オーバーロートホルン(3415m)

   7月30日、昨晩痛めた足の指は触らなければ痛くない。 どうやら骨折は免れたようだ。 とりあえず、天気予報を信じてブライトホルンの登山は明日に延期し、今日は足の指の具合と相談しながら計画していたオーバーロートホルン(3415m)へのハイキングをすることにした。 ホテルを出発すると、空は青いが雲が多く、まだ昨日の天気を引きずっているようだった。 登山の順延は正解だったかもしれない。 ツェルマット周辺の展望台では三本の指に入るといわれるスネガ(2288m)への地下ケーブル乗り場へとおっかなびっくり歩く。 階段を下る時に少し痛みがあるが、ゆっくり歩けばなんとかなりそうだ。 ユングフラウヨッホへの登山鉄道といい、この地下ケーブルといい、さすがに観光の国だけあって自然の美観を損ねないように配慮された設計には感心する。 ケーブルカーは5分ほどで標高差を600mほど稼ぎ、あっという間に終点のスネガの地下駅に着いた。 洒落たレストランがあるスネガの展望台は、マッターホルンを中心にヴァリス地方の高峰群がぐるっと見渡せるようになっていたが、肝心のマッターホルンだけは未だ雲の中に隠れたままだった。

   スネガから更にゴンドラに乗ってブラウヘルト(2571m)へ、そしてさらに大型のロープウェイに乗換えてウンターロートホルン(ウンターとは“下”という意味/3103m)へ向かう。 ウンターロートホルンは名前のとおり一応山だが、なだらかな丘という感じだった。 もちろんここも展望台になっているが、標高が低いスネガのほうがお手軽で、またマッターホルンに近いためか人気があり、ここを訪れる人はそれほど多くないようだ。 ウンターロートホルンの展望台に着くと、ようやく山々を隠し続けていた雲が一斉にとれ、お目当てのマッターホルンが青空を背景に初めてそのスリムな雄姿を披露してくれた。 写真で見たとおりの何と絵になる山だろうか!。 高さこそ他の名山に譲るものの、その鋭く尖った独特の山容は山に興味がない人々の脳裏にさえ焼き付くことだろう。 右手にはダン・ブランシュ(4356m)、オーバーガーベルホルン、ツィナールロートホルン、ヴァイスホルン(4505m)が、そして左手にはブライトホルン、ポリュックス(4091m)、カストール(4228m)、リスカム、モンテ・ローザといったそれぞれ個性的なフィアタウゼンダー達が、マッターホルンの際立った存在にさらに磨きをかけている。 そして背後にはこれから登るオーバーロートホルンが、昨日降った雪でうっすらと雪化粧をして鎮座していた。


ウンターロートホルンの展望台から見たマッターホルン


展望台から見たブライトホルン(右)とリスカム(左)


展望台から見たモンテ・ローザ


展望台から見たダン・ブランシュ(左)とオーバーガーベルホルン(右)


ウンターロートホルンの展望台から見たツィナールロートホルン


ウンターロートホルンの展望台から見たヴァイスホルン


   オーバーロートホルンへのトレイルはウンターロートホルンの展望台からいったん100mほど下り、トラバース気味に山裾をかなり回り込むように歩いてから、ジグザグの“登山道”となった。 途中で一昨日登山電車の中で出会った旅行会社の登山ツアーの人達に再会した。 山(マッターホルン)が見えているのに登れない悔しさで一杯であるに違いない。 登り始めはゴルナー氷河の向こうにモンテ・ローザが大きく望まれていたが、登るにつれて強烈な夏の陽射しと昨日降った雪や雨が霧を発生させ、オーバーロートホルンを包み込んでしまった。 足の指に負担をかけないようにゆっくり登っていく傍らを、外国人の女性が両手でストックを突きながら、あっという間に追い越していった。 いつもながら外国人のスピードとパワーには脱帽だ。

   正午前、ウンターロートホルンから2時間ほどでオーバーロートホルンの山頂に着いた。 下からは穏やかな面持ちの山に見えたが、山頂の北側はスッパリと切れ落ち、足元の岩が溶けた雪で覆われているため、危なくて先端の最高点に立つことが出来ない。 先ほどから山を包み込んでいる霧があがらないため、今日のハイライトの山頂からの大展望が得られず悔しい限りだ。 霧の間からチラリと見える大きな山は、国境線上にない山の中ではスイスの最高峰のドム(4545m)だろう。 やきもきしながら30分ほど霧があがるのを待っていたが、体も冷えてきたのでそろそろ下山しようかと腰を上げた時、日の丸の旗をザックに付けた一人の日本人の男性が登ってきた。 写真を撮り合いながら雑談を交わすと、関西から来られた藤本さんという方で、当初仲間と三人で当地に来るはずが、直前に他の二人が来れなくなり、仕方なく一人で来られたという。 藤本さんから私達の明日の予定を聞かれたので、「一応ブライトホルンに登る予定です」と答えたところ、是非連れていって欲しいという。 「初めてガイドレスで登る山で、また足の指も痛めているので、“連れていく”ほどの余裕はありませんが、是非一緒に登りましょう」と提案して、明朝6:30にゴンドラ乗り場で待ち合わせることにした。

   下りは足の指がかなり痛かった。 やはり骨折しているのだろうか?。 一番悪い時間帯に登ってしまったようで、ウンターロートホルンまで戻ると山を包み込んでいた霧もすっかりあがっていた。 登り返す余力もないため、展望台のベンチで地図を拡げマッターホルンを取り巻く山々を眺めながら優雅に時を過ごした。 たまにロープウェイで運ばれてくる日本人の観光客に“名解説”をしたおかげで、周囲の山々の名前や山容もすっかり頭に入った。 足の指をいたわり、ウンターロートホルンからは迷わず上りと同じロープウェイやケーブルカーを利用してツェルマットまで下った。

   スーパーマーケットに明日の朝食と行動食を買いに行くと、先日のユングフラウ登山で知り合った古林さんとバッタリ再会した。 古林さんとはこの時のみならず、半年後にキリマンジャロ山行に向かう途中のサウジアラビアのドゥバイ空港でも再会した。 スーパーマーケットはグリンデルワルトにあった店よりも大きく、また品揃えも豊富だった。 特に乳製品が安く、牛乳はミネラルウォーターよりも安かった。 また、タイ米のように細長い米は産地や銘柄は不明だが、日本での値段の半分以下だった。


オーバーロートホルンの山頂


ウンターロートホルン付近から見たオーバーロートホルン


   ウンターロートホルン付近から見たリムプフィッシュホルンとシュトラールホルン


エンツィアン


山 日 記    ・    T O P