12月31日、この地域特有の気象なのか今日も天気は良くない。 起床後のSPO2と脈拍は92と58で昨日とほぼ同じだ。 迎えに来てもらったエージェントのバスに乗ってコトパクシ国立公園の中にあるタンボパクシ小屋(3800m)に向かう。 エクアドルでは大晦日から元旦にかけて厄払いのため人形を燃やす慣習があり、家の門や車に人形を括り付けている光景が見られた。 パンアメリカン・ハイウェイを南下し、コトパクシ国立公園の標識を左折してダートの道に入る。 その直後に仮装した地元の子供達の集団にバスを止められ“通行料”をねだられる。 セバスチャンも子供の頃やっていたとのことで笑えた。 ダートの道を15分ほど走ると公園のゲートに着いたが、前回の滞在時と同様にここから正面に見えるはずのコトパクシは全く見えなかった。 入園料@10ドルをセバスチャンがレンジャーにまとめて支払い、名前を記帳したりして入園の手続きをする。 しばらくするとようやく車窓から雲で見え隠れしているコトパクシの雄姿が望まれるようになった。
明日向かうホセ・リバス小屋への道を右に分け、昼過ぎにタンボパクシ小屋に着き、皆で遅い昼食を食べる。 昼食が済むと新年を自宅で迎えるためセバスチャンは運転手のハビエルと共にバスで帰って行った。 タンボパクシ小屋は30人ほど泊れるシャワーのあるロッジで、コトパクシの登山に向けての理想的な順応場所となる。 料理はメニューこそ少ないが、味は町のレストランと同じレベルだ。 前回ここに泊まった時は順応が不十分で気分も悪かったが、今回はリラックスしていられることが嬉しい。 小屋の1階の食堂からは居ながらにしてコトパクシが見える。 前回の滞在時には本当に何も見えなかったので、眼前に鎮座するコトパクシの写真を哉恵さんと一緒に何枚も撮る。 寝室は2段ベッドで8人泊まれる部屋をキープ出来た。
夕食は大晦日ということで特別にローストチキンをメインとするバイキングとなった。 明日からの登山がなければカウントダウンで大いにはしゃぎたいところだが、アルコールも口にせず、料理も適量で済ませる。 夕食後は小屋の外で人形を燃やす厄除けの“儀式”が行われた。 燃え盛る人形の傍らでは小屋のスタッフ達がギターを鳴らして歌を歌う。 儀式が終わると今度は食堂で南米らしい乗りのダンスが始まり、居合わせた宿泊客は大いに盛り上がった。
1月1日、起床後のSPO2と脈拍は92と68で、食欲も普通にあり体調はとても良い。 外は寒いが部屋の中は息苦しいほど暑かった。 雲は多目ながらも天気は良く、雨期とは思えないような青空が背後に見える。 食堂に備え付けられた望遠鏡を覗くと、氷河を登っているパーティーがいくつか見える。 トレースも明瞭で明日のアタックに期待が持てた。 朝食後に平岡さんからパーティー編成を変えるとの提案があり、私達が平岡さんと、哉恵さんとОさんがセバスチャンと、ドメニカと朋子さんとIさんがそれぞれ組むことになった。 11時に迎えに来るはずのセバスチャン達は正午を過ぎても現れなかった。 ホセ・リバス小屋へ着くのが大幅に遅れてしまうため、昼食もこの小屋で食べることになった。 ようやく1時間半遅れでバスが迎えにきたが、遅れた理由はどうやらドメニカが寝坊したことによるものだった。
これから向かうホセ・リバス小屋(4800m)直下の車道の終点までは車で上がれるが、上部ではカヤンベ同様に道が荒れているため、また余計に車道を歩かなければならないと覚悟していたが、運良く途中で他のパーティーのマイクロバスに乗せてもらうことが出来た。 前回の滞在時は一面が雪景色だったので気が付かなかったが、車道の終点は広い駐車場となっていた。 駐車場からホセ・リバス小屋までは標高差で200mほどだ。 富士山の砂走りのような埃っぽい道を登る。 元旦ということもあり、観光客の姿が多い。 四季の無いエクアドルでは都市部には雪が降らないので、町の人は雪を見ることが珍しく、また楽しいのかもしれない。 彼らにとっては駐車場からホセ・リバス小屋まで登ることが、“コトパクシに登る”ということなのだろう。
セバスチャンが言うとおり、コトパクシはエクアドルで一番人気のある山で、海外からの登山者も少しハードルの高いチンボラソに比べて遥かに多い。 山小屋は1階の食堂が改装され以前より広くなっていた。 隣のテーブルにはマルシアーノの姿も見られた。 各々のパーティーが炊事をするとキッチンが混乱するため、繁忙期は管理人がスープなどの軽い食事を作ってくれるようになったとのこと。 到着が遅くなったので50人ほど泊れる2階の寝室の二段ベッドは、すでにほぼ一杯となっていた。 登山者が予想以上に多かったので、混雑を避けるためセバスチャンの提案で出発時間は少し早まり夜の11時になった。 夕方の5時にスープとパンだけの軽めの夕食を食べ、他の宿泊客よりも一足早く寝た。
1月2日、決められた10時に一斉に起床し、階下の食堂へ静かに下りる。 カヤンベに続き不覚にも熟睡してしまった。 出発の準備をしているパーティーはまだ少ない。 キッチンの入口のカウンターには大きなジャーが置かれ、管理人が沸かしてくれたお湯を自由に使うことが出来た。 セバスチャンの予想では山頂まで8時間は掛かるだろうとのことで、予定どおり山小屋を11時に出発した。 霧が発生しているようで星や月は見えない。
6年前のアタックの時は山小屋から右の方に回り込みながら深雪をラッセルして登った記憶があったが、今日はそのまま山頂の方角に向けて赤茶けた砂礫の道を直登していく。 30分足らずで雪が現れたが、氷河ではなくただの残雪のようで、昨日のトレースを利用しアイゼンも着けずに登る。 間もなく傾斜が増してきたのでアイゼンを着ける。 先行しているパーティーはいないようだが、後方にはヘッドランプの灯りが沢山見えた。 30分ほど登った所でロープを結ぶ。 セバスチャンと哉恵さんとOさんのパーティーが先頭になり、平岡さんと私達のパーティーが続く。 しんがりはドメニカと朋子さんとIさんだ。
大晦日・元旦と少なくとも2日間天気が良く、大勢のパーティーが登っているためトレースは明瞭で、一部は登山道のようにさえなっていた。 カヤンベと比べると風も殆どなく、順応も確実に進んでいるので登高スピードは予想よりも速い感じだ。 このまま順調に進めばセバスチャンの予想よりも早く山頂に届きそうな感じがした。 間もなく後続のパーティーに道を譲る。 マルシアーノ達のパーティーだった。 振り返ると眼下の町の夜景が奇麗だ。 途中のクレバス帯では1か所だけスタカットで進んだが、それ以外では全く難しい所はなく、空には月も見え始めたので早くも登頂の手応えを感じた。 氷河はカヤンベのように緩急はなく、一定の斜度を保ちながら登り一本調子だ。 途中の休憩で後続のドメニカと朋子さんとIさんのパーティーを30分近く待ったので体が冷えてしまい、薄手のダウンジャケットを着込む。 先行しているセバスチャンと哉恵さんとOさんのパーティーのヘッドランプもすでに見えなくなった。 5500m付近からは風も少し出てきて寒さが厳しくなったが、前を登る妻の足取りは相変わらず力強く安堵する。
前の日からの長い夜が終わり、5時半過ぎにようやく空が白み始めた。 すでに下りてくるパーティーがあり、登頂の成否を尋ねると、「あと山頂まで20分で着きますよ」という嬉しい答えが返ってきた。 間もなく前方に山頂と思われるドーム状のシルエットが見えた。 先行しているセバスチャンと哉恵さんとOさんのパーティーはもう山頂に着いているだろう。
6時過ぎに待望のコトパクシの山頂に辿り着く。 登る前には想像すら出来なかったが、まだ日の出前だ。 今日も良く頑張った妻を抱擁し、登頂請負人の平岡さんと固い握手を交わす。 先に登頂した哉恵さんやOさんとも肩を叩き合って登頂を喜び合う。 リベンジが叶ったことに加え、カヤンベの件があったので喜びも一段と大きかった。 哉恵さんを無理やりエクアドルに誘ったが、とりあえず最低限の目標を達成出来て少し肩の荷が下りた。 眼下にはこの山のトレードマークになっているすり鉢状の巨大な噴火口が見え、そのユニークな景観に心を奪われる。 周囲を見渡すと、アンティサナ(5753m)と双耳峰のイリニサ(5248m)、そして遥か雲海の向こうに頭を出しているチンボラソが見えた。 間もなく図らずも山頂からご来光を拝むことになり、感動を新たにする。 興奮が覚めやらず、皆で何度も写真を撮り合う。 風がないのもラッキーだった。 山頂には登山者が次第に増え、私達を含めて20人以上になった。 さすがにエクアドルで一番人気のある山だ。 6時40分にドメニカと朋子さんとIさんのパーティーが山頂に着き、めでたく全員の登頂が叶った。 もう何も言うことはない。
下りは平岡さんとドメニカが交代し、ドメニカと私達でロープを結ぶ。 7時過ぎに山頂を辞したので、結果的に1時間以上も山頂にいたことになる。 ずっと暗闇の中を登ってきたので、見える景色は新鮮だった。 山頂直下の『ヤナサチャウォール』と呼ばれる雪の付かない絶壁や、芸術的なセラック・クレバスなどが意外と多く、あらためてこのエクアドル一の名山に登れて本当に良かったと思った。
あまり休憩せずに下ったので、山頂から2時間ほどで取り付きに着いた。ドメニカには先に行ってもらい、登頂の余韻に浸りながらのんびりと装備を解く。 誇らしげにホセ・リバス小屋に着き、荷物の整理をしてから食堂でゆっくりお茶を飲もうと思っていたが、今すぐならバスが上がってこられる所まで他のエージェントの車を借りて下りることが出来るとのことで、急いでもう訪れることはないホセ・リバス小屋を後にする。 図らずも正午にはタンボパクシ小屋に着き、美味しいランチを食べることが出来た。 食事をしていると、今回の“火付け役”となったガイドのハイメが小屋に現れ、嬉しい再会となった。 昼食後は今日の宿泊先のホテル『クエロ・デ・ルナ』に向かう。 バスに乗ってからホテルに着くまで爆睡したことは言うまでもない。 ホテルはパンアメリカン・ハイウェイからコトパクシ国立公園に入る地点にほど近い田園地帯にあり、歴史を感じさせる宿だった。 暖炉のあるラウンジで寛いでいると、平岡さんから現時点での天気予報では、チンボラソはしばらく天気が悪く、まとまった雪が降るという話を聞いた。