モン・ブラン(4810m)

  8月26日、am1:50起床。 殆ど眠れないと思っていたが2〜3時間は熟睡出来たので、眠さはそれほど感じなかった。 頭痛も全くなく、高所順応はOKだ。 腕の筋肉痛を除けば体調はすこぶる良い。 食堂に行くと、朝食(出発)の時間帯がそれぞれ違うためであろうか、席は空いていた。 ダビット氏はスタッフの一人と話をしている最中で、私の顔を見るなり冴えない表情で「バッド・ウエザー」と低い口調で言った。 ガッカリする間もなく、氏はさらに「これから嵐が通過するので、am5:00の時点で再度出発するかどうかを決めます」と付け加えると、朝食も食べずにスタッフ用の寝室に消えていってしまった。 心の準備は多少出来てはいたものの、氏の言動を見るかぎり今日のアタックはダメかもしれず、何ともやりきれない気持ちで一杯だ。 しばらく鈴木さん達と雑談をした後、起きていても仕方がないので私達も寝室に戻り、再び眠ることにした。 氏の予言どおり、しばらくすると大砲のような音をたてて突風が山小屋を揺らし始めたが、悪天候にもかかわらず何人もの猛者達が出発して行ったようだった。

  am5:00前に起きて食堂に行くと、ダビット氏が朝食を食べ始めるところだった。 氏は「まだ天気が悪いので出発は出来ません。 すでに出発した他のパーティーも登頂を諦めて順次戻ってくるでしょう」と言った。 外のトイレに用足しに行くと、氏が言ったとおり、吹雪の中をいくつものヘッドランプの灯が山小屋からすぐ上の所を下ってくるのが分かった。 そして間もなく疲労困憊し濡れ鼠になった猛者達が次々と食堂に入ってきた。 朝食を食べながら、氏は「最終的にはam8:00に山小屋に入る天気予報により、出発するか停滞するか、あるいは下山するかを決めます」と言った。 氏は朝食を食べ終えると、すでにアタックを諦めたかのように再び寝室に消えていってしまった。 私達の他、4〜5組の地元のガイドのパーティーも全て同じ行動をとるようだった。 私達も朝食を食べた後に再び寝室にて待機したが、気持ちの切り替えが出来ず、アタックする前から疲れてしまった。

  am7:30に再び食堂に行ってみると、窓の外にはまだ小雪が舞っていた。 決行か、それともやはり中止になってしまうのであろうか?。 am8:00前に山小屋のスタッフが何処かと電話で連絡をとったが、その内容を聞いてダビット氏ら地元のガイド達が下した決断は“今日は天候の回復が見込まれないため登山は中止します”という冷酷なものであった。 さらに氏は「明日以降も天候の回復が見込まれないため、山小屋で停滞せずにこれから下山しましょう」と私達に提案した。 鈴木さん達は滞在日があと2日しかないため、明日の天候の回復を祈って山小屋で停滞されるという。 氏は再び下山することを私達に強く促し、私達も決断を迫られたため、神田さんの意見を聞こうとしたが、生憎神田さんの携帯は何度かけても通話中であった。 多分この時間帯は、モン・ブラン登山の手配にでも追われているのであろう。 妻と二人で悩んだ末、不安定な天候の中を無理して登るよりは、快晴の頂を夢見て再びチャレンジすることを心に決め、氏の意見に従って下山することにした。

  am8:00、小雪が舞うなか山小屋の前でアイゼンを着けてアンザイレンした後、新雪の積もった滑りやすい岩場を下る。 後ろ髪を引かれる思いで山小屋を後にしたが、感傷に浸っている暇もなくダビット氏は先を急ぎ、登り同様先行しているペースの遅いパーティーは追い越すように、後ろから先頭の私にハッパをかけてくる。 下りながら、つくづく下(ホテル)で悠然と気長に天候の回復を待つことが出来なかった自分に腹が立ってきた。 グラン・クーロワールの手前でアイゼンをはずし、氏が先頭になり昨日同様上を見上げながら小走りで駆け抜け、グーテ小屋から小1時間でテート・ルース小屋に着いた。 ザイルが解かれ、山小屋で紅茶を飲みながら20分ほどゆっくり休憩した後、am10:30に再出発となった。 次の下りの登山電車の発車時間がam11:50ということだったので、「ここから先はマイペースで下ってもいいですか?」とダビット氏に提案してみたところ、珍しく快諾された。 氏は糸が切れた凧のように、どんどん先に下っていく。 下るにつれ雪は雨に変わり、次第に本降りとなった。 昨日とは違いガイドレスの日本人登山者が次々と下から登ってくる。 挨拶を交わしたり、エールを送ったりしながら何人かの人達に明日の天気の情報を聞いてみたが、皆一様に天気はあまり良くないという。 最後は傘をさしながら重たい足取りでam11:45に氏の待つニ・デーグルの駅に着いた。 雨にもかかわらず、駅から歩いてビオナッセイ氷河を見物に行ってきた観光客で登山電車は満員であった。 途中駅のベルヴューで下車し、pm0:20発の下りのロープウェイに乗り込むと、濡れ鼠になっている私達を気遣って声をかけてくれた日本人の方がいた。 ドイツに在住されているというその方も、「例年ドイツやスイスでは、8月の下旬から9月の上旬にかけてが一年で一番天候が安定する時期なんですが、今年は本当に異常ですね〜」と首をひねっていた。

  pm1:00、ダビット氏の運転する車でホテルに到着。 身も心もボロボロであったが、造り笑顔で氏にお礼を言い、20ユーロのチップを手渡して車を降りた。 ホテルに戻り着替えをした後、『さつき』に昼食を食べに行く。 「破天荒のため残念ながら今日モン・ブランにアタック出来なかったんですよ」と女将さんに愚痴をこぼしたところ、彼女からも「今年の夏の天気はここに店を出してから最も悪く、自分の知り合いの人を含め、モン・ブランに登れなかった人が大勢いるみたいですよ」と慰められた。 日本人客の出入りが多い『さつき』はスネルスポーツ同様、情報収集にはもってこいの所のようだ。

  昼食を食べた後、ガイド組合の天気予報を見に行くと、今日と明日の天気予報は同じで、朝方は陽が射すが、その後は曇って午後は雨となっている。 それでは万が一に賭けてグーテ小屋で停滞していた方が良かったのではないだろうか?。 深い霧の中に包まれたモン・ブランの方角を見て悔しがったが、もうあとの祭りだ。 ホテルに戻り、ベッドに横になりながら残り6日となった今後の登山計画についていろいろと考えた末、今回計画していた山のうち最も難易度が高いグランド・ジョラスは潔く諦め、バール・デ・ゼクランとモン・ブランの再アタックに的を絞ることにした。 また登る順番としては、最初にバール・デ・ゼクラン、次にモン・ブランということも心に決めたが、あとは何といっても天気次第だ。

  夕方、スネルスポーツへ山行の打ち合わせに行くと、神田さんも「今年の天気には全くお手上げだよ」と私を慰めてくれた。 先ほど決めた今後の計画について神田さんに説明を始めたところ、偶然にもタイミング良くダビット氏も来店したので、3人で打ち合わせをすることが出来た。 神田さんを通じて氏に「滞在日があと6日しかないので、出来れば明日からバール・デ・ゼクランを登りに行きたいんです。 そしてもし明後日の天気が悪く、アタックすることが出来なかった場合には、山小屋に連泊して翌日に再度アタックするという方法でいきたいと思います。 またモン・ブランについても同じ方法でいきたいと思いますが」という希望を話したところ、氏は「明日のみならず、明後日も天気がはっきりしないので、明日から山に行かない方がいいと思いますよ」と少々熱くなりかけている私をなだめるように提案した。 今回の失敗のこともあったので、仕方なく氏の意見に従って明日の出発はとりあえず見合わせることにし、明日のam8:00に神田さんから私に最終確認の連絡をもらうということになった。

  ホテルに戻り、夕食前にひと風呂浴びた後、pm8:45のテレビの天気予報を見ると、何と明日のシャモニ周辺の予報は晴れとなっていた。 余りの悔しさに1時間ほど放心状態となってしまった。 妻はそれとは全く関係なしに珍しく風邪をひいてしまったようで元気がなかった。 しばらくしてやっと我に返ったが、二人とも自炊する気力も失せてしまい、インスタントラーメンを流し込んで寝入ってしまった。


グーテ小屋で同宿した鈴木さん


テート・ルース小屋


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