コパ(6188m)

   8月4日、地形の関係かB.Cは無風で暖かく、テントの結露も無かった。 昨夜からの快晴の天気は続き、早朝から良い天気となった。 昨夜は熟睡し、夜中に目が覚めることもなかった。 起床前のSPO2と脈拍は86と56で、数値も体も絶好調だ。 温かいパンとソーセージ入りの玉子焼きを食べ、後発のマヌエル達のパーティーより一足先に8時半前にアグリと三人でH.Cへ向かう。 B.Cから先へはロバは上がらないので踏み跡は薄い。 出発してすぐにコパの山頂方面からのご来光となった。 小さな池の傍らを通りモレーンの背に上がると、眼下にヒスイ色をしたレヒアコーチャ(湖)が見えた。 登山口からも見えていた荒々しい特徴のある岩塔の基部にある氷河の末端に近づくと、後ろからマヌエル達のパーティーが追いついてきた。 

   B.Cからゆっくり時間をかけて登り、2時間半ほどで氷河の末端に着くと、沢状となっている雪の斜面には昨日出会ったパーティーのトレースが残っていた。 ハーネスとアイゼンを着け、ヘルメットを被って一息入れる。 アグリの話では、氷河の後退によりシーズン中ここには雪が少なく、いつもは氷化した雪とボロボロの岩とのミックスになっているとのことだった。 コパは易しい山だとガイドブックには記されているが、この取り付きの登りに関しては決して容易ではないことが分かった。 

   アグリ、妻そして私の順にロープを結び、岩塔の側壁に沿った急斜面の氷河を登り始める。 最初はコンテで登ったが、途中に溶けて薄くなった雪が凍っている箇所があり、所々でスタカットで登る。 しばらく登るとアグリがスノーバーを打ち込んで支点を作り、取り付きで待機しているマヌエル達のパーティーに向かってロープを投げた。 マヌエル達のパーティーが登り始めるのを見てから、アグリはさらに急になった斜面をジグザグに登っていった。 上部での傾斜は45度ほどになり、重荷を背負ったマヌエル達が登ってこられるか心配になった。 取付きから1時間近くを要して、山頂に向かって伸びる長大な西稜の末端に着いた。 陽射しに恵まれた展望の良い尾根の末端で後続のマヌエル達のパーティーを待つ。 しばらくすると、ようやく先頭を登ってくるマヌエルの姿が見えた。 再びアグリがロープをマヌエルに向かって投げ、最後の急斜面での安全対策に気を配っていた。 

   西稜の末端からは傾斜が緩くなり、右手に見えてきたランラパルカなどを眺めながらの快適な登りとなった。 天気も良く順応も充分なので、このまま山頂まで登ってしまいたいような感じさえした。 間もなく傾斜が無くなると、眼前に広大な雪のスロープが出現した。 スロープの末端には陽光に温められた岩が露出し、そこが今回のH.Cということだった。 この山頂直下の広大な雪のスロープは麓のマルカラやB.Cからは見えず、そのスケールの大きさに圧倒された。 山としては特徴のないコパの真髄は、正にこの氷河の大きさにあるのかもしれない。 予想よりもだいぶ早く、1時前に貸し切りの静かなH.Cに着いた。 私の高度計は5100mだったが、アグリのGPSでは5200m近くあるとのことだった。 早速風の当たらない大岩の下でランチタイムとなったが、アグリは双眼鏡でずっと明日の登攀ルートをつぶさに観察していた。 ランチが終わるとメシアスとノルベルトが雪の上に私達の個人用テントを設営してくれたが、スタッフ達は雪の上ではなく少し凹凸がある岩の上にテントを立てていた。 

   2時になると、アグリがメシアスとノルベルトを連れて明日のルートの偵察に出掛けていった。 やはり、昨日のもぐりのガイドからの情報が気になったのだろうか。 三人の後ろ姿を目で追いながら、明日のルートを目に焼き付ける。 ノーマルルートの西稜は緩やかで登り易そうに見えた。 間もなく三人の姿が見えなくなったので、個人用テントで休養することにした。 SPO2と脈拍は86と70だが、数値以上に体は楽だった。 H.Cに着いた時は殆どなかった風が次第に強くなり、テントがバタついてきたので、雪や石を積んでテントを補強する。 山頂方面から吹き下ろしてくる風は刺すように冷たかった。 日没前の5時半を過ぎてようやくアグリ達が偵察から帰ってきた。 アグリの話では、やはりクレヴァスの状態が悪いので、明日は予定よりも早く1時に出発するとのことだった。 夕食は日本から持参したフリーズドライの赤飯とスープを食べ、7時前には横になった。


B.C(4600m) 〜 C.1(5150m) 〜 コパ(6188m)


朝食の温かいパン


コパの山頂方面からのご来光


B.Cのテントサイト


ヒスイ色をしたレヒアコーチャ(湖)


登山口からも見えていた荒々しい特徴のある岩塔の基部にある氷河の末端


後ろから追いついてきたマヌエル達のパーティー


氷河の末端


岩塔の側壁に沿った急斜面の氷河を最初はコンテで登る


溶けて薄くなった雪が凍っている箇所はスタカットで登る


取り付きで待機しているマヌエル達のパーティー


さらに急になった斜面をジグザグに登る


上部での傾斜は45度ほどになった


西稜の末端の直下


西稜の末端から見たレヒアコーチャ(湖)


上部の急斜面を登るマヌエル


ロープをマヌエルに向かって投げるアグリ


西稜の末端からは傾斜が緩くなった


西稜の末端から見たランラパルカ(左奥)とバジュナラフ(右奥)


広大な雪のスロープ


岩が露出したH.C


風の当たらない大岩の下でのランチタイム


昼食のお好み焼き


双眼鏡で明日の登攀ルートをつぶさに観察するアグリ


個人用テント


アグリがメシアスとノルベルトを連れて明日のルートの偵察に出掛けた


三人の後ろ姿を目で追いながら、明日のルートを目に焼き付ける


岩場の上から見た個人用テント


日没前の5時半を過ぎてようやくアグリ達が偵察から帰ってきた


   8月5日、1時の出発に合わせて11時半過ぎに起床する。 風の音で殆ど眠れなかったが、緊張と興奮で全く眠くはない。 昨日のB.Cでの暖かさが嘘のように、テント内はマイナス3度と今までで一番寒かった。 打ち合わせどおり零時ちょうどにマヌエルがテントにお湯を持ってきてくれた。 朝食はワラスで買ったカップラーメンと日本から持参したチキンラーメンの両方で食欲は旺盛だ。 テントから出て岩場に行くと、今回もマヌエルがラッセル要員に起用され、出発の準備をしていた。 易しいはずの山は一変して総力戦の山となった。 

   アグリ、マヌエル、妻そして私の順でロープに繋がり、ほぼ予定どおり1時過ぎにH.Cを出発。 風が当たりにくいH.Cの岩場を離れると、収まったと思われた風が再び吹き始めた。 風は山頂方面から吹き下ろしてくる感じで、間もなく吹雪のように細かい雪が飛んでくるようになった。 5年前のトクヤラフでの強風が真っ先に頭に浮かび不安が募る。 あの時敗退した妻もきっと同じ思いだろう。 しばらくすれば止んでくれるだろうという期待に反して風は一向に吹き止まず、ずっと正面から吹き続けた。 それでもアグリからは天気が悪い(風が強い)ので、アタックを明日に順延するという提案もなかったので、これから風は収まるのか、明日は今日と変わらないのか、あるいは今日より悪くなるという情報を持っているのだろう。 体感気温はかなり低く、順応してなければかなり厳しい状況だ。 風が全く吹き止まないので、休憩することもままならず、黙々と登り続けるしか術がなかった。 

   H.Cから1時間半以上登り続け、風が少し弱まった所で初めての休憩となった。 妻を励まし、温かいコーヒーを飲んで英気を養う。 まだ夜明けも遠く、妻がどこまで耐えられるかが心配だが、唯一順応が充分出来ていることが心の支えだ。 再び風が収まることを期待して歩き始める。 風も長時間吹かれ続けると慣れてくるのか、それとも少し風の弱い所に出たのか、それまでよりは幾分楽になった気がした。 昨日アグリ達が偵察したルートを登っているはずだが、風によって運ばれた雪でトレースは所々で消えていた。 この風がさらに強まれば、一昨日のパーティーと同じように敗退の憂き目に遭うかもしれない。

   1時間ほど単調な斜面を登ったところで2回目の休憩となり、アグリからヘルメットを被るように指示があった。 この先は状態の悪いクレヴァスを回避するために、ノーマルルートから外れるということだろう。 休憩後もしばらくは単調な斜面を黙々と登り続けたが、積雪が次第に多くなってきたのでペースは落ちた。 相変らず風雪が止まないので、上空の天気が良いのか悪いのか分からない。 尾根の形状が複雑になってきた所でアグリが足を止めた。 この先に状態の悪いクレヴァスがあるのだろう。 昨日はこの辺りまで偵察に来たのだろうか。 アグリはしばらく前方をヘッドランプの灯りでつぶさに観察していたが、雪煙で視界が遮られ、良いルートが見出せないようだった。 アグリは私達にしばらくここで待つようにと告げると、ロープを伸ばして進行方向の尾根とは違う左方向の斜面をラッセルしながら登り始めた。 私達は寒さをこらえながら、行動食などを食べて休憩することになったが、アグリが戻ってくるまで30分ほど待つことになってしまった。 アグリの偵察の結果次第では、ここで引き返すことになるかもしれないと腹をくくったが、どうやら活路を見出せたようで、左方向に尾根を迂回して登ることになった。

   尾根を巻きながら登るようになったので傾斜は緩くなり、また尾根を外れたことで風が弱まったことが嬉しかった。 今まで悩まされ続けてきた雪煙も徐々になくなり、尾根の左斜面をトラバース気味に進んでいくと、ようやく夜が白み始め、ワルカン(6125m)とその奥にワスカラン南峰(6768m)が朧げに見えた。 稜線の風はまだ止んでないだろうが、天気は思ったより悪くなさそうで安堵する。 あとはトクヤラフの時と同じように、風が奇跡的に止んでくれることを祈るだけだ。

   間もなくアグリが足を止め、クレヴァスの脇に右手の尾根へ登り返すポイントを決めた。 ワスカラン南峰とワルカンがはっきり見えるようになると、意外にもその上空には雲がなかった。 ここからはそれまでと一変して急斜面の登りとなり、スタカットで登ることになった。 ワスカラン南峰とワルカンがモルゲンロートに染まり始め、にわかに登頂の機運が高まってきたが、しばらくするとダブルアックスが似合いそうな50度の急斜面の下に出た。 風に耐え続け疲労の色が濃い妻を気遣って、アグリが「ポッシブル(この急斜面を登れますか)?」と聞いてきた。 技術的なことではなく、むしろ妻の体力面を考えてのことだろう。 登頂を諦めて引き返すなら、もうここしかないことが分かった。 アグリからの問いかけに気持ちが揺らいだ妻は、下山することを考え始めた。 もちろん、その時は私も一緒に下りなければならない。 確かにこの雪壁を登ることは、体力を消耗している妻には大変だと私も思ったが、雪壁の登攀中は風も弱く、稜線に上がればもう暖かい太陽が当たってくるので、まだ頑張れるなら後で後悔しないよう登ることを勧めた。 念のためアグリに、山頂まであとどのくらい掛かるかを聞くと、アグリから1時間ほどとの答えが返ってきた。 この雪壁の登りは60mのロープで2ピッチだという。 それなら大丈夫だと妻を強引に説得し、あと1時間で山頂に着かなければ、その時は下山しようということにした。 

   登り続けることが決まったので、マヌエルに確保を託してアグリが急斜面の雪壁に取り付いた。 アグリからのコールが掛かるまでの間、妻は腕を回して冷え切った体を温めていた。 雪壁の登攀はアグリが上から確保し、マヌエルがステップを刻んで登り易くしてくれた。 コックとしてしか見てなかったマヌエルが、今はとても頼もしく思えた。 周囲がすっかり明るくなってくると、ワルカンとの間の広いコルにアマゾン側からの湿った雲が次々と流れ込んできていたが、一方で上空には青空が広がり、コパの北峰(6173m)のピークも見えた。 結局2ピッチでは稜線に届かず、最後は傾斜が緩んだものの、もう半ピッチでようやく山頂直下の稜線に飛び出した。


1時過ぎにH.Cを出発する


ラッセル要員に起用されたマヌエル


H.Cの岩場を離れると、収まったと思われた風が再び吹き始めた


3時前に風が少し弱まった所で初めての休憩となった


風は一向に吹き止まず、ずっと正面から吹き続けた


2回目の休憩でアグリからヘルメットを被るように指示があった


風雪は止まず、積雪が次第に多くなりペースが落ちた


尾根の形状が複雑になってきた所でアグリはしばらく前方をヘッドランプの灯りでつぶさに観察していた


状態の悪いクレヴァスを回避するため、左方向に尾根を迂回して登る


夜が白み始め、ワルカンとその奥にワスカラン南峰が朧げに見えた


アグリがクレヴァスの脇に右手の尾根へ登り返すポイントを決めた


ワスカラン南峰(中央奥)とワルカン(中央手前)がモルゲンロートに染まり始める


50度の急斜面の雪壁の取付き


取付きから見たワスカラン南峰(中央奥)とワルカン(中央手前)


急斜面の雪壁を登るアグリ


ワルカンとの間の広いコルにアマゾン側からの湿った雲が次々と流れ込んできていた


雪壁の登攀中から見たコパの北峰


稜線の手前からは傾斜が緩んだ


ノーマルルートの稜線の直下


   ノーマルルートの稜線に出ると、ようやく待望の太陽の光を全身で浴びることが出来たが、期待に反して風は先ほど以上に強く、山頂方面にはまだ雪煙が舞っていた。 山頂はもうすぐそこに見えたが、風の強さがその距離を遠く感じさせた。 僅かに凹んだ所を見つけ、初めて座って休憩する。 すでに8時となり、雪壁の取り付きからアグリが予想した1時間はとうに過ぎていた。 妻はもう限界で、しばらくうずくまったまま動けなかった。 アグリも相当疲れている様子だったが、ポーターのキャリアが長いマヌエルは唯一元気そうだった。  西の方向にはワスカラン南峰が、東の方向には雲海の上から顔を出すランラパルカ(6162m)、ワンサン(6395m)、パルカラフ(6274m)そしてチンチェイ(6222m)の頂が見えたが、一番楽しみにしていたトクヤラフ(6032m)の頂はそれらの山々より少し低いため雲海に飲み込まれていた。 ノーマルルートの西稜のたおやかで幅の広い尾根やH.Cの岩場が眼下に小さく見えた。

   ここから山頂までは傾斜も緩く、風は強いが陽射しの強さがそれに勝っていたので、登頂は何とか出来そうだった。 しばらくそこで休憩した後、アグリからも「風が強いので、山頂にはタッチするだけです」というゴーサインが出たが、妻は山頂に行っても雪煙が舞っているだけで展望は無いので、ここでもう充分だと言って動こうとしない。 もう少しだけ頑張れば登頂出来るし、トクヤラフの時のように奇跡的に風が止むこともあるので、ここまできたら何とか二人で山頂を踏みたいという気持ちが強まり、妻が可哀そうだという気持ちを押し殺し、山頂に向かうことをアグリに告げた。 山頂までの時間をアグリに聞くと、15分ほどとのことだったが、私にはその倍の30分は掛かると思った。 

   ここからは先はヒドゥン・クレヴァスがあるようで、アグリがロープを伸ばしながら先行する。 強風に煽られながらしばらく登ると、山頂だと思った丸いドームの上は山頂ではなく、そこから先は傾斜が一段と緩み、次第に細くなっていく尾根の先に巨大な雪庇(キノコ雪)となっている山頂が見えた。 もしかしたら山頂だけは風が弱いのではないかという淡い期待は裏切られ、山頂に近づくにつれて風はますます強まり、最後は台風並みの爆風になってしまった。 途中で妻が再度下山したいと泣きながら訴えたが、アグリの耳には届かなかった。 アグリは山頂の不安定な雪庇(キノコ雪)の上には登らず、その基部まで登ったところで足を止め、私達が順次そこに着くと、ここがコパの山頂ですと一言だけ説明し、ロープを整えながら下山する準備に余念がなかった。 

   登頂時間は予想よりもだいぶ遅く、すでに9時を過ぎていた。 妻は心身の疲労で放心状態となり、雪煙が舞う山頂からは唯一ワスカランだけが霞んで見えた。 写真を数枚撮っただけですぐにロープを結ぶ順番を入れ替え、マヌエルを先頭に妻、私そしてアグリの順に下った。 下りは追い風になったことで歩くのが楽になり、また太陽がだいぶ高くなったので、ずっと陽が当たって暖かかった。 相変らず上空は澄んだ青空だが、ワルカンとの間の広いコルにアマゾン側から流れ込んでくる湿った雲はさらに増え、不安定な気象状況は続いていた。 

   先ほどの休憩地点から登りとは少し違うルートを所々で懸垂しながら下る。 4人が一本のロープで繋がっているため、下りも予想以上に時間が掛かったが、登りでは暗さと風雪でルートが全く見えなかったので、巨大なセラックやクレヴァスなどが目に新鮮だ。 コパの特徴とも言える広大な氷河が眼下に見えるが、妻はただ黙々と下っていくだけだ。 アグリが心配して、「ハッピー(登頂出来て良かったですか)?」と私に問いかけてきたので、「私は山のことしか頭にないので、登頂に勝る喜びはないが、妻はそうではないので、とても辛かったと思います」と答えた。


稜線に出るとようやく待望の太陽の光を全身で浴びることが出来た


妻はしばらくうずくまったまま動けなかった


アグリも相当疲れている様子だった


元気そうなマヌエル


雲海の上から頭を出すランラパルカ(右) ・ ワンサン(中央奥) ・ パルカラフ(左) ・ チンチェイ(左奥)


ノーマルルートの西稜のたおやかで幅の広い尾根


H.Cの岩場が眼下に小さく見えた


アグリがロープを伸ばしながら先行する


山頂に向かって登り始める


山頂だと思った丸いドームの先に巨大な雪庇(キノコ雪)となっている山頂が見えた


山頂に近づくにつれて傾斜は緩んだが、風はますます強くなった


キノコ雪の基部に着く


心身の疲労で放心状態の妻と、ロープを整えながら下山する準備に余念がないアグリ


山頂の巨大な雪庇(キノコ雪)


雪煙が舞う山頂からは唯一ワスカランだけが霞んで見えた


マヌエルを先頭に妻、私そしてアグリの順に下った


迂回した状態の悪いクレヴァス


アマゾン側から流れ込んでくる湿った雲はさらに増え、不安定な気象状況は続いていた


登りとは少し違うルートを所々で懸垂しながら下る


巨大なセラックの下を下る


巨大なセラックの下を下る


たおやかで幅の広い西稜


コパの特徴とも言える広大な氷河


   体が冷え切ってしまった妻がH.Cの近くまで長い休憩をとらずに下り続けたので、H.Cには予想よりも早く1時半に着いた。 留守番役のメシアスとノルベルトが用意してくれた暖かいスープを飲んで一息つく。 妻は明日の行程が長くなっても、今日はもう歩きたくないので、H.Cにもう一泊したいと言った。 私も順応が出来ているので、H.Cに泊まることに異論はなかったが、アグリは夕食の食材がないので、できれば今日中にB.Cまで下りたいという。 少し考える時間をもらい、個人用テントでしばらく休んでいると、妻の疲労も少し回復してきたので、アグリにB.Cまで下ることを伝え、スタッフ達と一緒に3時半にH.Cを発った。

   西稜の末端からは急斜面の氷河を懸垂で下り、取り付きでアイゼンとハーネスを外し、ヘルメットも脱いで身軽になる。 スタッフ達は夕食の準備のため先行し、私達は疲れた足を労りながらゆっくり時間を掛けて下る。 妻も少しずつ元気を取り戻してきた。 レヒアコーチャを見下ろすモレーンの背で陽が沈み、振り返ると雪煙が舞う残照のコパの頂稜部が見えた。 日没後の6時半にB.Cに着き、予想外の長い一日が終わった。 夕食はマヌエルが短時間で美味しい料理を作ってくれ、もう何も考えることなく、お腹一杯になるまで食べた。


H.Cに着く


H.Cから見た山頂(左)方面


H.Cを発つ


西稜の末端からは急斜面の氷河を懸垂で下る


レヒアコーチャを見下ろすモレーンの背で陽が沈んだ


雪煙が舞う残照のコパの頂稜部


日没後にB.Cに着いた


夕食はマヌエルが短時間で美味しい料理を作ってくれた


写  真    ・    南アメリカ    ・    想い出の山    ・    T O P