ヴェッターホルン(3701m)

  8月19日、アルプスの山の神に歓迎されたのか、am7:00前の天気予報では今日・明日とも晴れとなっていた。 ホテルのレストランの窓から雲一つ無いアイガーが大きく望まれたが、視線はついついその左肩の登攀ルートであるミッテルレギにいってしまう。 双眼鏡を覗いて登攀ルートを辿っていくと、稜線に建つミッテルレギヒュッテが見えた(位置が分かっていれば肉眼でも見える)。 同ヒュッテは、1921年にミッテルレギを初登攀した槇有恒氏が1万フランを寄贈して建てられた(その後改築されて今日に至っている)というエピソードのある山小屋であり、ミッテルレギはアルプスの山の中で唯一日本人が初登攀したルートとして、アルプスの登山史の1ページを飾っている。 私がガイドブックの写真や同氏らの紀行文で感じたミッテルレギの印象は“岩”というよりはむしろ“ナイフエッジの雪稜”であった。 しかし双眼鏡で見る限り、稜線上に雪は見られなかった。 もし本当にルート上に雪が無ければ、登攀にどういう影響が出るのか素人の私には知る由もない。 昨日デボラさんに聞いた話では、良い面も悪い面もあるのではないかとのことであった。

  山小屋にはpm4:00までに着けばいいので、グリンデルワルトの駅前をam11:20に出発するバスに乗って行くことにした。 バスに乗車する前に念のため運転手に降りるバス停の名称を告げておいたが、天気が良かったせいかバスは超満員となってしまい、運転手は途中のバス停での乗降客との対応に気をとられ、登山口のバス停を通過してしまった。 慌てて運転手に申し出ると、運転手も思い出したらしく、すぐにバスを止めてもらった。 しばらく車道を下り、標識に従ってグレッグシュタインヒュッテへのトレイルへと入る。 ヒュッテまでのコースタイムは書かれていなかったが、地図で見た標高差は900m位なので3〜4時間はかかりそうだ。

  踏み跡のような急登のトレイルをひと登りすると、絶壁をへつりながらトラバースしていくアルペンルートとなったが、逆に道はしっかりとしていて、高度感はあるが全く危なくはなかった。 眼下にはすでに米粒のように小さくなったグリンデルワルトのホテルや家並が見え、昨日登ったシュヴァルツホルンやファウルホルンの裾野には、氷河の谷を挟んですぐ隣に聳えている寒々しいメッテンベルクやアイガーの絶壁とは好対照の明るい緑の牧草地が拡がっていた。 トレイルは絶壁を回りこむようになおもトラバースしていき、進行方向が西から南に変わると、メッテンベルクとの間を流れるオーバラーグレッチャー(上グリンデルワルト氷河)の末端がすぐ足下に見えてきたが、1500m程度の標高でこれだけの氷河が残っていることは驚くべきことであり、ヴェッターホルンとメッテンベルクとを分かつ谷が深いことを改めて感じさせられた。 氷河の末端はただでさえ圧力が加わっている上に猛暑の影響でクレバスだらけであった。 メッテンベルクの絶壁からは幾筋もの無名の滝が数百メートルの落差でその氷河に流れ落ちている。 トレイルは足下のオーバラーグレッチャーに沿って緩やかに高度を上げていくと、間もなく同氷河の源にあるシュレックホルンの頂稜部の岩峰が見え始めた。 同峰はベルナー・オーバーラント山群の山々の中の一般ルートの登攀では、一番難しいとも言われている憧れの山である。 観光案内所の市川さんは、グレッグシュタインヒュッテへのトレイルは一般的には知られていませんが、とても良いコースですと教えてくれたが、まさにそのとおりの素晴らしい景色となってきた。

  登り始めの時間が遅かったので、後ろからは誰も登ってこなかったが、所々で上から下ってくる人達とすれ違う。 しかし今日は誰も山頂まで登ってないのか、登攀具を携えたガイドや登山者の姿は見られなかった。 果して明日登るルートは大丈夫なのであろうか?。 午後の陽射しは強烈で、また気温も高いため、まるで日本の夏山を登っているような感じだ。 陽の当たらない岩陰の僅かなスペースを見つけてランチタイムとする。 山小屋まではあと1時間ほどであろうか。

  休憩後トレイルはジグザグの急登となり、30分ほど暑さに耐えながら登り続けると視界が拡がり、明るいカールの底のような地形の所に着いた。 意外にも周囲の緑は濃く、そのカールの遙か上方に幾つかの灰色の岩塔が見えたが、その中の一番高い所がヴェッターホルンの頂稜部であると分かるまでには少し時間がかかった。 トレイルは左に大きく反転すると傾斜を緩め、100mほど上方に小さな山小屋がやっと見えた。

  pm3:30、登山口のバス停から3時間40分でグレッグシュタインヒュッテ(2317m)に着いた。 ヒュッテの前には幾筋もの小沢が流れ、高山植物も多く見られたが、入口付近に放し飼いとなっていた数羽のニワトリが私達の目を驚かせた。 木の香りが漂う清潔な山小屋は、年配の女将さんと若い女性の二人だけで切り盛りされているようであった。 女将さんにAGで渡されたバウチャーを見せると、早速2階の寝室に案内してくれた。 意外にも寝室は一般客用、登山客用、そしてガイド用の三つに分けられていた。 女将さんは「ガイド用の室はゆったりとしたスペースで、割増料金を支払えば泊まることが出来ます」と説明した後、笑いながら「もっとも今晩の登山客用の部屋はお二人だけだと思いますが・・・」と付け加えた。 水の豊かな山小屋にはシャワー(一回の使用料5フラン)があったが、逆に1.5Lのペットボトルのミネラルウォーターは12フランであった。

  山小屋のテラスから眼前に天を突くように聳えているシュレックホルンの雄姿を背景に写真を撮り、食堂で寛いでいると、大きな荷物を傍らに置いた3人組の外国人のパーティーから、今後の予定を訊ねられた。 妙なことを聞くものだと思いながらも、「明日ガイドと共に山頂を目指します」と真面目に答えたところ、残念そうな顔をしながら、悪戯っぽく「山なんかに登らず私達と一緒に下りましょうよ」と言って小さなパンフレットを手渡された。 ますます妙なことを言うなと思いつつそのパンフレットを見ると、それはパラグライダーの料金表であった。 話を伺えば、その人はパラグライダーのガイドで、先程フィルストの展望台からお客を乗せてパラグライダーでこの山小屋まで飛んできたとのことであり、これからグリンデルワルトに(飛んで)下るので、下山するお客さんを探しているとのことあった。

  今日の仕事は予定よりも時間がかかったのか、オッティー氏はpm6:00になってようやく山小屋に到着した。 pm6:30に夕食となり食堂に行くと、指定されたテーブルには私達のパーティーの他にもう一組のガイドのパーティーが座っていた。 氏とそのパーティーのガイド氏は知り合いのようであったが、お客は小学生位の兄弟二人とその父親であり、父親を含めて登山というよりは、“アウトドアの体験学習会”という感じであった。 昨日AGで初めて会った時もそうであったが、少々ぶっきらぼうで口数の少ないオッティー氏は、私達から話しかけない限り必要なこと以外は口にしないシャイな人のようであった。

  夕食はとても良い味の椎茸のスープの後に、以前モンテ・ローザヒュッテで食べたものと同じような“辛いカレーライス”が出た。 炒めた細い米にカレーで味付けされた鶏肉の汁をかけて食べるのであるが、カレーの汁が辛いのみならず、炒めた米にも相当塩が入っているので、これを日本式にカレーライスとして食べると、とても味が強くて食べられない。 パンを貰い、カレーライスを“おかず”にして食べるのが正解であった。 夕食後、オッティー氏に怪しげな英語でいろいろと話しかけてみると、氏はオーストリアの出身で現在30歳であるとのことであった。 以前マッターホルン登山のガイドをしてもらったヴォルフカンク氏もオーストリアの出身でちょうど同じような年齢だったので、「彼を知っていますか?」と訊ねてみると、若い頃にどこの山かは忘れたが、厳冬期に二人でビバークをした思い出があるとのことであった。 また氏は独身とのことで、「夏は山のガイド、冬はスキーのガイドとして働き、春と秋はバケーション(遊んでいる?)なんですよ」と笑いながら話してくれた。 しばらく雑談をした後、氏から明日はam4:00に起床して朝食を食べ、am4:45に出発しますとの指示があった。 食堂にいた宿泊客は私達を含めて20人ほどであったが、夕食後に2階の寝室に行くと女将さんの言ったとおり私達以外の登山客はなく、20人ほど寝られるベッドスペースを私達だけで独占することとなった。


ホテルから見たアイガー


登山口のウンタラー・ラウヒビュースから見たアイガー


猛暑の影響でクレバスだらけの上グリンデルワルト氷河の末端


グレッグシュタインヒュッテへのトレイルから見た山麓の風景


グレッグシュタインヒュッテの直下から見たヴェッターホルンの頂稜部


グレッグシュタインヒュッテ


グレッグシュタインヒュッテから見たシュレックホルン


木の香りが漂うグレッグシュタインヒュッテの食堂


  8月20日、am4:00前に起床。 標高の低さと室内の静かさのためかとても良く眠れた。 身支度を整え階下の食堂に行くと、すでにオッティー氏の姿があった。 もちろん食堂で朝食をとるのも私達のパーティーだけである。 時間には充分余裕があるはずであったが、出発時の服装の選択に時間がかかり、出発予定時刻のam4:45ぎりぎりになって山小屋を出発することになった。 気温は10℃もあり、風もなく動いていれば寒さは全く感じない。 白地に青い線が引かれたアルペンルート(登山道)を示すペンキマークが要所要所の岩に印されているため、アンザイレンはしないで登る。 満天の星空が今日の登頂の成功を約束してくれた。

  登り始めはかなりゆっくりとしたペースであったが、少しずつオッティー氏のペースは上がり、体も充分に温まってきたので、足を止めずに登りながら長袖のシャツを一枚脱いだ。 後ろを振り返るとすでに山小屋の灯は消え、どこにあるのか分からなくなっていたが、グリンデルワルトの町の夜景が遙か眼下に見えた。 間もなく夜が白み始め、シュレックホルンのシルエットがセピア色から茜色にかわりつつある空を背景に神々しく浮かび上がってきた。 今日はアイガー登山のテストも兼ねているため、写真撮影のために氏に声をかけることは控え、いつものように心のシャッターを切った。

  am6:00前、山小屋から1時間ほどの登高で氷河への取り付き点に着いた。 ヘッドランプをしまい、朝陽の当たり始めたシュレックホルンやグロース・フィーシャーホルン、そしてアイガーの写真を撮る。 アイガーはその南壁?を初めて披露してくれたが、いつもグリンデルワルトの町から見上げている姿とは全く違う新鮮さが感じられた。 アイゼン、ハーネス、ヘルメットを装着してアンザイレンした後、am6:15に再出発となった。

  のっけから急斜面の氷河を直登することとなったが、デボラさんが話していたように、表面の雪が昼間の暑さで溶けてしまっているため、氷河が剥き出しとなりアイゼンの爪が刺さりにくいほどガリガリに凍っていた。 一歩一歩慎重に登っていくのかと思ったのも束の間、逆にオッティー氏はグイグイと私達を引っ張り上げ、標高差が100mほどの凍った急斜面を15分ほどで一気に登りきった。 その上の険しい岩場には直接取り付くことは出来ず、15分ほど氷河の上部の縁をトラバースしていったが、トレイルは薄く、入山者の少なさを物語っていた。

  am6:45、支尾根を回り込むようにして氷河から離れると、意外にもオッティー氏から、ここでアイゼンをはずし、ピッケルをデポするようにとの指示があった。 もうここから先のルート上に雪はないということであろうか?。 すかさず「アイゼンはどうしますか?」と氏に訊ねたところ、氏は2〜3度頭を横に振って考えるそぶりをした後、ザックにしまって持っていくようにと指示した(結局雪は無く使わなかった)。 ここから本格的な岩登りが始まるのかと思ったが、ペンキマークこそ無くなったものの、再び微かではあるが踏み跡のあるアルペンルートとなった。 しかし先程よりも傾斜はきつくなり、氏のペースは明らかに速くなった。 普段の山歩きではいつも私よりもペースが遅い妻が何故こんなに頑張れるのか不思議であったが、とりあえず氏のペースについていってるので感心する。 左手には標高差で500m以上もある黄色みがかった垂直の柱状岩壁がそそり立っている。 クライマーの登攀意欲をかき立てるような見事なこの絶壁には、きっと何かそれなりのルートの名称が付けられているに違いない。 約30分もの間喘ぎながら登り続け、標高差でゆうに200m以上は稼いだ感じであった。

  am7:20、いよいよ岩稜帯の核心部に入り、所々に確保用の鉄の杭が見られるようになった。 周囲はかなり明るくなってきたが、西側の斜面を登っているため太陽を拝むことはしばらく叶えられそうもない。 寒々しい3級程度の岩場をオッティー氏が先に登り、上から確保されながら登るが、手袋をすると岩が掴みにくく、手袋を脱ぐと指先が岩で冷たくなるため、状況に応じて手袋の脱着を頻繁に繰り返す。 意外にも氏はそれまで日本語を全く口にすることはなかったのに、ここに来て“チョットマッテテクダサイ”とか“ドウゾ”という言葉をにわかに連発しはじめた。 ペースもここまではまずまずだったので、氏も上機嫌なのであろうか?。 氏が先行して登っている間は下からザイルを送り出すだけなので、必然的に休憩時間となる。 あとでバテないようにセカンドの妻に「氏から見えない所ではなるべくゆっくり登るように」と入れ知恵をする。 空間を隔ててまるで魔神のようにそそり立つ左手の絶壁は物凄い迫力で私達を圧倒し続け、高度感のある爽快な岩登りにさらに付加価値を付けてくれる。 この山とこの景色、そしてこの空間を私達のパーティーだけで独占しているのは何と贅沢なことであろうか!。

  確保用に打たれていた鉄の杭は全部で20本ほどあったが、これはルートの目印としても役に立っていた。 幾つもの小さなクーロワール(岩溝)を抜け、まさに“馬の背”という表現があてはまるほど痩せた岩尾根を攀じ登り、約1時間半の岩稜登攀を終えると、ようやく私達にも太陽が当たり始めた。 am8:40に氷河が堆積したさながら火口の縁のような所(ヴェッターホルンザッテル)に躍り出て、ここで最後の休憩となった。 ヴェッターホルンの衛星峰のミッテルホルン(3704m)との間に発達している氷河のうねるような模様は、まさに大自然が創り出したユニークな景色であった。 素晴らしい青空の下、山頂と思われる所に通じているルートの概要が分かったが、ルートは一見して難しくなさそうに思え、早々と憧れの頂への登頂を確信することが出来た。

  ザッテルで5分ほど休憩した後、氷河のすぐ脇のうっすらと踏み跡のある岩屑のトレイルをジグザグに登る。 再びオッティー氏のペースは速くなったが、ラストスパートと思えば全く苦にならない。 憧れの頂に立てる喜びに胸を踊らせながら30分ほど喘ぎながら登り続けたが、残念なことに登るにつれて先程までの青空は徐々に灰色の雲に覆われ始め、急速な天気の崩れを予感させた。

  am9:15、未明に山小屋を出発してから4時間半で憧れのヴェッターホルンの頂に辿り着いた。 猛暑のせいか小広い山頂は雪で覆われることなく、大部分は岩肌をさらしていた。 今シーズンの第一登が計画どおりに運んだ喜びと、憧れの頂に辿り着けた達成感と安堵感とで胸は一杯だ。 ましてや今日の山頂は私達だけのものである。 「お疲れ様でした〜!、やったねー!」。 妻を労い、登頂の喜びを分かち合った。 「サンキュー・ベリー・マッチ!」。 AGのパンフレットには登りのコースタイムは5時間と書いてあったので、胸を張ってオッティー氏とも握手を交わす。 果してアイガー登山への合格点は与えられたのであろうか?。 高度感たっぷりの山頂に立った気分は実に痛快であったが、喜びも束の間、氏は「天気が悪くなりそうなので、5分後には下山を開始します」と私達に指示した。 大変残念であったが私も同感だったので、この提案も素直に受け入れることが出来た。

  オッティー氏に記念写真を撮ってもらい、360度のパノラマ写真を急いで撮り終えると、テルモスの紅茶で行動食を流し込み、am9:20に下山にかかった。 もちろん下りは私が先頭であるが、アイガー登山のためにもミスは許されないので、丁寧かつ慎重に踏み跡のトレイルを外さないように下る。 間もなく先程休憩した岩稜帯への下降点(ザッテル)に着くと、山の神の悪戯か、再び天気は急速に回復し青空が拡がってきた。 とても悔しかったが、悪天候の中を下降することを考えれば、この気まぐれな天気も幸運であったと感謝しなければならない。

  ルートファインディングをしながら登りの時と同じ3級程度の岩場を下る。 易しい所では正面から、難しい所では後ろ向きになって下るが、登る時には易しく感じていた所でも足場がなかなか見つからず意外に苦労する。 ましてや身長が私よりも20cm低い妻はなおさらで、妻に足の置場を教えながら下るため時間がかかる。 順調に下っていったのも束の間、ちょっとした“事件”が起きた。 痩せた“馬の背”の岩尾根を下ろうとした時に、後ろで確保していたオッティー氏から「ノー、ノー」と違うルートをとるように指示が飛んだ。 どうやら「尾根上を行かずにその側面をトラバースしながら下るルートをとりなさい」と言っているようであった。 しかし私の目で見るかぎり、そこには安全と思える足場はなく、何度か試行錯誤して氏の指示するルートを下ってみたもののどうしても足が向かず、尾根上を行った方が良いと判断せざるを得なかった。 やむなく再び尾根上を下ろうとすると、氏から「そっちはダメだ、登った時のことを覚えていないのか!」と強い口調で再び指示が飛んだ。 その後も私がルートを見い出せずに悩んでいると、氏は「何をやっているんだ!、私の言うとおりのルートを下りなさい!」とさらに声を荒らげて叫んだ。 仕方なく薄氷を踏む思いで氏の指示どおり痩せ尾根の側面をトラバースするルートを下ったが、結局当初私の考えていたルートもすぐ下でこれに合流しており、何故氏がこのルートにこだわったのか理解することは出来なかった。 その後は何事もなく無事岩稜帯の下降を終え、踏み跡のトレイルへと入ったが、気持ちが緩んだせいもあり、何でもない斜面で足が滑って思いっきり尻餅をついてしまった。 のたうち回るほどの激痛であったが、これ以上マイナス材料を増やしてはならないので、平静を装いそのまま下り続けた。

  山頂を発ってから3時間後のpm0:15に先程ピッケルをデポした氷河との境目の所に着き、アイゼンを着けるための休憩となった。 オッティー氏に気を遣って残り少ない水筒の水を氏に手渡したが、氏は水筒が手に付かず下に落としてしまった。 幸い水筒は2〜3m転がった所で止まったが、中の水は全て無くなってしまった。 すかさず「ノープロブレム」と笑顔で応え、氏のご機嫌をとった。 休憩後氷河の上部の縁をしばらくトラバースした後、急斜面の氷河を下ったが、表面の雪が溶けて剥き出しとなった氷河はとても固く、アイゼンやピッケルが簡単に刺さらないため、緊張感も加わって足に力が入ってしまいとても疲れた。

  急峻な氷河の斜面を下り終え、pm1:00ちょうどにアルペンルート(登山道)の終点に無事辿り着いた。 少し離れた所で昨夜夕食のテーブルを囲んだガイドと親子連れが、ピッケルを氷河に打ち込んで遊んで(体験学習?して)いた。 ここからは“安全地帯”となるのでザイルが解かれた。 天気はますます良くなり、強烈な陽射しと気温の上昇でとても暑い。 アイゼン・ハーネスを外してアンダーシャツ一枚となった。 僅かに残っていた水筒の水に雪を入れて溶かし喉を潤す。 憧れのヴェッターホルンを背景に、山頂では撮れなかったオッティー氏との記念写真を妻と代わる代わるに撮り合って登頂の余韻に浸った。 氏もひと仕事終えたという感じで座り込み、私達に背を向けて一人噛み煙草をやっていた。

  30分近く大休止をとった後、pm1:25に山小屋に向けてアルペンルートを下った。 オッティー氏と一緒のペースでは足が疲れるので、「マイペースでゆっくり下りますから」と申し出て下ることにしたが、まだ氏から合格点をもらった訳ではないので、あまり間隔が空かないように心掛けながら氏の後をついていくことにした。 山小屋に着く直前で氏を見失い、道も少し間違えたが、トレイルの無い所を強引に下り、pm2:00ちょうどに山小屋に着いた。 「サンキュー・ベリー・マッチ!」。 あらためて氏にお礼を述べて固い握手を交わし、妻を労って早速食堂に入って3人で祝杯をあげた。 下りは先ほどの休憩が長かったこともあり、登りよりも時間がかかったが、AGのパンフレットに書かれている山小屋からの往復のコースタイムは10時間なので、時間的には“合格”であった。 ヴェッターホルンを登り終えたばかりであったが、私の頭の中はすでに次の目標であるアイガー登山のことで一杯だった。 先ほどの“事件”のことがあったので気後れしたが、思い切って氏に「私にアイガーが登れますか?」と訊ねたところ、氏から「天気が良ければ多分大丈夫だと思います。 でもミッテルレギはとても“シリアス(危険が多い)”ですよ」という嬉しい反面、少し心配な答えが返ってきた。 氏は明日の仕事のためか、ビールを一杯飲み干すと直ぐに山小屋から下山していってしまったので、うっかり大事なチップ(袖の下?)を手渡すのを忘れてしまった。

  pm2:50、山小屋の女将さんに別れを告げ、私達もpm5:30の最終バスに間に合うように下山にかかった。 憧れの山に登れたことで身も心も軽いが、往復10時間近くの登高で疲れている体を労るとともに、明後日に控えたアイガー登山に備えて自重しながら下る。 下り始めは強烈な陽射しと照り返しで顔が火照るほどであったが、次第に空模様は再び怪しくなり、2〜3度雷鳴が轟いた後、道路が足下に見え始めた所でとうとう夕立のような雨が降ってきた。 幸い傘を持っていたので濡れずに済み、少し遅れて到着したバスに乗ってグリンデルワルトの町に帰った。 山頂から2000m以上の標高差を下り、足は棒のようになっていたが、ホテルまでの上り坂の途中で何度も後ろを振り返り、雲の中から顔を覗かせているヴェッターホルンの雄姿を眺めると、何かとても誇らしげな気持ちになった。


氷河への取り付き点(帰路の撮影)


氷河への取り付き点から見たシュレックホルン


ヴェッターホルンザッテルから見たアイガー(右)とグロース・フィーシャーホルン(左)


ヴェッターホルンの山頂


ヴェッターホルンの山頂から見た衛星峰のミッテルホルン


ヴェッターホルンの山頂から見たシュレックホルン


氷河への取り付き点でガイドのオッティー氏と


山 日 記    ・    T O P