、後続のパーティーが到着する気配は全くなかったが、彼らは10分もたたないうちに下山していった。 やはり下山ルートの方がより困難なためであろうか?。 am8:00、私が一通り周囲の風景の写真を撮り終えたところでゴディー氏は腰を上げた。 僅か15分余りの山頂であったが、不思議と心残りは全く無かった。 むしろこれからの下りに備えて気持ちを引き締めようと努めた。 山頂から僅かに下った所で氏は足を止め、クライネ・シャイデックの方を指さしながら「これがウエスト・リッジ(西稜)で、アイガーグレッチャーの駅に下る一般ルートがありますが、今シーズンは落石が多いので今日はこのまま稜線を縦走して、メンヒスヨッホヒュッテまで行きます」と下山ルートの説明をしてくれた。 このルートは山崎さん達のパーティーと同じであり、この絶好の天気であれば陽の当たらない薄暗い尾根をただ下るよりは、稜線を縦走する方が面白いので、この案には大賛成であった。

  下りは後ろからゴディー氏に確保されて私が先頭になり、ルートファインディングをしていくことになったが、確保が必要な所以外では多少正しいルート?を外して強引に下ってしまっても細かく指示されることはなく、結果オーライで黙って私の後をついてきてくれた。 斜度が急な所では懸垂(ロアーダウン)で降りるため、ルートファインディング以外で苦労することもなく、快適に稜線上のコル(アイガーヨッホ)を目指して下っていったが、山頂までの登りが余りにも短時間であったため、時間がとても長く感じられる。 途中ガイドレスと思われる二組のパーティーとすれ違ったが、氏がその都度声をかけたことは言うまでもない。 間もなく凸凹パーティーに追いつくと、その後はゴールのメンヒスヨッホヒュッテまで私達が先行することとなった。

  アイガーヨッホに下る直前で初めて雪の斜面が現れ、アイゼンを着けて100mほど下る。 アイガーヨッホで再びアイゼンを外しながらの小休止となった。 ここまで1時間足らずで山頂から下ってきたことになるが、里心がついたのか時間がとても長く感じられた。 メンヒスヨッホヒュッテの建つオーバーメンヒスヨッホ(3629m)と目線の高さは同じになったので、ここから先は快適な稜線漫歩が期待できると思ったのは大間違いだった。 遠目に見るとすっきりとしたラインを描いているなだらかな稜線であるが、実際そこを歩いてみると小さな登り下りが多くて時間がかかる。 ミッテルレギの登攀よりむしろこちらの方が変化に富んでいるくらいだ。 しかし安定した天気にも恵まれ、私が頼みさえすればゴディー氏は快く休憩や写真撮影も許可してくれそうな感じであった。

  am9:10、アイガーヨッホからしばらく登った見晴らしの良い所ですぐにまた休憩となった。 振り返り見たアイガーは、グリンデルワルトの町やグローセ・シャイデックから見た荒々しく何人をも寄せつけない威圧的な風貌とは全く異なり、溢れんばかりの陽光に照らされたその南壁の岩肌は重厚な面持ちの親しみのあるものであった。 麓からは見ることが出来ない表情のアイガーの写真を撮っていると、突然ゴディー氏が笑みを浮かべながら「これからメンヒを登りませんか?」と言った。 余りにも唐突で意外な発言に、“いかにもゴディー氏らしいジョークだな”と思い、「そんな芸当はとても出来ませんよ!」とおどけながら切り返した。

  10分ほど休憩した後、凸凹パーティーと入れ替わるように再出発となった。 相変わらず変化に富んだ縦走であったが、意外なことに途中からゴディー氏は私に先頭を歩くように指示した。 むろん合理性や安全性を考えてのことではない。 今までのアルプスのガイド登山では経験が無かったことを氏は次々に繰り出してくる。 単に山の頂に導くことのみならず、“山登りの楽しさ”をもっと味わせてあげたいというサービス精神の現れであった。 一人前として認められた様な錯覚に陥った単純な私は、その氏の気持ちに応えようと先ほどのアイガーの登攀の時よりも神経を集中して真面目に登ったため、逆にぺースは上がったようであったが、結果的にこれは大失敗であった。

  覆いかぶさるようなメンヒの巨大な台形の雪壁が眼前に迫り、同峰へと続く稜線を離れて左手の氷河に向けて下る分岐(コル)で再びアイゼンを着けるための休憩となった。 意外なことに再びゴディー氏は「メンヒを登っていきませんか?」と言った。 先ほどは単なるジョークだと思ったが、どうやら氏の誘いは本気らしかった。 ガイドの判断で下山を余儀なくされることは良くある話であるが、ガイドの方から積極的に(無償で)他の山に連れていくことなど前代未聞のことであった。 思わずあらためてメンヒの巨大な雪壁を仰ぎ見た。 ルートはこのまま直進した先の急峻な雪稜であるが、もちろん一般ルートではない。 相当困難な登攀が予想されるが、こんなチャンスは滅多に無い。 このルートでメンヒを登る人は1%もいないであろう。 私は真剣に迷ったが、アイガーの登攀と先ほどからの張り切り過ぎにより、すでに足の疲労がピークに達していたことや、次の目標であるグロース・フィーシャーホルンのガイドの予約を今日中にAGでしたかったので、心を鬼にして再び氏の提案を丁重に断った。 しかしこの時の判断は後で大変後悔することとなった。

  am10:00過ぎ、稜線を離れて雪の斜面を100mほど下り、平らな氷河へと降り立った。 氷河上は照り返しがきつくとても暑かったので、ゴディー氏共々すぐにジャケットを脱いだ。 神々しいメンヒの雄姿を真下から仰ぎ見ていると、“先のことなど考えずに、登れる時に登っておいた方が良かったのでは?・・・”という後悔の気持ちがすぐに芽生えてきた。 本来であれば憧れのアイガーに登れた嬉しさで意気揚々と凱旋するところであるが、妙な気持ちに苛まれることになってしまった。 所々で写真を撮りながら、30分ほど平らで単調な氷河を歩き、最後に峠(オーバーメンヒスヨッホ)に建つ山小屋まで100mほど登り返した。 登り始めはきつかったが、しばらくすると体がだんだん順応してきた。“やはり登れば良かった・・・”。 後悔の気持ちは募るばかりであった。


ご来光とヴェッターホルン


ミッテルレギのハイライトのグローサーツルムの4級の岩壁には固定ロープが何本も垂れ下がっていた


山頂直下で凸凹パーティーに道を譲る


アイガーの山頂


山頂から見たヴェッターホルン(右)とシュヴァルツホルン(左)


山頂から見たフィンスターアールホルン ・ グロース・フィーシャーホルン ・ グロース・グリュンホルン(左から)


山頂から見たメンヒ(中)とユングフラウ(右)


山頂から見た緑濃いファウルホルン


アイガーヨッホから見たアイガーの南壁


アイガーヨッホから見たメンヒ


アイガーヨッホから見たヴェッターホルン(左)とシュレックホルン(右)


アイガーヨッホから見たエーヴィヒ・シュネ−フェルト(万年雪原)


  am11:00、山頂からちょうど3時間でメンヒスヨッホヒュッテに着いた。 3年前に私がアルプスで初めて泊まった懐かしい山小屋である。 ザイルが解かれると、あらためて前例のない素晴らしいガイドをしてくれたゴディー氏に全身で感謝の気持ちと憧れのアイガーを登れた喜びを伝え、近くにいた人に氏との記念撮影をお願いした。 氏に今日のこれからの予定を伺うと、山小屋で昼寝をした後、明日のアイガー登山のガイドのため、またミッテルレギヒュッテにお客さんと向かわれるとのことであった。 私もまだ下山するには早かったので、氏を食堂に誘って祝杯を上げることにした。 そのうちやってくる山崎さんも、私が山小屋にいたら驚くであろう。

  窓側の席に座ると次の目標であるグロース・フィーシャーホルンがちょうど見えたので、開口一番ゴディー氏にその予定を話し、感謝の気持ちを込めて50フランのチップを氏に手渡してから、山崎さんが到着するまで氏と歓談することにした。 英語力が昨日より向上した訳ではないが、お互いに気心が知れてきたせいか、会話は意外とスムースであった。 氏にアルプスの山の中で一番好きな山を訊ねてみたところ、第一にシュレックホルン、次がアイガーとのことであり、地元を愛する氏らしい答えが返ってきた。 シュレックホルンはベルナー・オーバーラント山群の一般ルートの中では一番難しい岩登りが主体の山である。 念のため「私にも登れますか?」と訊ねたところ、「サカイさんは他の人に比べて岩を登る時のバランスが良いので大丈夫ですよ」という意外な答えが返ってきた。 氏の社交辞令を真に受け、調子に乗って憧れのヴァイスホルンやグランド・ジョラスについても訊ねたところ、ルートのコンディションさえ良ければ大丈夫でしょうとのことであった。 私も氏がガイドをしてくれれば、アルプスで(世界中に)登れない山はないと思った。 氏の話では、今回のアイガーの一般ルートであるミッテルレギの登攀について、まず初日のアイスメーアの駅から山小屋まで1時間で登れる人は優秀で、1時間半ではまあまあ、2時間かかる人は先が思いやられるとのことで、この所要時間で翌日のアタックに要する時間もだいたい見当がつくという。 ちなみに例年どおり稜線に雪があるミックスルートの場合は、山小屋から山頂までの登りが3〜4時間、山頂からアイガーグレッチャーの駅までの下りも同じく3〜4時間であるとのことであったが、過去に一人16時間かかった“猛者”がいたという。 「その時は本当に参りましたよ!」と、氏は苦笑いしながら話してくれたが、途中で“下山命令”を出さずにそのお客さんに付き合った氏のサービス精神には頭が下がった。 また、今年のアルプスは猛暑のため、昨年登ったモン・ブランではグーテ小屋を経由する一般ルート上の氷河のクレバスが大きく開いてしまったため、現在ルートが閉鎖されているとのことであり、その余波でユングフラウのみならずドムにも登山者が殺到し、小さなドムヒュッテが大盛況(てんてこ舞い)になっているとのことであった。

  1時間近くアルプスの山々の話に花が咲き、あっと言う間に正午になった。 どこで道草を食っていたのであろうか、やっと凸凹パーティーが山小屋に到着した。 その後pm0:30まで山崎さんを待っていたが、到着する気配がなかったので、仕方なくゴディー氏に別れを告げてユングフラウヨッホに向かうことにした。 天気が良いせいか、ヨッホから山小屋までの雪上ハイキングをする人が多い。 正面にユングフラウの雄姿を望みながら5mほどの幅で圧雪された氷河の上を歩く極楽・極上のトレイルである。 10分ほど緩やかに下ると、メンヒの山頂への一般ルートとの分岐になった。 3年前に初めて登ったアルプスの山のルートを見上げると、何かとても懐かしい気持ちになったと同時に、先ほどゴディー氏の誘いを断ってしまったことへの後悔の気持ちが再び脳裏をかすめたが、“好事魔多し”と繰り返し心の中で唱えた。 今日の山行の思い出に浸りながら歩いていると、ふと先ほどアイガーの山頂直下で余計な?休憩を取ったのは、凸凹パーティーの老ガイド氏に敬意を表して、さりげなく山頂への一番乗りを譲るためだったことに気がつき、あらためて今日のアイガー登山の一番の思い出は、達成感や山頂からの大展望ということではなく、ゴディー氏という素晴らしいガイドと巡り合えたことであると感じた。

  pm2:00過ぎ、大勢の観光客で賑わっているユングフラウヨッホの駅に着いた。 明日以降に予定しているグロース・フィーシャーホルン登山で再びここに戻ってくる予定であるが、去りがたい気持ちが帰りの足を最上階の展望台へと向かわせた。 アイガーはメンヒに隠されていて見えないことは分かっていても、憧れであったベルナー・オーバーラント三山を全て登れたことで胸は一杯だった。 予定していたpm2:30発の下りの登山電車は混雑のため乗れず、次のpm3:00発に乗車しクライネ・シャイデックへと向かった。

  クライネ・シャイデックから見上げたアイガーの北壁は相変わらず威圧的であり、素人の私が今朝あの尖った頂に立ったということはとても信じられない。 周りにいる観光客も誰一人そのことを想像出来ないであろうが、それが何故か妙に誇らしかった。 同駅で15分ほど下りの登山電車を待ち、グリンデルワルトへと下った。 車窓からはファウルホルンからシーニゲ・プラッテに至る緑の稜線が見えた。 絶好のハイキング日和に、縦走している妻も満足しているだろう。 早く晴れがましい顔を見せ、安心させてあげたい。 まるで大聖堂のような面持ちのヴェッターホルンが車窓から望まれ、pm4:45にグリンデルワルトへ到着。 その足で直ちにAGへと向かう。 今日もデボラさんが笑顔で応対してくれた。 彼女がAGにいることによる安心感は本当に計り知れないが、意外にも話は悪い方向に展開していた。 猛暑のため登れなくなった他の山(一番はモン・ブランであろう)からの振替の影響で、ここしばらくの間ガイドが手配出来なくなってしまったようだ。 こんなことなら天気を気にせずアイガーを登る前にガイドを予約しておけば良かったと後悔したが、今シーズンすでに2回AGに依頼した“実績”があるので、ガイドが見つかり次第、優先的に予約を入れてくれるとのことであり、あとはデボラさんの手腕に賭けるしかなかった。

  マーケットで簡単な買い物を済ませpm6:00にホテルに戻ったが、予想どおり妻はまだ帰ってなかった。 pm6:30に妻も予定どおりのハイキングを満喫して帰ってきたが、私の無事な姿を見て安堵したようであった。 ホテルのレストランで今日のお互いの健闘を讃えあって祝杯を上げた。 私はアイガーに登れた喜びよりも、素晴らしいガイド氏に巡り合えたことを興奮気味に妻に報告した。 妻は常に私の安否を心配しながらも、変化に富んだ縦走路から終始望まれるベルナー・オーバーラント三山の大展望を堪能したとのことであった。 日本では単独行など一度もしたことがない妻にとって、今日の山行は私以上に大冒険だったに違いない。 妻の土産話を聞き、私もいつか是非このトレイルを歩いてみたいと思った。


メンヒスヨッホヒュッテのテラスでゴディー氏と


メンヒスヨッホヒュッテ


ユングフラウを正面に望みながら5mほどの幅で圧雪された氷河の上を歩く


アレッチホルン


アレッチ氷河


クライネ・シャイディックの駅から見たアイガー(左)とメンヒ(右)


グルントから見たヴェッターホルン


写  真    ・    ヨーロッパ    ・    想い出の山    ・    T O P