サザンアルプス

  【ニュージーランド再訪】
   2006年の年末に妻と初めてニュージーランド(NZ)を訪れた。 NZは面積が日本の約4分の3、人口は約400万人で、北島と南島という二つの大きな島からなる国である。 人口の4分の3が北島(赤道に近い方)の都市部に集中しているため、南島(南極に近い方)では都市部以外は殆ど人が住んでいない。 この旅ではNZに11日間滞在し、いつか登ってみたいという漠然とした憧れを持っていた最高峰のアオラキ/Mt.クック(3754m)とNZのマッターホルンと呼ばれる名峰Mt.アスパイアリング(3033m)への登頂の可能性を探りながら、同峰が聳える南島の山岳地帯を中心にレンタカーを使って移動し、1500m〜2000m前後の山を日帰りで5座登った。 しかしながら、滞在期間中の天気はずっと悪く、一日中快晴という日は一日もなかった。

   NZは歴史の浅い国なので、日本のような昔ながらの峠道や古道はなく、また(登山)人口も少ないため必然的に山頂まで登山道がある山は殆どない。 また、緯度が高いため森林限界は1000mほどの高さで、1500m以上の山には夏でも残雪が見られた。 南島にはサザンアルプスという大きな山脈に3000mを超す山が23座ほどあり、2000m以上の山には氷河がある。 スイスのように観光用のロープウェイや登山電車はないので、3000mを超す山の登山には観光用のヘリコプターやスキープレーンをアプローチに使うことが主流になっている。 NZの氷河の山への登山はベースとなる無人の山小屋に泊まり、日帰りでアタックするのが一般的だ。 このうちクックとアスパイアリングについては『ニュージーランドハイキング案内』という本邦で唯一のNZの山のガイドブックにその詳細が記されているが、この旅を計画した当時はネット上にこれらの山を登頂した記録は殆どなく、クックについては登山愛好家で医師の故脇坂順一氏がその著書の中で“これまでに登った山の中で最も危険きわまりないスリル満点の山”と評していたことが、また、アスパイアリングについては以前キリマンジャロ登山でご一緒した方が“氷壁をダブルアックスで登る山”と語っていたことが記憶に新しく、そのイメージがネットの情報に勝っていた。 それゆえ、この旅ではクックの登山拠点となるマウントクック村に3泊、アスパイアリングの登山拠点となるワナカに2泊し、登山やハイキングの合間に現地のエージェントであるアルパインガイズ社(AGL)や国立公園の管理事務所(DOC)を訪ねて情報の収集に精を出した。 当時たまたまAGLの事務所にこれからクックに登るという日本人の登山者がいたので、その方からも色々と貴重な話を伺うことが出来た。 また帰国後にその方から届いたメールでは、ベースの山小屋へは入れたものの、大雪と天候不良のため核心部の岩稜登攀をすることなく、氷河をラッセルしただけで(滞在期間も含めて)時間切れとなり、登頂は叶えられなかったということだった。 尚、AGLには不定期だが、山岳ガイドの平岡さんが年末年始の前後1〜2ヶ月間その所属ガイドとして働いていることも分かった(この年は不在だった)。 一方、ワナカでも曇天が続き、3日間の滞在中一度もアスパイアリングの姿さえ見ることが出来なかった。 たまたま私達がNZに滞在した時の天候が悪かったのかも知れないが、NZの氷河の山を登ることの難しさを体感し、その中でも特にクックはルート上の危険性もあり、お気楽な私には敷居が高いように思えた。

   帰国後私の頭の中ではクックは潔く諦め、アスパイアリングだけは登りたいという気持ちに変わっていったが、2008年の夏に当の平岡さんと南米のボリビアの山に一緒に行く機会に恵まれたことがきっかけで、再びNZの山への情熱に火が付いた。 そのことを平岡さんに相談すると、プライベートガイドとしてではなく、私のスケジュールに合わせてAGLの所属ガイドとして私をガイドすることが出来るとのことであり、またその方が何かとメリットが多いということだった。 外国人のガイドに負けない資質と力量のある平岡さんがガイドをしてくれれば、登頂の可能性はより一層高まり、またもし天候などが悪くて希望の山に登れない時でも、柔軟に他の山をガイドしてもらえるという自由がきくのも魅力だ。 登山の適期は、平岡さんの経験では1月の中旬から下旬が一番良いとのことだった。 年末年始の方が長期休暇を取るには都合が良いが、この時期の天気はあまり安定せず、山も混雑するので避けた方が良いとのことだった。

   AGLのクック登山のプログラムは6日間(以前は7日間)で費用は4850NZ$(今回は1NZ$が約75円だったので、邦貨で360000円)、アスパイアリング登山のプログラムは5日間で費用は3760NZ$(邦貨で280000円)である。 尚、アスパイアリング登山では1対2のガイドが可能で、その場合の費用は2人分で5380NZ$(邦貨で400000円)である。 この料金には、期間中のガイド料、食料費、山小屋及びマウントクック村やワナカでの宿泊費、入山時のヘリコプター代、登攀具のレンタル料金などが含まれている。 また登山期間の延長料金は1日あたり575NZ$(邦貨で42000円)である。 この金額はプライベートガイド以上に高いようにも見えるが、この山ならではの特異なヘリの手配や食事、レスキュー体制、そして何よりもAGLの持つ各種のネットワークとタイムリーな情報を利用出来ることが最大の魅力である。 

   クック登山のプログラムは6日間の日程だが、ベースとなる山小屋への入下山には最低2日掛かる(悪天候でヘリが飛べない時はさらに日数が掛かる)ので、アタックが可能な日は4日間しかない。 夏でも1日で数10センチの降雪が度々あるクックの気象条件の厳しさを考えると、確実に登頂するためには最低でも10日間くらいの日程が必要だと思われた。 一方、場合によっては半月待っても登れないことがこの山では充分あり得る。 休暇との兼ね合いもあったが、前回の下見の経験を活かして今回はクック(私のみ)とアスパイアリング(私と妻)の登山のプログラムに2日間の予備日を加えた13日間の登山日程で臨むことにした。 すなわち、この方法では最初にどちらかの山にプログラムの期間よりも早く登れた場合には、その分だけ次の山の予備日が増えるということであり、また、運が良ければ最初の山から下山する日に次の山に入山することも可能である。 さらに運良くプログラムの期間よりも早く二つの山に登れた場合には、追加料金なしで予備日に他の山にも登ることも出来る。 登る山の順番については現地入りしてから天気の状況を見て決めることになったが、私の希望は最初に少しでも登頂の可能性が高いアスパイアリングに妻と登り、その後は天候待ちをしながら運が良ければクックにも登るということだった。 尚、クックへ登るのは私のみなので、この間の妻の宿泊費と食料費は本来自己負担になるが、平岡さんがAGLに交渉してくれて無料になった。 尚、NZでは国内に山岳ガイドが少なく、他の国からのガイドで運営しているAGLの登山のプログラム(延長を含む)の予約は直前では難しく、数ヶ月前からした方が良い。

   2010年1月9日の夕方6時半、NZ航空のクライストチャーチ行きの直行便で成田を出発する。 他の航空会社でさらに安いチケットもあったが、この便は翌日の午前10時にクライストチャーチに着き、帰りは朝の5時40分にクライストチャーチを発って、オークランド経由でその日の夕方4時半に成田に着くので、日程を最大限効率的に使え、また航空券単体の価格は@151000円とこの時期にしては安かった。 尚、予約したのは9月下旬だが、年末年始の出発では10月以降の予約では難しいかもしれない。 NZはサマータイムで夏は時差が4時間あり、成田からクライストチャーチまでの所要時間は11時間半だった。 NZの税関は持ち込まれる食品や靴底の汚れに大変厳しく、前回はかなり入念に調べられたが、今回は形だけの検査で拍子抜けした。

   3日前に就労ビザの申請などで先にNZ入りした平岡さんと11時過ぎに無事出国ロビーで落ち合い、空港のパーキングからレンタカーに乗る。 平岡さんがネットで地元の業者に予約した右ハンドルのフォードのステーションワゴンは2000CCで、損害保険料込みのレンタル料は邦貨で1日約3800円と大手のレンタカー会社に比べて3割ほど割安だった。 平岡さんの運転でメスベンにある知人宅の倉庫に預けた山道具を取りに行きながらマウントクック村へ向かう。 前回と比較しても意味がないことだが、NZは今日も曇天だった。 車中では昨年の夏のペルーや秋のアマ・ダブラムの話に花が咲き、今後の海外の山の予定や方向性についてお互い語り合った。 ジェラルディンの『SUBWAY』で昼食を食べ、ここから運転を代わると間もなく雨が降ってきた。 やはりNZとは相性が悪いのだろうかと少し憂鬱になる。 途中トイレ休憩のために寄ったテカポ湖の湖岸では急な土砂降りの雨の後に霰も降ってきて気温も一気に下がった。 もちろん、残念ながら湖畔からクックの雄姿は望めない。 運転を平岡さんに代わり、寒々しい天気の中を1時間ほど走って夕方の5時過ぎにマウントクック村随一の高級ホテルである『ハーミテージ』に着いた。 NZは夏だが気温は6℃しかなく冬の日本より寒く感じる。 この分では山は雪だろう。 

   今回お世話になるアルパインガイズ社(AGL)は、前回訪れた時は独立した事務所を村内に構えていたが、2年前にハーミテージホテルが改装工事を行った際にその1階の土産物店の奥に事務所を移転したとのことだった。 AGLの社長のブライアンに会い、さっそく平岡さんが山の状況を聞く。 ブライアンの話では数日前にクックで1mほどの積雪があり、ここ数日クックには登れない状況が続いているとのことだった。 また今日も50センチほど降ったので、しばらくは登れないだろうとのことだった。 もしクックを6日間の登山プログラムだけで臨んでいたら、この段階で登頂の可能性は極めて低くなってしまうだろう。 のっけから絶望的な話しではあったが、私の頭の中のクックのイメージではその程度の事は織り込み済みなので、気持ちの動揺はそれほどなかった。 図らずも私の希望どおり最初にアスパイアリングに行くことになりそうだ。 

   AGLには明日の午前中に再訪することにして、ここから3キロほど離れたNZ山岳会が運営している『アンウィンロッジ』に向かう。 以前はAGLの事務所の近くに自前のロッジがあったが、これも合理化により廃止し、現在ではこの形態になったようだ。 今日はまだ登山プログラムの開始前なので宿泊代の@25NZドル(邦貨で約1900円)を管理人に支払う。 ロッジの寝室は一部屋に5〜10人が二段ベットで泊まれるシンプルなドミトリータイプで、トイレとシャワーは共同である。 食堂やソファーが置かれた居間と同じフロアの広いキッチンは開放感があってとても良い。 予期していたことだが、ロッジでスイス人の女性ガイドのスーザンと10年ぶりに再会する。 スーザンには2001年の夏にスイスのドム(4545m)をガイドしてもらったが、いつも超過密スケジュールゆえ私達のことは覚えていないとのことだった。 尚、スーザンは7年前に知人の三宅さんをクックに、5年前に西廣さん夫妻をモンテ・ローザにガイドしている。 スーザンは毎年この時期はNZでAGLのガイドをしているが、その働きぶりはスイスと同様に男性顔負けで、今シーズンもすでに5回もクックに登ったとのことだった。 もしかしたら世界一クックに登った回数が多いガイドかもしれない。 スーザンの話しによると、クックでは年末にかけて好天が続いたが、年が明けてからは天気が悪い日が続いているとのことだった。 

   明日からは平岡さんがAGLのガイドとして毎日食事を作ってくれることになっている。 一日早いが今晩は日本食が好みの私達のために、中華系の味付けの料理にご飯を炊いてくれた。 ガイドも合理化によりこのロッジではなくクック村にあるガイド専用のアパートを使用するとのことで、夕食後は明日以降のスケジュールの確認と打合わせを行う。 一番隅の5人部屋をAGLが貸し切っていたので、今日は二人だけでその部屋に泊まる。 風邪気味のせいか暖房のない部屋は寒々しく感じ、上下ともダウンを着込んで寝袋に入った。


2006年12月に初めて登ったNZの山(アバランチピーク/1833m)の山頂


クライストチャーチ空港からレンタカーでマウントクック村に移動する


寒々しい天気のマウントクック村


AGLの事務所で社長のブライアンに山の状況を聞く


アンウィンロッジのダイニングキッチンは開放感があってとても良い


スイス人の女性ガイドのスーザンと10年ぶりに再会する


キッチンで腕を揮うガイドの平岡さん


シンプルなドミトリータイプのアンウィンロッジの寝室


  【マウント・アスパイアリング】
   1月11日、朝7時に起床。 相変わらず風邪が治りきらず体が少し重い。 ここ数年風邪などひいたことがなかったので、本当に間が悪い。 雨こそ降っていないが灰色の雲が山々を覆い天気は良くない。 もちろんクックは望むべくもなく、3年前の滞在時から時間が止まっているような気がする。 8時に平岡さんがガイドハウスから迎えに来てくれ、自炊はせずにハーミテージで朝食のバイキングを優雅に食べる。 @16.5NZドル(邦貨で約1200円)と@25NZドル(邦貨で約1900円)の二種類が用意されていたが、前者でも充分な内容だったので迷わずそちらを注文した。

   朝食後にAGLの事務所で天気予報を確認する。 今日は1日曇天だが、明日は小さな高気圧が西から張り出して来るので明後日にかけて良い天気となるが、早くもその翌日は天気が崩れ、その後は大きな高気圧により週末から来週にかけて晴天が続きそうだった。 この予報を見る限りでは、明後日の好天を上手く拾ってアスパイアリングを登った後、週末にはクックにも登れそうな感じだったが、クックはやはり度重なる降雪でしばらく登れないとのことで、明日の朝9時にヘリでアスパイアリングのアタックベースとなるコリントッド・ハットに入山することが決まり、昼過ぎにアスパイアリングの登山拠点となるワナカに車で移動することとなった。 事務所内で平岡さんに装備の点検をしてもらう。 事前にメールや電話でアドバイスを受けていたが、主な登攀具は、ハーネス、ヘルメット、アイゼン、ピッケルとバイルを1本ずつ(クックではバイルとハンマー)、スノーバー1本、ATC、カラビナ7枚、アイススクリュー1本、120センチのスリング3本、60センチのスリング2本、ビーコンといったところだ。 このうちアイススクリューとビーコンは持っていないのでレンタルする(無料)。 AGLのスタッフの話ではクックや近隣の山がおしなべて大雪で登れないため、コリントッド・ハットにすでに9名の登山者がいるという。 山小屋の定員は12名なので、念のためテントを持っていくことにするが、当初空いていると思われた山小屋の混雑を考えると少し気が重い。

   昼食をハーミテージの2階の喫茶店で軽く食べてから、3時前にワナカに向けて出発する。 途中のトワイゼルでガソリンを補給するが、ガソリンの価格は日本の約1.5倍と高い。 移動中にヘリの運航会社から電話があり、明日のフライトの時間を9時から12時に変更して欲しいとのこと。 明日は久々に良い天気となるので、観光客のオーダーが増えたのだろう。 ヘリのフライト料金が高い(10分くらいで5〜6万円掛かる)ため、相乗りをするのがこちらでは常識で、ヘリの運航会社もそれを前提にフライトスケジュールを組んでいるとのこと。 到着時間が遅くなれば山小屋へ泊まれる可能性が低くなるかもしれないが、運航会社の意向に従った方が何かと得策なのでOKする。

   NZの一般道は制限速度が100キロで信号機が殆どないため、マウントクック村から200キロ余りのワナカに2時間半ほどで到着。 AGLが契約しているモーテルは前回の旅で泊まったモーテルのすぐ近くだった。 部屋は4畳半くらいの広さに二段ベットがある個室で、トイレ・シャワー・キッチン(電子レンジや電気コンロなどの調理器具や鍋釜等の炊事道具は全て整っている)等は共同である。 宿泊料は邦貨で@2〜3千円くらいだろう。 NZにはこのような安価なモーテルが街中や観光地に多くあり、旅行者にはありがたい。 モーテルから5分ほどのスーパーマーケットに明日から5日分くらいの食材を買いに行く。 意外にもお米は色々な種類のものが売られていて、NZでは日常的な食べ物のようだ。 夕食はモーテルで自炊し、明日からの登山に備えて早めに就寝する。


マウントクック村は今日も曇天でクックは見えない


ハーミテージで朝食のバイキングを食べる


AGLの事務所で天気予報を確認する平岡さんとスーザン


平岡さんに装備の点検をしてもらう


ワナカで泊まったモーテル


スーパーマーケットで食材を仕入れる


夕食はモーテルで自炊して食べる


   1月12日、朝7時に起床。 良く寝たがまだ微熱が取れずもどかしい。 それとは対照的に青空が一面広がり、モーテルからも白い山並みが見えた。 NZ(ワナカ)で、こんなに良い天気を見たことがないので嬉しくなる。 この天気なら今頃アスパイアリングにアタックしているパーティーも多いだろう。 天気予報どおりであれば明日はさらに良い天気となるので、登頂の可能性と早期の下山が現実的になってきた。

   のんびりと朝食を食べてから荷物をまとめてチェックアウトし、ビジターセンター(国立公園の管理事務所/DOC)で入山届の提出と情報の収集を行う。 DOCの担当者の話では、昨日までずっと天気が悪く、山小屋で天候待ちをしているパーティーがまだ相当数おり、今日も好天なのである程度の入山者が見込まれるため、山小屋に泊まるのは難しいかもしれないとのことだった。 尚、NZの山小屋には管理人がいないため、食料と寝具を持参する必要がある。 今回は登山プログラムの料金に含まれているが、コリントッド・ハットの使用料は@20NZ$(邦貨で1500円)であり、後日クレジットカードでDOCに支払うことになっている。 天気予報は昨日と変わらず、明日まで天気は良いとのことで予定どおり入山することとなった。 ワナカの町のシンボルであるワナカ湖も美しく輝き、湖畔のオートキャンプ場も賑やかだ。 ヘリポートのあるラズベリーフラット方面に向かうアスパイアリング道路にはサイクリングを楽しむ人も多い。 前回の滞在時に登ったロイズ・ピーク(1578m)の山頂も見えたが、平岡さんもその昔登ったことがあるとのことで驚いた。

   町外れの道路脇のビューポイントからは目指すアスパイアリングの頂稜部のみが僅かではあるがはっきりと望まれた。 雲一つない快晴の天気に気持ちも大きくなり、週末にはクック、来週はNZで2番目に高いMt.タズマン(3497m)やミナレッツ(3040m)にも登ってしまうのではという夢のような話で盛り上がる。 道路の舗装が切れてマツキツキ谷に入ると羊の群れが道路を横断し、観光客のように車から降りて写真を撮ったりして戯れる。 ざっと数えても千頭くらいはいるだろう。 和食には欠かせない醤油を買い忘れたことに気が付き、時間もあるので一旦町に戻る。 ヘリは道路の終点のラズベリーフラットからではなく、もっと手前から飛べるようだ。 正午前に牧草地の片隅に作られた小さなヘリポートに着くと、私達と相乗りする登山者が2名待っていた。

   車の傍らで身支度を整え、12時半にヘリに乗り込む。 マッキンリーの時はスキープレーンに乗って氷河にアプローチしたが、ヘリに乗るのは妻共々始めてだ。 パイロットを入れると6名で荷物も満載した小型のヘリだが、フワリと軽く空中に舞い上がると、あっという間に高度を上げながらマツキツキ谷の上空に鳥のように身軽に飛んだ。 マツキツキ谷を数分遡ると眼下にラズベリーフラットの駐車場が見え、そこからはさらに高度を上げて右手のロブロイ・ピーク(2644m)の方向に向かって行った。 天気が良いので山々が良く見え、観光客のように大はしゃぎだ。 アスパイアリングは独立峰だが、周囲には2000mから2500mクラスの山が多く聳え、またどの山も山頂に雪を戴いていて迫力がある。 万が一アスパイアリングに登れなくても機上からの豪快な景色だけで満足してしまいそうな気分になってしまう。 突然、先ほどまで頂稜部しか見えなかったアスパイアリングが眼の前にその神々しい姿を現した。 いきなりの真打の登場に開いた口が塞がらない。 間もなくヘリはMt.ビーバン(2030m)の直下にあるビーバン・コル(1851m)という岩の露出した平坦地に下り立った。 僅か10数分であったが、とても刺激的で印象に残るフライトだった。 ビーバン・コルからでもアスパイアリングは日帰りでアタック可能なので、周囲を石で囲ったテントサイトがいくつか見られた。 私達もそれを選択肢として考えたが、山小屋(コリントッド・ハット)からのほうが行動時間と歩行距離が短く、登頂の可能性が少しでも高いので、手間は掛かるが山小屋に行くことにした。

   NZ方式(キウイ式)のザイルの結び方を平岡さんに教わり、5日分の食料と燃料(ホワイトガソリン)を平岡さんと分担し、それらを入れたダンボール箱をビニールのゴミ袋で包み、スリングでハーネスに結んでソリのように曳く。 ビーバン・コルを2時前に出発し、標高差で100mほど雪のスロープを下り、アスパイアリングを右手に望みながらだだっ広い平らなボナー氷河を僅かに下りながら黙々と歩く。 午後に入ったので少し空の色が濁ってきたのが惜しまれる。 しばらくすると山頂から下りてくるパーティーの姿が散見されたので、今日登ったパーティーがヘリで下山してくれれば山小屋に泊まれるかもしれない。 ヘリは視界が良ければ夜の9時頃まで飛べるらしい。 中間地点で赤い色の山小屋(コリントッド・ハット)が頭上に見えるようになり、先ほどとは逆に標高差で100mほど登り返して3時半に山小屋に着いた。

   山小屋のデッキからは北西稜の上に覆いかぶさるようなアスパイアリングの威圧的な頂稜部が仰ぎ見られ、先ほどビーバン・コルやボナー氷河から見た優美な同峰とは全く違う山に見えた。 予想どおりこぢんまりとした小さな山小屋は人や荷物で溢れ足の踏み場もない。 それどころかまだ下山してきてないパーティーも多く、これからヘリで下山しようとする動きは全く見られなかった。 すでに数張のテントが山小屋の周囲に見られ、混雑の嫌いな平岡さんの提案でテントに泊まることになった。 山小屋から30mほど離れた岩陰の雪の上をスコップで一時間近くかけて整地してテントを設営する。 AGLから借りたテントは間口が150センチほどで、3人が寝るだけで精一杯だったので、岩陰に食料や荷物を置いて炊事や食事も全て外でする。 唯一山小屋の雨水タンクの水を使えるのが助かる。 ボリビアとペルーでしか使ったことのない新しい全身用のエアーマットが空気漏れをしていてがっかりさせられる。 夕方まで風はなく穏やかだったが、周囲の山々には次第に笠雲が取り付き始め、夕食後は風も強くなってきた。 就寝後は一段と風が強まり、テントを叩く風の音がうるさくて全く眠れなかった。 それどころか途中から雪ならぬ雨が降り始め、明日の天気予報は怪しくなってきた。


朝から青空が広がりワナカの町から白い山並みが見えた


国立公園の管理事務所(DOC)で入山届の提出と情報の収集を行う


道路脇のビューポイントから見たアスパイアリングの頂稜部


マツキツキ谷の牧草地で羊の群れと戯れる


ヘリでビーバン・コルへ飛ぶ


マツキツキ谷を遡る


アスパイアリングを取り囲む2000m級の山々も山頂に雪を戴いていて迫力がある


ヘリの機上から見たアスパイアリングの頂稜部


NZのマッターホルンと呼ばれるアスパイアリングの雄姿


ヘリポートとなっているビーバン・コル


だだっ広い平らなボナー氷河を僅かに下りながら歩く


ボナー氷河から見たアスパイアリング


コリントッド・ハットから仰ぎ見たアスパイアリング


コリントッド・ハットとボナー氷河(右端の山はMt.ビーバン/2030m)


岩陰の雪の上にテントを設営する


   1月13日、朝3時に起床し、朝食を食べてからアタックする予定でいたが、まだ時々小雨が降っていた。 少し様子を見ましょうという平岡さんの提案で再び寝たが、皆のモチベーションが一気に下がったのか、再び目が覚めたのは周囲が少し白み始めた5時過ぎだった。 ルート上にはヘッドランプの灯りは見えず、私達以外のパーティーも登っていないようだった。 風や雨は収まったので朝食の準備をしながら一応出発に備えるが、今日はもう駄目だろうという雰囲気が漂っていた。 5時半を過ぎると、曇天ながらもアスパイアリングの山頂が見えたが、天気予報とはかけ離れた灰色の空を見て今日のアタックは中止になった。 仮に登れたとしてもこの天気では楽しくないだろう。 昨日同じヘリで入山した2人のパーティーも近くのテントサイトから恨めしそうに山を眺めていた。 昨日の予報を信じる限り明後日からは大きな高気圧がやってくるので、それまでここで辛抱強く停滞するしかない。 今日アスパイアリングに登頂し、早ければ今日のうちに下山してクックに余力を持って臨もうというサクセスストーリーは脆くも崩れ去り、逆に当初の5日間の登山プログラムの期間(今日で3日目)では収まらない状況になってきた。 運悪くまた予報が外れたら今回はアスパイアリングだけで終わってしまうかもしれない。 それならば、何としてでも良い天気の日に山頂に立ちたいと願った。

   山小屋に泊まっていたパーティーの殆どが昨日アスパイアリングに登れたようで、8時を過ぎると順次下山していった。 幾つかのパーティーに声を掛けて山の状況を伺ったところ、昨日は天気が良かったが午前中は風が強く、未明に出発したパーティーの殆どは途中で引き返し、風が弱まってきてから再度登り返したか、風が弱まるのを待って遅く出発したかのいずれかだったようだ。 当然のことながら下山時間は遅くなるので、昨日のうちに下山するパーティーがいなかったことが納得できた。 また、氷壁のルートのコンディションは良好で問題はないとのことだった。 山小屋が空いたので、同じヘリで入山した2人のパーティーと共にテントを撤収して山小屋に移る。 あと3〜4日停滞することを考えると、狭いテントで過ごすのはとても辛く、今日のうちに山小屋に移れて本当に良かった。 唯一下山しなかった3人のベテラン風のパーティーは昨日登頂したらしいが、日程に余裕があるのか引き続きここをベースに活動するようだった。 山小屋の内部には2段ベットに12人分のマットレスが敷かれ、6人が座れるイスとテーブル、そして調理台があったほか、DOCと交信するための無線機が備え付けてあり、使用方法についての説明が傍らに記されていた。 また山小屋には宿泊者名簿が置かれ、利用者の名前・住所・利用目的・明日の行き先などを必ず記帳するようになっていた。 名簿上で日本人の足跡を辿ってみたところ、何と年末に山の友人が来ていたことが分かり驚いた。

   時々雲の切れ目から陽が射すが、予報に反した曇天に気が滅入る。 平岡さんの話ではNZでは南極の気象の影響を受け易いので、こういうことも珍しくないとのことだった。 ティータイムの後、山小屋の周辺でクレバスレスキューの訓練をすることになった。 3年前、マッキンリーに登るために八ヶ岳のジョウゴ沢で講習を受けたことがあったが、普段の山行では全く実践する機会がないので、手順について忘れていることが多かった。 もちろん妻は初めてであり、とても良い訓練になった。 AGLの登山プログラムではガイドとこのような訓練を入山前や停滞時にすることが一般的である。 昼食は昨夜の残りのご飯をおじやにして食べる。 午後は山小屋のテラスで昨日教わったキウイ式のザイルの結び方を練習したりして過ごす。 天気は少し回復したが、明日の天気を示唆するかのように入山するパーティーはいなかった。

   夕食後、夜7時45分から無線でDOCとの定時交信が始まった。 まずDOCのスタッフから天気の概況と予報が伝えられ、それが終わるとこちらからは3人のベテランパーティーのリーダーが代表して宿泊者の人数とパーティーの名称などを伝えた。 天気予報によると、明日は天気が崩れるが明後日から天気は徐々に良くなり、3日後の土曜日が良い天気になるとのことだった。 今日のことがあるので100%予報を信じることは出来ないが、平岡さんから明日はアタックするのは止めましょうという提案があった。 明朝は念のため早起きすることにして9時前に就寝する。 山小屋の中は意外と暖かく、冬用の寝袋に下着だけになって寝た。 昨夜と同様に日没後は風が急に強まり、予報どおり明日は天気が崩れそうだった。


悪天気のためアタックは中止になった


避難小屋のようなこぢんまりとしたコリントッド・ハットの内部


山小屋の周辺でクレバスレスキューの訓練をする


夜7時45分から無線でDOCと定時交信をする


   1月14日、朝5時前に起きて外の様子をうかがう。 平岡さんも一応起きてきた。 相変わらず風が強く、また星も見えなかったので、予定どおり今日はアタックしないことになった。 朝寝坊を決め込んで良く寝たせいか、ようやく風邪は治り体調は良くなった。 午前中は天気の状況に一喜一憂していたが、ありがたいことに昼頃から天気は回復し始め、好天が期待される明後日を待たずに明日にもアタック出来そうな空模様になってきた。 同じヘリで入山した2人のパーティーは近くのMt.ビーバンを登りに行ったが、3人のベテランパーティーと私達は一日中思い思いにのんびりと山小屋で寛いでいた。 明日は通称『ランプ』と呼ばれる氷壁の登攀がメインとなるが、そのランプについて“何度もここで致命的な事故が発生しているので、午後の柔らかい雪と急斜面には細心の注意が必要です”という注意書きが山小屋の壁に貼られていた。

   3時過ぎにようやくビーバン・コルからこちらに向かってくるパーティーの姿が見えた。 昨日・今日の2日間のうち最初で最後の入山者となったそのパーティーのガイドは平岡さんの知り合いのデーブで、昨年の春に私の山の友人をチョモランマの頂に導いた方とのことだった。 また来月アスパイアリングを登る予定の友人のガイドもデーブであることが分かりその偶然さに驚いた。

   夕食後、今夜も7時45分から無線でDOCとの定時交信が始まり、DOCのスタッフから天気の概況と予報が伝えられたが、明後日ほどではないものの明日もまずまずの良い天気になるとのことだった。 平岡さんから明日は通常どおり朝3時の起床でアタックを開始し、天気の状況を見ながらその後の行動を決めましょうという提案があった。 一昨日登頂した3人のベテランパーティーも訓練のためか明日もアタックするようだ。


午前中は天気の状況に一喜一憂していたが、昼頃から天気は回復し始めた


一日中思い思いにのんびりと山小屋で寛ぐ


山小屋の壁に貼られていたランプのルートについての注意書き


ボナー氷河を横断してこちらに向かってくるパーティーの姿が見えた


夕方には快晴の天気となった


   1月15日、朝3時に起床すると、意外にも平岡さんから昨夜デーブやベテランパーティーと話し合い、4時に起床することになったとの説明があり、眠くは無いが再び床に就く。 暗いうちに核心部のランプの氷壁に取り付くことはあまり得策でないと判断したからだろうか。 4時少し前に静かに起床し、山小屋の外に出ると綺麗な星空で風もなくホッとした。 取り決めた4時になると今日アスパイアリングに登る3組のパーティーが一斉に起き出し、狭い山小屋はにわかに活気づいた。 室内灯を点け、3台のガソリンストーブに火が灯る。 昨夜のうちに作っておいたサンドイッチを頬張り、インスタントのスープをすする。 山小屋から出発出来るありがたさを痛感する。 トイレは一つしかないので皆の動きに目を遣りながらすばやく用を足す。 これは経験がものをいう大事なテクニックだ。

   この山を知り尽くしているのか、3人のベテランパーティーは私達のガイドパーティーを待たずに出発していった。 私達もザイルを結び合いアイゼンを着けて5時過ぎに出発し、デーブらのパーティーが続いた。 前方には先行しているベテランパーティーのヘッドランプの灯りが見える。 夜明け前だが暖かく、気温は間違いなくプラスだ。 ボナー氷河に向けてやや下り気味にトラバースし、北西稜から少し離れた位置をキープしながら比較的登り易い斜面を黙々と登って行く。 上方に揺れていたベテランパーティーのヘッドランプの灯りはいつの間にか見えなくなり、ランプの手前から北西稜の岩場に取り付いたようだった。 その結果ランプの氷壁ルートを登るのは私達とデーブのガイドパーティーだけとなった。

   単調な氷河の登高を1時間余り続けていくと、雪が硬く締り斜面の傾斜も増してきたので、伸ばしたザイルを束ねてタイトロープで登ることとなった。 間もなく夜が白み始め、周囲の山々が暗闇から浮かび上がってきた。 頭上には北西稜に突き上げる岩壁が覆いかぶさるように立ちはだかり、行く手を遮っている。 ここがランプの取り付きのようで、平岡さんがザイルを伸ばして氷壁の偵察とルートの確認に向かった。 図らずもそれを待つ間に素晴らしい朝焼けのシーンを鑑賞することが出来た。 予報どおり、あるいはそれ以上の好天となりそうで嬉しくなる。

   ランプの取り付きからはルートを熟知したデーブらのマンツーマンのパーティーが先行して登っていく。 取り付き付近はセラックが崩壊していたので登りにくかった。 そこを越えると今度はひたすら急斜面の氷壁の登攀となった。 ルートは基本的に北西稜の岩場の基部に沿って登るような感じで、途中に一つだけ確保支点が設けられていた。 スノーバーを打ち込んでセルフを取り、50度ほどの急斜面をダブルアックスでザイルを伸ばしていく平岡さんを下から確保する。 被った岩を利用してフレンズでランニングを取っていくこともあったが、フレンズがなかなかリリース出来ずに苦労する一幕もあった。 アイゼンを蹴り込みながらダブルアックスでの氷壁の登攀が繰り返し数ピッチ続き、ふくらはぎは悲鳴をあげ、腕もパンパンに張ってくるが、この高度感とスリルは他ではなかなか味わえない代物だ。

   空は次第に青みを増し、眼下のボナー氷河にアスパイアリングの尖った頂が投影された。 風もなく天気の崩れる心配は今のところなさそうで安堵する。 雲海が辺り一面の谷を埋め尽くし、氷河が果てしなく広がっているように見える。 デーブらのパーティーとほぼ並行に相前後しながら、ランプの終了点となる北西稜のコルを目指す。 一昨日登った登山者からの情報どおり氷壁のコンディションはとても良かった。 間もなく頭上にアスパイアリングの白い頂と山頂に続く黒い岩稜帯が見えてきた。

   ランプの取り付きから3時間ほど経った9時ちょうどに陽光と展望に恵まれた北西稜のコルに着いた。 ここは北西稜の岩場を登るルートとの分岐(合流)点であり、途中から北西稜の岩場に取り付いた3人のベテランパーティーの姿が再び上の方に見えた。 コルには独立峰特有の強い風もなく、山頂を待たずしてクックもはっきりと遠望された。 核心部の氷壁の登攀は終わり、ここから山頂までは特に難しいところはないので、デーブらのパーティーと一緒に大休止する。 山小屋で1800mにセットした高度計の標高は2480mになっていた。 上空は雲一つない快晴でとても暖かい。 どうやら天気は前倒しに良くなったようだ。

   居心地の良いコルで30分近くも寛ぎ、足取りも軽く山頂へ向かう。 ガイドブックではコルから山頂まで2時間半となっているが、標高差とルートの状況を見る限り1時間半ほどで登れそうな感じがした。 見た目よりも緩やかな雪稜をしばらくコンテで直登して行くと、雪が切れて岩が露出し始めたのでアイゼンを外す。 雪があった方が断然登り易いが、夏には雪が付かないのか岩場には踏み跡がそれなりに見られ、これを辿ってジグザグに登る。 デーブらのパーティーはクライアントのペースが上がらなくなったのか、その差はみるみる開いて行く。 30分ほど単調な岩場の踏み跡を登り、最後は再びアイゼンを着けて次第に痩せていく雪稜を登る。 上から3人のベテランパーティーがノーザイルで降りてきた。 パーティーの一人に「速かったですね!」と祝福され登頂を確信する。

   3000m級の山なので高所登山のような息苦しさを感じることもなく、11時過ぎに憧れのアスパイアリングの山頂に辿り着いた。 NZのマッターホルンと呼ばれる山に相応しく、猫の額ほどしかない狭い山頂は一方がスッパリと切れ落ちていた。 妻と抱き合って登頂を喜び、平岡さんとも力強く握手を交わす。 昨年のペルーの山では強風のため涙を飲んだ妻も今日は満面の笑顔だ。 今まで見えなかった山頂の向こう側も一面雲海が広がり、2000m以上の山の頂だけが島のように浮かんでその存在を誇示している。 これほどスケールの大きな雲海は今まで見たこともなく、360度の見事な大展望に拍車をかける。 クックを始めとするサザンアルプス中央部の山々はもちろんのこと、南西のミルフォード・サウンド方面には名峰ツトコ(2746m)も遠望された。 また、山や雲海のみならず眼下には無名の氷河湖、そしてその先には本当の海(タズマン海)も望まれ、期待以上の展望の素晴らしさにため息をつくばかりだ。 一昨日無理して登らなくて正解だった。 平岡さんも嬉しそうにAGLの事務所に無線で登頂の連絡を入れ、登頂祝いにとわざわざ山頂まで持ち上げてくれたパウンドケーキをご馳走になる。 30分近くたってからようやくデーブらのパーティーが登ってきたので、お互いに記念写真を撮り合った。

   快晴無風の山頂に40分も滞在し景色も充分堪能したので、もう思い残すことはない。 下りは私が先頭になり、先ほど休憩したコルまで下る。 コルで短い休憩をした後、デーブらのパーティーと入れ違いにコルを発つ。 午後になると雪崩や落石の危険があるランプの氷壁ルートは下らず、引き続き北西稜の岩場を下る。 先ほどの頂稜部の岩場以上に明瞭な踏み跡があったのでこれを辿っていく。 間もなく大きなケルンが積まれた所に、ボナー氷河とは北西稜を挟んで反対側のサーマ氷河へ降りる立派な懸垂用の確保支点があった。 氷河へ懸垂で降りる準備をしていると、デーブらのパーティーが追いついてきたが、氷河へ降りる素振りもなくそのまま岩場を下っていった。 平岡さんがデーブに声を掛けたところ、今の時期は岩場を下る方が良いとのことだったので、デーブらのパーティーの後に続くことにした。 岩場には引き続き明瞭な踏み跡があり、また要所要所に懸垂用の支点が取り付けられていたので迷うことはなかった。 眼下に山小屋がはっきりと見えてくると目印の小さなケルンがあり、そこから左側のボナー氷河に降りた。 3人のベテランパーティーが今朝登ったトレースがあり、それを辿っていくと無事私達のトレースに合流した。 天気が安定していたためゆっくり下山したので、登りと同じ時間を要して山小屋には夕方の5時半に着いた。 予想外に2日間の停滞を強いられたが、最高の天気の日に登頂出来て本当に良かった。 時間的にはこのまま荷物をまとめてビーバン・コルからヘリで下山することも可能だが、今は雲海が災いしてヘリがとても飛べる状態ではないため、明日下山することになった。

   コリントッド・ハットからの下山については、日程に余裕がある時や悪天候でヘリが飛べない時に、ボナー氷河をクオーターダーク峠まで登ってからフレンチ稜をフレンチリッジ・ハット経由(一般的にはここで泊まる)で下り、マツキツキ谷を歩いて車道の終点のラズベリーフラットに行く方法もある。 時間に制約がなければ、アスパイアリングを眺めながら味わいのあるこのルートを歩いて下ってみたいが、クックの登山が控えているので今回は迷わずヘリで下山することを選んだ。 ビーバン・コルまでのヘリのフライト費用は750NZ$(邦貨で56000円)と高額だが時間には代えられないので、シェアする登山者がいなくてもチャーターするつもりでいたが、デーブのクライアントもヘリでの下山を望んでいたので、デーブがヘリの運航会社に無線で連絡すると、明朝9時に入山を予定している登山パーティーがあるので、もし飛べるようであれば9時過ぎにビーバン・コルでピックアップ出来るという願ってもない応答があった。 3人のベテランパーティーは明日フレンチ稜を下るとのことだったが、彼らの足なら1日で下ってしまうだろう。 夜7時45分からのDOCとの定時交信で、明日も良い天気になるとの予報を聞いてひとまず安堵した。 食料も残り少なくなり、夕飯はスパゲティーを食べる。 夕食後は妻と山小屋のテラスで夕陽に染まるアスパイアリングを眺めて登頂の余韻に浸った。


ボナー氷河に向けてやや下り気味にトラバースする


夜が白み始め、周囲の山々が暗闇から浮かび上がってくる


平岡さんがザイルを伸ばしてランプの取り付き付近の偵察をする


素晴らしい朝焼けのシーンを鑑賞する


ランプの取り付き


50度ほどの急斜面をダブルアックスでザイルを伸ばしていく平岡さんを下から確保する


ルートは基本的に北西稜の岩場の基部に沿って登る


空は次第に青みを増し、眼下のボナー氷河にアスパイアリングの頂が投影された


雲海が辺り一面の谷を埋め尽くし、氷河が果てしなく広がっているように見える


デーブらのパーティーとほぼ並行に相前後しながら氷壁の登攀が繰り返し数ピッチ続く


頭上にアスパイアリングの白い頂と山頂に続く黒い岩稜帯が見え始める


北西稜のコルの手前も氷壁のコンディションはとても良かった


陽光と展望に恵まれた北西稜のコルからは山頂を待たずしてクック(中央奥)もはっきりと遠望された


北西稜のコルから仰ぎ見たアスパイアリングの山頂


居心地と展望の良いコルで30分近くも寛ぐ


北西稜からの展望


次第に痩せていく最後の雪稜を登る


山頂直下で登頂を確信する


アスパイアリングの山頂


山頂の向こう側も一面雲海が広がっていた


山頂から見たサザンアルプス中央部の山々


雲海に浮かぶ周囲の山々


北西稜の岩場を見下ろす


眼下の無名の氷河湖


デーブらのパーティーとお互いに記念写真を撮り合う


明瞭な踏み跡を辿って北西稜の岩場を下る


北西稜の岩場から仰ぎ見たアスパイアリングの山頂


北西稜の岩場を懸垂で3ピッチ下る


ゆっくり下山したので、登りと同じ時間を要して山小屋に着いた


山小屋のテラスで夕陽に染まるアスパイアリングを眺めて登頂の余韻に浸る


   1月16日、朝6時に起床。 昨日と同じような良い天気に安堵したのも束の間、ビーバン・コル付近はまた雲海となっていた。 今の状況のままではヘリは飛んでくれないだろう。 またひと騒動ありそうだ。 朝食を簡単に済ませ、荷物のパッキングをしてから7時半にデーブがヘリの運航会社に無線で連絡すると、やはり9時には飛べないとのことで、入山する登山パーティーとの時間調整を依頼した。 しばらくするとヘリの運航会社から連絡があり、12時にビーバン・コルで待ち合わせることになった。 もしその時点でヘリが飛べなければ、私達も歩いてフレンチ稜を下らなければならないので、この時間がギリギリのところだ。

   フレンチ稜を下る3人のベテランパーティーが出発していくのを見送り、お茶を飲んだり山小屋の掃除をしたりして私達も10時過ぎに山小屋を出発する。 今日も昨日と同じような良い天気だが、アスパイアリングに登るパーティーはもういない。 ちょうど私達が入山した時が一番のピークだったようだ。 食料はほぼ食べ尽くしたので今日はソリは曳かない。 ビーバン・コル付近の雲や霧は次第になくなってきて安堵する。 ゆっくりだが休まずにボナー氷河を歩き、1時間半ほどでビーバン・コルに到着。 10分ほど遅れてデーブらのパーティーもコルに着いた。 間もなく雲や霧は完全になくなり、眼下にはマツキツキ谷が良く俯瞰された。 デーブがヘリの運航会社に無線でビーバン・コル付近の気象状況を説明する。 1時過ぎになってようやくヘリが飛来し、入山する登山パーティーと入れ違いに無事機上の人となった。 フレンチ稜やフレンチリッジ・ハットを眼下に見ながらあっという間にマツキツキ谷を下り、ラズベリーフラットでデーブらを降ろしてから再び舞い上がり、私達の車が停めてある牧草地の片隅の小さなヘリポートに無事着陸した。 下界は夏本番の暑さだった。 ヘリの運航会社の事務所でフライト料金を支払う。 総勢9人でシェアしたので、@75NZ$×3人=225NZ$(邦貨で16800円)とかなり割安になった。 尚、ヘリで下山するか否かはクライアントの選択に委ねられているので、ガイドの分はクライアントが負担することになっている。

   ワナカ向かって車を飛ばすと、意外にも湖沿いのメインストリートはトライアスロン大会のゴールのため通行止めになっていた。 飲食店はどこも見物客で混んでいたが、日本人が経営しているテイクアウト専門の日本食の弁当屋を偶然見つけランチタイムとする。 店のご主人と雑談を交わすと、やはりワナカでも年明けは悪い天気が続いていたとのことだった。 町中の大型スーパーで明日からのクック登山で必要な一週間分ぐらいの食材を買い、DOCに立ち寄って下山届を提出してワナカの町を後にする。 お腹も満たされ睡魔が襲ってくるが、運転を平岡さんと交代することなくマウントクック村に車を走らせる。 トワイゼルの町の手前からクックが見えるようになり、所々で車を停めて写真を撮る。 すでに心はクックに飛んでいた。

   夜の7時にマウントクック村に到着。 AGLの事務所で天気予報の確認をすると、明日は曇天だが明後日になると小さな高気圧がやってくるので、明日の昼頃にヘリでプラトー・ハットに入り、早ければ明後日にもクックにアタックすることになった。 一週間前にここに来た時とは大違いの朗報に胸が躍った。 久々にロッジでシャワーを浴びて汗を流し、ハーミテージ以外で唯一営業しているレストラン『オールド・マウンテニアーズ・カフェ』でささやかにアスパイアリングの登頂祝いをした。


ビーバン・コルに向けてボナー氷河を歩く


ボナー氷河から見たアスパイアリング


ビーバン・コル手前から見たアスパイアリング


ビーバン・コルからの展望


ビーバン・コルで1時間以上ヘリを待つ


ヘリの機上から見たフレンチ稜とフレンチリッジ・ハット(中央)


ヘリの機上から見たマツキツキ谷


マウントクック村の手前から見たクック


  【マウント・クック】
   1月17日、朝7時半に起床。 天気予報どおりの曇天だった。 朝食を自炊して食べ、AGLで天気予報を見てからロッジに来た平岡さんと打ち合わせをし、11時にスキープレーンでプラトー・ハットに入ることになった。 11時前に再度平岡さんがロッジに迎えに来てくれ、その足で車で数分のマウントクック空港向かう。 スキープレーンより山小屋の近くに着陸出来るヘリに変更になったとのこと。 空港ではカナダ人のツアーガイドがプラトー・ハットから下りてくる4人のパーティーを待っていた。 ツアーガイドの話ではそのパーティーは今朝クックにアタックしたが、天気が悪くなったので下部のリンダ氷河を歩いたのみで引き返してきたとのことだった。 雲が低いのでヘリが飛ばないのではないかと不安だったが、クック村のヘリのパイロットはAGLとの関係も密接で、他の地域のヘリより多少無理して飛んでくれるという平岡さんの読みが当たり、私達を乗せた小型のヘリは悪天候の中を飛んでくれた。 昨日のアスパイアリングのフライトとは違い、フロントガラスに雨粒が当って景色は全く冴えず、クックはおろか周囲の低い山も全て霧に煙っているが、明日はどんなに天気が良くても、今日プラトー・ハットに入れなければアタック出来ないので仕方がない。 ヘリは空港から10分足らずで真っ赤なプラトー・ハットのすぐ脇の雪上に着陸した。

   4年前に建て替えられたという新しいプラトー・ハットは、地味な避難小屋のようなコリントッド・ハットと比べたら全く快適で、6〜8人分のベッドがある4つの独立した寝室とキッチン・食堂からなり、30人は楽に泊まれそうな感じがした。 今回は登山プログラムの料金に含まれているが、プラトー・ハットの使用料は@35NZ$(邦貨で2600円)であり、後日クレジットカードでDOCに支払うことになっている。 同じ部屋にはAGLのガイドとクックを登りにきたという若いNZのカップル(トムソンさん夫妻)がいた。 宿泊者名簿を見ると、やはり年明けはまだ誰もクックに登頂していないようだった。 また、予想どおり今シーズンは日本人の名前はなかった。 昼食を食べていると天気は急速に回復し始め、眼前のクックのみならずタズマン(3491m)やディクソン(3004m)が青空の下にすっきりと望まれるようになった。 双眼鏡を覗くと、今朝リンダ氷河を登ったカナダパーティーのトレースもかなり上の方まではっきりと見え、このまま天気が安定すれば明日の登頂のチャンスも充分あるように思えた。 トレースがなければ前日に自分達でトレースをつけに行くことはクックでは通例であるが、今日はその必要はなくラッキーだ。 

   アスパイアリングの疲れがまだ足に残っているので、眠くはないがベッドに横になって出来る限り休養に努める。 トムソンさん夫妻は今日がクックの登山プログラムの初日のようで(私もそうだが)、AGLの男女のガイド(ジェーミンとキャロ)と共に足慣らしには最適な裏山のグレーシャードーム(2424m)に登りに行ったが、奥さんの方は経験が浅いらしく、女性ガイドのキャロからクックは無理だと言われたようだった。 平岡さんの話では、クックに登る前にガイドからそのような提言があることは良くあることらしい。 山小屋には私達の他に13名の宿泊者があったが、明日クックに登るパーティーは3〜4パーティーと推測された。  夕食を早めに済ませ、7時からの天気予報とDOCとの無線交信に備える。 天気予報によれば、先週の週間予報とは違い、大型の高気圧はいつの間にか消滅してしまったようで、とりあえず明日と明後日は晴れるが、その翌日からまた天気は崩れるとのことだった。 明後日の方が天気は少し良いようだが、今現在も晴れているので予定どおり明日アタックすることになった。 平岡さんから明日は午前零時に起床し、1時に出発するとの指示があった(クックではこのスケジュールがスタンダードだ)。


マウントクック空港からヘリでプラトー・ハットに入る


ヘリは悪天候の中を飛んでくれた


お昼過ぎに天気は急速に回復し始め、クックが青空の下に望まれるようになった


4年前に建て替えられた新しいプラトー・ハット


広く快適なプラトー・ハットの食堂


二段ベットの個室になっている寝室


ガスコンロと立派な調理台があるキッチン


備え付けられている無線機


プラトー・ハットから見たNZで2番目に高いMt.タズマン(3497m)


プラトー・ハットから見たグレーシャードーム(2424m)


   1月18日、殆ど眠れないまま静かに午前零時前に起床する。 山小屋の外に出てみると、ありがたいことに星空で風も無い。 平岡さんともう一人のAGLのガイドのジェーミンもこの状況を見てアタックすることに最終決定した。 昨夜の夕食の余りのご飯で雑炊を作って食べる。 トイレは二つあるので、10分ほど粘って無理やり用を足す。 登頂の成功も朝のお勤め次第だ。 

   今日は平岡さんとマンツーマンなので60mのザイルの3分の1位を体に巻き付け、ビーコンのスイッチを入れる。 妻に見送られて1時過ぎに山小屋を出発。 ジェーミンとトムソンのパーティーは5分ほど前に出発して行った。 日没から4時間しか経っていないので気温は高く、まだプラスだと思われる。 グランド・プラトーという広い雪原を緩やかに標高差で100mほど下る。 昨日のカナダパーティーのトレースは凸凹が激しくてあまり快適ではないが、トレースを辿らないと膝下のラッセルとなるので文句は言えない。 一旦平坦になるとクレバスだらけの悪名高いリンダ氷河への緩やかな登りとなる。 出発してから30分ほどでジェーミンとトムソンのパーティーに追いついたが、暑くなってきたのでジャケットを脱ぐと、再び彼らが先行していった。 後方にはガイドレスのパーティーのヘッドランプの灯りがいくつか見える。 勾配が次第にきつくなってくるとトレースは薄くなったが、雪が締っていて歩き易くなった。 それほど早いペースではないが、予想どおりアスパイアリングの疲れがまだ残っているようで、早くも足が重たくなってきた。 日頃のトレーニング不足を痛感するが、アプローチの段階でそんな弱音は吐いてられない。 むしろこんなチャンスは滅多にないと喜ぶべきだろう。 

   間もなくセラックに囲まれたクレバス地帯に入り、上下左右に迂回しながら進む。 幅50センチから1mほどのクレバスを何度も跨いだり飛び越えたりすることはリンダ氷河では特別なことではない。 暗闇の中、氷河を取り囲む側壁からは絶えず小さな雪崩や落石の音が聞こえてくる。 まさにクックは“登山者を選ぶ山”だ。 ジェーミンがルートを探している傍らを平岡さんが追い越して先行する。 トレースに関係なく、クレバスの状況によって刻々とベストなルートは変わるのだろう。 標高は稼げず時間も掛かるが、これもリンダ氷河では当たり前のことなので苦にならない。 クレバス地帯を過ぎると左方向に向かって登り易い斜面となった。 雪は適度に硬く締っているので、トレースに沿ってアイゼンの爪を利かせながら快適に登る。 

   幅の広い氷河の真ん中で初めて休憩となった。 ここら辺がリンダ氷河で唯一の安全地帯とのこと。 ザックに括り付けた時計を見ると3時半で、プラトー・ハットで2200mにセットした高度計の標高はまだ2850mだった。 休憩している傍らをジェーミンとトムソンのパーティーが追い越していく。 大柄な若いトムソンに励ましの声を掛ける。 休憩後もしばらく快適な斜面が続いたが、“好事魔多し”の諺どおりこの先何かの障害により登頂出来なくなることもこの山では充分あり得るので、明日の再アタックもイメージしながらモチベーションを高めて登り続けた。 間もなく傾斜が明らかに急になり始めた所で平岡さんからストックをデポするように指示があった。 気温はマイナスの3度まで下がったので再びジャケットを着る。 ここからがいよいよ登攀の開始である。 体に巻きつけていたザイルを解き、平岡さんの背後2〜3mにピッタリ付くような感じのコンテで登る。 相変わらず雪は硬く締って登りやすかったが、斜面の傾斜はさらに増してきたので、安全を期してスノーバーを打ち込んで確保し合いながらスタカットに切り替える。 

   周囲が白み始め、背後に悠然と聳えるNZで2番目に高いタズマン(3491m)の白い峰が暗闇から浮かび上がる。 モノトーンの凄みのある景観だが平岡さんの確保と登攀で写真を撮る暇がない。 傾斜は少し緩み、ジェーミンとトムソンのパーティーはコンテに切り替えたが、私達は引続きスタカットで登る。 背後のタズマンが朝焼けに染まり始めると、頭上に核心部の『サミットロック』と呼ばれる稜線の岩場が見えた。 長大なリンダ氷河を登りつめるとその最上部には大きなシュルントが口を開けており、その手前で2回目の休憩となった。 時刻は6時ちょうど、高度計の標高は3200mを超えていた。 風は今のところ無くありがたい。 たぶんここから先は山頂まで休む場所がないので、日本から持ってきた煎餅などをお腹に詰め込む。 

   ジェーミンとトムソンのパーティーは短い休憩のみで再び先行し、シュルントの左端の崩壊寸前のスノーブリッジを渡ってからサミットロックに突き上げるクーロワールの入口に向けて右方向にスタカットでトラバース気味に登っていく。 下からは2人のガイドレスのパーティーが追いついてきたが、それ以外のパーティーの姿は見えなくなっていた。 私達もジェーミンとトムソンの後に続き、バイルとハンマーを凍てついた雪壁に深く刺しこみながらスタカットでトラバースする。 クーロワールの入口の岩場まで登ると、岩の末端に丈夫なスリングが2本掛けられていた。 休む間もなくセルフビレイを取り、先行する平岡さんを確保する。 雪の詰まったクーロワールは50度を超える急斜面だ。 60mのザイル一杯で登りきると、サミットロックの岩稜帯となった。 ありがたいことに天気は良く、稜線には風もなかった。 暖かな陽射しが何とも言えない安堵感を与えてくれる。 タズマンもすでに目線の高さだ。 足場は常に安定しないが、サングラスを掛けるためにヘルメットを被り直したところ、一瞬気持ちが緩んだのか、あご紐を留め忘れて次の動作に入ったため、ヘルメットを下に落としてしまった。 幸い下から登ってくるパーティーはいなかったが、数々のアルプスの山を共にしたヘルメットは乾いた音を響かせながらリンダ氷河に向けて空しく消えていった。 これからサミットロックを登ろうとする矢先に意気消沈したが、平岡さんはお構いなく登攀を続行してくれた。 

   サミットロックは雪が少なければ岩登りの要素が強いらしいが、今日は雪が多いためバイルとハンマーを両手で操りながら五体を駆使して3級+のミックスの岩場を強引に攀じ登る。 要所要所にある確保支点が心強い。 ジェーミンとトムソンが常に一歩リードする形でザイルを伸ばしていく。 平岡さんとはお互いに姿は見えないので、怒鳴るように確保のコールをする。 喉が渇くと岩から垂れ下がった小さな氷柱(つらら)を折って口に含む。 ダブルアックスでの登攀と確保との繰り返しで休む間もないが、困難でも登れない岩や壁が出てくることはなかったので、焦らず確実に足場を決めて絶対にテンションをかけないように無我夢中で岩を攀じる。 

   2時間ほどで核心部のサミットロックの岩稜帯を抜けると、頭上に神々しい頂上稜線が見えてきた。 あと標高差で200mもないだろう。 頂上に伸びる雪稜の末端に休むのにちょうど良い場所があり、3回目で最後の休憩となった。 頂上方面の写真を撮ろうとしたところ、急に霧が湧いてきた。 霧が去ってから撮れば良いと思ったが、結局その後霧が晴れることはなかった。 ガイドブックによれば、ここから先は特に難しい所はないはずだが、山(特にクック)は登ってみなければ分からない。 少し前に妻から平岡さんへ無線交信があり、「あと1時間ほどで山頂に着きます」と返信されたことを聞いて、登頂の可能性と期待がにわかに高まった。

   休憩が終わると平岡さんから、ここから先はコンテで登るので気を引き締めてアイゼンの爪を確実に置いて登るようにとの指示があった。 山頂で霧が晴れてくれることを祈りながら、憧れの頂に向けてラストスパートに入る。 サミットロックの登攀で酸欠気味となった体には3000m後半でも高度の影響を感じたが、登頂の希望に満ち溢れた心が足を上に持ち上げる。 願いは叶わず霧はさらに深まり、ジェーミンとトムソンの姿も見えなくなった。 30分ほど足元だけに集中して幅の広い雪稜をジグザグを切りながら喘ぎ登っていくと目の前にジェーミンとトムソンが並んで座っていた。 そこから先では急に稜線は痩せ細り、まるで空中に消えて行くかのようだった。 

   AGLのガイド登山では、先住民のマオリ族が先祖としてアオラキ(“雲を突き抜ける山”の意/クックのこと)を崇めているので、その思想を尊重して(現実的にも1991年に起きた山頂の崩壊により、最高点は不安定な雪庇となっているため)山頂の一歩手前までしかガイドしないという説明を受けていたので、念のため「ここが山頂ですか?」と平岡さんに聞いてみると、「そうです!、登頂おめでとうございま〜す!」と弾んだ答えが返ってきた。 その瞬間、張り詰めていた気持ちが一気に緩み、にわかに目頭が熱くなってきた。 一度は諦めかけた憧れの山の頂に導いてくれた平岡さんに両手で拝むように握手を交わし、「ありがとうございました!、クックは登れる山なんですね!!」と笑顔で言葉を発したつもりだったが、すでに涙声になっていた。 ジェーミンやトムソンとも握手を交わしてお互いの登頂を称え合う。 

   山頂(ハイピーク)は猫の額ほどのスペースしかないので座り込んで登頂の余韻に浸る。 風も無く穏やかで暖かい。 上空は青空だが足下には霧が湧き、残念ながらNZで一番高い所からの絶景を見ることは叶わない。 しかし今はそれを差し引いてもお釣りがくるほどの達成感で心が満たされていた。 平岡さんも嬉しそうにAGLの事務所に無線で登頂の連絡を入れる。 10時ちょうどだった。 間もなくガイドレスの二人が登ってきて狭い山頂は鈴なりの賑わいとなった。 今日も平岡さんが“登頂ケーキ”を取り出し、6等分して皆に振舞った。 年間2桁しかいないクックの登頂者は、NZではヒーロー(英雄)か、クレイジー(気違い)だ。 30分ほど霧が晴れるのを待って山頂に留まっていたが、願いは叶わず山頂を辞する。 ガイドレスのパーティー、ジェーミンとトムソンに続いて最後に下る。 登る時は全く問題なかった雪稜も雪が緩み始めて滑り易くなったので、途中からは慎重を期して後ろ向きになり、平岡さんに上から確保されながらスタカットで下る。 逆に登りでは時間が掛かったサミットロックの岩稜帯は全て懸垂下降(7〜8回)で下りたので楽だった。 尚、最後の2ピッチはジェーミンらのパーティーと60mのザイルを2本合わせて降りたが、これはAGLがその長さに合わせてルート上に確保支点を作っているためとのことだった。 最後にリンダ氷河の最上部の大きなシュルントをジェーミンに下からフォローされながら空中懸垂で越え、無事核心部の下降を終えた。 

   しばらく休憩した後、再び平岡さんとザイルを結び合ってリンダ氷河をコンテで慎重に下る。 霧で陽射しが遮られているのが幸いし、雪の状態は思ったよりも良い。 山頂は相変わらず霧の中だが足下の霧は次第に晴れ、照り返しも加わりとても暑くなってきた。 デポしたストックを回収し、ジャケットを脱ぐ。 テルモスの熱い紅茶はお役御免となり、雪を溶かして飲む。 足元の雪もだいぶ柔らかくなり、膝下まで潜るようになってきたので、傾斜が緩くなった所でアイゼンを外す。 未明に通過した中間部のクレバス帯はまさに雪と氷の芸術作品のオンパレードで、単調な下りにアクセントを添えてくれたが、これも登頂出来たことによる心の余裕からだろう。

   クレバス帯を過ぎた所で先頭を平岡さんに代わり、スピードを上げて一気にグランド・プラトーまで走るように下る。 間もなくゴールのプラトー・ハットが小さく見えてきた。 こちらからは見えないが、妻は双眼鏡で私達の姿を捉えているに違いない。 山小屋までの100mほどの登り返しは暑さに閉口したが、妻に迎えられて4時半過ぎに満面の笑顔で山小屋に着いた。 妻には登頂出来た喜びを、そして平岡さんには再度感謝の気持ちを伝え、ザイルを解いて山小屋に入ったとたん、意外にも土砂降りの雨が降ってきた。 妻の話では山小屋の周辺では昼過ぎにかなりの雨が降り、私達が濡れ鼠で帰ってくると心配していたらしい。 本当にクックは気難しい山だ。

   ゆっくり着替えをしてから食堂で寛ぎ、一つ一つ今日の登山中にあった出来事を思い出しながら妻に話す。 妻の話では、登頂した3パーティー以外にもう1パーティーがアタックしたが、そのパーティーは午前中に引き返してきたとのことだった。 また、平岡さんに無線を入れた時はすでに雲が湧き始め、登頂の成否は私の顔を見るまで分からなかったようだ。 宿泊者名簿の通信欄に登頂出来たことを日本語で記入する。 たわいもない事だがとても幸せな気分だ。

   クックが予想よりだいぶ早く登れてしまったので予備日があと5日もあり、ヘリの料金以外は全て無料で希望の山にチャレンジすることが出来るため、登頂の余韻に浸りながらもあれこれと今後の計画について思案をめぐらす。 NZで2番目に高いタズマンが魅力的だが、クックと同様に山のコンディションがデリケートで、かつ、平岡さんとマンツーマンでしか登れないため今回は見送ることにした。 また、居心地の良いプラトー・ハットにしばらく留まり、ここからディクソン(3004m)に登るという選択肢もあったが、平岡さんからの勧めもあり、フォックスグレイシャーというマウントクック村とは山々を挟んで反対側に位置する観光地からアプローチするミナレッツ(3040m)に登ることにした。 但し今後の天気によっては山に登れない可能性もあるので、急遽苦手な観光の計画も練らなければならない。 当初は全く予想もしていなかったことだ。

   今日も夕食を早めに済ませ、7時からの天気予報とDOCとの無線交信に備える。 天気予報によると、明日は晴れるが明後日からしばらく天気は崩れるとのことだった。 とりあえず明日はヘリで下山出来そうなので安堵したが、天気予報を聞いてミナレッツに登る計画は少し微妙な感じになってきた。 外の雨は依然降り止まず、夕焼けの景色は期待出来ないので早々に床に就いた。


妻に見送られて山小屋を出発する


リンダ氷河で唯一の安全地帯という場所で休憩する


リンダ氷河の上部をスタカットで登る


背後のタズマン(3491m)が朝焼けに染まり始める


リンダ氷河の最上部で2人のガイドレスのパーティーが追いついてきた


サミットロックに突き上げるクーロワールの入口に向けて右方向にトラバースする


雪の詰まったクーロワールは50度を超える急斜面で、ここを登るとサミットロックの岩稜帯となる


登ってきたリンダ氷河を振り返る


サミットロックの基部でタズマンが目線の高さになる


雪が多いためミックスとなったサミットロックを登る


サミットロックの岩稜帯を抜けると、頭上(左奥)に神々しい頂上稜線が見えた(右奥が山頂のハイピーク)


不安定な雪庇となっているクックの最高点


クックの山頂(ハイピーク)


サミットロックの岩稜帯は全て懸垂下降する


リンダ氷河の最上部の大きなシュルント


リンダ氷河の中間部


足元の雪もだいぶ柔らかくなり、安全地帯でアイゼンを外す


プラトー・ハット(右上)へグランド・プラトーを登り返す


妻に迎えられて山小屋に着く


プラトー・ハットから見た登頂日の早朝のクック


帰国後にトムソン(右)から送られてきた山頂の写真


   1月19日、朝焼けの景色を楽しもうと思い、まだ暗い朝の5時前に静かに起床する。 もうここを訪れることはないだろうから、厚着をして山小屋のテラスに出る。 昨日入山した中国人のパーティーは夜中に出発したが、天気とルートの状態が悪かったので引き返してきたようだった。 明日からはしばらく天気が悪いという予報なので気の毒だ。 逆に私は日程に余裕があったとは言え本当に運が良かった。 クックの登頂の成否は本当に紙一重だ。 間もなく夜が白み始め周囲の山々が見えるようになった。 微かに雲があるがまずまずの天気となりそうだ。 6時半頃にクックの頂上稜線に朝陽が当たり、山肌が淡いピンク色に染まる。 この天気でも登れないのがクックという山だ。 

   予定どおり今日下山することにしたので、朝食後に平岡さんがAGLの事務所を介してヘリの運航会社と連絡を取り、11時半のフライトが決定した。 山小屋のテラスから寸暇を惜しんでクックの写真を撮る。 昨日と同様に9時を過ぎるとクックの山頂に雲が取り付き始めたが、予定どおり11時半に登山者を乗せたヘリが飛来し、彼らと入れ替わりに下山する。 一昨日の入山時に比べると天気は格段に良く、NZで一番長いタズマン氷河の全容が見渡せ、パイロットも少し遊覧のサービスをしてくれたようで、それなりに展望を楽しむことが出来た。 ヘリの料金は後日クレジットカードからの支払いとなったが、入山時の妻の分と合わせて1250NZ$(邦貨で94000円)と思ったよりも高かった。

   昼過ぎにAGLの事務所で天気予報を確認しながら明日以降の打合わせをすることにし、空港から平岡さんにアンウィンロッジへ車で送ってもらう。 今日はマウントクック村も天気が良く、車窓からセフトン(3151m)やミナレッツ(3040m)が良く見えた。 シャワーを浴びてから昼食に冷凍のピザを食べる。 3時過ぎに平岡さんとAGLの事務所で天気予報を確認すると、明日・明後日は天気が悪く、3日目の午後から天気が回復するような感じだった。 もう少し良い天気であれば、明後日フォックスグレイシャーに移動してミナレッツを登ろうと思ったが、この予報を信じる限りそれはあまり得策とは言えず、ここから直接ヘリで山小屋(タズマンサドル・ハット)にアプローチ出来るホックステッタードーム(2822m)に白羽の矢が立った。 社長のブライアンからクックの登頂を祝福され、平岡さん共々ハーミテージのディナーバイキングに無料で招待してくれるとのことだった。 AGLでは不定期だがこのようなサービスをしているらしい。 ちょうど今晩はハーミテージのレストランでクックの登頂祝いをするつもりでいたので、まさに乗り手に船だ。 

   一旦アンウィンロッジへ戻り、夜の7時過ぎに再びハーミテージに行くと、ホテルの前から神々しいクックが見えた。 ここでは当たり前の風景だが、前回の滞在時はここからクックは一回もまともに見えなかったので、とても新鮮な感じがした。 入下山共にヘリでアプローチしたため、本当に昨日の登頂は夢物語のようだ。 大枚を叩いてまでもあの孤高の頂に立つことを夢見た私はやはり“クレイジー”だと思った。 ディナーバイキングは正規には@54NZ$(邦貨で4000円)だったが、その内容は値段以上に良く、図らずも登頂祝いに相応しい豪華なディナーを堪能することが出来た。


クックの頂上稜線に朝陽が当たり、山肌が淡いピンク色に染まる


プラトー・ハットから見たMt.ディクソン(3004m)


山小屋のテラスから寸暇を惜しんでクックの写真を撮る


クレバスだらけの悪名高いリンダ氷河


黒々とした土砂で埋まったタズマン氷河


ヘリで下山する


機上から見たタズマン氷河の源頭


機上から見たタズマン湖


車窓から見たミナレッツ(3040m)


車窓から見たセフトン(3151m)


ハーミテージの前から見た神々しいクック


ハーミテージのディナーバイキング


  【ホックステッタードーム】
   1月20日、昨夜はバイキングでお腹一杯に食べたので、今朝は朝寝坊して朝食も簡単に済ませる。 予報どおりの曇天で山々は霧に煙っている。 まだ山に登れてなければ心中穏やかではないが、今回はすでに最高の結果を出せたので天気はそれほど気にならない。 日課となった天気予報の確認のため平岡さんとAGLの事務所に行く。 予報は昨夜と変わらず、残念ながらまだ訪れたことのない西海岸のフォックスグレイシャーに移動してミナレッツを登るという計画はこの時点でご破算になり、ここから直接ヘリでそのベースとなる山小屋(タズマンサドル・ハット)にアプローチ出来るホックステッタードーム(2822m)を登ることに決め、明日の午後にヘリで入山することになった。 ホックステッタードームは南半球で一番長いタズマン氷河の源頭に聳える純白のなだらかなピークで、通常は隣のMt.アルマー(2699m)と組み合わせた周回(縦走)ルートで登られている山だ。

   今日・明日は日帰り又は一泊で観光することを考えていたが、結局妙案は浮かばず、何をするにも中途半端だったので、午前中はハーミテージで土産物を買い、午後は平岡さんの提案で昼食と買い物を兼ねて車で1時間ほどのトワイゼルに行き、その近くにあるサーモンの養殖場でサーモンを買って夕食に手巻き寿司にして食べようということになった。 トワイゼルではタイ料理の店でランチの定食を食べ、新しく出来たスーパーで土産物を買ってから、車で10分ほどの所にあるサーモンの養殖場で“SASHIMI”と表示された新鮮な生のサーモンの大きな切り身を買って意気揚々とマウントクック村に戻った。 

   お互いの宿に別れてから、料理好きの平岡さんがサーモンの切り身を綺麗に切り分け、さらにご飯も酢飯にするという手の込んだ芸当をしてくれ、焼き海苔と醤油とワサビの三点セットを持って夕食の時間にアンウィンロッジに来てくれた。 せっかくなので味噌汁も作り、各々好みの量で手巻き寿司にして食べる。 始めのうちは刺身の量が多過ぎて余ってしまうと思ったが、最後は足りないぐらいになり、昨夜のハーミテージのバイキングも影が薄くなってしまうほど美味しかった。 ちょうど食堂に居合わせたスーザンにクックの登頂を祝福された。 もちろんスーザンにも手巻き寿司をお裾分けすると、目を丸くして美味しいと喜んでいた。


トワイゼルの近くにあるサーモンの養殖場


絶品だったサーモンの刺身


味噌汁も作り、各々好みの量で手巻き寿司にして食べる


   1月21日、朝7時に起床。 天気予報よりも良い天気で青空が少し見える。 朝食を自炊して食べ、AGLで天気予報を見ながら平岡さんと最終的な打ち合わせをし、午後1時に他のAGLのパーティーとヘリをシェアしてタズマンサドル・ハットに入山することになった。 ホックステッタードームを登るのは好天が期待出来る明後日だが、入山出来る時に入山しておくのがNZの山では鉄則なので、明日の停滞は覚悟の上で今回もそれに従うことにした。 下山後の明後日の夜に泊まるクライストチャーチの安宿の手配もしてもらい、帰国までの全てのスケジュールが決まった。

   マウントクック空港からクックに登るためプラトー・ハットに入るガイドと登山客の2人と一緒にヘリに乗る。 ヘリの搭乗にもすっかり慣れ、まるでタクシーにでも乗るような感覚だ。 機上からは雲が多目ながらもクックが良く見えた。 ヘリはプラトー・ハットの脇にガイドと登山客を降ろすと、スイスのアレッチ氷河のように長く緩やかなタズマン氷河の上を這うように飛んでいく。 降雪量の多いNZの山では氷河の後退は観測されていないとのことだが、今は盛夏なので氷河も痩せて見える。 正面には目指すホックステッタードームの丸い純白の頂が望まれ、左手には今回は登頂を諦めたミナレッツも良く見えた。 フライト時間は15分と今までで一番長く、天気も予報に反してそこそこ良かったので、ヘリ代は高いが下手な観光をするよりずっと良かった(一般的にはこれが最たる観光かもしれないが)。 ヘリは氷河から突出した岩塔の上に建つタズマンサドル・ハットのすぐ上まで私達を運んでくれた。 ヘリのランディングポイントは頭上にホックステッタードームの頂が迫る別天地だ。 ここから山頂までの標高差は僅か500mほどであろうか。

   タズマン氷河の源頭部に位置するタズマンサドル・ハットは今回泊まった山小屋の中で最も古くて粗末だったが、逆に展望は一番良く、クックを始めサザンアルプスの主脈の山々を一望することが出来た。 すでにハイシーズは過ぎたため、予想どおり山小屋に先客はいなかった。 宿泊者名簿に記載された名前も少なく、この山小屋が建て替えられない理由が分かった。 宿泊者名簿で数日前に平岡さんの知り合いのガイドのロイがここからホックステッタードームの隣に聳えるエリー・デ・ビューモント(3109m)に登ったことが分かり、山小屋に置かれていたガイドブックを平岡さんが真剣な表情で読み始めた。 天気は次第に下り坂となり、山小屋は私達だけで貸切りとなった。

   無線の設備やシステムは他の山小屋と全く同じで、今日は平岡さんが7時半からのDOCとの無線交信を行った。 天気予報によると、明日は少し天気が好転したようで時々陽が射すような天気になるらしい。 この天気予報を聞いた平岡さんから、明日は山小屋で停滞せずに登頂すれば日本人初となるエリー・デ・ビューモント(美しきエリー)に登りませんかという提案があった。 平岡さんの説明では、途中にあるセラック帯を上手く回避出来ればそこから山頂まではそれほど難しくないとのことで、登頂の可能性は充分ありそうだった。 ホックステッタードームには予定どおり好天が期待される明後日登るが、明日は平岡さんが勧めるエリー・デ・ビューモントを登ることにした。 もちろん天気が悪くなれば無理をしてまで登らないつもりだ。


マウントクック空港からヘリに乗る


ヘリの機上から見たクック


ヘリの機上から見たタズマン


ヘリの機上から見たリンダ氷河の下部(真ん中にトレースと登山者が見える)


クック登山のベースとなるプラトー・ハット


プラトー・ハット近くのユニークなクレバス


スイスのアレッチ氷河のように長く緩やかなタズマン氷河(中央奥がホックステッタードーム)


ヘリのランディングポイントから見たホックステッタードーム(左奥)


タズマンサドル・ハットからはクック(左端)を始めサザンアルプスの主脈の山々が一望出来た


山小屋は私達だけで貸切りとなった


山小屋から見たミナレッツ


山小屋から見たエリー・デ・ビューモント(右)


   1月22日、朝3時に起床。 今日はもともと停滞する予定だったので、登れたら儲けものという意識が働き、いつものような緊張感は全くない。 ゆっくり朝食を食べて身支度を整え、4時半に山小屋を出発した。 あいにく空には星が見えず曇っていることが分かる。 やや下り気味にだだっ広いタズマン氷河の源頭部を巻くように歩いていくと、途中から突然トレースが現れたので、それに従い緩やかに登り下りを繰り返しながら進む。 山小屋で2250mにセットした高度計は、1時間歩いた所で50mほど下がっていた。 間もなく夜が白み始め、周囲の地形が朧げに分かるようになった。 あいにくの曇天で、残念ながら今日は朝焼けの景色は見られそうもない。 エリー・デ・ビューモントに突き上げる氷河の末端の広いコルで休憩する。 頭上には大規模なセラック帯があり、その奥に霧に煙ったエリーの頂稜部が微かに見えた。 

   コルからしばらくセラック帯に向かって緩やかに登り、10mほどのまるで“馬返し”のような急な雪壁を登ると、そこから先はリンダ氷河顔負けの芸術的なセラック帯となった。 上空には部分的であるが青空が覗き、エリーの頂稜部が一瞬だけ見えた。 まだ気温も低く雪も締っていたので、基本的にはコンテでセラック帯を縫うようにして登る。 セラック帯は見た目よりも登り易かったので、何とか突破出来ると思われたが、最後に下からは見えなかった巨大なクレバスが現れた。 クレバスの縁に沿って歩き、活路を見出そうとしたところ、数日前にロイが渡ったと思われる崩壊寸前のスノーブリッジがあった。 しかしそれは既に痩せ細り、渡ることがはばかれた。 平岡さんも「大人のすることではない」と潔く諦め、一旦引き返してから他にルートを求めしばらくセラック帯をさまよったが、先ほどのスノーブリッジが唯一クレバスを越えられるルートであることが分かり、結果的に登頂を断念せざるを得なかった。 エリー・デ・ビューモントの日本人初登頂は叶わなかったが、奇妙な形の氷塔が乱立するセラック帯の景観はユニークで、下手な観光やハイキングをするより面白かった。 さほど悔しい気持ちにならず登頂を諦められたのも、アスパイアリングとクックに登れたお陰だ。 

   安全地帯となる取り付きの広いコルまで戻って一服する。 時刻はまだ8時半だ。 周囲には依然として薄い霧が湧いていたが、明日は天気が良いとの予報だったので、今日もこれから次第に天気は良くなるだろうと思い、平岡さんにここから稜線を縦走してホックステッタードームに登ることを提案したところ、平岡さんも同じ意見だったので急遽これから登ることになった。 平岡さんからトップを任され、コルから幅の広い緩やかな傾斜の雪稜を登る。 最初のうちは時々霧の合間からMt.グリーン(2837m)の尖った頂などが背後に望まれたが、予想に反して次第に霧は濃さを増してきた。 単調な斜面を30分ほど登ると平らな雪原のような所に出た。 視界の悪い雪原を時々朧げに見える太陽の位置を頼りに黙々と歩く。 一瞬霧が晴れてホックステッタードームの頂稜部が見えたが、途中に雪の禿げた岩などが見えただけで、正しいルートは判然としなかった。 再び傾斜がきつくなり、ホックステッタードームの頂稜部の登りに入った。 小さなヒドゥンクレバスが多くなり、殆どホワイトアウトした状況で私がトップで登るのは危ないと思ったので、平岡さんにトップを代わってもらう。 霧は小雨に変わり、ホックステッタードームに登ろうとしたことを後悔した。 ここまで来たら引き返すよりも山頂を踏んで反対側から山小屋に直接下山した方が早いので、雨の中を辛抱して登るしかない。 風がなく気温が高いことが救いだ。 山頂直下では痩せた尾根を一旦かなり下ってから登り返す。 

   傾斜が緩み始めると間もなく平岡さんから、「この先から下りとなるので、この辺りが山頂だと思います」という説明があった。 周囲が全く見えないのでピンとこないが、とりあえず頂を踏めたことを喜ぶ。 達成感よりも、あとは山小屋に下るだけだという安堵感の方が勝っていた。 時刻は10時半で、コルからは2時間の道程だった。 天気の回復は全く見込めず雨にも濡れるので、記念写真を撮っただけですぐに下山する。 この山の最大の魅力である山頂からの素晴らしい展望は叶えられなかったが、やはりアスパイアリングとクックの登頂効果は絶大で、さほど悔しい気持ちにならずに済んだ。

   細長い頂上稜線を反対方向に緩やかに下ると尾根は次第に広くなり、このままホワイトアウトの状況が続くと山小屋を見つけることが危ぶまれると判断した平岡さんの提案で再び山頂に登り返し、自分達のトレースを辿って戻ることになった。 山頂からは再び私が先頭で下る。 天気が良ければ展望を楽しめるのでそれも一興だが、雨とホワイトアウトではまるで修行だ。 正午にエリー・デ・ビューモントの取り付きの広いコルまで戻ってようやく一服する。 

   コルからは再び平岡さんが先頭になる。 雨は少し小降りになったが、今度はだらだらとした登り下りの繰り返しに閉口する。 途中少しでも早く山小屋に戻りたいという思いから、自分達のトレースを外れて最短距離を進むことにしたが、だだっ広いタズマン氷河の源頭部の地形は意外と複雑で、近くにあるはずの山小屋がなかなか見つからない。 結局1時間以上も徘徊してから引き返し、再び自分達のトレースを辿ることになった。 ようやく朧げに山小屋が見えてホッとしたが、山小屋に帰り着いたのは3時だった。 山小屋から半日行程のホックステッタードームに未明から10時間以上を要したことになり、ある意味で印象深い登山となった。

   山小屋は相変わらず私達だけで貸切りだったので、濡れた衣類を色々な所に干して乾かす。 温かいコーヒーを飲み、行動食の余りなどを頬張ってから皆で三々五々昼寝をする。 明日は当初の計画どおり“ノーマルルート”でホックステッタードームに再度登ることも考えたが、天気が良ければ山小屋付近からでも充分展望を楽しめるし、明後日の未明の便で帰国するため明日は早めに下山したかったので、明日は山に登らないことを平岡さんに伝えた。 夜7時半からのDOCとの無線交信の後、平岡さんがAGLの事務所を介してヘリの運航会社と連絡を取り、9時半のフライトが決定した。


4時半に山小屋を出発する


だだっ広いタズマン氷河の源頭部を巻くように歩く


コルからセラック帯に向かって緩やかに登る


10mほどのまるで“馬返し”のような急な雪壁を登る


セラック帯の直前でエリー・デ・ビューモントの頂稜部が一瞬だけ見えた


リンダ氷河顔負けの芸術的なセラック帯


セラック帯を縫うようにして登る


下からは見えなかった巨大なクレバスに阻まれる


ルートを求めしばらくセラック帯をさまよう


奇妙な形の氷塔が乱立するセラック帯の景観はユニークで面白かった


ホックステッタードームに向かって幅の広い緩やかな傾斜の雪稜を登る


ホワイトアウトしてきたので平岡さんにトップを代わる


ホックステッタードームの山頂


雨とホワイトアウトではまるで修行だ


朧げに山小屋が見えてホッとする


   1月23日、最後の朝焼けの景色を見るため5時半に起床する。 まだ昨日の雨の影響が残っているのか、快晴の天気予報とは違い山々の稜線には厚い雲が取り付いている。 山小屋の窓から少しずつ明るくなっていく外の景色をしみじみと眺める。 あっと言う間の2週間で明日の今頃はもう帰国する飛行機の中だ。 天気の回復が遅れているようで残念ながら山々は朝焼けに染まらなかったが、次第に雲は取れ始め朝食後にようやく青空が一面に広がった。 ヘリは山小屋の少し上に着陸するため、登攀具や余った食料などを予め運び上げる。 目を凝らすと昨日徘徊したトレースがすぐ近くに見えた。 頭上のホックステッタードームやエリー・デ・ビューモントも今日は良く見える。 

   搭乗の準備が出来たことを平岡さんがヘリの運航会社に連絡を入れたところ、週末で天気が良くなったことが原因なのかヘリは来なくなり、代わって11時半に氷河見物の観光用のスキープレーンがここから1時間ほど下った平坦地(タズマンサドル)に着陸するので、それに便乗(シェア)する形で下山することになった。 一旦山小屋に戻ってザックのパッキングをやり直し、ザイルを結んで10時半に山小屋を出発する。 天気は予報どおりの快晴となり、所々で足を止めながらクックやタズマンそしてミナレッツの写真を撮る。 快晴のホックステッタードームの頂は逃したが、のんびりとサザンアルプスの展望を楽しみながら氷河を下るのは山行のフィナーレとしては最高だ。 間もなく眼下のタズマンサドルに観光用のヘリとスキープレーンが1台ずつ見えた。 

   観光客は30分以上のんびりとヘリの周辺で氷河からの景色を楽しんでいたので、結局出発は正午になった。 4列シートで定員11名のセスナより一回り大きなクラッシックな機体のスキープレーンは軽快なヘリとはまた違った重厚な乗り心地で面白かった。 また観光専用のフライトなので、パイロットが途中でタズマン氷河の上をスキー感覚で機体(車輪の横に付いているスキー板)を滑らせたり、高度を上げて旋回したりして乗客を楽しませてくれたので、機上からの展望もさることながら最後は純粋に観光モードで楽しめた。

   着陸後はAGLの事務所に登山プログラムの終了の報告に行く。 あいにく社長のブライアンは不在だった。 スタッフから入山時のヘリと先ほどのスキープレーンの料金の請求があり、前者が390NZ$(邦貨で29000円)、後者が525NZ$(邦貨で39000円)だった。 意外にもAGLから登山プログラムの終了時のサービスとして、ハーミテージが経営するレストラン『オールド・マウンテニアーズ・カフェ』のランチの無料券を3人分いただき、タイミング良くその足で昼食を食べに行った。  昼食後はお互いの宿に別れてシャワーを浴び、荷物を整理して思い出多いマウントクック村を後にする。  本来なら平岡さんとはここでお別れだが、次のお客さんが私達と入れ違いに明日の午前中の便でクライストチャーチに到着するということで、平岡さんと一緒に車でクライストチャーチに向かう。 車の交通量は少なく渋滞もないので、330キロの道程を4時間ほどで走り、夜の8時に市内の宿に着いた。 近くの中華料理屋で最後の晩餐を行い、宿で仮眠してから翌朝4時にタクシーで空港に向かい帰国の途に着いた。


観光用のヘリやスキープレーンが着陸するタズマンサドル


タズマンサドル・ハット付近から見たホックステッタードーム


タズマンサドル・ハット付近から見たミナレッツ


タズマンサドル・ハット付近から見たエリー・デ・ビューモント


タズマンサドル・ハット付近から見たクック(左)とタズマン(右)


タズマンサドルへ下る


タズマンサドルへ下る


タズマンサドルに下り立つ(右の岩塔の上にタズマンサドル・ハットがある)


タズマンサドルに着陸した観光用のスキープレーン


セスナより一回り大きなクラッシックな機体のスキープレーンに乗る


スキープレーンの機上から見た大規模なクレバス


スキープレーンの機上から見たミナレッツ(左)とエリー・デ・ビューモント(右)


スキープレーンの機上から見たクック


スキープレーンの機上から見たクック


車でクライストチャーチに向かう(車窓から見たプカキ湖)


日没前のクライストチャーチ


山 日 記    ・    T O P